シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

"「萌え」の時代から「推し」の時代へ"について

 
オタクの"界隈"で「萌える」という言葉を見かけなくなって久しい。
かわりに、「推し」という言葉を見かけるようになった。
このことについてtwitterの片隅で幾つかの意見を見かけ、私も何か書き残したくなったので、先週の続きとして書いてみる。
 
「推し」という言葉は、どちらかといえば実在アイドル方面で用いられてきた言葉だったと記憶している。アニメやギャルゲーのキャラクターに対して「萌える」という言葉が頻繁に使われていた90年代後半~00年代中盤にかけて、「推し」という言葉は"界隈"ではマイナーで、いわゆる二次元の美少女キャラクターは専ら「萌える」対象だった。
 
「萌える」という言葉は『電車男』が流行した2005年以降はニュアンスが単純化していったけれども、もともとは多義的なニュアンスを含んだ言葉だった。
 

「萌える」という表現がオタク達のボソボソオタク談義のなかで広がった要因のひとつに、「エロい」とかに比べて恥ずかしさや性的願望を何とかオブラートに包みたい、包みこもう、という必死の願望&努力があったんじゃなかったかと俺は考えている。例えば俺が「茜に萌える」「琴音に萌える」っていう時には、オタク仲間との会話のなかで贔屓キャラを何とかプッシュしたいんだけど(セクシャルな願望を萌えキャラは牽引したりしてるものだから)恥ずかしかったり勘繰られるのが嫌だった。そういう時に「萌える」ってのはなかなか便利な言い回しで、「愛してる」とも「ヤりたい」とも言えず、まして「俺の女」だなんて到底言えっこないオタク的状況下において重宝した。
[参考]:弛緩した「萌え〜」からは、萌えオタ達の複雑で必死な心情が伝わってこない - シロクマの屑籠

 
2006年に書いた上掲リンク先にも記したように、「萌える」という言葉にも「推し」に近いニュアンスは含まれていた。ただし、それだけではない。美少女キャラクターに惹かれていることや性的願望を抱いていることへの気恥ずかしさのようなニュアンスもしばしば込められていて、実際のところ、そういった複数のニュアンスの混合物として「萌える」という言葉がしばしば用いられていた。
 
00年代の中盤以降、"界隈"で「俺の嫁」という言葉が優勢になった時期もあったが、ときには「萌える」という言葉に「俺の嫁」に近いニュアンスを込めている人もいた。そういった、「萌える」という言葉の多義性や融通性は、前後の文脈や語勢などから判断するものだった。
 
ああ、こうやって振り返ってみれば「萌える」という言葉が衰退したのもよくわかる。"界隈"で多義的に使われていた「萌える」という言葉は、『電車男』以降のブームに際して、単純化されなければならなかった。なぜならオタクでない人でも「萌え~」と言えるようになるためには、文脈や語勢とは無関係に使用可能な、単純化された言葉でなければならないからだ。
 
多義性や融通性を前提とした魅力を湛えていた「萌える」という言葉は、ブームをとおして単純化され、単純化されたからこそ死語にならなければならなかった。
 
他方、「推し」という言葉は00年代あたりから"界隈"でも見かけるようになり、10年代以降も用いられている。私もいつの間にか、二次元-美少女キャラクターに「推し」という言葉が用いられることに違和感を感じなくなっていた。それでも「萌える」という言葉を使っていた頃の自分たちの感覚と、「推し」という言葉にはギャップがあると感じてはいるし、私自身は「推し」という言葉をあまり使わない。
 
  


 
matakimikaさんのおっしゃっていることと、私がこれから書くことは一致しているかもしれないし、一致していないかもしれない。
 
当時の「萌える」という言葉には、他人に打ち明けても構わない部分と、打ち明けにくい部分、オブラートの内側に秘めたままにしておく部分があったように思う。「萌える」という言葉の話者のうちに美少女所有願望があってもおかしくなかったし、「萌える」オタクと対象キャラクターには一対一の関係というか、最終兵器彼女的というか、セカイ系的というか、とにかく、オブラートの内側に抜き差しならぬものが隠れていてもおかしくなかった。控えめに言っても、そういう抜き差しならない願望が潜んでいてもおかしくないという暗黙の了解が、「萌える」という言葉のもうひとつの側面だった。
 
「推し」はどうだろう? ひとりのオタクが特定の二次元-美少女キャラクターを「推す」時、「推し」のキャラクターと一対一の関係、セカイ系的な抜き差しならなさは存在するだろうか? たぶん、存在しないのではないかと思う。「推し」という言葉を用いながら美少女所有願望を内に秘めるのは簡単そうではない。代わりに、「推し」にはみんなでそのキャラクターを応援するような、一対多数のような、あるいは御神輿をワッショイするようなニュアンスが潜んでいると感じる。
 
もちろん在りし日の「萌える」オタクたちも、みんなで同じキャラクターに「萌える」と表明しあう時には、御神輿をワショーイするような感覚をシェアすることもあった。「萌える」という言葉の交歓に際して、そういうシェアリングが欠如していたわけではない。が、そういうシェアや交歓の最中でさえ、ハートのなかには自分とキャラクターだけの世界があり、実在の人間に注ぎ込むには過剰で迷惑なパトスがたぎっていてもおかしくないのが「萌える」ではなかったか(にもかかわらず、一方でオタク同士のシェアや交歓をも許してくれる多義性があったからこそ「萌える」という言葉が重宝したのではなかったか?)。
 
ここまで書いてきたことは、"界隈"を眺め続けてきた個人の感想でしかない。だけど個人の感想としては、「萌える」という言葉が衰退し「推し」という言葉が広く用いられるようになったなかで、あの、表向きは奥ゆかしい気持ちの表明のようにみえて、じつはオブラートの下に溶岩が潜んでいるか液体ヘリウムが潜んでいるかわかったものじゃない「萌える」のニュアンス、あるいは美少女所有願望も含めた、実在の人間に投射するにはあまりにも身勝手で過剰でベタベタっとしたニュアンスが消えてしまったような印象を受けなくもない。
 
「尊い」って言葉も、こういう身勝手なエモーションとはちょっと違うように感じられますね。
 
"界隈"からそういう身勝手で過剰でベタベタっとした気持ち自体が消え去ってしまったわけではないことは、さまざまな二次創作からも語りからも窺える。とはいえ、そういった気持ちを簡潔に表明して、それでいて角の立たない表現として「推し」や「尊い」が機能しているとは、あまり思えない。
 
「推し」や「尊い」といった言葉では汲み取りきれないニュアンスは、別の言葉や別の表現に託さなければならなくなっているんだろう。まあ、だからどうしたという話ではあるけれども、「萌える」が流行っていた時代と「推し」や「尊い」が流行っている時代では"界隈"のエモーションの取り扱いの作法も違ってきているのかなーという想像はやはり膨らむわけで、これを書き残しておくことにした。
 

ウイルスまみれの世界でグローバル化とは何だったのかを考える

 
 
今日は不安な気持ちを言語化して、頭のなかを整理しようと思う。
 
新型コロナウイルス感染症がパンデミックとみなされて、いくらかの時間が経った。この間、人の行き来は少なくなってマーケットは素人にはよくわからないことになっている。実体経済はきっと冷え込んでいることだろう。ただ、マーケットの値崩れも含め、これらの出来事はグローバリゼーションと関連のある出来事、というかグローバリゼーションの負の側面や反動として起こっているようにもみえる。
 
グローバリゼーションが進めば、良いことも起これば悪いことも起こる。シルクロードで往来が盛んになった時や大航海時代を思い出せば、それは連想されてしかるべきだった。たぶん誰かが「グローバリゼーションには良いことだけでなく悪いことだって起こるんだよ」と警告してもいただろう。けれどもベルリンの壁が崩壊し、旧東側諸国までもがグローバリゼーションの環のなかに加わった時、あるいは増長しきった西側諸国が「新世界秩序」などという言葉を口にしながら湾岸戦争に興じていた時には、グローバル化の負の部分にハラハラドキドキしていた人はあまりいなかったように思う。
 
やがて、グローバリゼーションの環のなかに中国が加わって急激な経済成長を遂げた。世界じゅうの人々が中国の人々とモノの売買をして、人の行き来をして、たぶん、お金持ちになった。皆がお金持ちになったわけではないけれども、国全体、社会全体、世界全体としてはお金持ちになったはずだった。
 
1.まずグローバリゼーションに対する反動が、人の手によって起こった。
 
グローバリゼーションを良いこととしている人々の大半はあまり意識していなかった(というより意識できなくなっていた)かもしれないが、グローバリゼーションは人やモノを媒介するだけでなく、イデオロギーをも媒介する。資本主義や個人主義や社会契約の考え方に慣れ親しんだ人にとって、グローバリゼーションは無色透明な純-経済的な現象と思えたかもしれないが、そんなはずがない。回教圏からびっくりするような反動が起こった。旧来型の戦争は起こらなかったが大規模なテロは起こり、アメリカがイラクを蹂躙し、その周辺では今も火種がくすぶっている。
 
やがて先進国の内側からも、グローバリゼーションに倦み疲れた人々の声があがってきた。確かにグローバリゼーションは国全体、社会全体、世界全体のお金を増やした。しかし誰もがお金持ちになったわけではないし、誰もがグローバリゼーションについていけたわけでもない。世界経済や経済成長のほうばかり見ていた富裕層やテクノクラートたちはグローバリゼーションの恩恵にありつけない人々を「能力のない人々」とみなし、世話をするよりはお荷物とみなすようになった。グローバリゼーションが能力主義という正しさによって補強されている限りにおいて、グローバリゼーションについていけない人々は、救無能や怠慢のゆえに低賃金に甘んじている自己責任な人々として矮小化されてしまう。
  
そういう風にグローバリゼーションから取り残され、グローバリゼーションを主導する人々から軽んじられた人々もまた、さまざまに声をあげた「世界は豊かになったかもしれないが、俺たちの生活に未来はない」。そうしてツイッター大統領が誕生したりイギリスが大陸から切り離されたりした。世界全体が豊かになること、それ自体に彼らが反感を持っていたとは思えない。しかし、グローバリゼーションに適応している人々が肩で風を切って歩いている一方で適応しづらい自分たちが顧みられず、顧みられなくても構わないということになっている社会の論理には本能的に反感を抱いていたようにみえる。そしてグローバリゼーションの仕組みは容赦なく労働力を値切っていく。彼らがへそを曲げるのも無理はない。
 
 
2.続いてグローバル化の負の側面が感染症となって現れた
 
人の行き来が盛んになれば、経済が発展すると同時に病原菌も媒介されやすくなる。
もちろん防疫に気を遣う人々はそのことを知っていたから、エボラ出血熱やデング熱などには細心の注意を払っていた。家畜の感染症に対してもそうだ。
 
21世紀に入ってSERSやMERSが起こり、今回のCOVID-19がパンデミックになった。「人の行き来が盛んになった時、ローカルな風土病が世界を席巻する」というパターンは天然痘やペストを思い出せば歴史の定番だが、実際にパンデミックになってみるまで専門家以外は気楽に構えていただろう。少なくとも私は全く身構えていなかったので不意を打たれたし、世界でもそういう人はたくさんいたことを示唆する兆候は多い。
 
東アジアで始まったのも、21世紀のパンデミックとして似つかわしかった。中国は世界的な人口密集地帯であると同時に、あまりにも急速に経済発展し、あまりにも急速に人の往来が盛んになった。秘境をいくつも抱え込み、清潔習慣や衛生観念の立ち遅れた人々をも大量に抱えていたはずの地域が、日本よりもずっと早いスピードで経済発展を成し遂げ、全土を高速交通網で覆ったというシチュエーションは、ローカルな病原体が拡散するにはとても都合が良かったのではないだろうか。
 
中国に限ったことではないけれども、あまりにも急速に発展した新興国では、経済発展や交通網の発展に清潔習慣や衛生観念の習得が追い付けないのではないか? 日本ですら、1980年代にデオドラント革命が起こった時、真っ先にそれに適応したのは若い世代で、その若い世代の加齢とともに清潔習慣や衛生観念が徹底していった。そして日本ほど軟水資源に恵まれた国は他所にはあまり無い。
 
清潔習慣や衛生観念が徹底していくスピードよりも、人の行き来が盛んになって病原体が媒介される頻度や程度が上回るようになれば、なんらかの感染症が流行するのは道理。今回流行したのはたまたま2019~2020年にかけて、病原体は新型コロナウイルスだったけれども、実のところ、これが起きなかったとしてもいつかどこかでなんらかの病原体が大流行していたのでは、という思いはぬぐえない。なぜなら、実際に大流行が起こるまでは、人々は経済活動に無我夢中のままで、急速なグローバリゼーションの進行にこのようなリスクが胚胎されていることに関心も予算も差し向けていなかっただろうからだ。
 
 
3.では、これからどうなるのだろう。
 
John__Bullshitさんは、以下のようなことを記していたし、それは、いかにもありそうなことのように思える。
 

 
 
パンデミックが起こったとはいえ、グローバリゼーションの恩恵にあずかっている人も多いわけだから、グローバル化が全面的に否定されるとは思えない。それでも、一連の反動によって調整局面に入ったとは言えるし、考えてみれば、ツイッター大統領の誕生やイギリスのEU離脱などのかたちで政治的には先に調整局面に入っていたとみることもできる。たまたま疫学的・経済的な調整局面が後になっただけのことで、野放図に肯定され、副作用や弊害をあまり顧みてこなかったグローバリゼーションがようやくこれから調整されていくのだろう。
 
そうした調整に伴って、社会の道理──何が正しくて何が正しくないのか、どのような振る舞いが正当とみなされ、どのような振る舞いが不当とみなされるのか──も変わる。グローバリゼーションを正当化してきた思想や倫理もいくばくかの修正を迫られるだろうし、そういう修正をやってのけられるか否かが知識人たちに問われるのだろう。一番単純なことだけ言えば、清潔習慣や衛生観念が世界レベルで変化し、そうした習慣や観念の変化に伴って、期待される現代人像がますます漂白されていくかもしれない。
 
どうあれ、いかに名残惜しくても2019年までのグローバリゼーションはこれでおしまいだ。おしまいと言って、それほど間違ってはいまい。これから、経済も人の往来も私たちの暮らしの習慣や観念も、たぶん思想までもが変貌していく2020年代が始まる。
 

キャラクターにときめいていられるのは若いうちだけ(だったのでは)

 
今週と来週は、「萌える」という、使われなくなったオタクのスラングについて書く。
 
昔、オタクの"界隈"には「萌える」という言葉があった。
 
自分の好きなキャラクターに対し、思慕が高まったり胸がときめいたり心を寄せたくなるような、そういった気持ちを「萌える」と言った。はじめのうち、「萌える」とは色欲丸出しの表現とは一線を画した、奥ゆかしさや恥じらいを伴ったオタクスラングだったけれども、『電車男』がヒットして秋葉原が脚光を浴びたあたりから、奥ゆかしさや恥じらいが失われ始め、その後、スラングとしては死語になっていった。
 
だが、「萌える」というスラングが消えていったからといって、キャラクターへの思慕やときめきや色欲のたぐいが死に絶えたわけではない。SNSやイベントやオンラインゲーム上では、そうしたキャラクターへの思慕やときめきや色欲がさまざまなかたちで表現されている。それらの表現に触れる時、私は懐かしく思う。「ああ、自分もこんな風に好きなキャラクターを好きだと言っていたなぁ……」、と。
 
と同時に、自分がキャラクターに対して思慕が高まったり胸をときめかせたり心を寄せたりできなくなってしまったことにも気づく。異性のキャラクターにあんなにときめいていられたのは若いうちだけだったのか。
 
 

あの気持ちはどこか遠くへ行ってしまった

 
十年以上前まで、私にもキャラクターにときめく気持ちはあったし、それこそ、「萌える」と呼べる気持ちは確かにあった。
  
その宛先は、惣流アスカラングレーだったり姫川琴音だったり涼宮ハルヒだったりした。感情移入や高揚感、親しみや色欲もあった。「このキャラクターにはどうにか幸福であって欲しい」という願いもあった。作中、または二次創作のなかで、そういったキャラクターが笑ったり頬を赤らめていたりするのを眺めていると、いろいろな感情がこみあげてきた。そういった感情があったから、キャラクターに対して自分自身が前のめりになっていた。
 
ところが三十代の半ばあたりから、そういった前のめりな思慕や感情がなくなってきた。
 
『シュタインズ・ゲート』や『まどか☆マギカ』や『インフィニット・ストラトス』の頃まで、そういった気持ちがどこかに残っていたが、『艦これ』や『ガールズアンドパンツァー』、さらに『ゆるキャン△』の頃になると、もうそういう気持ちはすっかりなくなっていた。
 
世の中には、キャラクターに心を寄せるのでなく、かなり遠い距離から見守りたい・眺めていたいオタクもいると聞く。じゃあ、自分の境地がそうなったかというと……たぶん彼らとも違う。
 
『艦これ』のキャラクターたちに対する気持ちが典型的だけど、今の私は、昔なら思慕が高まったりときめいたりしていたかもしれない女性形態のキャラクターたちに対して、若干の保護者的気分と、さばさばした気分をもっている。遠い距離から見守りたいわけではない。思慕やときめきにもとづいて想像力を膨らませるでもなく。どちらかといえば「こいつ世話しないと」みたいな気持ちに近い。
 
ほかのゲームやアニメのキャラクターたちに対しても似たり寄ったりで、「おいおい、危なっかしい娘さんだな」とか「ふう、どうにか切り抜けた」とか「頑張った頑張った」といった気持ちが先立ってしまう。
 
こういう、保護者的気分とさばさばした気分のミックスを何と呼ぶのか私は知らない。ただ、これが「萌え」だとはちょっと思えない。たぶん「推し」とも違う。
 
十余年以上前、自分がキャラクターにときめくことが困難になるとは思っていなかったし、同世代のオタクたちも、年を取った時の心境の変化を想定していなかった。ところが年を取ってみると、キャラクターにときめくための何かが足りなくなって、キャラクターを好きになることはあってもそれ以上のエモーションで心を湿らせられなくなった自分に気づいてしまった。
 
この文章を書いている途中で、心のなかで「それは、あなたがときめくのに必要な若さを失ったからですよ」という声がした気がした。そうかもしれない。そしてキャラクターに心をときめかせ、パトスを迸らせていられた私の一時代は、それはそれで幸せだったのだと思う。
 
今まさにキャラクターにときめいている人は、今という時間とキャラクターに心を寄せている自分自身の気持ちを大事にして、良い思い出を作って欲しいと思う。
 
 
 

最近、東日本大震災後のネットの教訓を思い出す。

 
東日本大震災から9年目の今年、久しぶりに東日本大震災のことを強く思い出している。
 
思い出している理由は、新型コロナウイルス感染症が流行し、ネットの内外を騒がせているからだろう。ブログを書き続けている私にとって、東日本大震災はオフラインでの大災害であると同時に、さまざまなアカウントの言動が動揺しまくったオンライン空間の狂騒でもあった。
 
今、オンライン空間で起こっていることはあの時に似ている。
東日本大震災の時もそうだったけれど、社会に不安が蔓延している状況下でこそ、私たちの心の底にあるもの、私たちの地力が問われることになる。よくネット上では「承認欲求に駆られた暴走」が問題視されるけれども、個人的には、「不安に駆られた暴走」のほうが性質が悪いと思っている。不安と承認欲求が掛け合わさった暴走はいっそうヤバい。どんな言動をしてしまうか、わかったものじゃない。
 
不安は、私たちの言動をぐらつかせ、間違ったことや感情的なことをツイートさせ、勇気やモチベーションの宛先をおかしくしてしまう。不安が強ければ強いほどそうだ。そしてインターネット、とりわけSNSのような、情報よりエモーションを強く拡散させるネットメディアは、不安を増幅する。大災害の報道、悲痛な声、真偽のわからない"情報"、品薄になったスーパーマーケットの風景などが重なり合ってもなお、不安に蝕まれない人は強い人だと思う。
 
けれども私たちネットユーザーはもう知っているはずだ。
私たちの大半はそうではなく、不安に蝕まれやすく、動揺しやすいということを。
 
2011年のあの日から数か月の間に、たくさんの人がSNS上で"勇み足"をやったと思う。ある人は炎上し、ある人はアカウントを畳み、ある人は声望を失った。争わなくて良い相手と争い続け、疲弊していった人もいた。あの不安にみちたタイムラインのなかで、普段なら避けられたはずの失態や奇態によってネットライフに悪影響を受けた人は少なくなかったはずだ。
 
そして2020年。
今度は、新型コロナウイルス感染症にまつわる不安が世界じゅうを渦巻いている。9年前のオンライン空間の狂騒を覚えている人なら、今という時が、言動がぐらつきやすく、間違ったことをツイートさせやすく、無駄に争ってしまいやすく、失態や奇態を演じてしまいやすい状況であるとメタ認知していることだろう。とはいえ、誰もが自分の足元をメタ認知できるわけでもなく、不安とチークダンスを踊り続ける人もいる。
 
「そういうときは身を隠すんだ」
 
不安な時にじっとしていること・身を隠し続けること・言うべきではないことを言わずに済ませることは、簡単ではないのかもしれない。だが、いみじくもインターネットリテラシーがあると自認する諸賢なら、こういう時期にどう身を隠すのか、どうオンライン空間で身を処するべきなのか、もうわかっているだろうし、実際、そういう風に振る舞っているアカウントも目に入る。
 
人はあやまちを繰り返しがちな生き物だけど、あやまちから教訓を得て、行動や振る舞いを変えていける生き物でもある。「ああ、東日本大震災の時の二の舞は避けようとしているんだな」とおぼしきリアクションの古株アカウントを眺めると、そのことがよくわかるし、自分もそれに倣いたい、という気持ちになる。
 
これからしばらく、オフラインでもオンラインでも不安の渦巻きやすい状況が続きそうだ。そうだとしても、私たちはインターネットに繋がり続けるこの日常を生きていかなければならない。東日本大震災後のネットの教訓を思い出して、あの時に失敗した人もそうでない人も、どうか安全運転なインターネットを。
 
 

なるほど「年を取ると一年が短く感じられる」わけだ

 
ブログは何を書いても構わないものだし、以前に書いたことに近いことを書いたって構わない、はずだ。
今日は気分が下がっているので、下がっているまま書こう。
 
「できる事」をどんどん捨てないと生きていけない - シロクマの屑籠

三年前、私は「できる事」をどんどん捨てないと生きていけない、という文章を書いた。人生経験や勉強のノウハウが積み重なって色々なことができるようになったけれども、体力的にも時間的にもゆとりが無くなったから実際には色々な選択肢をあきらめなければならなくなった、という内容だ。
 
それから三年が経ち、私はもう少し人生経験や勉強のノウハウを獲得した。少なくとも文章の書き手としては獲得するものが多かったと思う。ただ、最近は全力で文章を書いていられる時間が短くなった。アニメやゲームに集中していられる時間もだ。スキルフルにはなっているけれども、そのスキルフルになった自分が全力投球できる時間がこの三年間で1-2割ほど減ってしまった。
 
経験やノウハウはまだ伸びてくれるに違いない。けれども、その伸びた自分自身が集中力を発揮していられる時間、文章や趣味や仕事に精魂込められる時間は、間違いなく減り始めていると感じる。
 
少し話は逸れるけれど、こういう集中力を発揮していられない時間のSNSは良くないと思う。ロクなことを書かないし、しようもないトリビアに囚われている。何かをしているつもりで何もしていない。「SNSなんて暇つぶしだ」という人もいるだろう。そうかもしれない。だけど私の人生につぶして構わない暇、浪費してかまわない体力や集中力はあとどれぐらい残されている?
 
これから10~20年経った自分がどのような状態なのか、想像してみる。
 
現在よりも体力が衰え、集中していられる時間が短くなった未来の私は、事実上、一日、一年が短くなる。未来の私にとっての一日は現在の90%か80%で、一年の活動時間は現在の300日ぶん程度になるだろう。経験やノウハウがまだ伸びるとしても、使い物になる活動時間が短くなってしまえば出来ることは少なくなる。ひいては、達成できることも少なくなってしまうだろう。
 
よく、「年を取ると一年が短く感じられる」という言葉を耳にする。これまで私はこの言葉を「社会人の忙しさのせいで一年が短く感じられる人」や「社会に慣れて身の回りの変化に鈍感になってしまった人」のぼやきだと思っていた。そして私はそうではない、とも思っていた。私にとって平成29年や平成30年は、実際、長い長い一年だったから、一年が短く感じられるという言葉は自分には関係ない、と思っていた。
 
ところが去年から今年にかけて、気力も体力も集中力も底をついて動けなくなってしまう時間が増えてくるにつれ、「ああ、こういう『一年が短く感じられる』もあるのか」と納得ができた。バタンキューな時間が増え、そのぶん活動時間が短くなれば一年も短くなってしまうのだ。疲れて動けない時間、痛みと戦っている時間、病院の待合室で待っている時間、そういった時間はどれも「一年を短く」してしまう。
 
年を取るにつれて、健康に関心を持つ人が増える。その理由のひとつは、疲労や痛みや病院通いによって活動時間を短くなり、一年がどんどん短くなってしまうからなのかもしれない。幸運にも健康な人はこうしたことにあまり悩まないまま60歳や70歳を迎えるものだが、そこまで健康ではない人、自分自身の活動時間を気にしている人は、健康に注意を払いたくもなろう。
 
かくいう私も、いつの間にか健康を意識しながら生活するようになった。それでも活動時間は短くなっている。もう昔みたいに、一気呵成に大量の文章を仕上げるなんてことはできない。
 
 

「あとどれぐらいのことが自分にできるのか」

 
私は今までに約1000本のゲームを遊んできて、非公開もあわせて約6000ほどのブログ記事を書いてきた。出版の機会をいただいた書籍は5冊。自分がやりたいことを、だいたいやってきたつもりだ。
 
でも、これから自分の稼働時間がもっと減ってくることを考えた時、自分が何をすべきなのか、何を今のうちにやっておかなければならないのか、いよいよ選ばなければならない、と思う。
 
たとえば私はあと何冊の書籍を作れるだろう? 作る機会を与えていただけるとして、どれだけの時間と体力と集中力をそこに注ぎ込めるだろう?
 
そうやって考えると、もう私にはそれほど時間も機会も残っていないと想定せずにはいられない。これから先、知識やノウハウは増えてもバイタリティが減っていくにつれて、今できることが出来ないことになっていくだろう。もちろん、年を取ったからこそ出来るようになること、気付けるようになることもあるだろうけれども。
 
だとしたら、40代の頃にできることは40代の頃にきちんと挑戦し、そのうえで従容として年を取っていくのが私にできる精いっぱいではないかと思う。いや、そうやってトライできるという保証すらない。一寸先は闇だ。その闇のなかで少しずつ輝きを失いながらまたたくのが私たちの命だと思う。
 
はあ。こんなことブログに書いてなんになる。
 
生き急ぐようなことをブログに書き、実践しているとまた疲れて、これからぐったりしてしまうだろう。じゃあどうすればいいんだ?!(少しキレ気味) あきらめろ? いやいや、これまでに手に入れた経験やノウハウを生かさないのは、もったいない。来世はミジンコやサボテンかもしれないし、そもそも来世なんて無いかもしれないのだから、この有り難い生を生かさないのはいかにももったいない。
 
「もったいない」。 ああ! それが私の執着ですね。執着は人を前進させるエネルギーであり、苦の源でもある。執着は、私の人生のカラーだ。執着を捨てるなんてとんでもない。まだ死ねない、生きて、なすべきことをなしたい。活動時間のある限り。