シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

中年危機に関連して見かける初老期うつ病(退行期うつ病)について

 
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上の文章の続きとして、中年危機の心境や心情をバックグラウンドとして起こることがある、重症度の高いうつ病について紹介したい。
 
人間は変わり続けていくから、変化にあわせてライフスタイルを変えたほうが生きやすい、のはリンク先に書いたとおり。でも、「変化にあわせてライフスタイルを変える」といっても簡単とは限らない。表向きはライフスタイルを変えているつもりの人でも、主観的には気持ちが若いままってことは割とよくある。
 
一般に、「気持ちが若いまま」はポジティブな特徴とみなされがちだ。しかし、その気持ちの若さが仇になることもある。50歳、60歳になっても気持ちが若いままの人が、あるとき、自分の身体や境遇が全く若くなくなっていると悟ってしまった時、主観的に、とてつもない衝撃として受け取られることがある。身体疾患、更年期障害、死別、退職といった出来事が、そうした衝撃の引き金を引くこともある。そしてライフスタイルの変更がうまくできなければ、メンタルヘルスを悪化させる場合もある。
 
そうしたメンタルヘルスの悪化が短期間で済むならじきに自力で持ち直すだろう。しかし一部、重症度の高いうつ病を呈し、しかも病状が特徴的で記憶に残りやすい一群がある。それは、初老期うつ病とか退行期うつ病と呼ばれるものだ*1
 
いつも必ず書いていることだが、中年危機というあいまいな概念は、たいていの人が多かれ少なかれ通り過ぎていくものだし、ほとんどの人が自力で乗り越えていく。しかし全員がつつがなく乗り越えられるわけではない。その、自力では乗り越えられなかった人が一定の確率で陥るのが、この初老期うつ病(退行期うつ病)だ。この重症度の高いうつ病は、中年危機という言葉だけでは到底くくれない、かなり危険な代物だ。自殺率も高く、早急な治療が必要とみなされなければならない。これについて紹介する。
 
 

初老期うつ病、退行期うつ病は、経験を積んだ精神科医でなければ難しい

 
これから初老期うつ病(退行期うつ病)の特徴を挙げていくが、最初に断っておきたいことがある。それは、初老期うつ病は「普通のうつ病治療では難しい」ってことだ。
 
ここでいう「普通のうつ病治療」とは、休息をとってもらい、標準的な抗うつ薬による治療を行い、そこに診療面接や心理療法が加わるような、そういううつ病治療を指す。最近はかかりつけ医のドクターもある程度はうつ病治療をやってのけ、「普通のうつ病治療」に準じるものは昔より幅広く提供されているように思う。
 
ところが初老期うつ病の場合、これがなかなかうまくいかない。
まず薬物療法が曲者だ。ここ四半世紀のトレンドとして、うつ病治療にはSSRIやSNRIと呼ばれる比較的新しいカテゴリーの抗うつ薬がまず選ばれるが、初老期うつ病の場合、それらだけではたいてい歯が立たない。そしてうつ病治療の基本とされる「休息をとる」こと自体も難しいのだ。なぜなら、初老期うつ病の患者さんがひどい焦燥感にさいなまれているからだ。休みたいのに落ち着いていられない・動き回らずにはいられない、そういう状態に陥っていることが多い。最悪、疲れきっているのに朝も夕も部屋のなかを歩き回っているまである。それでは睡眠や食事も満足にとれないし、当人もしんどいし、すごい勢いで衰弱していく。死にたい気持ちが膨らむのも無理はない。
 
じゃあ、どうすればいいのか。強烈な焦燥感を改善させる際に有用なのは、鎮静効果のある薬剤たちだ。さきに挙げたSSRIやSNRIといった抗うつ薬は副作用が少ない反面、患者さんの心を静かにしたり、患者さんの動きを少なくしたりするのに向いていないことも多い。副作用が少ないから仕事や勉学や遊びの妨げになりにくいというSSRIやSNRIの長所が、激しい焦燥感を来している特異な病態では、かえって短所のように思えることもある。だから、三環系抗うつ薬という、20世紀中頃につくられた古くて鎮静作用を伴う抗うつ薬がズバリと当てはまる……なんてこともある。
 
ところがその三環系抗うつ薬にも問題点はある。近年流通が悪くなっているうえ、実際問題、鎮静以外にもいろいろと面倒な副作用が伴いがちだからだ*2。そこで、新世代の抗うつ薬をメインに据えつつ、抗精神病薬(昔の言い方でいうなら精神安定剤の一種)を併用して、鎮静効果などを補うことが多い。
 
焦燥感の塊になってしまった患者さんが必要としているのは、第一に焦燥感を改善させる作用だ。横になっていられないほどの激烈な焦燥感をどうにかしない限り、休息のとりようがなく、食事や睡眠にも支障をきたし続け、治療を軌道に乗せようがない。
 
そして三環系抗うつ薬や抗精神病薬は、精神科医、それも精神科専門医のようなノウハウを持った精神科医の世界だ。
さきほど「最近は、かかりつけ医や内科のドクターもうつ病をある程度治療できる」と書いたが、彼らが用いるのは専らSSRIやSNRIまでで、古くて珍しい三環系抗うつ薬を使いこなせる非-精神科専門医はめったにいない。抗精神病薬も同様だ。抗精神病薬は、歴史的には統合失調症や双極性障害に用いられてきた。今日では発達障害(神経発達症)や認知症の周辺症状に処方されることもあるが、いずれにせよ、精神科医以外が積極的に処方することは少ない。だから焦燥感の著しいうつ病の患者さんに出会った時、かかりつけ医や内科医が効果的な抗精神病薬を選択できる可能性は低く、うまく種類や用量を設定できる可能性はいっそう低い。*3。よって、初老期うつ病を効果的に治療できるのは、精神科医だけ、と言ってしまってもたぶん言い過ぎではないと思う。
 
 

初老期うつ病の特徴

 
次に、初老期うつ病の特徴を箇条書きにしてみる。
 

・良心的、几帳面、柔軟性に欠ける等の特徴がしばしばみられる
・加齢や状況が発病に関与している。なんらかショックを受けた後に出現しがち
 (例:地位や名誉、健康や能力の低下や喪失、親しい人の死など)
・喪失感や低下感に堪えきれないなかで発病したとみてとれることが多い
・不安感や焦燥感を伴うことが非常に多く、その程度は甚だしい
・身体的な症状が目立つことが多い
・自殺率も他のうつ病に比べて高い

 
不安や焦燥感の強さに加えて、身体的な症状が目立つ。身体的な症状を最初に自覚する患者さんも多いので、はじめは内科の病気と疑われ、内科系病院や地元の診療所などを訪れることが多い。そもそも、うつ病そのものも身体的な症状が相当多い疾患だ。だいたい半分以上の人が身体的な症状を伴うといわれている。頭痛、肩の重さ、胸が詰まったような感覚、血圧や脈拍の乱れ、便秘や下痢といった症状は非常によくあるものだ。食欲低下や体重減少、不眠や過眠も、みようによっては身体的な症状といえなくもない。
 
そして中年危機と大きく関連するのは、加齢による社会的変化や身体的変化だ。
思春期と違って、中年期に起こる変化は発展や獲得より、衰退や喪失が関連していることが多い。職業人としての終わり、親としての終わり、介護者としての終わりが、うつ病のトリガーになることはよくある。実際には終わっていなくても、もうすぐ終わるとはっきり意識した時から、急激に初老期うつ病に向かっていく人もいる。若者としての終わり・若さの終わりを認識した時から初老期うつ病が始まる人だっている。
 

 
この本は十年以上前に書いたもので、『「若作りうつ」社会』なんてタイトルになっているが、実際問題、若さの喪失や長年のライフスタイルの継続不可能性に突き当たったことがきっかけとなり、急激に初老期うつ病に向かうパターンの患者さんには今でもときどき遭遇する。
 
そこまで明白でなくても、初老期うつ病になった患者さんの少なくない割合に、年の取り方や人生のコーナリングに、ひいては年を取っていくなかで社会的/生物学的変化を受け入れていくことに悩みや葛藤や行き詰まりが見え隠れしている。初老期うつ病は全員中年期に起こるわけではなく、老年期、たとば60~70代ぐらいに起こっているのを診ることも多い。その場合も、初老期うつ病のバックグラウンドにはエイジングという問題がちらついている。
 
 

なんとか人生のコーナリングをやってのけ、復帰する人が多い

 
ちなみに、初老期うつ病は症状は激しくても大半は治療に反応し、治っていく*4。早い段階で治療により焦燥感を改善させられれば、食欲や睡眠を取り戻せる可能性、ひいては身体症状や意欲低下を改善させていくチャンスは大きくなる。だから、病状のど真ん中にいる当人自身はともかく、周囲で援助する人は悲観しすぎず希望をもってことにあたるのが好ましいように思う。
 
そうして身体に直結した症状が軽減してきたら、ようやく人生のコーナリングについて話す機会、それこそ中年危機的な胸中について話す機会が巡ってくる。さきほどの「初老期うつ病の特徴」にも挙げたような、柔軟性に欠ける人・喪失感に耐えられない人にとって、持続不可能になったライフスタイルに整理をつけるのはそんなに簡単でも単純でもないことが多い。それでも、初老期うつ病というライフスタイルの象徴的破綻がここでは話し合いの助けになってくれることが多い。病いの体験をとおして、多くの患者さんはなにかしら気持ちの整理をつけていく。または、引きずるものがあっても前を向いて歩く気構えを取り戻していく。
 
 

まとめと蛇足

 
時計の針は戻らない。老いていく自分の身体、変わっていく社会的立場も同様だ。初老期うつ病から首尾よく立ち直ると、その患者さんにとっての中年危機は去り、人生のコーナリングがまたひとつ片付いたことにあたる。とはいえ、はじめのほうで書いたとおり、初老期うつ病の辛さは並大抵ではなく、重症度も高く、自殺の気持ちも相当高まるので、かからないに越したことはない。繰り返すが、中年危機を経験する人のうち、精神医療の援助が必要な人の割合はそこまで高くなく、特に初老期うつ病になってしまう人はさらにそのうちの一部でしかない。だから、誰もがこんな重症のうつ病にかかってしまうわけではないことは断っておく。
 
それでも、中年危機がバックグラウンドにあるメンタルヘルスの破綻として、初老期うつ病(退行期うつ病)はひとつのテンプレートで、なおかつ重症度が高く、それでいて治療可能性も高い。早急に精神科医のところに行く価値のある病態だと思う。人生の曲がり角で行き詰まり、焦燥感が強くてぜんぜん休めなくて、なおかつ、かかりつけ医や内科医が処方してくれる抗うつ薬や睡眠薬などではなかなか改善しない中年期の人は、精神科を受診することも考えてもらいたい。または近親者でそういう状態の人が出てしまった場合も、精神科の専門医の受診を勧めてもらえたらと思う。
 
あと、私自身が勝手に思っていることを蛇足として書きたくなったので書く。
 
今日の精神医療の状況のなかで、私が患者さんの心境や心情にどれぐらい近づけているかは、本当のところはわからない。また、実のところ、近づけるからといってとにかく近づけば良いものでもないことは重々わかっている。
 
そうしたなか、中年危機がバックグラウンドにある初老期うつ病は心境や心情がまだしも掴みやすく、初老期うつ病がライフスタイルの破綻を象徴しているおかげもあって再出発を援助する話がしやすいほうだな、と私は感じている。それは、年を取るという事態と年が取れないという事態が、私にも他人事ではなく、それでいて私の精神のなかにある爬虫類のように冷血な部分が患者さんの年のとり方と私自身の年のとり方を采配しているせい、でもあるように感じる。
 
治療者の執着は、しばしば患者さんの執着と共鳴しがちで、それが逆効果になってしまうことも多いという。しかし私は、これが逆効果になっているとはあまり感じていない。むしろ助けになっていると感じる。初老期うつ病の治療に関しては、私は患者さんの言葉に思い入れると同時に、どこかで突き放している部分もあり、その両方の混淆が、患者さんと私自身の両方が年を取っていくことをも助けていると自覚している。
 
そんな在り方で本当にいいのかわからない。けれども、抗うつ薬や抗精神病薬の力も借りながら患者さんが中年危機の心境や心情から再出発していくのを見た時、私は喜び、私は何かを受け取り、たぶん何かを失っていると感じる。ゆえに、ここが私にとって診察室の内側と外側が出会う交差点なのだろうとしばしば思う。おかげで、私は初老期うつ病という出来事に研修医の頃からずっと魅入られている。人の人生が変わっていく瞬間のなかでも、もっとも可視化された出来事に居合わせている、そこで何が自分(たち)にできるのかが問われていると、感じるからだ。 
 
 

*1:ときには更年期うつ病とも同一視にされるし、私は、ある程度までは同一視してもいいと思うほうだ。その理由は、この病態が若年者にはみられず更年期以降にみられること、ゆえに生物学的基盤による病状の修飾があるよう思われるからだ。また、初老という言葉は、最近では50~60代に使われがちだが、もともとは40代から使われていた点にも注意

*2:特に怖いのは不整脈だ。たいていの不整脈はそこまで怖くないのだけど、三環系抗うつ薬で起こる不整脈は悪くすれば命取りになることがある。「三環系抗うつ薬を用いる患者さんは心電図を点検しなさい」とよく言われることだ

*3:一応、よくある例外を挙げておく。ひとつは老健施設などをやっている内科医やかかりつけ医は、認知症の周辺症状に抗精神病薬を用いるすべを身に付け始めていることがある。もうひとつは、手術などの後に起こるせん妄と呼ばれる状態に、ごく少ない種類の抗精神病薬を使用する外科医や内科医だ。この場合、用いられる抗精神病薬はたいていハロペリドールで、ハロペリドールの用量や投与のタイミングを熟知していることはかなり多い

*4:一応言っておくと、うつ病は全体的に再発するリスクのある病態で、初老期うつ病のなかにも慢性化する人がいないわけではない。また、初老期うつ病が重症化するなかで、貧困妄想や罪業妄想といった、妄想が出現し「精神病性うつ病」と呼ばれる一層重いうつ病に発展する人もいる。この「精神病性うつ病」も抗精神病薬が必要で、精神科医でなければ対応が難しい。あともうひとつ。うつ病は認知症にとってひとつのリスクファクターたり得る。初老期うつ病とて例外ではないだろう。ある程度高齢の人がうつ病の再発と寛解を繰り返すと、やがて認知機能の低下を引き寄せてしまいがちだ。