シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「一か月名医」「一年名医」「十年名医」

※この文章は「シロクマの屑籠有料記事」に当てはまります。※
 
 
名医、とはなんでしょうか。また、not 名医とはなんでしょうか。
 
いろんな定義や答え方があるでしょう。「後医は名医」という言葉もあります。「後医は名医」とは、誰かが既に診た患者さんを後から別の医者が診た場合、後攻の医者のほうが情報量が多いため、治療がうまくいきやすいさまを指した言葉です。この「後医は名医」をはじめ、名医の定義は状況によってかなり左右されます。定義を左右する重要な要素のひとつが、医者が患者さんを診る期間、いわゆる治療期間です。
 
たとえば「一日だけ名医として振舞う」ことを想像してみてください。
 
患者さんを診るのが一回きりで、後のことは一切考えなくても良いとするなら、発熱で悩んでいる患者さんには消炎鎮痛剤を、せきで困っている患者さんには鎮咳薬を処方すれば、感謝されるでしょう。さらに、患者さんからリクエストされた薬を言いなりに処方すると、大層喜ばれるかもしれません。
 
「一日だけ名医」をやるだけなら、症状の背景にどんな病気が潜んでいるのか、体内でどんなことが起こっているのか、考えなくても済みます。もっともっと無責任なことだってできちゃうかもしれません。もちろん、まともな医者なら後々になって患者さんが困るようなことは控えると思いますが。
 
続いて「一週間名医」を想像してみましょう。ただ熱を下げる、鎮咳薬を処方するだけではそろそろダメです。血液検査所見などをとおして細菌感染症も含めた原因疾患をちゃんと考えなければならないでしょう。テキトーに抗生物質を処方するのもまずいと言えます。病態把握のための検査、内服薬や点滴の適切な管理*1、まともな治療ガイドラインに基づいたまともな診療、等々が欠如していては一週間誤魔化すのも難しいのではないでしょうか。
 
こんな具合に、一か月、一年、十年と治療期間を長くみていくと、うまくやれるための条件が変わるよう思われるのです。医師免許を持った人なら、「名医とは、まともな治療ガイドラインを履行する者のことである」で言い切った気持ちになれるかもしれませんが、さて、患者さんの側からみたら、本当にそれだけでしょうか。また、治療期間が一か月や一年ではなく、年余にわたる疾患を診るにあたって、治療ガイドラインの外側に名医たる要件があったりするでしょうか。
 
少なくとも精神科医をやっている私としては、精神科においてうまくやっていくために努めなければならないことは治療ガイドラインの文言の外にもある、としばしば思うのです。精神科は、命に直結した身体疾患を扱う科に比べて患者さんと長い付き合いになりやすく、それだけに「短期的にうまくやる」のと「長期的にうまくやる」のでは色々と違いがある科ではないか、と思ったりします。そしてベンゾジアゼピン系抗不安薬のような、少なくとも短期的には非常に広い範囲の症状を緩和する薬が存在する点、中井久夫のおっしゃった「飲み心地の悪い薬」が少なくない点も特徴かもしれません。以下、需要はあまりないでしょうけど、精神科における「一週間名医」「一年名医」「十年名医」についてゴチャゴチャ書いてみました。
 
 

*1:全身管理の技能も含む

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