シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。現在、忙しいうえブログは実験モードに移行しています。

「パワーが弱まっている感じ」について

 
 

「正しさ」や生産性のために、人間はどこまで治療され、改造されるべきのか - シロクマの屑籠

最近のシロクマ先生の書き物、多くは「社会整合的パーソナリティへの過剰適応と、そこからの逸脱の病理化」への懸念をモヤッと仄めかす体裁になっていて、何か迫力が薄れたというか、パワーが弱まっている感じが…

2020/11/26 20:36

 
こんにちは。ガチャピンアイコンではてなブックマークとtwitterをやってらっしゃるむちょさん。はてなブックマークで何度もお見掛けしています。
 
このたびは、「パワーが弱まっている」さまをご指摘くださり、ありがとうございます。これにかこつけて、私の台所事情の説明、というよりパワーが弱まったブロガーのぼやきを垂れ流すことをお許しください。
 
はてなダイアリー(現・はてなブログ)でブログを書くようになる前から、私はオタクが、ひいては現代人が社会に適応するための条件は何か、どういう方法をとれば首尾よく社会適応できるのかを考え続けてきました。最近は、私たちが適応しなければならない社会がどういうメカニズムで成り立っていて、適応のための条件が時代とともに変化していくさまにも関心を持つようにもなりました。拙著『健康的で清潔で、道徳的な~』は、そうした関心をいったんまとめてみたものです。
 
おかげさまで、『健康的で清潔で、道徳的な~』プロジェクトはある程度うまくいきました。が、書き手としては早速「あれを書いておけば良かった」「ここは、今だったらこう書く」みたいなバージョンアップ欲が沸いてきて仕方ありません。あの本・この文献を読んでいたらきっと書き方が変わっただろうと思うと、身もだえしてしまいます。商業出版企画とは、制限時間のなかで進行させるものでもありますから、そういう後悔は非-生産的なのかもしれませんが。
 
あのように社会や世間の全体を書かせていただける企画を頂戴できることは滅多にありません。また、能力的にも10年に一度挑めるかどうかのもので、あれが最後のトライアルになってしまう可能性もあります。が、望むらくは5~10年後に似たような企画にもっと高い精度で挑戦してみたいものです。そのための調査や試し書きは、これからも続けなければなりません。
 
むちょさんがご指摘された、最近の私の "「社会整合的パーソナリティへの過剰適応と、そこからの逸脱の病理化」への懸念をモヤッと仄めかす体裁" についても試し書きの一部だとご理解ください。モヤッと仄めかす体裁が増えているのは、懸念や疑問が先走っているのに対し、文献やら調査やらが追い付いていないからでもあり、私自身のパワーが落ちているからでもあるでしょう。ひとつ前のブログ記事にも書いたように、2020年の私は忙しすぎてブログにちゃんとした時間をかけられていませんでした。ちゃんとした時間をかけられていないから、踏み込みが浅くなるし、それをこうやって見抜かれてしまう。汗顔の至りです。
 
私は今、一人の書き手としてとても喜ばしい/嘆かわしい状況にあります。
 
 
喜ばしい状況とは、知りたいことや書きたいことがほとんど無尽蔵にあることです。
 
私は、ひとりひとり現代人の社会適応の巧みさについてもっと知りたい・書きたい。
私は、現代人が適応しなければならないところの社会についてもっと知りたい・書きたい。
私は、ゲームやアニメのこと、それから1500円~10000円を中核エリアとするワイン趣味についてもっと知りたい・書きたい。
ああそう、ゲーム障害のことも最近は棚上げになっていました。それとゲーム障害の周辺にあるゲームとメンタルヘルスについての幾つかの小話ってのを連載したい希望もあったのでした。
 
  
嘆かわしい状況とは、知りたいことや書きたいことに対し、私の残り時間と体力が絶望的に足りないことです。
もし私が学術一本槍のプレイヤーなら、自分が骨をうずめる分野に邁進すればいいのでしょう。しかし私の適性はそうではないし、私が歩んできたブロガーの道もそのようなものではないので、私の知識と経験は雑然としていなければなりません。が、雑然を良しとしてここまで進んでみて思ったのは、いくら雑然としていてもすべてを知ることなどできないし、たとえば50歳までに知れることの密度はたかが知れている、ということでした。
 
それが嫌なら知ろうとする対象を減らせばいいのでしょうけど、私は間違いなく学者肌ではなく、絶対にひとつの分野に集中できないので、下手に減らせば「蛸が一本足を目指すがごとき惨状」を招くだろうと思っています。そうしたまま、あれも捨てられないこれも関心がある→だけど身体と頭と調査が追い付かない&拙著の影響でtodoが満杯→今の段階で書けることなんて知れている→ぬるい という状況に至っているわけです。
   
このブログは、不特定多数にオピニオンを発表する場所である以上に、私の考え事や関心事を書き殴っておいて、自分の考えを後でまとめるためのワークショップとしての意味合いが強いので、ただの思いつきでも、書き留めておきたいことは書き留めていくつもりです。もう少し考えや調査が蓄積してきたら、内容がもう少しシャンとしてくるかもしれません。が、今はなんだか駄目だし、どこまでシャンとできるのか自信がありません。
 
シャンとしないまま手先口先だけ動かし続けていたら、すごく駄目な状態になりそうなのでどうにかしなければなりませんが、大丈夫なのでしょうか?
 
他人事みたいに「大丈夫なのでしょうか?」だなんて。やだなー、いまどきの発信者はこんなこと発信しちゃいけない。でもだめだ、p_shirokumaは伸びきったゴムみたいになっています。日照時間が足りなくなってきているからだろうか。私信を書いているつもりが、泣き言になってしまいました。こういう時って、本当はインターネットから離れて岩戸のなかでうずくまっていたほうがいいんだろうな。クマー。