シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。現在、忙しいうえブログは実験モードに移行しています。

『ほんとうの医療現場の話をしよう』──医学部という進路に悩む人におすすめしたい本

 
長くブログや本を書いていると、いろいろな相談のお手紙が舞い込んでくる。そうしたもののすべてに応えることはとても無理だし、精神医学にまつわる相談、特に医療行為に直結した相談は原則お断りさせてもらっている。
  
そうは言ってもなかなか無視しづらいお手紙もある。それは、
「医学部に入ったのですが、勉強がきつくて悩んでいます。」
「医学部に入ったのですが、浪人して〇〇大学を受験しなおそうか迷っています。」
 
医学部と、それにまつわる進路についての相談だ。この手の相談には、時間が許す範囲で返信するよう努力してきた。自分も悩んでいたし、悩んだうえで医師免許証を手に入れ、精神科医となった後に自分がやりたい仕事や活動に関われていると感じるからだ。
 
我が身を振り返っても、医学部に入るのはわけのわからない選択だった。
 
私が医学部に入ったのはバブル崩壊の直後ぐらい。医学部の偏差値がいちばん高かった時期ではないにせよ、人気はまずまずあって、地方の士業世界において医師免許証は切り札のような扱いになっていた。だけど十代の私にはそんなことはわからない。医者がどんな仕事で、医療の世界にどんなものが含まれているのか、そこで働いてどのようなメリットやリスクがあるのか、ろくに知りもしないまま、なかば流されて医学部に入ってしまった。私の場合、幸いにも精神科というものすごく興味深い領域に出会い、人間世界への関心をますます高めていけたから結果オーライだったけれども、在学中は五里霧中の状態だった。
 

 
当時、こんな本 ↑ を親が買ってきたことがあったけれども、こんなの読んでも医学部や医者の仕事がわかるわけがない。かえって嫌になったとさえ言える。
 
そうやって悩んだ時期があったから、医学部に入り、これから医師になるかもしれない人が迷うのも無理ないよね、と私なら思う。
 
 

医学部について考えるうえでいい本が出た

 
しかし、これからは相談のお手紙に返事しなくて良いのかもしれない。
高須賀さんが、医学部という進路について参考になりそうな本を著したからだ。『ほんとうの医療現場の話をしよう』を読むと、医学部に入り、医師になった後にどんな課題や良し悪しがあるのか、見当をつけやすくなると思う。
 

 
高須賀さんはまず、医療のなかで医師特有の役割として、診断と治療について挙げる。
 
 

 医師の仕事は全て患者さんを契機として始まります。そもそも、なぜ患者さんが病院を尋ねるのかというと、基本的には何らかの体調不良などがあるからです。「熱がある」「お腹が痛い」などなど。私達医師はその患者さんの困った事をどうにかして解決しないといけません。
(中略)
 なんらかの問題を解決するためには、まず原因をキチンと特定しないといけません。医療においてはこの原因特定行為を"診断"といいます。診断は医師にしか行えない非常に重要な役回りのひとつで、コメディカルと言われる医療スタッフや事務職員は「なんだかこの人、風邪っぽそう」と思う事はあっても「あなたは風邪です!」と診断を下すことは許されていません。

  

 こうして身に付けた知識や技術を基に、医師は原因を特定します。そして下した"診断"を基に、医師はもう一つの大切な仕事を行います。それが"治療"です。風邪に対して解熱剤を処方する事や、がんを手術する等の治療に繋がる行為は原則として医師のみが行うことを許されています。その他の職員も治療の手助けは行えますが、それは必ず医師の指示あってのものです。

 
後で触れるように、現在の医療はチームによる分業が進み、それぞれの分野の専門家が力をあわせて働くようになっている。
 
とはいえ上掲の引用文のように、病気や障害が何であるかを特定し、それをどう治療するのかを決めるのはやっぱり医師の役割だ。その裁量は特権的に医師のもの、とさえ言えるだろう。それだけ責任は重いし、身に付けなければならない知識も多い。医学部を出た後も研修期間が続き、専門医になるまでにも時間がかかるシステムになっている一因は、診断と治療のために必要な知識と経験が膨大だからだろう。
 
じゃあ、医師が診断と治療のマシーンかといったらそうでもない。
さらに高須賀さんは、社会人としてのマナーや人に好かれるに越したことはないこと、リーダーシップの大切さにも触れている。
 
さきにも触れたとおり、現在の医療はチーム医療でその対象は患者さんだ。である以上、人を人を結び付けるための素養やトレーニングが期待されるのはやはり避けられない。これも後で触れるように、医師の役割やワークスタイルはかなり広いので、やろうと思えばそうしたコミュニケーションを少なく済ませられる領分に就職できるかもしれない。それでも高須賀さんがおっしゃるように、やっぱり人に好かれやすいに越したことはないし、社会人として期待される常識的態度が欠如していれば苦労が増えやすいだろう。リーダーシップを期待される場面、患者さんとその家族に大事なことを説明しなければならない場面などでは尚更だ。
 
 

医師になってからなれる先は結構広い。

 
では、医師は長い勉強とトレーニングと人間力が不断に問われるものなのか? と思う人もいるだろう。
まあ、ある程度以上にそうではある。
だから難しい、だから疲れるともいえるし、だから面白い、だから奥が深いともいえる。
 
それでも、実地で働く医師にもさまざまなタイプがいるし、さまざまな役割がある。たとえば総合病院の外科医と個人開業のクリニックで働く精神科医では知識も役割もかなり違っているだろう。内科医だって、どの臓器が専門でどういう性格の医療機関で働くのかによって役割はだいぶ違う。
 
収入も含めて、ひとことで医師といってもその境遇、その領分はさまざまだ。医学部を卒業したら一律に幸福な医師人生がやってくるわけではない。悩みも喜びもさまざまだ。恋愛に悩む者もいれば、経歴や肩書をもっともっとと求めて悩む者もいる。幸福な結婚をする者もいれば、そうでない者もいる。
 

多くの人が働く中で、自分が無理のない形で働き続けられるスタイルを自然と見抜き、そこに軌道修正を図っていくケースが多いように思います。結果的には多くの人は自然と上手にやっていけるような道に落ち着いていきますので、そこまで働くこと自体を恐れる必要はないとは思います。医師自体をドロップアウトするケースは自分の見聞きする範囲ではごく稀です。医師は食っていくだけならば大体困りません。少なくとも現時点では。

 
高須賀さんは、医師は食っていくだけならだいたい困らない、自然と上手にやっていけるような道に落ち着く、と書いてらっしゃるが、私から見てもそんな気がする。そのうえで医師の世界にもさまざまな生き筋があり、その生き筋の広さ、いわば医療界隈の懐の深さは医師という職種の魅力のひとつではないかと思う。
 
かく言う私も、精神科という、脳という臓器を診るだけでなく社会と患者さんの関わりを診ないわけにはいかない科に就職したことで、自分がやりたい仕事を見つけることができたのだと思う。高校時代の私は、うすらぼんやりと哲学や心理学のようなことが学びたいと思っていて、医学部はそこから遠い世界ではないかと危惧していた。ところが精神科という診療科があったおかげで、実は、哲学科や心理学科に入るよりも自分がやりたいことに近いものを見せていただけていると今は感じている。
 
そうした事々が書いてあるので、この『ほんとうの医療現場の話をしよう』は、医学部をこれから受験したい人や、医学部に不本意ながら入ってしまったと感じている人、医学部で本当にいいのかなと悩んでいる人には特にお勧めしたい。twitterの、いわゆる医療クラスタと呼ばれるアカウント群の日常ツイートだけではなかなかフォローできない内容が記されていて、かつ、内容が実直だ。今後、医学部についての相談が私のところに舞い込んだ時には、はじめにこの本を推奨することにしようと思う。おすすめ。