シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

現代人がSNSの影響を受けるといっても色々で……

 
20240704 - 退屈なエピローグはつづく
 
2024年初頭、まだ寒い京都のカフェで私は上掲リンクの筆者、ちろきしんさんにお会いする機会を得た。その前には、ちろきしんさんの同人誌制作を少しお手伝いするご縁もあって、その同人誌は90~10年代ぐらいにかけてのビジュアルノベルやエロゲーについて記したものだった。
 
で、上掲リンク先である。
 
私がちろきしんさんに「ひと昔前にいたような青年」という印象、それから懐かしさを感じた。上掲リンク先でちろきしんさん自身が書いているように、ちろきしんさんの関心と懊悩はSNS時代の自意識や悩みとして以上に、90~00年代的な自意識や悩みとして現れている。
 
90~00年代的な悩みや自意識も、いちおう近代に属する産物なのだろう。個人主義的で進歩的で、連続性や統一性のあるひとりの人間の内側で葛藤しがちな自意識、ひいては自己だ。とはいえ近代的な自意識にもいろいろとあるはずで、明治時代の先進的インテリのそれと、昭和時代の終わり頃の小説や映画で描かれていたそれと、LeafやKeyのビジュアルノベル(いわゆる葉鍵ってやつだ)に何か大事なことが書いてあると感じていた人々のそれは、それなりに違っているようにも思う。
 
と同時に、その相違はフロイト的な自己とコフート的な自己の違い(つまり構造神経症的な自己と自己愛パーソナリティ的な自己の違い)とも、リースマンの内部志向型人間と他人志向型人間の違い、と言えるかもしれない。
 
こうした、近代的な自意識・自己のなかのサブカテゴリ―や相違みたいなものを前提に考えると、SNSという装置は人間をリースマンが想定していた頃以上に他人志向型人間にしやすく、コフートが論じた頃以上に自己愛パーソナリティ的な自己に持っていきやすい、そんな装置だと言いたくなる。いや、実際そうだろう。SNSは承認欲求を意識させやすく、それが充足するように人をたきつける。それだけではない。所属欲求を意識させやすく、それが充足するよう人をたきつける一面も持っている。
 
後者は思想信条ごとにエコチェンバー化したタイムラインを作り出しただけでなく、推し活を意識しやすい社会状況も生み出した。コフートに基づくなら、承認欲求の充足は鏡映自己対象体験に、エコチェンバー化したタイムラインや推し活は理想化自己対象体験に通じ、どちらもナルシシズム充足体験に相当する。そのような充足体験の気持ち良さを体験しやすく、欲しがりやすくするのがSNSの一面で、そのうえ、その充足までの待ち時間や手続きが異様に短いのもSNSだ。
 
SNSをとおした承認欲求・所属欲求・ナルシシズムの充足、要は社会的欲求の充足は、従来からの欲求充足に比べると
 
1.欲求充足のためのダイスロール*1→欲求充足の成否が判明するまでの時間が短い
2.欲求充足のための時間的制約が少ない(24時間365日、欲求充足のダイスロールができてしまう)
3.欲求充足のための空間的制約が少ない(職場のトイレでも、寝室でも、旅先でもダイスロールができてしまう)
4.欲求充足のためのジャンル的制約が少ない(どれほどマイナーな趣味・意見・主張でも、承認欲求や所属欲求の充足が可能な人や集団が見つかる)
5.欲求充足のための方法的制約が少ない(自分が得意とするものや見せたいものだけを提示できる、苦手なものや見せたくないものを隠しやすい)
 
といった特徴を持っている。これらの特徴は、ある程度までは(昭和以前の地域共同体と比較して)80-00年代の大都会にみられるものだった。なぜなら、匿名性が高く不夜城的な大都会は、SNSほどではないにせよ、それ以前の地域共同体と比較すればこれらに当てはまる傾向が強かったからだ。
 
こうして考えると、SNS時代の自意識や自己といっても、その前身は80-00年代の大都会のそれ、匿名的でデジタルな人間関係が可能になったゲゼルシャフト的な都市空間のそれの発展型と考えてもいいのかもしれない。そのことを思うと、SNSがいまどきの自意識や自己を生み出したのか、それとも80-00年代の大都会の自意識や自己をプロトタイプとしてSNSが生み出されたのか、わからなくなる思いがする。
 
現段階の私は、SNSをつくりだした人々が想定していたコミュニケーションが既に80-90年代の大都会のそれだったからSNSがこのように作り出され、SNSをとおして私たちの自意識や自己が今まで以上に1.~5.の特徴を持ったコミュニケーションに慣らされているんじゃないかと想像していたりする。が、twitterやFacebookの創始者が21世紀の人々の自意識や自己を変革しようとはじめから意図していたわけでもなかろうから、こうしたことを一生懸命に考えていても詮無きことだろう。
 
ともあれだ。
こうしたコミュニケーションと欲求充足の構図が20世紀以前よりもずっと優勢になり、ずっと普及してしまったのが2024年の日本社会、ひいては世界全体の構図なのだろう、と思う。こうしたコミュニケーションの可能性は、もちろんパソコン通信の時代やインターネットの黎明期~普及期にも予測可能なものではあった。しかし、普及率がめちゃくちゃ高くなったこと、非常に若い頃からSNSを誰もが利用するようになったことで、もはや避けて通るほうが難しいほど社会に定着してしまった。
 
 

ただし、SNSの影響を受ける人にもいろいろあり……

 
じゃあ、誰もがSNS経由のコミュニケーションにすっかりとらわれて、SNS的な自意識や自己としてできあがってしまうものだろうか?
 
SNSごしに専ら社会を覗いていると、そのような個人がたくさんいるように見える。SNSで癒えることのない欲求充足にあくせくする人々、および、欲求充足と収入を接続させてしまった人々は、SNSという鉄鎖に自意識や自己を縛り付けられているようにみえる。なるほど、アカウントごとに自意識や自己を「分人」することはできようけれども、アカウントひとつひとつにフォーカスをあてるなら、そこで終わりなき欲求充足をがんばっている人は、永遠の苦役と永遠の欲求充足の区別がつかない世界に縛り付けられているようにみえる。
 
しかし、実際にはそんな人ばかりではない。
適度にSNSを利用している人もいるし、1.から5.までの条件にそこまで自意識や自己をゆがめられていない人だっている。では、誰がSNSから強い影響を受けて、誰がたいした影響を受けないのかを考えたくもなる。
 
ひとつには、SNSへ依存せざるを得ない度合い。
欲求充足がSNSの外側でだいたい完結している人は、SNS上で欲求充足する必要がほとんどない。友達や恋人や家族といった、人間関係がSNSの外側にたくさんある人も同様だろう。SNSを使い込む必要も、SNSで欲求充足に明け暮れる必要も乏しければ、受ける影響は小さくなる。当たり前といえば当たり前のことだが、これは見逃してはいけないポイントのひとつだろう。今日、SNSとオフライン世界を区切り過ぎるのナンセンスだが、とはいえ、オフライン世界のほうがウエイトの大きなコミュニケーションは、そうでない、SNSオンリーのコミュニケーションとは質的にかなり違っている。
 
もうひとつは、個人精神病理の問題。
私がこういう言葉を書く際には「病態水準」というテクニカルタームが脳裏をよぎっている。この「病態水準」という言葉は神経発達症(発達障害)が人口に膾炙し、精神分析的な読み筋が目立たなくなった現代では知っている人しか知らない言葉になってしまったが、しかし自己や自意識の被影響性や防衛機制のしなやかさなどを推しはかる際には有用なテクニカルタームだし、ロールシャッハテストなどを読み取る際にもわかっていたほうが良いものだ。
 
……などと書くと大げさだが、ここでは仮に「個人精神病理の問題=ひとりひとりの心の性質、脆さやしなやかさや融通性の問題」と思っておいていただきたい。
SNSの欲求充足の環に入って、たちまちそれに呑まれる人もいれば、わりと平然としていられる人がいる。推し活に熱をあげた時に社会適応ときちんと折り合いがつけられる人がいれば、それができずに経済的・社会的な損失を招いてしまう人がいる。そうした個々人の相違はなんだかんだ言っても大きい。
 
よく、「〇〇という作品を見て影響を受けて犯行に及んだ」などと証言する容疑者がメディアで報じられたりするが、あれも、基本的には個人精神病理の問題とみるべきだろう。ほとんどの人は、殺人事件のドラマや変態的なアニメを見てもそれに影響を受けて犯行に及んだりはしない。だが、ごくまれに、きわめて被影響性の強い人も世の中にいて、そういう人が作品に触れてしまうと、通常は考えられないほど感化されてしまうことがあったりする。そのような「〇〇という作品を見て犯行に及んだ」系の事件は、だから基本的には容疑者自身の特異性が問題にされなければならないし、きっとその人は当該作品に出会わなくても別の何かに出会って影響を受け、何かをやってしまっただろう。
 
もし、本当にドラマやアニメが犯行をうながすものだったら、放送直後にその内容を模倣した事件が同時多発しなければならないはずである(し、もし、そんなドラマやアニメがあったら、確かにそれは禁じられなければならないだろう)。
 
ここで、ちろきしんさん自身のことに話を戻すと、だから、ちろきしんさんがSNSという環境から受ける影響には、ちろきしんさん自身の人間関係やちろきしんさん自身の心の構造──ここでいう心の構造とは、さきほどから登場している個人精神病理といったテクニカルタームがあてがわれる領域として想像していただきたい──の問題が絡んでいる。
 
私はこの個人精神病理の問題に関心をある程度持っていたが、私の好きな理論家はだいたい個人精神病理の問題がそれほど大きくは変化しない(少なくとも、変化を促すのは容易なことではない)と言っているので、私もそれにならい、観測はするけれども改変はできるとあまり考えなくなっている。少なくとも今日の精神医療はそれを真正面から取り扱い、改変を目指すような仕組みにはなっていない。
 
しかし、人間関係や社会関係の網目は人生のなかで刻一刻と変わっていく。そして人間関係や社会関係こそ、人を変え、人を成長させる可能性をもたらすものなので、ここを耕すのが結局一番大事ではないか、と個人的には思う。その際、SNSは味方にも敵にもなりえる。ここから、どんなSNSの使い方が人間関係や社会関係を耕すことに直結するのか、という問いが生まれるだろうけれど、それは今までブログでも本でもたくさん書いてきたので今回は省略する。ともあれ、結局自己や自意識の問題は、自分自身を取り囲む人間関係や社会関係に大きく規定され、またそれらによって変化を受け続ける。だから現在の自分自身の自己や自意識のありように実践的な変化をもたらしたい人には、人間関係や社会関係をどう維持・改変していくのかに意を用いる必要があるし、どのような場(もちろんSNSを含む)でそれを追求するのかに思慮を働かせる必要もある。
 
なお、そうした人間関係や社会関係の操縦の難しさやままならなさについては、たぶん私よりも文学を追いかけている人のほうがセンシティブだと思われるので、そういう人の言葉に耳を傾けると何か聞こえてくるかもしれない。文学も社会適応のよすがたり得るが、書き手にとってはともかく、読み手にとってどこまで効果があるのかはよくわからない。まあこれも個人差があるだろう。SNS時代の生きづらさについては、Xやはてなブログには私よりも詳しい人があちこちに沢山いると思われるので、そういう人の声を丁寧に拾っていってください。
 
 

*1:ここでは、欲求充足のための行動やアウトプットを、TRPGっぽくダイスロール、という表現にまとめておく

RE:郊外都市には文化が無い (……本当に?)

 
anond.hatelabo.jp
 
「郊外都市には文化が無い」、というタイトルの文章がはてな匿名ダイアリーを読んだ。
タイトルが、なんだか大きな釣り針だ。ただし、この名古屋近郊に住んでいる筆者はあるていど誠実だ。というのも、
 

この街の文化と呼べるものに触れ合った記憶が無い。
生まれも育ちもここなのに郷土史とか一切知らねえ。

名古屋やその近郊に文化が無いと言い切っているのでなく、名古屋やその近郊の文化を自分は知らない、と書いているからだ。
 
たとえば自宅と職場とショッピングモールだけを往復している生活をしていたら、自分の暮らしている場所の文化についてロクに知らないこともあるだろう。交通網が発達し、地域共同体への依存度が低いニュータウンで暮らしていれば尚更だ。
 
それについて、名古屋を街歩きした時を思い出しながらちょっと書いてみる。
 
 

名古屋近郊の住宅地には文化が[無い|ある]

 
まず、名古屋近郊のgoogleマップを眺めてみると、以下のようなニュータウンっぽい地形がたくさん見つかる。
 

 
これを衛星写真に切り替えると、戦後に建てられたらしき家々が整然と立ち並んでいる。そうしたニュータウンにはところどころ傾斜があって、かつては丘陵地だったのだろうと見当をつけられる。●●ヶ丘といった地名が残されている場合も少なくない。そうしたニュータウンで神社や寺院を探してみると、密度がとても低く、昔は人があまり住んでいなかったのだろうなと想像される。匿名ダイアリーの筆者は、
 

かろうじて誇れるのは長い遊歩道があることくらいで、それ以外はコンクリートジャングルだ。

と書いているが、長い遊歩道っていうと、たとえばここだろうか? ↓
 
 

 
どこまでも続く人工的空間につくられた、これまた人工的な遊歩道。ここを歩いた時、私は「インフラにお金をかけてるなぁ」と思うと同時に、地元の歴史や文化を実感できる構造物でもないな、とは思った。こういうのを眺めると、文化の砂漠って言いたくなるのもわかる。
  
じゃあ、本当に名古屋近郊には文化が無いんだろうか。
いやいや。そんなことはないだろう。だってそこには名古屋の人、愛知県の人が暮らしているじゃないか。
 
名古屋の街を歩いていると、現在も、現地の方言を耳にする機会がある。それはこの街が東京ではないどこかで、今でも名古屋として(それとも尾張として?)生きられている証拠だと思う。本当に新しい郊外では数が少ないとしても、寺社や神社もちゃんとお祀りされている。名古屋でも、観光客が訪れそうにない小さなお社に人が詣でている様子や、人が世話をしている形跡はちゃんと見つかる。元から暮らしている人にとって、それらは最も身近な神仏なのだろう。
 

 
6月には、山車を繰り出すお祭りを名古屋のあちこちで見かけた。なんでも、江戸時代からやっているお祭りだとか。
 
それから、名古屋郊外といっても、南のエリアは西のエリアや東のエリア*1と少し様子が違う感じがする。たとえば熱田神宮や笠寺とその周辺などは、ゴチャっとした街並みが古めかしくて雰囲気がある。人間が生きてきた、手垢のついた道路を取り囲むように、新旧の建物が無分別に建っている。そこでみかける若い衆の集まりが、どこか東京と違ってみえるのは、彼らが(ひと昔前の言い方でいえば)「ヤンキー的」で「郊外の人」っぽさがあるためだろうか。自動車のエクステリアも、ここでは東京風・オタク痛車風ではなく、そうではない何者か風だ。
 

 
食文化の違いも無視できない。
上の写真は岡崎市(三河国)のもので恐縮だが、この味噌に加えて、きしめんやすがきやといった食べ物が愛知県にはある。好悪はさておき、それらは東京からインストールされた文化とはいいがたい食文化で、控えめに言っても東京の人に比べれば、名古屋の人はそれらに馴染みがあるだろう。食文化にも何か、文化的相違があるわけで、それなら名古屋にも文化があるってことだろうし、こと、食文化に関しては「砂漠みたいな場所」と比喩されるほどの郊外にだって浸透しているだろう。
 
匿名ダイアリーの筆者は、こうした文化的相違に縁がないわけではなく、あまり関心がなかっただけなんじゃないだろうか。
 
関心がなければ、自分の住まう地域が東京とどこまで同じでどこから違うのか、セブンイレブンやユニクロやアマゾンに頼った生活には無い何かが身の回りにどのように・どれぐらい散在しているのか、意識のしようもない。意識のしようがなければ、そこに存在するはずの名古屋固有の文化も記憶に残らず、「ここには文化はない」という結論にも至ってしまうかもしれない。
 
 

文化って、なんだっけ?(特にこの問いに関して)

 
最後に、こういう話題についてまわりがちな問いを付け加えておく。
それは「文化とは何か」という問いである。
 
文化とはなんだろう?
 

 
ある人は、世界遺産や人間国宝と認定されるようなものと、その周辺の芸術や文物や活動を文化と呼ぶ。このような文化観は、人間活動の大半を文化の名に値しないものとみなし、文化として確立していない活動、たとえばユースカルチャーやサブカルチャーやカウンターカルチャーも文化未満とみなし、したがって、これから文化として興隆していきそうな活動や地方に残っていて衰退しつつある活動に対して否定的だ。
 
別の人は、音楽や絵画、踊りや祭り、儀式といったものを文化と呼ぶ。こちらの場合、ユースカルチャーやサブカルチャーやカウンターカルチャーも文化ってことになるし、インターネットのコンテンツたちも文化の産物ってことになるだろう。しかし、この文化観だけだと、地域ごとの挨拶の風習の違いや、方言、漬物のつくりかた、地域の暦といったものが文化として認識されないかもしれない。
 
wikipediaには、文化について広い定義として「総じていうと人間が社会の構成員として獲得する多数の振る舞いの全体のことである」という記述がある。私はこれがいいんじゃないかと思っている。この定義は、私たちひとりひとりが、それぞれの街や地域や共同体のなかで身に付けたり慣れたりするさまざまなものが文化の範疇におさまるからだ。それともうひとつ、この定義には文化の生産者や消費者が社会の構成員である、という含意があるのが私にはわかりやすい。
 
文化は共同体のなかでできあがっていくものだ。宗教的儀式も、方言も、流行り歌も、漬物のつくりかたも、味噌の使いかたも、それぞれの盛り場や商店街の雰囲気も、一人だけでできあがるものではない。熱田神宮あたりでみかける若い衆の服装だってそうだろうし、尾張や三河の方言だってそうだろう。地元の共同体の祭事にかかわる重要なものもあれば、「学生が小腹がすいた時にすがきやに行く」「外野にはわかりにくい味噌の使い方に馴染んでいる」もあれば、「名鉄に乗り慣れている」「ドラゴンズファンの多い地域に暮らしている」といったささやかな感覚も含まれるかもしれない。
 
ちなみに共同体の構成員として獲得する振る舞いという意味では「はてなブックマークの使い方」「インスタグラムの使い方」あたりも文化だと言ってしまえる。はてなスターをもらって喜ぶはてなブックマーカーの性質もそうかもしれない。
 
道路だらけの名古屋なのだから、モータリゼーションに親和的な色々も名古屋の文化の一部だと思う。大都市圏と言って良い街だけど、名古屋はロードサイド的な一面も兼ね備えていて、公共交通機関への依存度が高い東京や神奈川とは気色が違っている。同じくロードサイド的な大都市といえば福岡や札幌も挙がるけれど、じゃあ、名古屋が福岡や札幌と同じかといったら、(風土も含めて)これは絶対に同じではない。
 
そうやって指さし確認していくと、やっぱり名古屋には名古屋らしさとでいうべきもの、他の都市とは違う文化らしきものが人にも暮らしにも土地にも見つかり、その総体としてできあがった文化を名古屋の人は多かれ少なかれ共有しているのだと思う。もちろん名古屋に限った話ではない。福岡や札幌、新潟や岡山、もっと小さな地方都市や町村部もそうだ。東京のコピー的な食習慣や文化がトップダウン的に伝わるようになり、いわば文化の中央集権化が進んでいるのも事実だろうけど、よく見れば、その土地・その共同体ならではのユニークさがそれなり残っていて、東京との文化の相違、ひいては、その土地の文化のプレゼンスになっている。そういったものは、案外スーパーマーケットやホームストアにも現れ出ていたりするし、七夕や盆の季節にはコンビニが実によく地元文化を反映していたりする。そしてそうした文化を、実は(日本海側とか、瀬戸内とかいった)風土が裏から支えていたりもする。
 
こういった文化の違いはいろんな街に出かけて街歩きするとわかりやすいように思うので、
 

東京か田舎かみたいな論争の前に郊外都市をもっと見てくれ。マジで砂漠みたいな場所だから。

匿名ダイアリーの筆者も、いろんな地域のいろんな街、それこそ名古屋以外の街や郊外も見て回ったら、案外、砂漠が砂漠には見えなくなってくるかもよ、と思ったりする。それか、「どんな砂漠にだって文化がある」と感じるようになるんじゃないだろうか。
 
 

*1:西と東のエリアも本当はかなり違っていて、清州や稲沢のほうにいくと田んぼのある街並みが待っている

「向精神薬で自意識や虚無感の悩みが治る?」&「近代に根ざした自意識や虚無感は時代遅れでは?」

 


 
6月25日、小島アジコさんが上掲のような投稿をXにしているのを見かけました。でも、あまりに忙しかったから私は、「向精神薬は個人の気分や行動に作用するし精神疾患に有意差のある改善をもたらすけれども、自意識や虚無感の問題は解決してくれないんじゃない?」とXに書きました。ただ、これは返信の半分(をダイジェスト化したもの)でしかなく、7月になったらブログにまとめよう、と思っていました。
 
そうしたら、アジコさんのほうが手が早くて、6月27日に「物語のパターンは既に出尽くしてる問題に絡めてだけど、近代に流行した鬱屈とした自意識や虚無感、20世紀後半にいい薬がたくさん発明されたおかげで「心療内科にいってお薬を飲めばいいのに」で解決してしまって、物語としての強度を保てなくなってる件について」という長い長いタイトルのブログ記事を書き足してらっしゃいました。そちらを横目でチラチラと見ながら、私は私なりに「近代に流行した鬱屈とした自意識や虚無感」のこれまでとこれからについて書いてみます。
 
 

1.向精神薬は自意識や虚無感を「治して」はくれない。

 
まず、向精神薬は自意識や虚無感を「治して」くれるかどうか。アジコさんは、6月27日のブログ記事のなかで"向精神薬の内服で感性が変わった人が書き記したはてな匿名ダイアリー"を引用しているけれども、私には、自意識や虚無感を「治して」いる例証として不適切だと思いました。なぜなら、当の匿名ダイアリーの筆者は向精神薬によって自意識や虚無感が変化したビフォーアフターを書いているのでなく、向精神薬によって感覚や感性が変化したビフォーアフターについて書いているからです。この匿名ダイアリーの筆者が書き記したように、向精神薬は感覚や感性にしばしば作用します。気分の高低や起伏に作用するものも多いです。しかし、それらの薬効は、まず大原則として【統合失調症や双極症*1やうつ病の病状を評価するスコアをプラセボと比較して有意に改善させた】点にあるのであって、本当にそれらの疾患の首根っこを押さえつけているかすらわからず、当然ながら、ここでいう自意識や虚無感を「治す」ことを目指して臨床投入されているわけではありません。
 
ですから、向精神薬が鬱屈とした自意識や虚無感を「治す」かどうかについて、最もフォーマルな回答は「そのようなエビデンスは存在しません」ではないかと思います。
 
続いて、実際に臨床現場で向精神薬を処方している者として書きます。
さまざまな病態・病状・個人史を持ったそれぞれの患者さんに、抗うつ薬や抗精神病薬や気分安定薬を処方し、経過をみる時、その人の自意識や虚無感が薬物療法で「治った」と感じることはありません。それらの向精神薬が、患者さんの症状や病状、ひいては感覚や感性や気分を変えた結果として、患者さんの自意識や虚無感に関連した諸問題が解決に向かって動き出すことはままあるため、自意識や虚無感のことで悩んでいる人に向精神薬が役立つは可能性はあります*2。が、少なくとも向精神薬単体で、鬱屈とした自意識が改善する、虚無感が軽減する、といったことはないよう思われます。
 
そもそも向精神薬って効果発現の時間が短いですよね。
たとえば睡眠薬のたぐいは速やかに効果が発現します。効果が出るのに時間がかかると言われる抗うつ薬でも、数週間あれば効果が発現するし、それぐらいで効いているか否かを判定していいことになっています。でも、自意識の悩みや虚無感って、そんな短期間には「治らない」じゃないですか。
 
たとえば私自身を思い出すと、鬱屈した自意識や虚無感は20代の頃には強かったけれども30代にはだいぶ軽減し、40代には一年に数回程度発作的に蘇るぐらいになりました。変化の時間的スケールがすごく長かった。そうした長期的な変化に向精神薬がどれぐらい役に立つのかは、判定が難しそうですね。ただ、たとえば社交不安症の人がSSRIを内服した結果、対人関係や社会適応が大きく変化し自意識の悩みや虚無感が薄れていくチャンスを掴んだ、みたいなことは起こり得ると思います。ただし、そのときも向精神薬が直接的に自意識や虚無感を「治す」のでなく、症状や病状を改善させることをとおして間接的に「治すお手伝いをする」といった具合に、控えめに期待しておきましょう。
 
さきほど私は、社交不安症の人を挙げて「対人関係や社会適応が大きく変化したら」と書きました。
ここから思うに、自意識の悩みや虚無感を本当に「治す」のは、対人関係や社会適応ではないでしょうか*3。言い換えると、それは友達の有無だったり、パートナーの有無だったり、社会的なステータスや収入だったり、社会貢献をしているという手ごたえだったり、自分が生きていて構わないと思えるレゾンデートルだったり。
 
承認欲求や所属欲求(ひいてはナルシシズム)の安定的充足、そのための布置ができているか、できていないか、という捉え方も可能かもしれません*4。自分にとって望ましく感じられる人間関係に包まれていること、自分がここにいて誰かのためになっていると感じられていること、等々は自意識の悩みや虚無感にとって重要なことで、逆に言うと、そうした対人関係の成立が困難になっている境界性パーソナリティー症にあっては、自意識の悩みや虚無感が大きくなりやすいのは当然でしょう。
 
あるいはADHDの患者さんでも、その症状や病状が対人関係や社会適応を大きく妨げている場合、自意識の悩みや虚無感が大きくなりがちなのはそうだと思います。でも、ADHD治療薬がそうした症状や病状を改善させた結果として患者さん自身の自意識の悩みや虚無感が(長い時間の果てに)改善していく場合でも、それはADHD治療薬が「治した」のでなく、ADHD治療薬を助けとしながら患者さん自身が対人関係や社会適応をうまくやってきたおかげじゃないのかな、と私なら考えます。
 
ですので私は、向精神薬は自意識や虚無感を「治して」はくれない、病状や症状によっては「治すお手伝いならしてくれるかも……」とここでは答えておきます。
 
 

2.そもそも、自意識や虚無感が語られること自体、減っているのでは

 
ところで、自意識や虚無感の悩みって、昔ほど積極的に患者さんが言語化しなくなったと感じています。00年代に精神科医をやっていた頃は、患者さんからそうした悩みを聞くことは多かったものですし、(自分の受け持ちでなくても)院内の新患プレゼンの症例として目にすることもよくありました。でも今は、そういう自意識や虚無感の悩みを語る患者さんはあまり多くなく、新患プレゼンでもそういった症例は少なくなりました。
 
ですから、そもそも令和の日本人、特により若い日本人においては、昔に比べて自意識や虚無感の悩み、それこそ近代人にあってしかるべき懊悩といったものが観測しにくくなっているのではないか、という疑いを私は持っています。
 
現在でも、自意識や虚無感の悩みをしっかり抱えている患者さんが絶無というわけではありません。また、こちらから質問をすればある程度それに類する言葉を返してくれる患者さんもいらっしゃいます。でも、どことなく精神科医にしゃべっても仕方ないと思っている風だったり、自分の自意識の悩みや虚無感の輪郭をくっきりと表現できない様子の方が多いですね。自意識や虚無感の悩みをハッキリ表現できる人って、今はあまりいないよう思います。というより、自意識や虚無感の悩みを言語化するプロセスにあまり慣れていないのではないでしょうか。40~60代の患者さんのほうが、そういったことを上手に言語化してくれる、というより「ああ、この人は自意識や虚無感の悩みを語り慣れ、考え慣れているんだな」と感じさせることが多かったりします。逆に若い方は、高学歴でもそのあたりがこなれていなかったり。
 
それは年の功の問題でしょうか。それとも観測者としての私が年を取ったために、若い患者さんが「こんなおじさんに語ってもわかってもらえないから」と諦められているためでしょうか。私の用いる語彙が操作的診断基準に準拠していて、自意識や虚無感の悩みについて語り合うのに適したフォーマットになっていないからでしょうか。でも、私自身が診る患者さんでなく、院内の新患プレゼンの症例にも似た傾向がみてとれるので、やはり、自意識の悩みや虚無感が言語化されにくく観測されにくくなっている、少なくとも20世紀末~00年代あたりに盛んに語られた風にそれらが語られなくなっている、とは言えそうに思います。
 
だからといって自意識や虚無感の悩みがなくなったと言いたいわけではありません。それらの語られかた・現れかたが昔と違ってきているんじゃないのか、と私は疑っているわけです。アジコさんが述べたことにも繋がりますが、近代のマインドに即した自意識や虚無感の語られ方がすたれて、実際問題、マインドそのものも近代に前提とされたそれから遠ざかっているんじゃないでしょうか。
 
 

3.ポスト近代の自意識と虚無感とは

 
アジコさんは、自意識や虚無感の悩みについて、近代のマインドに基づいている的なことを書いてらっしゃいました。ちょっと引用すると、
 

 さて、やっと、近代文学の話になります。
 近代はざっくりと、神様が死んで、『人』が、大きな社会に属する一部品から『個人』となっていく時代です。個人主義。ゲマインシャフト(地縁や血縁などで深く結びついた自然発生的なコミュニティ)からゲゼルシャフト(利益や機能・役割によって結びついた人為的なコミュニティ)に移り変わっていく時代です。ゲゼルシャフトの下では、人は、常に『自分は何者か、何をもって個人として行動し、意思決定をするのか』を問われ続けます。自分の住んでいるコミュニティが自分を既定してくれない。自分で、自分を既定して、属するコミュニティを決めなければならない。自分で自分を定義する、その嘆きとかなんか辛いっていう感情をしたためて、みんなで共感できるコンテンツになったのが近代文学であり『近代に流行した鬱屈とした自意識や虚無感』であるわけです。

この文章に、大筋では同意します。近代のマインドは個人主義的で、自己決定的で、自由意志を尊重します。それから理性的・合理的な主体性が個人にはあるべきで、衝動的・非合理的な主体性は個人として好ましくない、みたいな前提もあるでしょう。でもって、そうした近代のマインドが内面化されているのに実際にはそれが実践できない葛藤のうちに近代文学の花が咲く、といった連想が浮かびます──たとえば夏目漱石『こころ』の"精神的に向上心のない者はばかだ"とか。それから近代のマインドは個人に一貫性のある歴史とアイデンティティを想定していて、その個人の歴史性やアイデンティティが動揺する際にも近代文学の花が咲く、といった連想も浮かびます。
 
では、こうした近代に想定されて、理想視されていた個人のあるべき姿は、今も信奉されているのでしょうか? また、どこまで成立可能でしょうか?
 
アジコさんも書いてらっしゃいましたが、個人主義(および個人主義という物語)はなんだか難しくなっていると思います。もちろん、今日でも個人主義者たれという規範が一応は存在しています。けれどもそれは規範でしかなく、みんなに篤く信奉されている物語とは思えないし、実践し甲斐のあるライフハックになっているとも思えません。もし、20世紀同様の個人主義が今でも信奉しやすい物語で実践し甲斐のあるライフハックだと思ってらっしゃる方がいたら、その人は、よほど近代という物語の枢要に近い場所でお育ちになっている人ではないかと想像したりします。近代の舗装がはげ落ちかかっている領域や、もともと近代の舗装が不十分だった領域ではもう、近代という規範は不器用な勉強家の努力目標でしかないように思われるのです。
 
実際には、私たちの心は行動経済学的にナッジされ、アーキテクチャの権力に管理されたりしているわけです。昔もそういうのはありましたが、現代のほうがそういうのが目立つし、そういうものに自分自身が晒され操作されていると自覚しやすいでしょう。そんな状況下で、近代というお題目、近代という物語を真正面から信奉するのは難しくないですか。信奉したってご利益なさそうじゃないですか。
 
そのうえ、私たちは(平野啓一郎的にいえば)「分人的」に生きています。
 

 
幾つものアカウントをつくり、ネットサービスごとに違ったポストを繰り返し、学校・会社・読書会・婚活、それぞれの場面で違った顔をする社会適応は当たり前のものになりました。かつて、そうした個々の場面で違った顔をするのは一部の職業・身分の人だけやっていた。でも今では誰もがそういうことに慣れてしまっています。個人のアイデンティティや歴史の観測者兼アンカーになっていた共同体がほとんどなくなった今、そもそも、個人のアイデンティティや歴史を一貫して観測可能なのは自分自身ぐらいのものです。しかし、その自分自身すら、いざとなったら垢消しして「なかったことにする」「黒歴史扱いする」時代じゃないですか。そんな今、個人のアイデンティティや歴史っていったい何でしょう? まして、その一貫性のある物語とは……?
 
個人のアイデンティティや歴史を一貫して観測できる人間がもう自分自身ぐらいしかいなくて、その自分自身も「分人的」に考え、いざとなったら垢消しして「なかったことにする」時代になってしまったら、「分人」の話は与太では済まされないものだと思います。かつて私は、こうした平野啓一郎的分人主義を「与太でしかない」と思っていましたが、でも時代が経つにつれて、人々のマインドが変わっていく方向は確かにこちらではないか、と思うようにはなったのです。
 
もちろん個人は「一貫性のある記憶」に未だ束ねられていて、決して解離などという症候学的語彙が当てはまる状態ではないのですが、それでも個人のアイデンティティや歴史に一貫性を期待し、強調する向きは20世紀と比較してゆるくなっていますし、地域共同体や血縁共同体といった個人のアイデンティティや歴史に一貫性を外側から提供してくれる装置が復活する見込みはありません。そうしたなか、個人のアイデンティティや歴史に「一貫性がなければだめだぞ」とみる圧力は乏しくなる一方だ、とも思われるのです。
 
とりわけインターネットの領域では「一貫性がなければだめだぞ」という圧力はほとんどゼロですからね。Aというアカウントでは会社や学校での活動を賛美し、Bというアカウントでは呪詛を並べ立て、Cというアカウントでは地下アイドルの推し活をやる……みたいなありようが、令和では当たり前になりました。もちろん90~00年代にもそういうありようが無かったわけではありません。でも、それがアーリーアダプターの特権からレイトマジョリティまで不可避になったのは大きな違いだと思います。それって、すごく近代っぽくない、近代よりも後、つまりポスト近代的な現象ではないでしょうか。
 
20世紀の段階でも、近代のマインドの変化は色んな人が書き残しました。私に馴染み深いところでは、リースマン『孤独な群衆』やコフート『自己の修復』なんかですね。
   
リースマンは、近代然とした、フロイトがひも解いたような「内部志向型人間」のマインドの次が来ている、それは他人の反応や評価にもっと左右されやすい「他人志向型人間」だ、と言いました。リースマンを読んでいて私が楽しいと感じるのは、彼は近代のマインドの次を記しただけでなく、プレ近代のマインドも記していて、プレ近代→近代→ポスト近代のマインドの変化と社会環境の変化を追える読み方ができる点です。
 
コフートも、フロイト直系の精神分析の想定するマインドがうまく当てはまらない、その次の時代のマインドの到来を告げましたが、ざっくり書いてしまうと、それも他人の反応や評価に左右されやすいマインドでした。
 
リースマンもコフートも何十年も前の人です。そのうえで、今のマインドはどれぐらい近代で、どれぐらいポスト近代なのか? って考えてみましょう。近代に典型的なマインドってだいぶ珍しくなっていて、近代にそぐわないマインドのほうが社会適応しやすい、そんな時代が到来しているんじゃないですかねえ、と私はいつも思っています。
 
近代の典型的なマインドが珍しくなってしまったら、そのとき、人生の物語化はどうなるのでしょう?
そのとき期待される物語は、夏目漱石のそれとは違うと思います。村上春樹ならどうでしょうか? まあ、いくらか近いかもしれませんが、村上春樹にはまだ近代の残滓が残っていたりしませんか。それなら……。
 
どのあたりの創作作品に2020年代のマインドがくっきりと反映されているとみるべきかは、ここではちょっと保留します。ともあれ、20世紀と同じでないことは確かです。で、以下のアジコさんの文章にも基本的に同感です。
 

シロクマ先生がおっしゃってる、個人史での、『そういう虚無とかからの逃避』というのは、あります。でもそれは『普通のサラリーマンが親子ほどの年の離れた女の子とセックスする話』によってなされます。むしろ、文学というのは、『そのような個人史では解決できない【自意識や虚無感】』を扱って来ました。でも、その【自意識や虚無感】自身が、本当は存在しないものだとしたら……?一体、俺たちは何と戦っているんだ…まるで、幽霊じゃないか……。ここに意味なんてあるのか…。もともと、意味なんてないってわかってたけど、本当に意味がないのか……。というのが、『いい薬』が発明されて以後の、個人主義的文学が置かれている状態だと思います。

近代のマインドが失効したなら、近代に即した葛藤も失効し、近代に即した自意識や虚無感も失効する……んじゃないでしょうか。そうなった時、人々に期待される物語やソリューションも近代とは違ってくるでしょう。そのときには、案外アジコさんが挙げていらっしゃったように、向精神薬の作用がソリューションと思えたり、ずっと年下の異性とセックスすることがソリューションに思えたりするかもしれません。一貫したアイデンティティや歴史が求められず、それについてまわる規範がゆるくなって葛藤することも少なくなったら、そういうごまかし(のように私には見えるもの)が必要十分なソリューションになったりするのかもしれません。
 
個人史も「分人的」、それか「断片的」になって、自意識や虚無感も、それぞれのアカウント、それぞれの場面ごとに浮いたり沈んだりするようになるのかもしれませんね。仕事中は死んだ目で働いていても、帰宅してweb小説を読んでいる時にイキイキしていればそれで私は生きていける。そこで葛藤する必要はもうない、みたいな。
 
そもそも、葛藤ってのも古臭い言葉ですね。葛藤しないことが正しくて、推しと一緒にクソデカ感情が隆起して、葛藤をブロックしたりミュートしたりできるアーキテクチャが存在するご時世に、律儀に葛藤するのは馬鹿げています。昔ながらの人はともかく、マインドのつくりが近代から遠い人において、折り目正しく葛藤するのかは甚だ怪しい、と私は疑っています。あとはアジコさんのおっしゃる、
 

あと、それとは別にゲマインシャフト2・0というのを自分は感じていて、個人で選び取った所属が、実は自分で選び取ったものではない問題というのが、いま発生していると思うのですが、そこらへんは、また長くなるので。インターネットのせいで生じるエコーチャンバー。みんながみんな何かに洗脳された状態で、自分の意志や自我を持たず、しかし本人はそれを『自分の自我』だと信じている状態。でもそこには個々人の『鬱屈とした自意識や虚無感』は存在しない。大きな所属、誰かの物語に巻き込まれる人たちが今、すっげー多いんじゃないかな、って思っていますし、そしてそういう人は小説を読まない!

このあたりの話。
 
近代に信奉されていた自己選択や自由意志が失効しているとして、次の時代の自分とは何か。ここでも、近代という物語に依拠した自分ってやつは弱くなっているでしょう。でも、その近代がそこまで弱り果てている領域は都会のアーリーアダプターやインテリのいる場所ではなく、地方も含めた、もっとありふれた人たちのありふれた場所で先行している感があります。ですから都会の専門家たちは、この事態を軽視しているか、あまりうまく言語化できていないのではないかという予感もあります。ゆえに、2020年代の精神を体現している日本の作家や思想家、というのは咄嗟には思いつきません。いや、本当のところはわかりません。どこかにいるのかもしれないし、これから探すべきだとも思うのですが、道半ばです。
 
ああ、すっかり長くなってしまいました。
  
昔だったら、こういう長めの雑談を専門家の人もブログに書いてらっしゃったと思うのですが、みんなどこかに行ってしまったので、こういう話の相手をしてくれる人がすっかり少なくなってしまいました。アジコさん、いつもありがとうございます。こういう雑談ができることを嬉しく思います。
 
 

*1:双極性障害

*2:もちろん、その悩みの背景に診断学的に妥当な診断があり、向精神薬の標的たりえる症状や病状があるという前提の話です、闇雲な適応外使用を勧めるものではありません

*3:ただし、アジコさん自身も含め、創作大好き人間の場合は自分が思うような創作や表現ができていることもある程度は大事です。でも、その創作大好きな人間だって、生前のゴッホみたいな境遇には簡単に耐え切れず、対人関係や社会適応、ひいては社会的評価に自意識や虚無感は左右されやすい、みたいなことは思います。ヘンリー・ダーガーみたいな人もいますが、ああいう人を例外ととらず一般的ととるのは間違っていると思います

*4:承認欲求や所属欲求やナルシシズムが自意識の悩みや虚無感とどのように関連するのか、と問われたら、私は、それが瞬間的に充たされているかどうかでなく、それが安定的に充たされ得る布置ができあがっているか否か、に着眼したほうが大切だと答えます。それはナルシシズムがどれだけ成長し社会的に妥当なかたちで充足の手段ができあがっているかだったり、承認欲求や所属欲求を充たしてくれる対象との安定的な関係性が構築できているかだったりします

わかってもわからなくても、信仰は生活のなかにあるよ

 
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黄金頭さんが、books&appsにて「おれたち日本人には『信仰』がわかるのだろうか」というタイトルの文章を寄稿してらっしゃった。そこに登場する宗教の話は、前半はドーキンスや無神論とその周辺の話、後半は吉本隆明や鈴木大拙などを引用した日本で宗教について真剣に考えた人の話だった。
 
日本人にとっての仏教や神道は、ひいては私自身や黄金頭さんにとっての仏教や神道がどこまで信仰たり得るのか、たり得ないのかを考えるにあたって、東西の宗教論は参考になる。それらの宗教論に基づき、あの人のは信仰たり得る、あの人のは信仰たり得ない、といったことを考えることは可能だ。
 
私も大学卒業の前後ぐらいから仏教についてお勉強をしたから、宗教や信仰の輪郭について考えてみたことがある。そして浄土真宗の家に生まれた者としてや、日本の大乗仏教全般を思想として好んでいる者としても、私なりに色々考えたこともある。
 
でも、「それってなんだか不完全だ」とも思ってきた。仏教って、いやたぶん神道やキリスト教やイスラム教もだけど、書物をとおして思弁するのはなんか違うと思う。宗教や信仰ってやつは、もっと素朴な実践が大きなウエイトを占めているんじゃなかったか。
 
そういう気持ちを強く思い出す番組がNHK+でリコメンドされていた。新日本記「四国 花遍路」という番組だ。
 
この番組では、四国八十八か所巡礼に携わるさまざまな人々の信仰のありようが登場する。その巡礼は、必ずしも歩いて八十八か所札所を巡ることにこだわるものではない。札所の近くの民宿を運営する者、お接待として絵を描く者、全体のごく一部の札所だけお参りする者、お大師講に集まりもはや何の儀式なのかもわからぬまま儀式を行う者、それらも四国八十八か所の信仰の一部で、ひいては弘法大師信仰の一部なのが伝わってくる内容だった。
 
これは、実際に四国八十八か所を巡礼している時にも強く感じることだ。四国八十八か所を巡礼していると、般若心経やご真言を唱和したり、とにかく没入感がある。ただし、いまどきの巡礼は仏教色の強いものではないので、人によっては信仰には見えないし、わざわざそう見るべきでもないのかもしれない。
 
他方で、四国八十八か所で目にする信仰は、しばしば素朴だ。
 

本堂や大師堂にはしばしば折り鶴や水子供養?のためのぬいぐるみといったものが沢山飾られている。旅の道中にあるお地蔵様には、みかんが備えられていたり毛糸で編んだ帽子がかけられていたりする。
 

弘法大師も、高野山奥の院のような荘厳なイメージを喚起するのでなく、このもみ大師のように、ご利益を連想させる姿をとっているものが珍しくない。
 
巡礼者たちにしても同様だ。現世利益を求める者、自分を見つめ直すために旅に出る者、いつしか巡礼が病みつきになってしまった者、等々さまざまだ。それでもお経を唱え、納経をし、行く先々のお寺の本尊を拝み、ここに仏様やお大師さまがいると感じ、巡礼の決まりごとを守っている点は共通している。
 
西国三十三か所観音霊場巡礼も割とこれに似ていて、「私は一度身体を壊したけれども、観音様の御力でやっと元気を取り戻せました。以来、時間があったらこうして巡礼をくりかえしているんです」と嬉しそうに語っている中年の男性に出会うことがあった。そして西国巡礼でも四国巡礼でも、いまどきは生真面目にお詣りするだけでなく、その土地の食べ物に親しみ、同じ旅路を行く者とのコミュニケーションを楽しんでいる一面が伴う。
 
もちろん、こうした素朴な信仰らしきものは巡礼に限ったものではない。私が生まれ育った地域では、子どもの頃から地元のお寺の行事に連れられていくのが当たり前だった。そこでお菓子をもらったり、連れられて来た子ども同士で遊んだりする。隣の町のお寺には寺子屋がまだ残っていて、読み書きそろばんやお経をお寺で勉強させてもらう風習が残っていた。
 
他にも、お葬式の帰りには塩を蒔く・年越しには地元の社に集まって酒を飲む・大事なことがあった時には神社でおはらいをしてもらう、等々の風習が残っていた。子どもだった私は当然として、大人たちにしても、それらの風習の宗教的意義を理解してやっていたとはあまり思えない。ただ、そうするのが当たり前で、神仏をうやまうのも当たり前で、そういうことをするのが自然だったからそうしていたのだと思う。
 
私が地元を飛び出した後も、そうしたことがなくなってしまったとは言えない。
 

こうしたお守りを購入して子どものかばんにつけておく、お札を購入して鬼門に貼っておく、といったことは今もやっている。初詣やお盆の墓参りも健在だ。正直、それらが私自身の仏教/神道信仰においてどんな宗教的意義を持っているのかわからない。特に私の家は浄土真宗だから、教理に忠実に考えるなら初詣は不要だし、四国巡礼や西国巡礼で購入したお守りを身に付けておくのは教理に反する気がする。しかし、このゴチャっとした、ロジックでは説明できない、「そうすることが自然と思えるこれら」が私の信仰の本態なのだと思う。私ほど仏教や神道を意識しない人でも、初詣やお盆の墓参りやお守りやお札といったかたちで信仰の残滓を残している人は珍しくないだろう。
 
 

生活に残っている残滓たちを信仰ってもっと呼びたい

 
こうしたことを、もっと巧みに専門家の見地から書いた書籍もある。『日本の庶民仏教』という本だ。この本の著者は、文化としてピカピカに残されている仏教と対置するものとして、民衆の生活に寄り添ってきた仏教について、以下のように表現している。
 

 
 支配者や僧侶は深遠で煩瑣な教理を思弁したり、荘厳華麗な仏教芸術を鑑賞する優雅な生活ができた。したがって日本各地に、世界にほこるべき仏教文化がのこされたのである。それは多数の経典や論疏や、大伽藍や仏像仏画、あるいは法会儀式としてのこっている。しかし私がここで不用意に「のこっている」といったように、それらは仏教の遺物・遺跡として存在するといったほうが適切ではないだろうか。
 一方、民衆の側は、農民や漁民や職人や商人として、その日その日の生活に追いまわされ、哲学や思想や芸術をもてあそぶほどの、優雅な余裕はもちあわせていない。それでも生活上の不安や苦痛、悩みや不幸があれば、かれらが平素からささえてきた仏教に、救済を求める権利はある。それを仏教は葬式仏教ではないと軽くあつかわれたり、祈祷仏教ではございませんとことわられたのでは、民衆は立つ瀬がない。

仏教の教理経典を理解すること、世界的な仏教芸術を見て学ぶこともいいだろう。けれども世の人々に親しまれ、心の支えとなり、人と人とを繋ぐ紐帯として役立ってきた仏教は、そこまでご立派なものではない。なかには迷信と紙一重のもの、迷信そのものもあっただろう。だとしても、そんな信仰が民衆を助け、民衆の生活の一部として生きられてきたんだ、という話はよくわかる。
 
でもって、そうした民衆の生活を助ける宗教、民衆の生活の一部として生きられる宗教は案外とまだ残っている。それは四国巡礼や西国巡礼のなかにも、いわゆる葬式仏教のなかにも、お盆やお正月に私たちがほとんど本能的に手を合わせたり、神棚を祀ったりする習慣のなかにもまだ残っている。管見では、イタリアでも台湾でもフランスでも、こうした民衆の生活の一部として生きられている宗教は健在のようだ。ドーキンスあたりに、そういった生活の一部として生きられている宗教や信仰がどう見えるのかはわからない。しかし本来、宗教ってのは大上段に構えるべきものでも、高尚なものでもなかったはずだと思うので、私なら、そういうものも信仰のうちにカウントしていきたいし、自分の内側に残っているそうした信仰とこれからも付き合っていきたい。そんなことを、冒頭リンク先を読んで思いました。
 
 

良いところも悪いところもあった映画『トラペジウム』

※この文章は映画『トラペジウム』のネタバレを平然と含んでいます。心配な人はブラウザバックしてください※
 


 
前島賢さんがおっしゃるには、映画『トラペジウム』はロールシャッハテストであるという。実際、X(旧twitter)では色々なオタクの人がこの作品について色んなことを言っているのを目にした。そこで私も観に行ってみることにした。噂にたがわず、お客さんは少なかった。
 
「アイドルを目指す主人公が、東西南北(仮)という四人組をつくってアイドルを目指す作品、今流行のギスギスシーン有り」と書いてしまえばありがちに聞こえるかもしれないけれど、なんというか、すごく変わった作品だった。私自身は、面白いと感じた。でも私が面白いと感じたのはこの作品から面白さを汲みあげてやろう・面白くなさもしっかり探してやろうと身構えていたからだと思う。この作品の序盤はそういう身構えた視聴態度に向いていて、つまりアニメをねっとり視聴しようと考える人・ねっとりと視聴したい人は序盤から作品に踏み入っていくことが可能だ。でも、アニメ映画をもっと楽な姿勢で眺めていたいお客さんを作品世界にご案内するようにできているとは言えない気がした。
 
そういう、みずから作品に踏み入っていくことを要求する作風・踏み入っていけば面白味や気配りがみえてくる作風はアニメフリークな人にはたまらない点かもしれないけれども、この作品を広く遠くに流行らせるには問題があるように思えた。
 
 
 
以下、感想というほどまとまっていない、映画『トラペジウム』を観て思ったことを書き残してみる。
なお、これを書く半日ほど前に小島アジコさんらとごちゃごちゃと意見交換し、そこで見聞きした話から影響を受けていると思うので、そういう前提だと思っててください。その小島アジコさんは、映画『トラペジウム』について以下のような投稿をXにしています。
 
私はアジコさんがこう書いていたので not for me だと思ったけれども、映画館で眺めている最中は「いけるいける、面白い」と感じていました。今もそうです。
 
でも、これはどうかな。東西南北(仮)それぞれがみんな違うのも、願望や性格に違いがあるのもまあわかる。でも私は、南の子、西の子について一回きりの視聴ではわかった気がしませんでした。それで良かったのかもしれないし、そういうところも本作品の良さかもしれない。摩擦係数0のツルツルなキャラクターならともかく、実物の人間ってもやもやしていてわからないものじゃないですか。この作品のキャラクターたちには、そのもやもやに通じるものがあり、良かったように思われました。
 
 

人を選ぶ作品なのは間違いない

 
・この作品は、10代の友達関係、そのたわいもなく、脈絡もなく、一緒にワチャワチャやっているだけで楽しい時間の貴重さを思い出させてくれるし、主人公の東は最終的に格好良い大人になった様子だった。ただ、そういう理解に至るまでの道のりが険しい作品だ。ワインでいえば、「高いポテンシャルはあるけれども、最初の一口で初心者から上級者まで魅了するようなワインではなく、渋みと酸味で不慣れな人を狼狽させてしまうワイン」みたいな感じだろうか。
初心者から上級者まで魅了するワインに難しいところがないのと同様に、初心者から上級者まで魅了するアニメも難しいところがなく、楽しみ(の全部とは言わないが多く)はスクリーンの向こう側から勝手にやってきてくれる。でも映画『トラペジウム』はそうじゃないよね。視聴者がスクリーンに楽しみを取りにいかなければならないし、忍耐を強いられたり過去の古傷を思い出したりさせられる場面がある。東の言動は特にそうだ。
 
・序盤は、東がアイドル結成のメンバーを探しに行く場面が続く。一応アイドルものと仄めかされる描写はあるけれども、本当にそうなのかちょっとわからない気持ちになる。アジコさんは「まともな映画のまともなシナリオは最初の5分でどんな映画かテーマがわかるものだが、これはそうじゃない」とおっしゃったけれども、その意味では本作はまともな映画のまともなシナリオから逸脱している。「確かアイドルについての作品だよね?」みたいなことを思い出しながら、手探りで視聴しなければならない一面があった。
じゃあ、それが悪いことだったかといったら、そうとも言えない。この作品は東が自己中心的にアイドルを目指してしまうストーリーが目立つ一方で、東西南北(仮)の四人組が友達として色々なことをやって思い出を作っていくこと、それを通して変わっていくことも大きなウエイトを占めていて、後者が本命だったとさえ言える。だからアイドルっぽさの目立たない序盤の展開は、本当は、この作品の通奏低音を観測しやすいパートでもあるのだけど、初見の段階ではその構図に気づけず、「こいつら、何やってるんだ?」感のほうが強かった。東のノートがアイドルを目指していることを示唆しているのはそうだけど、実際には東がノートで予定していたとおりにはならず、それをどう解釈すべきかが初手ではわからない。繰り返すが、それが悪いことだったかといったら、そうとも言えない。後から思い出すとあれで良かったんじゃないの? とも思える。
 
・なにより主人公の東のくせが強すぎる。あのメンバーのなかで東だけが本当にアイドルを目指したがっていたが、結局それは自己中心的で、東西南北(仮)は崩壊してしまう。Xでは、この東を非常に悪く書いている人もいたが、それは無理からぬことと思う。制作陣はこうなることを覚悟のうえで彼女をああ描いたのだろうし、彼女の成長過程の一部として重要な描写だと思ったけれども、とにかくきつかった。「きつければきついほど良い」みたいなハラペーニョ依存っぽいアニメフリークには受けがいいかもだけど、私はもう少し甘口のほうが好きなので、とても、しんどかったです。
 
 

でも、この作品だからこその魅力・表現はあるよね

 
・そんなこんなで難しい作品だったけれども、いいものを見せてもらった、という感想が残った。アジコさんは、「ハレとケ」という表現を用いて、アイドルというハレの体験に対してケの体験が重要だ、といった表現をしていたけど私も同感だ。私だったらケの体験を「十代の友達同士がただたむろっている体験」とか「戦略性とか抜きに、友達同士でワチャワチャやっていられる体験」って呼ぶだろう。あの四人組の未来を支えるのは東のアイドル戦略に沿った体験ではなく、一緒にできることをただやっていた体験のほうで、それって十代の青春においてめっちゃ大事なエッセンスだったよね、ということを本作品は強く思い出させてくれた。
 
・この視点では、アイドルを目指しているのか不明瞭に見える序盤が、まさにケの体験、十代の青春の一部だったんだなと思い出される。高専のロボット大会準優勝も、夏の花火も、ボランティアも、戦略的にやって戦略的に成功したかどうかは本当は重要ではなかった。そのとき友達同士で一緒に楽しんでいたことのほうが重要だった──そのようにこの作品は描かれている。でもって、それはアイドルを目指す過程もそうだったのかもしれない。テレビ番組に備えて自主練をやっていた頃、東だけでなく他の三人もキラキラと輝いていた。つまり自主練をやっていた頃の東西南北(仮)は(東の戦略にとってそれがどうだったのかは別にして)ケの体験の領域に属していて、十代の青春をちゃんとやっていたのだった。ところが大人の領域に進出するなかで東の戦略性の有害性があらわになるようになり、ついに東西南北(仮)は壊れてしまう。
 
・私は、東西南北(仮)のみんなは「ちゃんと壊れてくれた」と思った。壊れるまでのプロセスは見ていていやな気持ちでいっぱいだったが、全員壊れてくれたこと自体にはホッとした。西の子が最初に壊れた。無理してたから。北の子も彼氏の問題が露見し、南の子もちゃんとギブアップしてくれた。南の子は流れに身を任せるのが得意な人っぽかったが、それが出来過ぎるのも考え物だ。でも友達が壊れていくなかで彼女自身もちゃんと壊れることができていた。壊れるべき状況下で壊れるのは、とても大切なことだと思う。10代だったら尚更だ。
東だってちゃんと壊れていた。あの東西南北(仮)が終わってしまう場面の彼女の振る舞いは、単なる自己中心的な行動のそれを超えていて、タガが外れていた。でも彼女は自分が友達にやったことを振り返ることができるぐらいにはマトモで、ベランダではきっちり泣いていた。あのベランダのシーンの直前、母親(?)から「良いところも悪いところもある」と言われていたシーンが私のお気に入りだ。作中の東、ひいてはこの作品を表現する言葉として「良いところも悪いところもある」という言葉ほど似合うものはないし、あの時の東にはその一言が必要だった。もし、東が自分が友達にやったことから逃げ続け、自己欺瞞を貫こうとしていたら自己欺瞞に食われていたかもしれない。
 
・東はいつもアイドルのことを考えている。そのせいで、東は友達同士の時間を作る側でなく削る側……と、思い込んでしまいそうになる。でも、そうとも言い切れない。アイドル活動だってある時期までは「一緒にできることをただやっている体験」のひとつとして東以外には体験されていたんじゃなかっただろうか。もしそうだとしたら、東が持ってきたアイドル活動は北の子が持ってきたボランティア活動や西の子が巻き込んだ高専ロボット大会と(ある時期までは)並置されるべきことだったのかもしれない。あと、アイドル以外の活動をやっている時の東の顔って、はじめは曇っていてもだんだん良い顔になっていくんですよね。東のそういう性質はとても良かったと思う。
視聴者の視点から見ると東の自己中心性やアイドル活動の厳しさが意識されるけれども、西の子は西の子で、北の子は北の子で、それぞれのやりたいことを友達に付き合ってもらっていた。高専ロボット大会で準優勝ってのは巧いところで、「もし、あの時優勝していて西の子中心の物語に向かっていたら」というifを連想させる。その際には、それぞれの立場が入れ替わっていたかもしれない。
 
・ボランティア活動の話の時に、北の子が「ボランティア仲間じゃなくて友達って言ってよ」的なことを言って怒っていたのが、すごく効いていると思った。この作品、そうやって友達同士でワチャワチャやっている時間が大事なんだってサインはちゃんと視聴者に送ってくれているわけだ。この台詞は、その後アイドル活動に飲まれていって生気と正気を失っていく彼女たちの姿と一貫性があり、納得感がある。これと正反対の台詞が、東が北の子にぶつけた「彼氏がいるなら友達にならなければ良かった」だ。これは北の子にとって耐え難い一言だったはずで、転じて、「アイドル目当てで付き合っているなら友達にならなければ良かった」というかたちで東自身に跳ね返ってくる呪いの一言でもあった。
繰り返しになるが、このあたりの東の言動は見ていて本当に辛かった。東自身も呪いに焼かれ、反省もし、そののち、仲間たちと一緒に成長する。大きな過ちがチャラになり得るのも10代の友達同士だからこそ*1だとも言える。ラストの描写もいいだろう。でも、そうした色々を許せるのは、私にとってかなりぎりぎりのことで、私自身が「一緒にできることをただやっている体験」や「ケの時間」を高校時代に積み重ねてきたと感じていることに支えられている。もし、私がそうでなかったら東に対して堪忍袋の緒が切れていたかもしれない。
冒頭に貼り付けた前島賢さんのXのポストを思い出す。東西南北(仮)が破綻を迎えるシーンでは、強烈なエモーションが喚起される。あの、客観的になりきりにくい時間帯に自分自身の高校時代や友達関係を思い出さずに視聴し続けるのは至難の業だから、そこが本作品の感想に直結するのは避けがたい。
 
・そうである以上、まだ10代を経験しきっていない現在の中高生が本作品をどのように受け取るのかは興味があるけれども、10代の人がこのアニメに吸い寄せられるかは、正直よくわからない。
 
 
はじめは2000字ぐらいにまとめようと思っていたけれども、書き連ねるうちにこんな長さになってしまった。それは私なりにこの作品にエモーションを掻き立てられ、青春の一幕を思い出したからなんだろうけれど、それだけで言い切った気にはまったくなれないし、なぜこのような映画が眼前に現れたのかも正直よくわからない。そういうよくわからないアニメ映画を鑑賞できたことは、とても良かったと思っています。
 
 

*1:大人の間であれが起こったら許しがたいだろうし、そもそも大人の間で本作の物語のような出来事は、本作で語られるようなかたちでは起こらない