シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

『「推し」で心はみたされる? 21世紀の心理的充足のトレンド』が出版されます

 
2022年、2023年と私は書籍を出版するに至れませんでした。が、2024年の1月20日に、まずこの本が出版されることとなりました。
 
 

 
 
はい。タイトル的には、2010年代の後半あたりから急速にスラングとして広く使われるようになった「推し」についての書籍です。
 
半年ほど前にも少し書きましたが、「推し」はマズローの欲求段階ピラミッドでいえば所属欲求に該当する社会的欲求で、社会的欲求としては承認欲求と同じぐらいメジャーなものと私は認識しています。ところが所属欲求は、時代の針が個人主義に触れ過ぎた20世紀後半から21世紀初頭にかけて軽視されて、ダサくて田舎っぽいものとみなされる以上の意義をサブカルチャーのなかで失っていきました。
 
その所属欲求が、SNSの普及とともに「推し」という新しいかたちをなし、サブカルチャーの一領域 (たとえばAKBとその周辺など) から徐々に広まるかたちで浸透・定着していきました。
 
今日では、(かつての男性オタクのように「萌える」のでなく)コンテンツやキャラクターや人物をみんなで推す、すなわち応援したり見守ったりリスペクトしたりする姿勢は珍しいものではありません。
 
にもかかわらず、昨今の「推し」は、ちょうど承認欲求がいちばん流行っていた頃と同じような、毀誉褒貶の激しい状況にあると私はみています。承認欲求は私たちをモチベートしてくれる重要な心理的欲求ですが、これが制御不能になって際限なく「いいね」を欲しがってしまったり、極端すぎる行動に出てしまって社会的損失を招いてしまう人がいたりしました。それらを見た人々が「承認欲求はヤバいもの」「軽蔑すべきもの」のように語ったのを私は憶えています。
 
現在の「推し」も、そうではないでしょうか。推し活が制御不能になってしまった結果、際限なくにお金を貢いでしまったり、周囲の人や他のファンへの迷惑を省みない行為に出てしまったりする人がいます。それらを見た人々が「推し」を忌避すべきもの・軽蔑すべきものとして語っているのをときどき見かけます。
 
「いいね」と承認欲求にしても、「推し」と所属欲求にしても、欲求が制御不能になって極端すぎる行動に出てしまえば、身の破滅を招いたり周囲の人に迷惑をかけたりするおそれはあるでしょう。しかし、それは他の欲求全般にも言えることではないでしょうか。そしてまた、一部の極端な人々をよそに、多くの人は承認欲求や所属欲求をとおして気持ちが充たされたと感じたり、モチベーションを感じ取ったりして、人生を前進させてきたのではなかったでしょうか。
 
 
 

2020年代の承認欲求と所属欲求の話から、2020年代のナルシシズム(自己愛)の話へ

 
 
この本は、そうした人間の心理的欲求について、マズローの承認欲求と所属欲求という言葉を借り、さらにコフートのナルシシズム(自己愛)という概念とその成長モデルを参考にしながら、2020年代風に考え直してみようという本です。もちろんこの本はガチガチの学術書を目指したものではないので、新しい内容をできるだけ多くの人に読んでいただけることを目指してつくりました。その際にぴったりのキーワードが、タイトルにもあるように「推し」なのです。以下、この本の章構成を紹介しておきます。
 
第1章 承認の時代から「推し」の時代へ――21世紀の心理的充足のトレンド
第2章 推したい気持ちの正体――SNS時代のナルシシズム
第3章 「いいね」と「推し」に充たされ、あるいは病んで――自己愛パーソナリティの時代と成熟困難
第4章 「推し」をとおして生きていく――淡くて長い人間関係を求めて
第5章 「推し」でもっと強くなれ――生涯にわたる充足と成長
  
 
「推し」は、推す側の気持ちが充たされるだけでは済まない点がとても面白く、重要だと私は感じています。本来、(承認欲求も含めた)心理的欲求は人と人との間で起こるもので、お互いに作用する心の現象なわけですから、個人の心の問題、個人のモチベーションの問題って考えるだけでは片手落ちのはずなんです。私たちが誰かを推す時って、推している自分自身の心がみたされるだけでなく、推される人の心だってみたされるじゃないですか。「推し」には自分がみたされるのに加えて他人をエンパワーする力がある、と言えば良いでしょうか。それだけじゃありません。ときには「推し」が人と人とを結びつけ、大きな集団や組織をかたちづくることさえあります。
 
『「推し」で心はみたされる?』というテーマについて考える際には、この「推し」が個人では完結しない点、とりわけ身近な間柄で推しが起こる際にはエンパワーや人間関係の強化といった社会的影響が伴う点を意識しないわけにはいきません。というか、「推し」や所属欲求をとおして人生をもっとハッピーにしていこうと思うなら、ここにこそ注目すべきだと思うんですよ。
 
こうした、個人に完結しない「推し」の性質をよくよく踏まえながらマズローやコフートを語っている点、それも、2020年代の情況を意識しながら語っている点も、この本のセールスポイントのひとつだと私は考えています。マズローについて書かれた本、コフートについてかかれた本は世の中にそれなりに存在しますが、「推し」の性質や2020年代の情況を踏まえたうえで記された本は、私の知る限り、まだ存在しません。
 
現代社会はコミュニケーションの少なくない部分がオンライン化していて、承認欲求や所属欲求やナルシシズムを充たす経路として無視できなくなっています。アニメやゲームのキャラクターのような対象が精神生活に占めるウエイトも大きいでしょう。また精神医療の世界では発達障害という、マズローやコフートの時代にはできあがっていなかった疾患概念が根付いています。その点についても一定の言及が必要だとも思います。
 
以前から私は、そうした現代の情況に対応した本を作ってみたいと思っていました。そして大和書房の編集者さんが突然、その機会を与えてくださったので、私は好機とみて電撃的にこの本の原稿を完成させました。
 
より良い推し活ライフをとおして人生を豊かにしていきたい人、「推し」についてもう少し学問寄りの言葉で理解を深めてみたい人、2020年代の現状に即したかたちでマズローやコフートについて考えてみたい人にとりわけお勧めです。皆さんも、良く推して、良く推されて、良い人生を!