シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

一本400円の安ワインでは高級ワインの偽物にはならない

 
はてな匿名ダイアリーにも色々あり、以下のはてな匿名ダイアリーは「ツッコミビリティの高さ」がたぶんウリなのだと思う。たいした長さではないので、全文コピペしたうえでコメントをしたい。
 

anond.hatelabo.jp
ただの高級なワインじゃない、一本で何万もするワインだ。それを買う。
購入後は少しずつ飲んで、空き瓶は大事にとっておく。そして友人や知人が訪れた際、イオンで買ってきた一本四百円以下のワインをその空き瓶に移し替える。あとは「台所で開けてきた」といって高級ワインを差し出し、数万のワインを遠慮せず並々とグラスに注ぐ。
相手は驚き、遠慮するものの「来てくれ嬉しいから」とそれっぽい理由を話し、相手も「それなら…」とグラスに口をつける。相手は高級ワインの味に驚き、とても美味だといって大いに喜ぶ。
こうして俺は友人知人から小金持ちだと思われており、実に気さくで良いやつだという評判を得ている。
今のところワインの味はバレていない。
結局のところ、そんなものなのだ。

 
一本何万のワインは、それだけではただの高級ワインでしかない。シェリーやポートやマデイラみたいな変わり種、一世紀以上を閲したワインなら、ただの高級ワインじゃないかもしれないけれども。
 
ワインを購入後に少しずつ飲む? コラヴァンでも使っている人ならともかく、友人知人が認識してくれるような知名度の品は2~3日で飲む感じじゃないだろうか。少しずつ飲める高級ワインたちは、友人知人が知らないような高級ワインたちだ。
 
それに、ワインはなみなみとグラスに注ぐものじゃない。それじゃワインの生命線である香りを楽しむには適さない。だいたい、なみなみと注ぐってことは高級ワインを楽しむのに不向きな小さなグラスを使っているっぽさがある。
 
相手が遠慮がちにグラスに口をつけ、大いに喜んでくれるとして、バレているかバレていないのかどうやって判定する? 「あいつ、いいやつなんだけど自宅で高級ワインって言いながら安物のワインを出してくる奇癖があるんだよね。あれさえやめてくれれば、本当にいいやつなんだけど」とか陰で言われていたりしませんか。
 
そもそも友人知人をワインでだましうちする感性は、相当社会的にまずそうな性質だ。だまし討ちすることで得られるメリットと、バレて信用を失うデメリットを天秤にかけたら、一般的にはペイしない。例外があるとしたら、人をだまして何かを飲ませることに異様な快感をおぼえる人物だろうか。でも、上掲のはてな匿名ダイアリーの文章には愉悦を感じる響きもなく。
 
こうしてツッコミどころを見て回ると本当に嘘くさく、なおかつ、ひとつひとつの嘘が重なりあい、お互いに嘘くささを高めあっている。絶妙な不協和音だ。逆にすげえ。嘘を本当として書こうとする「フェイク」のたぐいならこうはならない。 
 
そういう作風のおかげだろうか、はてなブックマークには参考になるコメントがたわわに実っている。なかでも、特にそうなのかー!と思ったのは以下。
 

年に一度、高級ワインを買う

サザエさんとかの昭和の漫画かエッセイのコピペだこれ。ウィスキーかジョニ黒で書いてある奴をワインに置き換えてる。50年前のジョニ黒は特別扱いでな。中身を入れ替えて奢ったり戸棚に飾ったりってネタが沢山あった

2024/04/13 13:32
b.hatena.ne.jp
 
なるほど!
昔のウイスキーならそういうことがあってもおかしくないかも。ウイスキーなら少しずつ飲めるし。
 
 

高級ワインの偽物が務まるのはどこから?

 
ところで、実際に高級ワインの偽物が務まりそうなのは幾らぐらいのワインだろうか。
 
本当にワインのことを全く知らない、ワインを「まずいとしか認識できない飲み物」と決めてかかっている相手なら、400円ワインでも騙せるかもしれない。でも、高級ワインを高級ワインと認識している人、いわば一定程度ワインに経験のある人を騙すには、どれぐらいが必要だろうか。
 
まともなワイングラスを使っていると仮定した場合、ボトル一本400円の最安ワインではどうにも騙せないと思う。なぜなら400円のワインはまともな製法で作られていない可能性が高いからだ。
 
ワインの価格を左右するものは色々ある。異様な知名度の高級ワインの場合は、ネームバリューやブランドや希少性のために価格が吊り上がっていることもある。その手前の一般的な高級ワイン~中堅どころのワインなら、実際につくられる葡萄のクオリティとか、収穫がどれだけうまくいったかとか、当たり年だったかどうか、みたいなことも価格を左右するだろう。
 
けれども最安ワインの価格帯はそれ以前の世界だ。そもそも飲めるクオリティなの? という点が問題になる。ちなみに一本800円ぐらいの安ワインは意外なほど頑張っていたりする。たとえばチリ産の大量生産・大量消費ワインたちは結構いけている。一口目のおいしさ・出だしの香りの親しみやすさなら、本調子でない時の高級ワインを上回る場合だって珍しくない。ところが一本400~500円まで価格帯が下がってくると、それすらできてなかったりする。香りが良くないか皆無で、口当たりや酸味がガサガサしていて、時間が経つにつれていよいよ悪くなっていく。白ワインだったら、味と香りがなくなって水みたいになっていくことも。
 
実際、芸能人の格付けチェック番組で高級ワインの相手役を務めているのは一本数千円ぐらいの中堅どころのワインたちだ。
 
中堅どころのワイン、とりわけすぐ飲める性質の中堅ワインが、気難しい高級ワインを味や香りや舌ざわりで上回ることはぜんぜんあり得る。それぐらいの価格帯になると、安ワインにありがちな「味と香りが良かったのは最初だけだった」というパターンに陥ることもまずないし、味や香りの変化もかなり楽しめる*1
 
だからオーソドックスに考えるなら、高級ワインと偽って出すべきは一本数千円ぐらいのワインだ。価格とクオリティを考えるなら、南アフリカのよくできた品とかなら、だましきれるかもしれない。
 
 

条件がマトモでないなら、もっと騙せるかもしれない

 
ただし、もっと安いワインを高級ワインと称して出してだましきれる(かもしれない)条件も思いつく。要は、飲み手がワインに注意を向けていられないようにするか、飲み手を不愉快な気持ちにさせておくか、ワインに本領を発揮させなければワインの品質がわからなくなる。
 
ワインは、「一緒に飲む人を選ぶ飲み物」と言われている。それと、飲むのに適したタイミングも。
 
ワインに限らず、会いたくもない相手と飲む酒の印象は乏しくなる。極端に緊張している状況ではワインがどうこうなんて言ってられなくなるだろう。そういう時に気難しい高級ワインを出されてもいちいち構っていられないので、より安いワインでだまし討ちが成立するかもしれない。
 
冷え切った温度で・ひどいグラスを用いるのも手だ。
 
高級ワインが本領を発揮するには温度も重要で、種類にもよるが、だいたい10~18℃ぐらいの間に一番いいスポットがある。いっぽうワインが粗悪なほど、冷えていたほうが欠点が露呈しにくく、どうにか飲めるものになる。高級ワインと称してキンキンに冷えたワインを出すのは、出す人間の見識や良識を疑う行為だが、それを無視して構わないなら冷え切ったワインを出せばごまかしきれるかもしれない。そのうえで、ワインの味や香りを引き出すのに不利な器に注いでしまえば──たとえば細いタンブラーのような──を用いればますますわからなくなる。
 
一般に、そんな努力をしてまで、ワインの値段をごまかすことに意味はないと思う。けれども、そういう条件下ではワインのクオリティがわかりにくくなるってことは知っておいても損はないと思う。逆に、高いワインと称してワインを提供しているにもかかわらず、提供温度がめちゃくちゃだったり、グラスが不適だったりした場合は、ワインを疑う以上に、出す人間の見識か良識のどちらかに問題があるかも、と思って良いようにも思う。少なくともまともなワインバーではそういうことは起こらないし、ワインを大切にしているレストランもそうじゃない。ワインそのものがわからなくても、提供される温度やグラスはわかりやすい。目のつけどころではある。
 
 

*1:「最初が最高で、後になるほどつまらない」は、安ワインを安ワインと見抜く兆候として頼りになる。そこに「味や香りがワンパターン」「グラス2杯目にはもう飲み飽きている」あたりが加わるといよいよ怪しい。参考までに