シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

コンテンツに出てこない"強い女性"について

 
 
昨日、非モテ昔話をしたので、もうちょっと陰気な話を続けたくなった。そうする。
 
強い女性、強い男性、といった言葉を人は使う。
では、強い女性とはどういう女性のことなのか。
 
先日、この「強い女性とはどういう女性のことなのか」について、辛口ツイッタラーの小山さんが以下のようなことを記していた。
 


 
 
なるほど政治家の小池百合子さん。女性的でしたたかで、男性社会を見事に遊泳しきっているあの強さは、クシャナやハマーン・カーンや南雲警部といった、"オタクにとって都合の良い強い女性"と雰囲気が違う。クシャナやハマーン・カーンや南雲警部の強さとは、男性オタクにもたやすく理解でき、たやすく理想化できてしまう強さでしかない。それと、ハマーン・カーンには男性社会を見事に遊泳しきってみせる強さは足りないように思う。ほかのガンダム系作品で"悪女"とみなされている面々にしても、小池百合子さんのような強さやしたたかさやタフさを持ち合わせていなかった。
 
ガンダムシリーズに登場する女性のなかには、小池百合子さんとは違ったタイプの強い女性像らしきものをみせてくれたキャラクターがいる。それは『機動戦士Vガンダム』に登場するシャクティという少女だ。シャクティは弱冠11歳でしかないのに、作中に登場するどの女性と比べても強靭にみえた。戦闘で強いとか、政治家として優れているとか、そういった強さだけでシャクティは説明できなかった。男性社会を泳ぎ切ってみせる現実の女性政治家のしたたかさとも違う。それでも富野由悠季監督が描いたシャクティというキャラクターは、どうしようもなく強いようにみえた。
 
 
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ところで私が日常的に出会う"強い女性"として連想するのは、男性に強い女性、男性を率いる女性ではない。女性コミュニティのなかで屈託なく暮らしている女性、これが(私から見て)一番強くて謎めいていて、それでいて世の中のあちこちで活躍していると感じる。
 
男性との付き合いを大筋では間違えず、男性に侮られることのない女性で。
男性社会にのめり込みすぎるわけでもない女性で。
いわゆるマウンティングともほとんど無縁で。
同性との付き合いにも長け、同性との付き合いにあまり悩むことなく、シンパシー豊かな女性は。
とても強い女性だと私は思う。
 
同性異性とだいたい上手く付き合い、女性コミュニティにもよく馴染んで適応している女性が、私にはよくわからない。わからないから怖くもある。
 
小池百合子さんタイプの強い女性キャラクターがオタク作品になかなか描かれないのと同じかそれ以上に、私がおそれ、それでいて世の中のあちこちで活躍しているあの"強い女性"もたちもまた、コンテンツやメディアの世界、とりわけ男性オタク向けのコンテンツやメディアではなかなか見かけない。
 
そういう"強い女性"がコンテンツやメディアになかなか登場しないのは、その強さが(主に男性視聴者からみて)わかりにくくて、その強さがドラマチックな起承転結のなかでは目立ちにくくて、派手さを欠いているから、なのかもしれない。ガンダムのようなドンパチの激しい作品はもちろん、『宇宙よりも遠い場所』や『ゆるキャン△』などを眺めていても、ここでいう"強い女性"の強さがくっきり描かれているようにはみえない。もちろん『Fate』シリーズや、私の知っているweb小説にも出てこない。
 
たまたま女性向けのweb小説を見かけた時も、この手の"強い女性"が描かれていないか注意を払ったりするのだけど、積極的に描かれている風ではない。
 
ここまで書いてみて、もしかして私が"強い女性"だと思っている女性の強さは、世の中ではそれほど強くないとみられているか、高く評価されていないのではないかと、と自分を疑いたい気持ちになってきた。
 
いやしかし、しなやかに社会に適応し、男性ともわたりをつけ、女性コミュニティでもうまく咲いているあの女性たちはやっぱりとても強い存在のはずなのだ。得体のしれないその強さを、私ははっきりと畏怖している。少なくともそういう女性ならではの強さは実在していて、それは小池百合子さんやシャクティの強さとも、もちろんクシャナやハマーン・カーンや南雲警部の強さとも違っていて、コンテンツの世界では脚光を浴びないしメディアにも露出しないだけで、私はそれを知っているし畏怖せずにいられないのだ。
 
政治や経済や論説や戦闘といった、これまで男性が競争していた領域に切り込んでいった女性の強さとは異質な、コミュニケーションやシンパシーに秀でた感性と感覚を持ち、同性にも異性にも子どもにもそれらを投射し、しなやかに社会に適応してみせる女性の強さを、なんと表現すればいいのだろう。
 
ただ、間違いなく言えるのは、そういう"強い女性"は男性向けコンテンツの世界ではほとんど見向きもされていないし、そういう強さはタロットカードでいう剣のスート(武力や権力や言葉を司る)とはまったく違ったタイプの強さだということだ。同じくタロットカードでいうなら大アルカナの8番「strength(力)」や、金貨のクイーンがイメージに近い。タロットカードを知っている人なら、ここでつかさず大アルカナの3番「empress(女帝)」を挙げるかもしれないけど、脚光を浴びないしメディアにもまず露出しないあの女性たちは、いわゆる女帝肌ではない。女帝よりもずっと捉えにくく、しなやかな強さを身に付けていて、そのことを誇る様子もないように思う。
 
タロットカードを挙げてみて、ちょっとだけ自分がイメージしている"強い女性"について言えたような気がした。これで言語化し尽くしたとは思っていないし、これからも言い尽くせはしないだろうけど、今日はこれで満足しておきたい。