シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。現在、忙しいうえブログは実験モードに移行しています。

「中年に惑ったら、髪型を変えろ、車を変えろ」

 
times.abema.tv

 
先日8月3日、ABEMA Prime さんにて「中高年のうつ病」という特集があってゲストとしてお邪魔させてもらった。思っていた以上に中高年のうつ病についての話が真面目かつ広く取り扱われて、限られた放送時間のなかでいろいろな話題が出て良かったんじゃないかと思う。そこで、中年危機について良さそうなアイデアが語られていたので、これは書き残したほうがいいと思ったので書いておく。
 
 

パックン「中年危機になったら髪型変えればいいんですよ」

 
そのアイデアは、番組のなかで中年危機の話になっていた時にぽろっと出てきた。隣の席のパックンさんがこうおっしゃったのだ。「アメリカでは中年危機って言葉はすごくポピュラー。中年危機になったらね、髪型変えればいいんです」。
 
おお、さすが中年危機がカジュアルに語られる国だけのことはある。そう出るか!
 
中年危機は英語でmidlife crisis だが、これはDSM-5のような統計学をベースにした医学用語ではない。かといって精神医学とまったく無関係かというとそうでもなく、うちの精神医学事典にも解説があるし、アメリカ産の精神医学書である『カプラン精神医学』にも関連記述があったりする。でもそれだけでもなくて、もっとポピュラーに用いられてもいて、その意味もかなり広がりのあるものになっている。
 
そうしたわけで、精神科医が"病名や診断名として"中年危機を患者さんに言い渡すことはたぶんない。病名は病名として告げたうえで「このあなたのうつ病は、背景に中年危機と言っていいような人生の曲がり角があったわけですね」などと解説の一部として用いるような感じになるだろう。
 
で、「中年危機になったらね、髪型変えればいいんです」。
 
すごいライフハックだ。いや、アメリカの実践知とでもいうべきか。
 
中年危機と呼ばれるものは、更年期障害や身体の大小の病気といった生物学的な中年の変化や、キャリアの限界がみえてくる・早期退職を余儀なくされる・子どもが巣立ちするといった社会的な中年の変化に伴い、アイデンティティが宙ぶらりんになったり、それに伴って精神疾患に至ったりするものだ。乱心した中年がいきなり家族を捨てて若い愛人のもとに旅立ったり、唐突に陶芸や蕎麦屋を始めたりすることだってある。思春期とはまた違ったかたちで自分のアイデンティティが動揺し、これからの生き方や、自分自身の「私はこういう人間だよね」って自己イメージもわからなくなりがちな状況だとも言える。
 
髪型。
アイデンティティが宙ぶらりんであること、これまでの生き方が生物学的/社会的変化によって継続できなくなった時は、じゃ、新しい生き方を模索しなければならないわけだ。そこでパックンさんはさらりと「髪型変えればいいんです」とおっしゃったのだけど、実際、髪型を変えるのはすごくいいんじゃないだろうか。
 
巷間では、失恋した女性が気持ちに一区切りつけるためには髪を切る、とされている。気分を一新し、自己イメージをも刷新するには、確かにいい方法だろう。自分自身の見た目が変われば、自己イメージは外側から変わるわけだから。で、それと同じ方法を中年の男性や女性がやったって別に構わないのである。いわば、形から入るライフステージの刷新だ。簡単かもしれないし、ちょっと安易にみえるかもしれないけれども、案外、こういうことが大事だったりする。
 
さらにパックンさんはこうも続ける。「それと車を変えるのもいいんです」。
 
これもいい。大都市圏に暮らしていて車を持っていない人にはいまいち想像つかないかもしれないが、車は、結構自己イメージを変えてくれる。郊外で暮らす者にとって、車は衣服であると同時に生活空間でもあり、ライフスタイルやアイデンティティでもある。生活の手触りに直結したアイテムだとも言える。だから、それまでレクサスに乗っていた人がハイエースや小型のフィアットに変えれば、案外、人生も生き方も変わる。これも、形から入るライフステージの刷新だと言える。
 
こうした髪型や車の変更が、中年危機対策のカジュアルだけどよく効く一手だとしたら、自分より少し年上の人々がやっていたことが中年危機対策や予防として上手かったように思える。ゴルフを始める・自転車に凝るようになる・登山を始めるようになる、等々。それらの装備を整え、衣服もそれらに適したものになっていくのも形からのライフステージの刷新だと言える。
 
そうかあ、あの人が山を登るようになったのも、あの人が自転車をやり始めたのも、時期的に言って偶然というより必然だったんだ、などと番組終了後に私は思った。と同時に、家族やパートナーを捨てるとか、どこか遠い場所に旅立つとかに比べれば、まだしも穏健な変更のようにも思えた。ときどき、ライフステージの刷新と称してとんでもないことをやらかす中年だっているからだ。
 
 

小回りの利くところから変えたっていい

 
歳をとるにつれて不可避的に変わっていかなければならないこと、変えていかなければならないことが人生にはたくさんある。たとえば20代の時のライフスタイルを40代になっても続けるのは、どうにも似合わなくなってくる。まして、そこに更年期障害も含めた身体的な制約が加わるなら尚更だ。若い頃からやってきたことに固執していい場合も、固執のしかたを変えざるを得ないことが多い。
 
そうしたなかで、髪型や車や趣味を変えるのは、カジュアルだけど意外に効果があって、バカにできない。それらは自己イメージに働きかけるだけでなく、周囲の自分を見る目にも働きかける変更だからだ。自分自身の挙動にだって影響が出るだろう。
 
アイデンティティを変えたいと思っていてもなかなか変えられない・ぐずぐずしてしまう、という人は多い。中年危機においては、それが長引けば意気消沈するばかりか、身体的にも心理的にも無理が重なり、ついにうつ病などに至ってしまう事例だってときにはある。確かに、なかなか変えられないこと、踏ん切りのつかないことは多いものだ。そうしたなかで、髪型や車といった、着手しやすいところからアイデンティティやライフステージを刷新していくのは、とっかかりからいっても効果から言ってもうまいように思う。
 
なるほど、これも、アメリカのプラグマティズムじゃないのか。
こうしたアイデアをパックンさんから聞いて、私はそう思わずにいられなかった。
参考にしたい。