シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

黄金頭さんへ(ベンゾジアゼピン系薬物についての返信)

 
こんにちは、黄金頭さん。熊代です。
今日はいくらか精神科医っぽいスタンスで返信させていただけたら思います。
1月17日のbooks&appsの寄稿記事、興味深く拝読しました。
 

 
物心ついた頃から社交不安症に当てはまっていそうだったこと、それがベンゾジアゼピン系抗不安薬によって改善したこと等について、黄金頭さんらしい文体で綴られていると感じました。また、後半では最近のベンゾジアゼピン系薬剤への警鐘がいったい何なのか・実際には処方されているのではないか、といった疑問も綴られていました。以前にお書きになっていた「結局、ベンゾジアゼピンって長期的に飲んでいいの?」を念頭に置きながら、私の考えていることを返信してみます。
 
 

現代の学会や精神医学のガイドラインはベンゾジアゼピンの長期投与に否定的

 
 
はじめに、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用について、標準的な治療ガイドラインが何を言っているか確認してみましょう。手許にあるモーズレイ処方ガイドラインは13版。ですが、14版でも大きくは違わないはずです。
 

 
ベンゾジアゼピン系薬剤は、急性の不安症状を速やかに改善する。あらゆるガイドラインやコンセンサス文書では、症状が重度で機能障害が生じており、苦痛が極めて強い不安に限ってベンゾジアゼピンを使用することを推奨している。身体依存性や離脱症状の可能性があるので、これらの薬剤は中期的/長期的な治療戦略を実行するまでの間、可能な限り短期間で(最長4週間)、最小有効用量のみ使用すべきである。多くの患者では、ベンゾジアゼピンの使用を最小限にすることが賢明であり、これは遵守すべきである。不安症状による機能障害が強いごく一部の患者ではベンゾジアゼピンの長期投与が有効であり、ベンゾジアゼピン治療を否定すべきではない。しかし、ベンゾジアゼピンは不安やうつ病に対して、より適切な治療の代わりに、長期的に過剰に処方される傾向があることが知られている。 『モーズレイ処方ガイドライン 第13版 日本語版』P312-319

ベンゾジアゼピン系の薬剤は不安をすみやかに改善する。でも、身体依存や離脱症状の可能性がある。なるべく早めにやめましょう、とあります。社交不安症の場合も、ベンゾジアゼピン系の薬剤は治療の初期段階や頓服としては今でも重要ですが、利用可能な脳内セロトニンを増やしてくれる抗うつ薬の一種・SSRIなどによる治療が普及し、その必要性は下がっていきます。ただし、SSRIが効果を発揮するには二週間以上かかるため、それまでの間に合わせ的として速効性のあるベンゾジアゼピン系の薬剤を処方するドクターは、割といるようには思います。
 
モーズレイ処方ガイドラインよりマイナーですが、社交不安症の日本神経精神薬理学会のガイドラインを見ても、第一選択の薬にはベンゾジアゼピンはなくSSRI、それからノルアドレナリン系に働きかけるSNRIという薬がおすすめされています。
 
ではなぜ、不安をすみやかに改善してくれるベンゾジアゼピン系の薬剤は「ずっと・いくらでも処方してかまわないとはみなされてない」のでしょう?
 
上掲のガイドラインには、身体依存や離脱症状といった言葉も並んでいます。実際、ベンゾジアゼピン系薬物を日常的に飲んでいる人がいきなりやめると、俗にいう「禁断症状」、かなり辛い症状がやってきます。たとえば不安・緊張・発汗・動悸・不眠・抑うつなどが出現するのはよくあることです。大量かつ長期に飲んでいた人の場合、せん妄*1やけいれん発作を起こしてしまうことさえあり、そうした患者さんは精神科医にとってそれほど珍しくありません。
 
これらは気合や根性でどうにかできるものではなく、ベンゾジアゼピンの連続使用によって身体がそのようになってしまった、と考えるべきものです。普段はそれでもいいかもしれませんが、災害で薬をなくしてしまった場合や見知らぬ土地で交通事故に遭って緊急入院した場合、これが大変な厄介事を招くことがあります。
 
ベンゾジアゼピン系薬物でもうひとつ挙げられがちなのが健忘。「記憶が飛ぶ」ってやつですね。用法・用量をオーバーした服薬やアルコールとの併用では「記憶が飛ぶ」が可能性がかなりあります。それどころか、一部のベンゾジアゼピン系睡眠薬とその類似薬*2では通常の用量で記憶が飛んでしまうことさえ、たまにあります。私は、記憶が飛んでしまうのは大変な問題だと思うので、こうした懸念のあるベンゾジアゼピン系睡眠薬とその系列を処方する時には「記憶が飛ぶリスク」について説明しますし、服薬後、そうしたトラブルが起こらなかったか質問もします。アルコールと一緒の場合や高齢の場合はとりわけリスキーだと念も押すでしょう。記憶が飛んでいる時間帯に何かあったら、それは身体的にも社会的にも大きな問題です。
 
もうひとつ、メジャーな副作用として気にかけておきたいのが「眠気」や「注意力の低下」です。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬が存在しているぐらいですから、基本、ベンゾジアゼピン系薬物は眠気や注意力の低下をもたらしがちで、抗不安薬も例外ではありません。そもそも不安をやわらげリラックスする方向に作用する薬なわけですから、何かに集中するのに向いているはずがありません。ベンゾジアゼピン系薬剤をたくさん飲んだ状態で自動車を運転をしたらどうなるでしょう?
 
当然、交通事故のリスクが高まります。ベンゾジアゼピン系薬剤の添付文書にはその危険性が明記されています。その一方で、地方の精神科病院やメンタルクリニックには、自動車を運転して来院するベンゾジアゼピン系薬物の処方されている患者さんもいます。現実にはまかり通っていることではありますが、これって本当はよろしくないことではないでしょうか。
 
実地では、どうしてもベンゾジアゼピン系の薬を飲まなければならないドライバーの患者さんにはリスクをよく説明し、運転に注意するよう心掛けてもらうようにしています。加えて、薬剤を減らす努力*3・代替する努力を促さなければならないでしょう。そして就寝前にベンゾジアゼピン系睡眠薬を内服した後などは、必ず運転を控えていただくこと。睡眠やリラックスの効果をあてこんで、夕食後~就寝前にベンゾジアゼピン系薬剤が集中的に配置されている患者さんはたくさんいらっしゃいます。そういう患者さんには、服薬後の運転はとりわけ危険で、朝の眠たい時間もまだまだ危険であることを必ず打ち合わせておきます。そうしたおかげか、私の臨床人生ではベンゾジアゼピン系薬物を飲んでいて大事故を起こした患者さんはまだいません。でも、「駐車場で車のバンパーをこすってしまった」ぐらいの小事故が起こるリスクはかなり現実的だと思っています。
 
厄介なことに、ベンゾジアゼピン系薬物を飲んでいるうちに耐性ができてしまうこともあります。俗っぽく言えば「だんだん効き目がなくなってきた」感じでしょうか。はじめは一日1㎎で十分だった効果が、飲み続けているうちに2mgでも足りないよう感じられる……といったことがベンゾジアゼピン系薬剤では起こりがちです。効き目を追求してどんどん用量が増えてしまうと、ここまで述べてきた問題点やリスクもどんどん高まります。「効果が足りないからもっと用量を増やしてほしい」という患者さんの言葉に対してイエスマンになるのは危険です。
 
それから、私個人としてはベンゾジアゼピン系薬剤がもたらす弊害として「衝動にブレーキをかけづらくなる」を挙げたいと思います。
 
ベンゾジアゼピン系薬剤をたくさん飲んでいる患者さんって、こらえ性がなくなったり、怒りっぽくなったり、包丁を持ち出したりするリスクが高くなるよう見受けられるんですよ。
 
ベンゾジアゼピン系薬剤が今よりずっと遠慮なく処方されていた20年以上前は、OD(過量服薬)やリストカットがとても多かったよう記憶しています。ボーダーラインパーソナリティ症などが今よりずっと多く診断されていた時代でもありますね。で、そのODなりリストカットなりを繰り返していた患者さんのなかには、ベンゾジアゼピン系薬剤をたくさん処方され、そのベンゾジアゼピン系薬剤を繰り返しODしたり、ベンゾジアゼピン系薬物の影響下で自傷行為をしたりしていた患者さんをよく見かけたんですよ。
 
これは現在も同じで、ODやリストカットを繰り返す患者さんのおくすり手帳がベンゾジアゼピン系薬剤だらけだった、というパターンはまだまだ見かけます。もともと衝動コントロールがあまり良くない病態の患者さんに、その傾向を助長するかもしれないベンゾジアゼピン系の薬物をどっさり処方するのは避けたいものです。繰り返しODやリストカットをしている来歴があるなら、尚更でしょう。
 
でもって、そうした患者さんの場合、ベンゾジアゼピン系薬物を飲みつつ、アルコールを併用していることも珍しくありません。アルコールとベンゾジアゼピン系薬物の併用は、記憶をより飛びやすくし、より衝動的な行動に走らせやすくもします。また、転んで怪我をしたり、失禁したりするリスクも高くなるでしょう。
 
衝動コントロールの悪い患者さんを見かけた時、どこまでその人自身の病理性に由来しているのか、どこから薬剤やアルコールに誘発されたものなのか、精神科医なら意識しておくところでしょう*4。そしてもともと衝動コントロールが良くない患者さんに新規にベンゾジアゼピン系薬剤を処方せざるを得ない時には、「我慢がきかなくなったり、怒りっぽくなったりするようなら、この薬はやめなければなりません」的な説明をしておくのが筋だと私は思います。
 
それからベンゾジアゼピン系睡眠薬を飲んだ後、「つい空腹になって我慢できず食べてしまう→体重が増えてしまう」も結構いらっしゃいます。健忘も合併した結果、「朝になったら冷蔵庫の中身がなくなっていた」「台所に食べ物を食べ荒らした跡があった」的なエピソードを聞くことも。つい食欲が増進してしまうのは他の向精神薬にもあることですし、体重増加のリスクで有名な薬は他にもありますが、衝動にブレーキがかけづらい点からいって、ベンゾジアゼピン系薬物も体重増加のダークホースとみておきたいです。
 
 

なぜ、長く内服している患者さんがいるのか

 
こんな具合に、少なくとも私はベンゾジアゼピン系薬物の副作用を警戒していますし、ガイドラインが長期投与を控えるように述べていることにも納得しています。ところが実際にはベンゾジアゼピン系薬物を長く飲んでらっしゃる患者さんも結構いたりします。
 
色んなパターンが想定されそうです。
 
ひとつには、こうしたガイドラインを知らないドクターや、ベンゾジアゼピン系薬物の副作用を軽視しているドクターがどしどし処方している場合。先日、あるはてなブックマークで「ベンゾジアゼピン系抗不安薬は内科医が出してくれる」と書いてあったとおり、こうしたガイドラインを他科の先生があまり知らない可能性はあるかもしれません。また、一部のメンタルクリニックにはベンゾジアゼピン系を処方することにもっと積極的なドクターや、患者さんからリクエストされたら用量めいっぱいまで処方するドクターが存在する……かもしれません。
 
もうひとつは、過去に処方されてそのままになっている患者さん。ベンゾジアゼピン系薬物の長期処方への風当たりがいよいよ強くなってきたのは21世紀に入ってからです。が、過去においてはその限りではなく、ベンゾジアゼピン系薬物が「安全で」「処方しやすく」「いろいろな病状に効果的な薬」「メインの薬を補佐させる薬」としてドシドシ処方されていた時代もありました。それこそ統合失調症、双極症、不安症、パーソナリティ症、など、病気を選ばずだったよう記憶しています。その頃から処方されている患者さんのベンゾジアゼピン系薬物を減らすのはなまなかではありません。さきほど書いたように、なにしろベンゾジアゼピン系薬物は「身体依存や離脱症状」や「耐性」の問題があるのです。長く飲み慣れたベンゾジアゼピン系薬物を患者さんに減らすようお願いするのは、そうした問題に向き合い、ときにはしんどい時期を経験するようお願いすることです。なかには減量に耐えられない患者さんや、減量すると病状への悪影響が心配される患者さんもいらっしゃいます。前医の前医の前医の前医の前医が処方したベンゾジアゼピン系薬物を、数十年経ってもまだ飲んでいる──そんな患者さんのベンゾジアゼピン系薬物に手を付けるのは、私だって怖いです。もし、手を付けるとしたら数年単位で・ゆっくりと試みるしかないでしょう。
 
もうひとつは、ベンゾジアゼピン系薬物が効果的だけど、ほかの薬が無効か、なんらかの理由で内服できない患者さん(黄金頭さん自身は、これに該当していそうです)。はじめのほうで紹介したモーズレイ処方ガイドラインにも「不安症状による機能障害が強いごく一部の患者ではベンゾジアゼピンの長期投与が有効であり、ベンゾジアゼピン治療を否定すべきではない」とあります。ガイドラインはガイドラインでしかありません。ベンゾジアゼピン系薬物がどうしても必要な患者さん、リスクとベネフィットを比較して処方せざるを得ない患者さんだってもちろんいます。こういう話は、「ベンゾジアゼピン系薬物は良い/悪い」といった単純な二項対立におさまる性格のものではありません。
 
もうひとつは生存バイアス。
はじめのほうに書いたように、ベンゾジアゼピン系薬物にはいろいろな副作用や弊害があり得ます。とはいえ、すべての人に副作用や弊害が甚だしく出るわけではありません。仕事や運転にも支障ない、記憶が飛ぶわけでもない、こらえ性がなくなるでもない、ドシドシ増量を要求するわけでもない、そんな患者さんだっているわけです。少なくとも現時点では、処方されているベンゾジアゼピン系薬物をアルコールと一緒に飲んでも記憶が飛ばない人さえいるでしょう。
 
でも、ベンゾジアゼピン系薬物を飲む人の全員がそうだってわけではありません。処方する側としては、「この患者さんはなんにも副作用や弊害が出ないに違いない」と楽観的に処方するのでなく、「この患者さんにだって副作用や弊害が出る可能性がある」と警戒しながら処方しなければならないのです。処方する側の仕事は、ただ処方箋を発行することでなく、その処方が患者さんにどんなリスクをもたらすのかを知らせたうえで相談し、実際にリスクの芽が出てきたらできるだけ早い段階で避ける、または、リスクの芽が出てこないように済ませることだと思います。ですから、何割かの患者さんが平然と・長期的に・目立った弊害なくベンゾジアゼピン系薬物を使えているとしても、これからうつ病や不安症を治療しはじめる患者さんには、そうしたリスクをなるべく負わせたくありません。この観点からみると、ベンゾジアゼピン系薬物よりSSRIやSNRI(といった新世代の抗うつ薬)はだいぶ良いように思われますし、ガイドラインの指針もそれを反映しています。いい薬が出てきたものです。旧来の抗うつ薬は、それはそれで別種の副作用が多くて使いにくかったですから。
 
ベンゾジアゼピン系薬物を長く飲み続けて何も問題が生じていない(ように感じている)患者さんは、そうした副作用や弊害が出なかったか非常に少なくて済んだ、いわばラッキーだった人たちなんだと私なら考えます。そうでない患者さんはベンゾジアゼピン系薬物に由来するトラブルが起こっていたり、健忘や離脱症状といった問題が顕在化してひどい目に遭っているかもしれません。最悪、「何度目かのODのつもり」だった過量服薬が命取りになってしまう患者さんだっていらっしゃるでしょう*5
 
ここでいうラッキーな患者さんも数のうえでは少なくないかもしれません。
だとしても、結構な割合の患者さんで無視できない問題が生じるなら、それはやっぱり問題です。副作用や弊害が起こらない患者さんがいるからといって、どの患者さんにも副作用や弊害が起こらないと思うべきじゃないし、ベンゾジアゼピン系薬物には弊害がないと思うべきでもないでしょう。(これは、他のいろいろな処方薬にも言えることではあります)
 
これら全部の結果として、ベンゾジアゼピン系薬物を処方され続ける患者さんが一定程度いらっしゃり、と同時に業界的には安易な処方が戒められ、ガイドラインでも推奨されていない現状があるのだと思います。*6
 
 

ベンゾジアゼピン系薬物の長期内服には「時間切れ」があるかもしれない

 
ガイドラインでは推奨されていないけれども実際には結構処方されていて、処方され続けている患者さんも珍しくないベンゾジアゼピン系薬物。では、とりあえず副作用や弊害が表面化しなかった患者さんなら、ずっと飲み続けて構わないでしょうか。
 
私は、そうとも限らない、と考えています。なぜなら加齢という要素によって、薬が患者さんに与える影響が変わってくるからです。
 
さきほど、ベンゾジアゼピン系薬物が健忘を起こしたり注意力を落としたりすると書きました。こうした認知機能にマイナスに働くタイプの副作用は、若いうちは比較的表面化しにくいものです。肝臓や腎臓の代謝機能も含め、まだ元気なうちの身体は薬物の効果を得やすく、弊害をかわしやすいと言えます。
 
ところが70代、80代になってくると話が変わってきます。今までは同じぐらいの量のベンゾジアゼピン系薬物で無病息災だった患者さんが、健忘や認知機能の低下、さらにふらつきや転倒といった身体上の問題までもが顕在化し、最悪、せん妄を起こして入院になったりすることがありえるのです。
 
加齢は、薬のリスクとベネフィットを変えていきます。肝疾患や腎疾患、脳そのものの疾患なども同様です。ある時期までは健康の守り神のように感じられたベンゾジアゼピン系薬物が、ある時期から認知機能や身体機能にマイナスに働き始めることがままあります。そのさまは、さながら薬の短所に身体が耐えきれなくなっているかのようです。
 
なら、どうすればいいか? 年を取りきってしまわないうちにベンゾジアゼピン系薬物を減量、あわよくば中止することです。加齢にあわせてベンゾジアゼピン系薬物を漸減・中止できればこうした時間制限をかわせるでしょう。
 
精神科の外来も、再診は長くおしゃべりしていられない現状ではありますが、それでも、患者さんが年を取っていくなかでベンゾジアゼピン系薬物をいつかは減らしたほうが良い話や、現時点で(ベンゾジアゼピン系薬物に限らずですが)副作用や弊害が表面化していないかは、折に触れて交わすべき話題だと私は思います。診療面接のたびに毎回そういう話題をしなさいというのでなく、時々でもいいんです。でも、「ぜんぜん話題にしない・チェックしない」はあってはならないはずです。
 
もちろん、年を取っていくなかでもベンゾジアゼピン系薬物を減らしきれない患者さんはいます。でも処方する側もまったく無力ではありません。そうした患者さんにおいても、副作用や弊害の出現の気配をみてとる余地はありますし、もし将来、加齢に負けて現在の服薬内容では立ちいかなくなった時にどんな事が起こるのか、あらかじめ知っておいていただくことはできます。覚悟しておいていただくことだってできるかもしれません。
 
生活や再発防止のためにベンゾジアゼピン系薬物をどうしてもたくさん飲まなければならない患者さんは一定数存在します。でも、ここまで書いてきたようにそれはリスクを背負った処方で、そのリスクは加齢とともに表面化しやすくなっていくでしょう。そうしたリスクの大きな処方をする際には、処方する側も処方される側も「これはリスクが高いってことになっている処方だよ」とわかったうえでやるべきで、わかったうえで副作用や弊害が表面化してくる可能性について日頃から備えておきたいところです。
 
「日頃から備えておく」の内容のなかには、そうした副作用や弊害について話題にしやすい間柄も含めた、コンテキストができあがっていることが望ましいと言えます。そうしたコンテキストがあるなら、処方する側も患者さんを信頼しやすいですし、まずいことになり始めている時にも気づきやすいでしょう。長く付き合っていてツーカーの患者さんには処方できても、ある日都内のメンタルクリニックから三行だけの診療情報提供書を携えて「ベンゾジアゼピン系薬物をおくすり手帳のとおりに出してください」という患者さんに処方しにくい、とも言えるかもしれません。
 
 

おわりに

 
ベンゾジアゼピン系薬物は不安や不眠に対してダイレクトかつ速やかに効くので、不安症や不眠症に限らず、うつ病や双極症や統合失調症の患者さんにもしばしば処方されます。特に不眠については、レンボレキサント(デエビゴ)のように明確に効果のある非-ベンゾジアゼピン系薬物が出てきているとはいえ、まだまだ出番が残っているでしょう。とはいえ、ここに書いたような問題を含んでいるのがベンゾジアゼピン系薬物であり、実際、通院をやめる最終段階になって、最後に残ったベンゾジアゼピン系薬物をやめるのに長い時間と苦痛を要してしまう患者さんも少なくありません。そのうえ、せん妄、けいれん、健忘、集中力の低下をはじめとする認知機能の低下といったリスクがあり、特に高齢者では身体機能にまで影を落とすわけですから、かつては安全といわれていたベンゾジアゼピン系薬物も野放図に用いれば危なっかしいのです。
 
こうして書き出してみると、やっぱりベンゾジアゼピン系薬物は向精神薬取締法の対象であるのがお似合いで、医師が処方し、その医師による継続的なモニタリングが必要な薬物だと思います。「薬と毒は紙一重」とも言いますが、ベンゾジアゼピン系薬物も例外ではありません。すでに長く内服して慣れている人も、どうか気を付けて。そして主治医との診療面接がある前提でお飲みになって欲しいと思います。
 
 
*結構読まれているみたいなので宣伝。「デパスやマイスリーの処方が減らない本当の理由」という有料記事を過去に書きました。ベンゾジアゼピンがどしどし処方される背景について、個人的な思いをいろいろ書いています。ご興味ある方は、どうぞ。
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*1:実質的には意識障害ですね。危険だと思っておいてください

*2:ここでは、たとえばゾルピデムのようなZドラッグを類似薬として想定しています

*3:さきほど書いたとおり、これは離脱や依存の問題と多かれ少なかれ向き合わなければならないものです

*4:もちろん、周辺環境からの影響、人間関係、発達特性などもですが

*5:OD、とりわけ最近の向精神薬のODは比較的安全性の高い薬から構成されていることが多いと思われます。気分安定薬が処方されておらず、比較的新しい薬からなる処方の場合は特にそうです。でも、ODの際にまとめ飲みされる薬が向精神薬だけとは限りませんし、「ここでODをしたら命が本当に危なくなる」状況でODが行われる可能性もあるので、ODを軽んじる、少なくともODなんて危なくないと考えすぎるのは危険だと思います

*6:念のため断っておきますが、ここに書いている話はベンゾジアゼピンの漫然とした処方に関する話が中心で、統合失調症や双極症の最も激しい症状の最中にベンゾジアゼピン系薬物がどうであるか、またはけいれん発作やアルコール離脱せん妄の治療に際してどうであるのかは、また別の話です。