シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

映画『パラサイト』にみる、におい・ハビトゥス・階層

 
www.parasite-mv.jp
 
久しぶりに韓国映画を見てきた。
 
『パラサイト 半地下の家族』が私の周囲で話題になっていたのと、最近読んだ『韓国 行き過ぎた資本主義』という本にも半地下住宅のことが書かれていて、気になったからだ。
 

韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩 (講談社現代新書)

韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩 (講談社現代新書)

  • 作者:金 敬哲
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/11/13
  • メディア: 新書
 
『韓国 行き過ぎた資本主義』は、韓国社会の悪いところをちょっと大げさに記しているのではないか、と私は思っていたし、たぶん、今でもそう思いたがっている。ただ、そこに記されている統計的な傾向、たとえば韓国が超競争社会であること、社会保障が日本に比べて整備が遅れていること、世代間格差や世帯間格差が大問題になっていることは、あちこちで報じられている。たとえば、
 
www.ifengweekly.com
 
外国のメディアでも、韓国社会の困難な状況はやはり報じられていた。
 
 

『パラサイト』で描かれた「におい」(たぶんネタバレ無し)

 
予想どおり、『パラサイト』は韓国社会の格差に思いをはせずにいられない作品だった。これが本当に公正な社会の姿なのか、あるべき社会の姿なのか、『パラサイト』を見て考えずに済ませられる人はあまりいないだろう。
 
映画館には「ネタバレ会話厳禁」と張り紙がしてあったし、たぶんネタバレしないほうが楽しめると思うので、作品のメインストーリーについては触れない。
 
それでも、半地下住宅に住む貧乏一家と、山の手の豪邸に住む金持ち一家の「におい」にまつわる話はセーフではないかと思い、「におい」とその周辺の「ハビトゥス」について記す。
 
冒頭、半地下に住む貧乏一家は、路上で立小便する酔漢に悩まされ、路上に散布される消毒剤にせき込む。半地下住宅は足元の高さに窓があるため、窓を開けるといろいろな路上の災厄が入ってくる。なら、窓を閉めればいいかというと、半地下はジメジメしていてカビ臭いからそうもいかない。住まいとして到底満足できるものではないけれども、高い家賃を払えない貧乏一家は半地下に住まざるを得ない。
 

韓国映画パラサイトにでる半地下は住めるの?
 
ちょうど、韓国じんのすけさんというYoutuberが半地下について語っている動画を見たけれども、なかなか大変そうだ。
 
半地下に住み続けていれば、洗濯物は生乾きになってしまう。そのうえ住まいがカビ臭ければ、臭いが身体と衣服に染みついてしまうだろう。長いこと半地下に暮らしている貧乏一家の面々は、そのことにはじめ気づかない。
 
いっぽう金持ち一家は、カビ臭さを身にまとった貧乏一家の「におい」に気付く。だが、半地下の暮らしを知らない金持ち一家は、その「におい」の正体を見抜くことができない。作中のセリフを正確に思い出すことはできないが、確か、「我慢ならないにおい」「何度も絞った布巾のような」「地下鉄利用者のにおい」などと言っていたと記憶している。
 
金持ち一家は、その「におい」を良くないものとみなしているが、それがどういった境遇の産物かは知らないし、そのせいか、きわめてカジュアルに不快がっている。
 
私の記憶では、金持ち一家が貧乏一家のメンバーに、面と向かって「におい」が不快だと言い放った場面は無かったように思う。それでも「におい」をめぐる感覚の不一致が、金持ち一家と貧乏一家の間に埋めがたい溝をつくっているように見えてならなかった。
 
 

「におい」や「ハビトゥス」の階層化

 
してみれば、半地下という住まいは「におい」を「階層化」してしまう社会装置、ということになる。
 
快適で清潔な住まいに暮らす金持ち一家は、カビくさい「におい」とは縁のない生活をしているし、それゆえ「におい」には敏感だ。そこまで富裕でなくとも、日当たりの良い場所で生活している中産階級も「におい」とは縁のない生活ができるし、同じく「におい」に敏感になれるだろう。
 
ところが半地下に住んでいれば「におい」が生活に、身体に染みついてしまうし、自身の「におい」にも敏感になれない。誰かが自分を「におう」と言っているのを耳にした時はじめて、自分自身の「におい」に気付き、それが半地下という住まいに由来していること、もっと言えば貧困に由来していることを自覚させられる。
 
もし、「におい」が無精の所産なら、言い訳の余地もあろうし、改善の余地もあろう。しかし住まいに由来し、貧困に由来していると自覚した時、「におい」を巡るギャップはのっぴきならないものになる。
 
「階層化」という視点でみるなら、『パラサイト』の金持ち一家のさまざまな性質も階層を象徴していた。彼らは穏やかな言葉遣いで、「とても素直ないい人」で、「だまされやすい人」だった。わかりやすい金ピカ趣味によって階層が露わになるだけでなく、身のこなし、考え方、趣味、性格傾向といったハビトゥスまでもが階層をにじませていた。
 
貧乏一家のメンバーは、そうした階層によるハビトゥスの違いをはっきりと読み取っていたが、「におい」と同様、金持ち一家はあまり気付いていない様子だった──このハビトゥスを巡るギャップも、『パラサイト』は高い解像度で描いていた。
 
 

このギャップは日本にも潜在している

 
日本に引き寄せて考えた時、『パラサイト』で描かれていた「におい」や「ハビトゥス」を巡るギャップは目立たないように思える。1980年代にデオドラント革命が起こった後、日本には無臭無香料な生活習慣が定着したし、IMF通貨危機を経てバトルロワイヤル状態に突入した韓国社会に比べれば、生活保障もマトモだし、格差や階層にもとづくギャップは表面化しにくいかもしれない。
 
それでも時折、ギョッとするような状況に出会うことはある。
 
ふだんは穏健な意見を言う、おそらく良識的と思われる人が、こと「におい」や「ハビトゥス」にかかわる話題になったとたん、排除の意志表明をしたり露骨な嫌悪を浮かべたりする、そういう瞬間は珍しくない。ふだんから排他的で良識を欠いている人なら驚きもしないが、いかにも良識的な人の口から排除や嫌悪がナチュラルに漏れ出ると、それが殊更キツく感じられたりする。ところが「におい」や「ハビトゥス」についての感覚はあまりにも当たり前になっているから、自覚しようと思ってもそう簡単にはいかない。
 
そういう、当人には簡単には自覚できないギャップと、それに関する排除や嫌悪のしぐさが「におい」や「ハビトゥス」の領域に潜在していること自体は、日本社会も同じだと私は思う。
 
『パラサイト』は実に盛りだくさんな作品なので、こうした「におい」や「ハビトゥス」の差異は小道具のひとつにすぎない。が、これならネタバレを避けられるし、これもこれでのっぴきならない問題系なのでブログに書き残すことにした。
 
関心を持った人は、ぜひ映画館へ行って実物の作品をご覧になっていただきたい。とにかく、『パラサイト』はのっぴきならないものを描いた作品に違いないから。
 
 

令和の絶対国防圏

 

 
 令和の絶対国防圏。
 
 もう、タイトルだけで言い切ってしまったような気がするが、令和時代の日本は、絶対国防圏の頃の日本になんだか似ていると思う。
 
 絶対国防圏とは、アメリカの反攻作戦を受けて1943年9月の御前会議で決まった「絶対に守るべき」「ここが破れたら敗戦確定」とみなされた防衛ラインのことだ。
 
 しかし上の地図をみていただいてもわかるように、この絶対国防圏、えらく範囲が広い。絶対国防圏が本土からみて南南東の方向に大きく張り出しているのは、ここにカロリン諸島などが含まれるためだが、こんなに広い範囲を絶対国防するのはかなり無理がある。
 

昭和の歴史〈7〉太平洋戦争 (小学館ライブラリー)

昭和の歴史〈7〉太平洋戦争 (小学館ライブラリー)

  • 作者:木坂 順一郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: 新書
 
 小学館『昭和の歴史7 太平洋戦争』では、絶対国防圏を決定する御前会議について、以下のように記している。
 

けっきょく陸軍の「絶対国防圏」思想と海軍の前方決戦主義という戦略構想の不一致をかかえたまま、九月三〇日の御前会議でつぎのような「今後採るべき戦争指導の大綱」が決定された。
(中略)
 そのため「絶対国防圏」の東側地域に展開していた約三〇万の陸海軍部隊は、置き去りにされ、やがて各地で守備隊玉砕の悲劇があいつぐ素地がつくられた。しかもこの御前会議では、「絶対確保圏を確保する自信があるのか」という原嘉道枢密院議長のきびしい質問にたいし、永野軍令部総長が「絶対確保の決意あるも勝敗は時の運である。……今後どうなるか判らぬ。戦局の前途を確言することは出来ぬ」と答えたため議場がにわかに緊張し、東条首相と杉山参謀総長があわてて打ち消すという一幕がみられた。軍部の最高指導者の一部は、戦局の見通しに自信をうしないはじめていた。

 
 絶対国防圏と名付けたものの、指導部もこれを守り切る自信が無かったようだ。そのうえ海軍は絶対国防圏の外側に固執し、サイパンやグアムの防衛にあまり力を入れていなかった。
 
 あれもこれも守りたい・どれも捨てられない意思決定の結果として、絶対国防圏は絵に描いた餅のような内容になり、アメリカ軍という現実によって粉砕されてしまった。
 
 

令和の絶対国防圏を考えよう

 
 振り返って、令和二年。
 
 平和憲法のおかげで太平の世を謳歌してきた日本国も、いつの間にやら斜陽のきざし。戦争をしていないはずなのに戦争をしているのと同じぐらいの人口が毎年減り続けている。国の借金も戦中に匹敵するスケールまで積み上がり、「子どもや孫のお金を前借りして国の制度が成り立っているも同然」の状態が続いている。
 
 実のところ、絶対国防圏が定められた頃とそれほど変わらないレベルの国難に直面しているのではないか?
 
 地図のうえでは絶対国防圏のラインが引けなくても、私たちの暮らしにはそれに相当するラインがある。
 
 
 医療や福祉を守らなければならない。
 雇用や経済を守らなければならない。
 世代再生産を守らなければならない。
 教育や科学を守らなければならない。
 安全や安心を守らなければならない。
 便利さや快適さを守らなければならない。
 等々。
 
 太平洋戦争中の日本軍がたくさんの守らなければならないものを抱えていたのと同様に、令和時代の私たちの暮らしにはたくさんの守らなければならないものがある。毎年の予算案のやりとりと国債発行額が象徴しているように、どれも大切なものだから、どれも守っていかなければならないと、指導者は考えている。日本は民主主義の国なので、指導者がそう考えているということは、有権者もおおむねそのように考えているということだろう。
 
 いろいろなものが下り坂になっていくなか、あれもこれも守らなければならないと思っている私たちは、大東亜共栄圏という絵に描いた餅を描いていた人々を他人事として構わないものだろうか。
 
 令和の絶対国防圏は、軍艦や軍人によって守られるものではなく、有権者の政治活動をとおして守られるものだ。
 
 では、いったいどこをどれぐらいの優先度で守り、どこの優先度を下げるのかと問われた時、指導者や有権者に、何かの優先度を下げるような政を行い、実践してみせる力があるのだろうか?
 


 
 最近の経済動向や出生率、オリンピック後の見通しについての分析や報告が楽観的であるさまを、ときにインターネットの人々は「大本営発表」と揶揄する。
 
 とはいえ、「大本営発表」を揶揄する私たちも、金融庁から老後資金について報告があれば「老後二千万円問題」と大騒ぎするように、現実を直視することに慣れているわけではない。
 
 「老後二千万円問題」が象徴していたように、たぶん私たちは不確かな未来を直視すると色めき立ってしまう。「大本営発表」を揶揄している一方で、どこかで「大本営発表」に守られている。そして令和の絶対国防圏がなんとなく守られればいいなと、なんとなく思っている。
 
 戦中、太平洋戦争を終える政治決断にたどり着く際には、絶対国防圏が破られるだけでは足りなかった。それでも玉音放送と無条件降伏によって戦争は終わった。なぜなら、アメリカという他国を相手取った戦争だったからだ。
 
 対して、他国と戦争しているわけではない令和の日本には、玉音放送や無条件降伏に相当するピリオドが見当たらない。
 
 今、私たちが死守しなければならないと思っているものが、少子高齢化や国力の衰退によって守りきれなくなるとしたら、令和の絶対国防圏は破れる、と思っておかなければならないだろう。しかし太平洋戦争と違って、これに終わりは見当たらない。
 
 令和時代は、そのような、私たちが絶対に守らなければならないと思っているものが、時間とともにだんだん守られなくなっていくプロセスになるのかもしれない。太平洋戦争の頃、何かを選ぶと同時に何かをあきらめなければならない政治が必要になった時、日本ではそれがうまくできなかった。今もそうかもしれない。だとしたら。
 
 
 [関連]: 
 
 

「不快な奴をブロックして構わない」社会と「アライさん」界隈

 
個人の幸福は「お金」ではなく「不快なやつは全員ブロック」で実現される。 | Books&Apps
 
上掲リンク先は賛否両論のありそうな内容だが、読んで自分の考えを練るのに向いていると思う。これを読み、2019年にtwitter上で湧き出した匿名の「アライさん」界隈のことを私は思い出した。
 
「アライさん」界隈とは、2019年の春ごろにtwitter上に無数に現れた、「○○なアライさん」を名乗る匿名アカウント群だ。アニメ『けものフレンズ』に登場する、ちょっと不器用なアライさんというキャラのアイコンや語り口を借りている。
 

 
ねとらぼの紹介記事では、アライさんを以下のように記している。
 

・借金の返済に苦しむアライさん
・ギャンブルがやめられないアライさん
・大学を中退したアライさん
・薬物依存のアライさん
・性風俗店で働くアライさん etc...
 Twitterにおけるアライさん界隈(かいわい)は、とにかく何らかの困難を抱えている傾向が極めて強い。これは原作のちょっと暴走気味だが元気で明るいアライさん像とはかなりの距離がある。当たり前だが、原作のアライさんは借金にもギャンブルにも薬物にも苦しんでいない。「けものフレンズ」は社会の暗部をえぐるような作風のアニメではない。

 
2020年になっても、アライさんの様子はほとんど変わらない。アライさんの姿を借りた匿名アカウントたちは、それぞれ、日常生活では吐露しづらい内心を書き綴っている。
 
そのことから考えるに、アライさんを名乗る匿名アカウントの筆者たちは、日常生活のなかではそうした内心を十分に吐き出せないのだろう。FacebookやLINEの、日常に紐付けられやすいアカウントにもそういうことは簡単には書けない。実生活で簡単に吐露できることなら、わざわざアライさんのアイコンなど借りる必要など無い。
 
 

「不快な奴をブロックして構わない」社会=「不快な言動が禁じられた」社会

 
こうしたアライさんの境遇を踏まえたうえで、「不快な奴をブロックして構わない」社会について考えてみる。
 
冒頭リンク先で高須賀さんは、ちょっと挑発的に「多様性とはいうけれど、付き合いたい人間とだけ付き合ったほうが幸福になれるのでは?」と問いかけている。
 
現代社会は、多様性を許容しあうことで成り立っている、といわれている。少なくとも社会には、多種多様な価値観や習慣の人々が存在していて、たとえば東京のような大都市には本当にいろいろな人々が存在し、それぞれ暮らしているのがみてとれる。
 
その一方、私たちひとりひとりには人間関係を選択する自由があり、お互いを心地よいと感じる人、気安く付き合えると感じる人同士がお互いを選び合う。そうした選別や選好の結果、社会全体としては多様性が保たれていても、個々人のライフスタイルは多様性を欠いていることがしばしばある。
 
たとえば年収1500万円のホワイトカラーな会社員が、日経新聞を読むような価値観や習慣を持った同僚に囲まれ、似た者同士のような友人や家族に囲まれて暮らしているとしても、おかしなことではない。
 
高須賀さんはそうした実生活のありようを、ちょっときわどく、以下のように綴ってみせる。
 

気の合うパートナーと家庭を築き、人間関係が安定したリベラルな職場で働き、週末は共通の趣味を持つ友人と過ごす。
SNSをやってるのなら、不快な話題を垂れ流す人は全員ブロックすればいい。
不快な話題を垂れ流す人は、あなたを不快に着目させる悪者である。

 
このような選別や選好に基づいたライフスタイルを、まったく多様性が乏しいと腐すのはたやすい。
しかし人間関係が自由選択となった現代社会のなかで、人間関係の選別や選好を行っていない人間が、たとえば東京に、たとえばインターネットに、いったいどれだけ存在するだろう?
 
もちろん程度問題ではあるのだけど。
 
それでも人間関係が自由選択である限り、私たちはどこかで自分たちにとって好ましい相手と付き合おうとし、どこかで不快な相手を敬遠せずにはいられない。コミュニケーションのコストやリスクをできるだけ減らし、コミュニケーションのメリットをできるだけ増やしたいと合理的に考えれば考えるほど、コミュニケーションの対象を選ばずにいられなくなってしまう。
 
SNSにおけるブロックは、そうした選別のなかでは一番わかりやすい。だが現実の人間関係の選別や選好は、ブロックほど明瞭ではない。明瞭ではないからこそ、誰が選ばれ、誰が敬遠されるのかの問題は面倒で、難しい。 
 
私たちの人間関係は自由選択になった。
だが、自由だけがもたらされたわけではない。
同じように他人も人間関係を選択・選好するのだから、私たちは他人に選ばれなければならなくなった。
 
他人に選ばれるよう、他人に敬遠されないよう、意識すればするほど私たちはみずからの言動を自己検閲しなければならなくなる。
 
なかには天真爛漫に振る舞っても他人に選ばれ、敬遠されない幸運な人もいるだろう。
 
とはいえ、そんな人は少数派で、大多数は他人を選ぶ自由を行使すると同時に、他人に選ばれ敬遠されない自分であるよう、努力しなければならない義務を抱えている。
 
「不快な奴をブロックして構わない」社会とは、要はそういう社会である。
 
気に入らない相手や不快な相手を敬遠する自由があると同時に、他人に選ばれなければならず、他人に不快がられないよう努力しなければならない社会だとも言える。
 
そのような社会では、会社同僚はもちろん、友達や家族にすら、選ばれ不快がられないよう、努力しなければならない。そうしなければ誰からも選ばれず、独りぼっちになってしまうかもしれない。
 
天真爛漫に振る舞っても他人に選ばれる人なら、「そんなに神経質にならなくったって大丈夫」と言ってのけ、そうした努力を意に介さないかもしれない。だが世の中には、精いっぱい努力してようやく相手にしてもらえる人、ようやく不快がられずに済んでいる人もいる。いわば、モテにくい人にとって、他人に選ばれるための努力はたいへんな重荷である。
 
そんな重荷をストレートに背負いながら学校や職場に通い続けなければならない人にとって、日常はどれほど息苦しく不自由なものだろうか!
 
 

「アライさん」のブルースはどこにも届かない

 
私たちは「不快な奴をブロックして構わない社会」を生きている。というより、ブロックほど明瞭ではないかたちで選別や選好を働かせあい、それでも社会の多様性というお題目に違反しないことになっている社会を生きている。
 
他方、そうした自由選択が徹底されればされるほど、選ばれるための言動を、不快がられないような言動を、私たちは強いられる。「アライさん」界隈で吐露されるような内心を、他人に曝すわけにはいかなくなる。
 
表向き、私たちの言動は自由だ。
そして実際、街には多種多様な人々が暮らしてもいる。
ところが実生活では、他人に選ばれるよう、不快がられたり敬遠されたりしないよう、努めないわけにはいかない。
 
そういった努力が少なくて済む人には、この社会の自由選択のうまみが意識されやすかろう。だが、そういった努力に苦心惨憺している人には、努力を強いられ、不自由を強いられる辛さが意識されやすい。そして前者の人々が後者の人々と接点を持たないとしても「社会の多様性というお題目」に違反しているとは、みなされないのである。
 
「不快な奴をブロックして構わない」社会を謳歌している人々は、「アライさん」界隈のブルースを不快だからという理由でブロックする自由を持っているし、おそらくそうした自由を行使している。
 
「アライさん」界隈からの声がシビアであるほど、重苦しいものであるほど、その声はブロックされやすく、敬遠されやすく、誰にも届かぬ独白で終わってしまう。
 
しかも無数の「アライさん」たちは、それぞれバラバラで名前も無く、群れてひとつの世論を作ったり、群れ続けてひとつの政治集団を作ったりできないため、「不快な奴をブロックして構わない」社会にモノ申すムーブメントには発展しない。個別の「アライさん」たちは、どこまでも匿名の「アライさん」でしかない。
 
 

簡単に批判できるようで、一筋縄ではいかない

 
こうした「不快な奴をブロックして構わない」社会を批判し、嫌悪することは、一見、簡単そうにみえる。ただし、その際には社会を批判するだけでなく、選好や選別にもとづいた人間関係を築き、まさにそのような社会に乗っかっている自分自身をも批判しなければならないように、私には思える。
 
少なくとも、この社会の恩恵を受けまくって、選別や選好を働かせまくっている個人が、そのことを棚に上げて「不快な奴をブロックして構わない」社会を批判するのは、どこかテクニカルというか、アクロバティックな何かが必要ではないかと思う。私はまだ、そんな技量を身に付けてはいないから、この状況を見ていることしかできない。あるいは、この状況のメカニズムを理解しようと努めることしかできない。それが歯がゆいのだけど、今の自分の考えを言語化してみたいと思い、半熟卵のようなこの文章を残しておくことにした。
 
 

「ブロガーが次々に言及する」文化の衰退と、はてなブックマークの変容

 
 2020年1月6日、はてな匿名ダイアリーに「無知なお前らに最高のゲームを教えてやる(据置編)」というエントリが投稿され、それに触発されて何人かが「自分にとって最高のゲーム」をまとめる出来事があった。
 
 
じゃあ私も「最高のゲーム」を挙げてみる - シロクマの屑籠
90年代から10年代までお世話になったゲームたち!
明けまして俺の年代別最高のゲーム 20/01/07: 不倒城
個人的最高のゲーム(1980年代編) - novtanの日常
 
 
 同じ話題に次々にブログ記事の投稿が連鎖したのがなんだか懐かしくて、嬉しかった。2000年代のブログ界隈ではこういうことが頻繁にあって、誰かが書いたブログ記事に次々にブロガーが言及して盛り上がったものだ。
 
 ひとつの話題にブロガーが次々に言及し、ひとまとまりの議論や、複数名からなる広い視野をかたちづくるのは、当時のブログ界隈のカルチャーだったと思う。
 
 しかし2010年代に入って、こうしたことは稀になってしまった。私が喜んでいるのも、この言及の連なりが久しぶりに起こったからだ。
 
 

なぜ、ブロガーが次々に言及する文化が衰退したのか

 
 ひとつの話題にブロガーが次々に言及する文化が衰退したのは、第一にはブログ以外のメディアが普及したからだとは思う。twitterがスタートした00年代の後半には、もうブログを捨ててtwitterに移動してしまうブロガーをたくさん見かけた。それから十年以上の歳月が流れ、最初から短文に特化したツイッタラーもたくさん生まれた。文章中心ではない、画像や動画がメインのメディアにも人が流れていった。
 
 ごく単純に、ブログをわざわざ書く人、それも、かつての「ブロガーが次々に言及する」カルチャーを覚えている人は少なくなっていると思う。
 
 ただ、それだけとも思えない。
 
 いつの間にか、はてなブックマークが、「ブロガーが次々に言及する」を可視化する装置として機能しなくなってしまった。
 

 
 このスクショは、現在の「はてなブックマーク」の画面の一部だ。【関連記事】という、(株)はてな がチョイスした記事へのリンクが3つ載っていて、その下に【人気記事】へのリンクが8つ載っている。スマホではてなブックマークを見ても、だいたい同じ構造になっている。
 
 はてなブックマークが昔からこんな構造だったわけではない。かつてのはてなブックマークには、【その記事に言及したブロガーのアイコンと、ブログ記事のリンクがずらりと並んでいた】。はてなブックマークは「言及した複数のブロガーの一覧」が眺められる仕様だったため、一人が書いた記事に複数のブロガーが次々に言及しているさまが可視化されていた。これが、ブログ記事を書く動機になっていた人も少なくなかったように思う。少なくとも私は、「みんなが言及しているから自分も何か書こう!」と思うことがたびたびあった。
  
 ところが「言及した複数のブロガーの一覧」がいつの間にか削除され、ブロガーの集いが可視化されなくなってしまった。はてなブックマークは、複数のブロガーがひとつの話題に群れ集う、いわば広場の役割を果たしていたのに、それがなくなってしまったため、ブロガーは昔のように集まれなくなったし、「みんなが言及しているから自分も!」と動機付けられなくなってしまった。
 
 その代わりか、はてなブログには「自分のブログに言及した他のはてなブログを通知する機能」がついている。
 

 
 残念ながら、この通知機能はブログ管理者以外には見えない。これでは昔のはてなブックマークのような、ブロガーが群れ集う広場の役割を果たすことはできないし、ブロガーが群れ集うようなカルチャーが育つこともないだろう。
 
 ブログ以外のメディアが盛んになってきたから「ブロガーが次々に言及する」カルチャーが衰退しただけでなく、そもそも複数のブロガーがひとつの話題に群れ集うための場がひとつ失われたのだから、00年代のようにブロガーが群れ集うことは難しくなっている。
 
 そのうえ、かつての「まなめはうす」のように、個人ニュースサイトがブロガーの群れ集っているさまを一纏めの記事にすることも珍しくなったので、ますますもってブロガーが次々に言及するさまは可視化されにくくなった。
 
 ブロガーが変わっただけでなく、ソーシャルブックマークのアーキテクチャが変わったことによっても、「ブロガーが次々に言及する」カルチャーが失われたと言っておかしくないのではないだろうか。
 
 

アーキテクチャが変われば、メッセージも、意識も変わる

 
 マクルーハンは「メディアとはメッセージである」と言ったものだが、実際、メディアのアーキテクチャが変わればユーザーのメッセージも意識も変わる。
 

メディア論―人間の拡張の諸相

メディア論―人間の拡張の諸相

 
 例えば、はてなブックマーク上から「言及した複数のブロガーの一覧」が無くなれば、ブロガーは、そこに集まろうと動機付けられなくなる。あるいはtwitterを用いればtwitterのアーキテクチャに、Instagramを用いればInstagramのアーキテクチャに合わせてユーザーのメッセージは変わり、さらには意識までもが変わる。
 
 「小説家になろう」などもわかりやすい。ランキングシステムをはじめとする「小説家になろう」のアーキテクチャによって、ユーザーが投稿するコンテンツも、ユーザーの動機づけも、大きな影響を受けている。
 
 こうしたアーキテクチャの変容にともなうユーザーのメッセージや意識の変化は、しばしばユーザーの大半が気付かぬうちに決定され、進行することが多い。
 
 たとえばはてな匿名ダイアリーでは、いつの間にか、【人気記事のアーカイブ】というページが据え付けられている(以下参照)。
 

 
 このページが、いったい何時頃から実装されていたのか私は知らない。しかし、このようなページの有無によって、はてな匿名ダイアリーの書き手のメッセージや動機づけは変わらざるを得ないだろう。
 
 (株)はてな に限ったことではないが、ネットサービスの提供者は、こんな具合にアーキテクチャをいつの間にか変更する。そうした変更のひとつひとつによって、ユーザーのメッセージや意識が変わり、インセンティブまで変わってしまう。ユーザーのメッセージや意識をいつの間にか変えてしまえること、インセンティブまで変えてしまえるということは、(株)はてな に限らず、ネットサービスの提供者は小さくない権力を保持している、と言うこともできる。
 
 この権力の存在、ユーザー側からは意識しづらい。しかしネットサービスの提供者側はかならず意識しているだろうし、それは、はてなブックマークやはてな匿名ダイアリーを運営している(株) はてな とて例外ではあるまい。
 
 「ブロガーが次々に言及する」文化は、アーキテクチャの掌の上に咲いた、時代の仇花だったのだと思う。
 
CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー

CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー

 
 

じゃあ私も「最高のゲーム」を挙げてみる

 
anond.hatelabo.jp
 
 話は聞かせてもらった!
 
 リンク先で挙げられている作品を全部知っているわけではないが、知っているゲームは名作ばかりなので、きっと筆者にとって「最高のゲーム」だと信じることにした。
 
 ただ、最近発売された最高のゲームというには古く、それでいて時代が幅広い。一瞬、「90年代前半のゲームライターを真似た文章」を疑ったけれども、それにしては発売時期がバラけているし、据置ゲーム機と断りを入れているにしてはアーケードゲームの移植作が多かったりする。
 
 愛好家の語る「最高のゲーム」は、愛好家自身がゲームを遊んだ時期、環境によって左右される。好みも違えば、評価のスタンスも違うだろう。プロのゲーム評論家なら、ゲームそのものの楽しさだけでなく、ゲーム史上の位置づけまで考慮するかもしれない。
 
 ……まあ、そんなごたくはどうでも良い。思い入れのあるゲームを「最高のゲーム」として、それぞれが自分の経験からしゃべることのほうが大事で、面白いことだと思う。その人ならではのゲーム体験やゲーム観がかならず「最高のゲーム」に反映されているはずだからだ。
 
 リンク先のリストを見て、私も「最高のゲーム」を挙げてみたくなった。機種や環境の区別をせず、10年単位で区切ってみようと思う。もちろん思いっきり主観的なやつを、だ。「最高のゲーム」は、その人が遊んだ最高の思い出のなかに見いだされるべきだと、私は思うからだ。
 
 

80年代

 80年代はアーケードゲームとファミコン~スーパーファミコンの時代だった。なにより、日本のパソコンゲームメーカーがほとんど最強だった。
 
  
・ゼビウス
 本当にやりこんだ最初のゲーム作品で、ゲームの世界に自分が飛び込んでいく感覚を与えてくれた。反復的な暇つぶしでなく「ゲームの世界」を見せてくれた最初のゲームは間違いなくゼビウス。今でもぜんぜん遊べる。
 
・ドルアーガの塔
 「ゲームの世界」をみせてもらうだけでなく、二次創作や脳内補完することを最初に教えてくれたゲーム。大学生時代からはアーケード版をワンコインクリアするのに燃えた。今でもぜんぜん遊べる。
 
・ザナドゥ
 本当の意味で自分が最初に出会ったロールプレイングゲーム。ドラクエ3やウィザードリィもいいし、同じく日本ファルコムが出していたイースやソーサリアンもいい。が、緻密な戦略性と自由度の意外な高さでいえば、やっぱりザナドゥだと思う。
 
・ゼルダの伝説
 任天堂のゲームはいつの時代も面白いけれど、80年代も傑作だらけだ。でもひとつ挙げろと言われたら、ディスクシステム版のゼルダの伝説を挙げたい。これは、個人的な思い入れの強さによるもので、スーパーマリオブラザーズやエキサイトバイクでもおかしくないとは思うけれども。
 
・提督の決断
 1980年代の光栄は、パソコンゲームメーカーとして世界最高水準だったんじゃないだろうか。個人的には提督の決断を挙げるけれども、信長の野望や三国志、大航海時代も捨てがたい。海戦は今やってもぜんぜん遊べる。
 
・SDガンダム2カプセル戦記
 ねとらぼにも書かれているけれども、隠れた傑作。シミュレーションゲームとしての戦略性と、アクションゲームとしての操作性をここまで両立させたゲームをいまだ知らない。今やってもぜんぜん遊べる。
 
・女神転生2
 80年代のJRPGには傑作がたくさんあるけれど、替えの効かない傑作は女神転生2だと思う。なにしろこの作品、21世紀には絶対リリースされない内容だからだ。JRPGの懐の広さと表現の自由さ加減を体現している。ほかは21世紀の佳作で替えがきくが、これは替えがきかない。
 
 

90年代

 90年代は私にとってアーケードゲームの時代、それも、シューティングゲームを徹底的にやりこんだ時代なので、「最高のゲーム」もそれを反映したものになる。
 
・ファイナルファンタジー4
 ファイナルファンタジーからは、思い入れ的にファイナルファンタジー4を挙げる。スーパーファミコンになってはじめてのファイナルファンタジーだったのでインパクトがあり、なにより、黒魔法のフレアがちゃんと強かったので◎。
 
・ダライアス外伝
 90年代の横スクロールシューティングゲームの最高傑作と言っても間違いではあるまい。今遊ぶと当たり判定の厳しさやバリアの脆さが厳しいけれども、とはいえ奇跡のゲームバランス、当時最高のグラフィックとBGM。
 
・バトルガレッガ
 奇跡のゲームバランスという点では、縦スクロールシューティングゲームのバトルガレッガを挙げるしかない。プレイヤーにかなりの技量を要求するけれども、そこから先の伸びしろがものすごく大きい。今やってもぜんぜん遊べる。 
 
・怒首領蜂
 東方シリーズへと繋がる弾幕シューティングゲームのさきがけとなった作品。後続作品と比べると、ルールがシンプルで弾幕も破天荒ではないので、実は現在でも遊びやすいほう。最高の弾幕シューティングゲームのひとつ。
 
・スターブレード
 ナムコがバブル景気の勢いでつくりあげた、ポリゴン宇宙戦闘ゲーム。奥行きのある特殊ディスプレイのおかげで、ゲーセンでしか絶対に体験できない宇宙戦闘ができた。据置ゲーム機に移植されているけれども、あの奥行きはゲーセン版以外無理。
 
・千年王国の興亡
 第二次世界大戦モノの大戦略系シミュレーションゲームとしては、これがバランス良かった。メガドライブのアドバンスド大戦略は待ち時間が長すぎるし、アドバンスド大戦略98はスケールが大きすぎる。
 
 

00年代

 00年代は、エロゲーなどに端を発したヴィジュアルノベルが完成していった時期、だと思う。それと海外のゲーム会社がいよいよ力をつけてきた。
 
・ガンパレードマーチ
 革新的なゲームデザインとストーリー。オーパーツみたいなゲームだと思う。このゲームデザインのまま2020年代に新作を作っても、ぜんぜん楽しいはず。きれいなグラフィックで遊んでみたい。
 
・CLANNAD
 エロゲーに端を発したヴィジュアルノベルの傑作のひとつなのは間違いない。「Airか、CLANNADか」と問われたら、めちゃくちゃ迷うが、家族や親子について考えさせられるゲームといえばこれしかない。いまだ、替えのきかない作品。
 
・斑鳩
 「完成度の高いシューティングゲーム」をひとつ挙げろと言われたらこれだろう。2018年にリトライしたけれども全く色あせないゲーム体験だった。国宝にすべき日本のゲームがあるとしたら、斑鳩は有力候補だと思う。世界に誇れる日本のゲームだ。
  
・シヴィライゼーション4
 外国のシミュレーションゲームとして、初めてハマったのはシヴィライゼーション3だったけれど、完成度とリピート度ではこちら。適度にアンバランスなので続編よりもこっちのほうが楽しいと感じる。
 
・ヨーロッパユニバーサリス3
 歴史の大河に身を置けるシミュレーション装置。それと、西洋のルールに基づいた残酷無比なパワーゲームを骨の髄まで味わえる。シヴィライゼーションとは全く違った趣がある。
 
・シュタインズ・ゲート
 日本のヴィジュアルノベル文化の到達点にして、00年代の終わりの傑作。今やってみると、00年代文化のタイムカプセルみたいで、その点でも「最高のゲーム」。キャラクターデザインも当時としては先進的だったと思う。
 
 

10年代

 2010年代は仕事が忙しくなり、ソーシャルゲームの影響を良くも悪くも受けてしまった。全体として、2010年代の佳作や傑作はバランスが優れている。ただ、それだけに、昔のような野蛮なゲームは少ない。運任せな要素のあるゲームのほうが野蛮で好ましいとさえ思う。
 
・ダライアスバーストAC
 steamに移植されたダライアスバーストCSともども、横スクロールシューティングゲームとしては最高峰、特にゲーセンの環境では没入感が高い。ステージ構成も2010年代風に練られていて、今でもぜんぜん遊べる。
 
・Skyrim
 素晴らしいロールプレイングゲームだと思う。グラフィックは最新作に劣るけれども、グラフィック以前の世界観や世界デザインが優れていたことがかえって判明した。続編が出たら絶対にやる。世界最高峰のロールプレイングゲームのひとつ。
 
・Minecraft
 Skyrimの少し後に触ってみて、唸らされた。現在でもアップデートが続き、modによる改造のおかげで楽しみはまだ続いている。単純作業の気持ちよさとびっくりドッキリな意外性、その場しのぎと計画性の両面が楽しめるゲームでもある。すごい。
 
・Fate Grand Order
 自分が遊んだソーシャルゲームのなかでは艦これとFGO、どちらも捨てがたい。けれどもヴィジュアルノベルの遺産を受け継いでいるFGOを挙げる。ソーシャルゲーム然とした危険性も含め、推すに値すると思った。
 
・スプラトゥーン2
 FPSの殺伐とした雰囲気を敬遠していた自分にもちゃんとのめりこめて、キャラクターやゲームのデザインも磨かれまくっていた作品。任天堂はこんな素晴らしいゲームを2010年代になってもリリースできるのだから、本当にありがたい。ますますの飛躍を祈念申し上げたい。
 
 

万人に勧められる「最高のゲーム」ではないけれども

 
 90年代にシューティングゲームがたくさんノミネートされていたり、危険性を伴うソーシャルゲームを挙げてあったり、この「最高のゲーム」リストは万人に勧められるものではない。FPSがスプラトゥーン2だけなのは、FPSファンの人からすれば憤慨モノだろう。それでも一人のゲーム愛好家にとって間違いなく最高のゲームばかりを挙げたつもりだし、誰かにはきっとわかってもらえるリストだと思う。
 
 「最高のゲーム」のリストは、愛好家の数だけある。けれども、他の愛好家のリストのどこかが琴線に触れるってことは必ずあるはずなので、私たちはもっと「最高のゲーム」についておしゃべりしたっていいんではないだろうか。