昔の引きこもりって凄い
— Lebenstrieb (@Kohler_volnt) 2026年6月6日
今の引きこもりはネットを介してコミュニケーションしてるから認知機能は保たれてるけど、それ以前は全く新たな刺激がないまま引きこもってたはず
引きこもりの方の研究はネット時代以降のしかないから、それ以前の彼らは医学的にどうだったかもう分からないけど気になる
たまたまXの相互フォローの人がこんなことを投稿していたので、思わず「今でもネットを繋げない、社会的ひきこもりに当てはまる人はけっこういらっしゃいますよ」とreplyしてしまった。社会的引きこもりの定義に該当する人は百万人単位で日本には存在しているが、そのなかにはインターネットをまったく使用していない人が少なからず存在している。少なくとも精神医療にかかわっているとそういう社会的ひきこもり該当者を見かける頻度はかなり高く、まったく珍しくもない。
精神医療でみかけるネットに接続していない「社会的ひきこもり」
Lebenstriebさんは、現在の社会的ひきこもりはインターネットにアクセスしている前提でお話していて、私はそうではない社会的ひきこもりにやたらと遭遇している。これは、なぜだろう?
Lebenstriebさんのご認識が完全に間違っているとは思わない。社会的ひきこもりに該当し、かつ精神疾患を持っていてメンタルクリニックや精神科病院外来に通っている人は珍しくない。外出は病院とコンビニぐらい、ニートにも該当し、社会関係は少なめだ。そういう患者さんたちは、だいたいスマホを持っているしSNSなどにも触れている。AIに手を出している人もそれなりにいる。
その一方で、まったくインターネットに接続しない・できない社会的ひきこもりに相当する人も精神医療の現場では珍しくない。
そのなかで最も目立ち、それでいて一定の頻度があるのは未治療かつ慢性の統合失調症に該当し、家族相談や保健師の受診援助、ときにはなんらかのトラブルが嵩じて措置鑑定のようなかたちで受診に至る人たちだ。
こうした行政関与となるタイプの社会的ひきこもりは重症度が違う。身なりはまったく整っていないことが多く、入浴や洗顔、整髪といったことができていないことも多い。昔、books&appsで書いた「精神科、入院する。まず、清潔になる。」を地で行くパターンがよくある。
何十年も未治療 かつ慢性の統合失調症の患者さんは陰性症状により外界への興味がほとんどなくなっているため、インターネットはおろか、テレビや新聞もまったく見ていないケースがある。食事などは両親や兄弟が健在のうちは玄関に置いておいたり、軒下に置いておいたりして何とかなっている場合がある。もう少し社会機能が保たれている患者さんなら、顔なじみの地元商店や地元食堂に頼って生活していたりする。そうした生活を何十年も続けられてしまい、逆に言えば同じ生活しかできない人の生活が両親の他界や認知症、近所の環境変化などで破壊された時、一気に精神的/社会的問題があらわになり、行政が関与するかたちで精神医療に繋がる場合がある。こうした患者さんがインターネットに接続していることはとても少ない。
それとはまた別に、神経発達症(発達障害)や知的発達症(知的障害)に当てはまる社会的引きこもりの人のなかに、インターネットに接続していない一群が存在する。
それらに該当する患者さんでも、若い人の場合は子ども時代からYoutubeを見ていたりするのでなんらかインターネットに接続している、またはインターネットの文物に触れていることが多い。しかしそれらに該当する50~60代の患者さんのなかには、インターネットに関心を持たず、インターネットとは縁のないライフスタイルで完結している人が少なからずいる。授産施設とグループホームの間を行き来する生活、地元のスーパーマーケットや商店街で生活が完結する生活、メディアといえば未だ新聞テレビ雑誌で事足りている生活に、インターネットが入り込む必要性や必然性はあまりないようだ。そうした患者さんのうち、高齢な両親と自宅で生活していて、社会的引きこもりの定義にも合致している人は、インターネットと縁のない生活を2026年になっても続けている。
専門家の「けっこういる」は、素人の「ぜんぜんいない」
こんな具合に、精神医療の現場ではインターネットにアクセスしていない社会的引きこもりはまったく珍しい存在ではない。しかし、精神医療の現場でたびたび目撃するインターネットにアクセスしていない社会的引きこもりは、けっして多数派とは言えないし今日のトレンドとも言えないことは私も承知しているつもりだ。
統合失調症の陰性症状が著しいタイプの社会的引きこもりは、精神疾患の重症度でいえば相当に重症度が高い。いや、大昔の農耕社会では、本当は外界への関心が乏しく保守的で、ときどき妄想を話す程度の人は別段重症度が高いという風でもなかったのかもしれないが今日の市民社会においてはそれそのままではいられず、精神的/社会的問題として行政が関与する事態になりかねない、と言い直すべきかもしれない。いずれにせよ、この群の患者さんたちは社会的引きこもりに占めるパーセンテージ自体はそれほど高くないだろう。統合失調症の軽症化がいわれている昨今は特にそうだ。
かつまた、神経発達症や知的発達症の患者さんで高齢の群も、過去からそう育ってきた人たちだったのであって、いまどきの、幼少期から動画などをみて育つ人たちには当てはまらない。そうした患者さんはこれからいなくなっていく人たちである。
だから、精神医療の現場でけっこう見るからといって、このふたつのタイプが社会的引きこもりの患者さんとして「メジャー」とは言えない。精神医療の専門家からみればごくごくありふれた存在だが、社会的引きこもり全体のなかでのパーセンテージは少なめで、なおかつこれから減っていくタイプの患者さんとは思われる。専門家ではないLebenstriebさんが、社会的引きこもりもオンライン化していると見立てている傾向じたいは、トレンドとしてみれば当たっていると思う。
じゃあ、Lebenstriebさんと私で社会的引きこもりに対する所感がこうも違うのはなぜか?
ひとつはLebenstriebさんがこの話題にオンライン上で言及しているからだと思う。オンライン上にはインターネットにアクセスしている人間しかいない。インターネットにアクセスしない人間は不可視にみえ、それどころか、いないものと思い込んでしまいやすい空間だと思われるからだ。
もうひとつ、こちらが本題だが、それは素人と専門家ではみている群がけっこう違うからだと思う。
精神医療の現場で働いていれば、社会的引きこもりに該当するさまざまな人に遭遇する。重症度も精神疾患の程度も生活環境や来歴もさまざまの人がいらっしゃる。行政が関与する患者さんは、精神的/社会的に重症度が高いことがほとんどで、そうした患者さんはオンラインでもオフラインでも遭遇頻度はきわめて低い。なにしろオンラインにもオフラインにも出てこないのだから、素人の立場からみれば完全に不可視の存在と言えるだろう。精神医療・精神保健福祉系の職業においては、そうした社会的引きこもりの患者さんと遭遇することは珍しくないが、そうでない職業の人にはその存在じたいがわからないゾーンの患者さんだ。
それから遭遇している数の違い。
たくさんみていれば、珍しいものも珍しくなくなる。たとえば手洗いを何十回も繰り返さずにいられなかったりする強迫症(強迫性障害)は、精神疾患ぜんたいのなかでは頻度が少なくパーセンテージも少なめだ。けれども精神医療でちゃんと仕事をしている人にとって、強迫症はまったく珍しいものではない。ASDや統合失調症の症状の一部として強迫症状が出現している患者さんはもちろん、強迫症状オンリーの、最も典型的な強迫症の患者さんも精神医療で働いていれば珍しくないように感じられる。でも、メンタルヘルスの悩みとして強迫症を身近に感じている素人の人はかなり少ないのではないだろうか。本当にたまたま家族に発症した人がいれば身近と感じられようが、うつ病などに比べ、身近に感じる人の数はずっと少ないはずだ。
これと同じことは、身体疾患でもきっとあるだろう。
素人の人にとって、潰瘍性大腸炎やSLE、シェーグレン症候群といった自己免疫性疾患は頻度の低い病気、ほとんどいない病気として感じられるだろう。実際、それらの病気は高血圧や糖尿病などに比べれば発病率は低い。けれども医療に携わっていればこれらに当てはまる患者さんに遭遇する頻度はある程度ある。精神医療という身体疾患を取り扱わない領域においてさえ、そうだ。*1
その自己免疫性疾患のなかでもますます遭遇頻度が低いものになれば、精神科医にも「ぜんぜんいない」と体感されてしまう。けれども自己免疫性疾患を専門にしていて、しかるべき施設に勤務している専門医からみれば、そうした疾患も「けっこういる」として体感されるんじゃないかと思う。診ている症例数が異なり、診ている患者さんの群が異なればそういうことは起こるはずだ。
どちらが正しい、間違っているという話ではない
こんな具合に、みている群が異なり、みている人数が異なれば、素人のみている風景と専門家のみている風景が異なっていることは往々にしてあるように思う。今回は社会的引きこもりや精神疾患などに引き寄せて書いたが、同じことは医療以外の業界でも──たとえばホテル業の人、たとえば運輸業の人など──いろいろあるだろう。
インターネットでは、ホテル宿泊者の奇行が語られることがあり、一宿泊者としての私には信じられない思いがする。スーパーマーケットのお客さんに関する話などもそうだ。しかしもし、それらを本業としている人々がそうした宿泊者やお客さんの存在を語っているのなら、実際そのとおりで、私たち素人とはみている風景が違っているのかもしれない。
*1:その一因は、SLE精神病やステロイド精神病といったかたちで、自己免疫性疾患に関連の深い病態に遭遇することがあるせいかもしれない。あと、抗NMDA受容体脳炎! これに最初に遭遇するのは内科医ではなくてだいたい精神科医だ。



