- 作者:熊代亨
- 発売日: 2020/07/09
- メディア: Kindle版
おかげさまで、『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』は重版となりました。8月10日現在、Amazonでは売り切れ状態となっていますが、前より本屋さんで取り扱っていただけているので、本屋さんで見かけた折には、是非手に取ってみてやってください。
この本は、私が書きたかったことを85%の純度で書けた稀有な本なので、私自身、再読するとつい面白いと感じてしまいます。ですがその面白さの大半は、参考にした書籍や文献の面白さに由来するものだと思っています。
宣伝もかねて、今日は『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』の参考文献から興味深いもの・恩義を感じているものをいくつかご紹介します。どれも、当該分野について興味を持っている人ならきっと楽しめる良書に違いありません。おすすめです。
フィリップ・アリエス『<子供>の誕生』
- 作者:フィリップ・アリエス
- 発売日: 1980/12/11
- メディア: 単行本
現代社会では常識となっている、「子どもは保護されるべき・教育されるべき・かわいがられるべき」という通念が昔からのものではなく、たかだか数世紀で定着してきたものであることを教えてくれる本。子供についての常識が昔は常識ではなく、家屋の空間設計・教育制度の変化・遊戯や服装の変化とシンクロしながら次第にできあがっていくさまに私はびっくりしてしまった。
現代の子育ての難しさについて考える土台として、過去の子育てを振り返っておくのは有意義なことだと思うので、興味のある人は読んでみたら収穫があると思う。
"中世において、また近世初期には、下層階級のもとではさらに長期にわたって、子供たちは、母親ないしは乳母の介助が要らないと見なされるとただちに、すなわち遅い離乳の後何年もしないうちに、七歳位になるとすぐ大人たちと一緒にされていた。この時から、子供たちは一挙に成人の大共同体の中に入り、老若の友人たちと共に、日々の仕事や遊戯を共有していたのである。"
『<子供>の誕生』より
ピーター・コンラッド『逸脱と医療化』
- 作者:コンラッド,ピーター,シュナイダー,ジョゼフ・W.
- メディア: 単行本
何が病気で、何が病気でないのか。どこからが医療や福祉の対象で、どこまでが対象ではないのか──その境目が決定されていくプロセスをひも解いていく医療社会学の本。
この本は医療(とりわけ精神医療)の営みが自然科学的な営みであるだけでなく、社会科学的・政治的営みでもあることをどちらかといえば批判的に論じている。この本が書かれたのは反精神医学運動が盛んだった時期なので、2020年から振り返ると、他の医療社会学の書籍に比べてアグレッシブで勇み足だと私は感じる。とはいえ、医療と社会、福祉と社会がお互いに影響を与え合うメカニズムについて、わかりやすい構図を提供してくれる。この本だけでは危ういけれども、この本をスルーして医療社会学をつかむのは骨が折れるんじゃないかという気はした。
この本の最大の難点は、かなりのプレミアがついてしまっていること。大きめの図書館で借りて、第一章~第二章と、関心のある章を読むといいんじゃないかと思う。
"ある特定の社会では、ある特定のパラダイムが支配的となるだろう。現代のアメリカ社会では、法-犯罪パラダイムと医療-病パラダイムの間には、たとえ両者が公的な調停を達成しうるとしても、しばしば緊張が存在する。それぞれのパラダイムは相対的に高い地位の制度的支持者(すなわち法律作成者と裁判官、医療研究者と医師)を有している。科学が現実の究極の裁定者とみる世界では、科学的研究によって支持できる逸脱の認定は、信用を得る可能性が高い。逸脱認定のポリティクスにおける要因は複雑なので、われわれは「可能性が高い」という言葉を用いた。しかしながら、他の条件が一定であるならば、逸脱の医療的概念は、科学という名のもとに提案される可能性が高いだろう。"
『逸脱と医療化』より
アラン・コルバンほか『身体の歴史』
身体の歴史 1 〔16-18世紀 ルネサンスから啓蒙時代まで〕 (身体の歴史(全3巻))
- 作者:ジャック・ジェリス,ニコル・ペルグラン,サラ・F・マシューズ=グリーコ,ラファエル・マンドレシ,ロイ・ポーター,ダニエル・アラス
- 発売日: 2010/03/24
- メディア: 単行本
身体の歴史 2 〔19世紀 フランス革命から第一次世界大戦まで〕 (身体の歴史(全3巻))
- 作者:アラン・コルバン,ジャン=ジャック クルティーヌ,ジョルジュ・ヴィガレロ,オリヴィエ・フォール,アンリ・ゼルネール,セゴレーヌ・ル・メン,アンリ=ジャック・スティケール
- 発売日: 2010/06/18
- メディア: 単行本
『身体の歴史』は全三巻からなる大著で、身体についての通念や習慣の移り変わりのあらましを知ることができる。テーマは健康・ジェンダー・スポーツ・清潔・芸術などあらゆる分野に及んでいて、『健康的で清潔で、道徳的な~』に関しては、19世紀について書かれた第二巻をあれこれ参考にしている。
この本はほとんどプレミアがついておらず、ジュンク堂や紀伊国屋書店に行けば割と並んでいたりもする。ただ、とにかく分厚い本で全部買いそろえると結構な値段になってしまう。これも、まずは図書館で一読してみて、良いと思ったら購入するのがいいと思う。
微生物が発見されたことにより、世紀のかわる頃、清潔さや身体のイメージの根拠となるものが、再び変化する。皮膚は、近くできない、何らかの攻撃者にさいなまれ、菌保有者は、集団的な意味で脅威とみなされるようになる。伝染の危険とともに、強調されることがらも変わる。「衛生学において、細菌理論がどこで終わりになるかは予測できない」。入浴と沐浴が、はじめて、目に見えない敵と闘うことになる。「上品な女性のつややかな肌」にも、恐るべき危険が隠されているかもしれない。細菌の大集団が表皮全体に住みついているかもしれないのである。
(中略)
この清潔概念により、まなざしのあり方もたしかに変わってしまった。見えもしないし、感じられもしないものを消し去ることこそ、この新しい清潔さなのである。もはや、皮膚の黒っぽさ、匂いだけが、身体を洗うことを命ずるしるしなのではない。きわめて透明な水でも、コレラ菌を含むあらゆるビブリオ菌が潜んでいるかもしれないし、どんなに真っ白な肌でも、ありとあらゆるバクテリアが住みついているかもしれない。知覚自体、もはやそれによって「汚れたもの」を見分けることはできない。見分けるための指標は消滅するのに、要求は増大する。こんなことは初めてのことだが、衛生学者は、完璧なやり方を提案しては、撤回を余儀なくされる。懐疑が深まる。
『身体の歴史 第二巻』より
東畑開人『野の医者は笑う』『居るのはつらいよ』
- 作者:東畑開人
- 発売日: 2017/04/07
- メディア: Kindle版
居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)
- 作者:東畑 開人
- 発売日: 2019/02/18
- メディア: 単行本
心理療法や精神科デイケアや民間療法の景色を描きつつ、みずからの苦悩をユーモラスに吐露し、それらを資本主義社会の仕組みと照らし合わせて論じるすごい二冊。『健康的で清潔で、道徳的な~』で直接引用したのは『野の医者は笑う』だけど、間違いなく『居るのはつらいよ』からインスピレートされた部分もある。『居るのはつらいよ』の特定箇所から引用したというより、全体から何かを受け取ったというイメージ。読みやすくてユーモラスな文体で、重たいことを論じている。
“マインドブロックバスターに至っては、起業してお金を稼ぐことこそが癒しだと考えている。だからスクールを受けると、次のような考えを抱くようになる。
お金の話をするのは恥ずかしいことではない。深いことを言ってても、食べられなくてはどうしようもない。軽薄だっていい。マーケティングに成功することが何より大事。マインドブロックバスターにはそういう哲学が深く染み込んでいる。
(中略)
資本主義による傷つきは、資本主義的な治療によって癒される。
これが面白い。傷つけるものは癒すものであると、ギリシアの神様が言ったではないか。
早い、安い、効果がある。そういう時代に傷ついた人が、そういう治療法に癒される。そういう治療法は、そういう価値観の人間を生み出すから、そういう時代に生きることを支えるのだ。”
『野の医者は笑う──心の治療とは何か?』
ウェンディ・ブラウン『いかにして民主主義は失われていくのか』
いかにして民主主義は失われていくのか――新自由主義の見えざる攻撃
- 作者:ウェンディ・ブラウン
- 発売日: 2017/05/26
- メディア: 単行本
資本主義、とりわけ新自由主義的の広がりとミシェル・フーコー的な考え方を接続するヒントを与えてくれたありがたい本。この本を東畑開人さんのツイッターアカウントで発見しなかったら、『健康的で清潔で、道徳的な~』はぜんぜん違う姿になっていたと思う。新自由主義を論じた他の本はフーコーとの繋がりをわからせてくれなかったし、自分が読んだことのあるフーコーの本とその解説書のたぐいからも新自由主義との繋がりは思い至らなかった。でも、この本のおかげでかなり繋がった。新自由主義のもとで教育機関や農業が直面している問題を論じる箇所も、悲壮感があって読みごたえがある。
“新自由主義とは理性および主体の生産の独特の様式であるとともに、「行いの指導」であり、評価の仕組みである。
(中略)
本書が提案するのは、新自由主義的理性がその相同性を徹底的に回帰させたのだということである。人も国家も現代の企業をモデルとして解釈され、人も国家も自分たちの現在の資本的価値を最大化し、未来の価値を増大させるようにふるまう。そして人も国家も企業精神、自己投資および/あるいは投資の誘致といった実践をつうじて、そうしたことを行うのである。
(中略)
いかなる体制も別の道を追求しようとすれば財政危機に直面し、信用格付けや通貨、国債の格付けを落とされ、よくても正統性を失い、極端な場合は破産したり消滅したりする。同じように、いかなる個人も方向転換して他のものを追求しようとすると、貧困に陥ったり、よくて威信や信用の喪失、極端な場合には生存までも脅かされたりする。”
『いかにして民主主義は失われていくのか』より
面白書籍を教えてくださる皆さんには感謝しかない
ほかにも、参考文献に記したものもそうでないものも含め、たくさんの面白い本から面白エッセンスをわけていただきました。いや、本だけでなくアニメ『PSYCHO-PASS』あたりからも影響を受けているでしょう。ブログやツイッターを介して面白い本やコンテンツを教えてくださる皆さんには感謝しかありません。いつもありがとうございます。