シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

終わったのは日本じゃなくて世界じゃないの?

 
内田樹氏のツイートをきっかけに、日本が終わっただの、終わっていないだのといった応酬がXで繰り広げられているのを見かけた。起点となった投稿は以下のものだ。
 


 
X(twitter)を眺めて日本の沈下っぷりを憂いた、それ自体は理解できることだ。Xを眺めて憂国する人は、思想信条にかかわらずたくさんいるものである。しかし日本の都市住民に対し、「来るべき崩壊に備えて菜園付き別荘を持て、食べるものをつくれ」と言うのは、私にはまったく理解できない。内田氏のいう都市住民とは、菜園付き別荘を持てるだけの経済力を持ち、かつ、食べるものをつくれるほど有閑な人々だけを指しているのだろうか?
 
日本の都市圏にいったいどれだけの人間が暮らし、どれぐらいの経済力を持っていて、どれぐらい暇があるのかを真面目に考えたらこんな投稿は絶対にできないだろう。そして内田氏のいうとおりに沈下している日本の里山は、野生動物たちの侵入に脅かされている。別荘の田畑など真っ先に餌食に違いない。今年の獣害について知っていても、こんなことは到底書けないはずである。
 
これまで私は内田氏の文章から多くのことを学んできたから、氏がこのように選民主義的で、地方の実情とも乖離した投稿をしていることに当惑せずにいられなかった。切れ味鋭く、瞠目させられる文章を作っていただきたいと思う。あるいは、Xのような庶民的インターネットにかかわらず、もっと偉い場所で、もっと偉いことを書いたり考えたりしていただけたらとも願う。氏のような方がXの汚泥にまみれて変な影響を受けてしまっているとしたら、それは残念なことのように思われるからだ。
 
 

泣いても笑っても2010年代の日本、そして世界には帰れない

 
しかし、時間というのは残酷でもある。
あの良かった時間、あの良かった時代を懐かしんでも、時計の針は元には戻せない。もうすぐ2025年も暮れる。ということは、2021年のコロナ禍から数えても5年近く経ってしまったことになる。
 
私も日本が沈下してしまったと思う性質なので、ときどき、2010年代の日本を懐かしく思い出す。当時は食料品もパソコンのメモリもこんなに高くなかったし、国際情勢はもっと穏やかだった。ウクライナとその周辺問題をはじめ、危険な兆候がチラチラと現れてはいたのだけど、この、平和で、健康的で清潔で秩序ある日本に暮らしているぶんにはそうした兆候に気づかぬふりをし、今までどおりの暮らしを謳歌するなどわけもなかった。それが今や、みんなで茹でガエルだ。これだけ茹でられれば、茹でガエルもいい加減気づくってやつだ。そして私たちを茹でる火力は、ますます強くなろうとしている。
 
「日本の沈下」という一点については、だから内田氏の投稿はそのとおりだと思う。2000年代や2010年代と比較し、私たちは色々なことを諦めなければならなくなっていくのだろう。生きるためとか、背に腹は代えられないとか、そういった名分に沿って多くを犠牲にしなければならない時が近づいている、と思う。でもって、犠牲にしなければならないと言ったところでどうせ不平等なのだ。その不平等の分布と正当性を巡って政治はぐるぐる回転するだろう。そして石臼のように色々なものをすりつぶすに違いない。茹でガエルの次は挽きガエルといったところか。
 
こう書くと日本オワタ、日本悲惨と思えるかもしれないけど、じゃあ、世界で日本より断然マシ、日本より断然うまくいっている場所っていったいどこだろう?
 
アメリカは国内情勢がめちゃくちゃだし、人心は荒みきっている。GDPだけ見れば2010年代より成長していると言えるが、庶民や中間階級にとって生きやすい国とは思えない。欧州もなんだか大変そうだ。ドイツは不況で燃料費も高騰していて政治的にも大変で、急激な軍拡を余儀なくされている。ポーランドやバルト三国は生き残りに必死だ。イギリスは庶民や中間階級にとって住みよい国だろうか? 韓国は日本以上の少子化に直面しているし、中国は中国でいろいろ大変そうで本当に自己制御できているのかすら見当がつかない。ロシアは……ウクライナ侵攻を決定したプーチン氏自身も含め、みんな大変なんじゃないだろうか。今、世界でいちばん沈下している国をひとつ挙げるとしたら、最有力候補のひとつはロシアだろう。ウクライナに辛勝しても未来はないようなものだ。しかし、そうなってしまったロシアを止めるすべはどこにもない。
 
どこの国も2010年代に比べてめちゃくちゃなことになっていて、極端なことになっていて、みんな茹でガエルになりながら我慢比べ、だけどこの我慢比べを止めるすべがない。インドやインドネシアあたりも決して楽ではなく、我慢比べのプレイヤーだ。食料品の値上がりに苦しんでいるのは日本だけじゃない。日本よりよっぽど食料品や光熱費の値上がりに苦しんでいる国はあるだろう。みんな苦しく、みんな沈下していて、みんな終わったと思っているんじゃないだろうか。右肩上がりなのは、株価とモノの値段ばかりだ。そうして指導層は追い詰められる。民主主義の国なら主権者である国民が追い詰められるだろう。
 
日本が終わっただけじゃなく、世界が終わってしまったんじゃないの?
ここでいう世界が終わってしまったとは、「2010年代以前の世界が終わってしまった」という意味での終わった、だ。つべこべ言ってもコロナ禍のインパクトは大きかったんだろうな、と思う。コロナ禍がなかったとしても2010年代的な世界はじきに終わっていたとは思うが、コロナ禍がそれを加速し、コロナ禍とともに世界我慢比べ大会は本格化してしまったのだと思う。それが目に見える結果として顕れるには数年のタイムラグが必要だったが、顕れてみると、2010年代以前がすっかり遠い世界に感じられるものだった。今の国際情勢をたとえば2019年の段階で予期できている人がいただろうか? いないと思う。今の国際情勢を10~20年後として予想していた人ならいたかもしれないが、たった6年でこんなになってしまうとは、夢にも思っていなかったんじゃないか?
 
たしかに、「日本終わった」「世界終わった」といった文言は大袈裟ではある。
しかし、経済的にも政治的にも2010年代以前の状況や体制にとうてい戻れないという意味では、実際、日本も世界も終わってしまった。冷戦以後の状況や体制が終わってしまっただけでなく、第二次世界大戦後の状況や体制さえ終わってしまったのかもしれない。たとえばEUが移民をニコニコ受け入れる未来を今、想像できるだろうか? あるいは東アジアの政治状況が2010年代以前に巻き戻る未来を今、想像できるだろうか? できるまい。特に後者は絶対にありえない。コロナ禍を経てもなお、状況は変化し続けている。そのうえで万事が「元の鞘に収まる」などということはあり得ない。少子化だって進むだろう。人口学的に、ひょっとしたら経済的にすらシュリンクしていく東アジアの盤面のなかで2010年代以前と同じことが同じように続けられるわけがない。
 
2010年代までの日本、ひいては世界のリーダーたちは、それぞれにできるだけ今までの暮らしが維持できるように、または向上するよう努めはしたのだろう。社会の末端で働く大半の人にしたってそうに違いない。良識あるほとんどの人は、自分も世界も終わって欲しいとは思わないものだ。世界悪しかれ、社会悪しかれと願いながら努力を続けるような人はそう滅多にいるものではない。
 
けれども、そうした維持や向上のために先延ばしにされてきたこと、ひずみや歪みがたまりにたまっていたこともたくさんあった。誰かを守るための決定が誰かをないがしろにしたり、誰かを軽んじたりする副作用。そうしたツケが国にも世界にも徐々に溜まり続けて、けれども見て見ぬふりをしていた最中にコロナ禍が起こって、みんながツケに耐えきれなくなって、請求書の押しつけあいが始まった。ツケの清算を一身に引き受ける羽目になったら、ここまで書いてきた「終わった」以上に「本当に終わって」しまうから、誰もがびくびく、ぴりぴり、ジョーカーを引くのは自分じゃないぞと強面になりながらの我慢比べ。あとは、わかるな?
 
2010年代以前にもひどいことがなかったわけじゃない。だけど2020年代に入って顕在化したひどいことのうち多くは、2010年代にはなかったことにできたか、水面下にこっそり沈殿しているだけのもので、世界と世界の人々はもっと余所行きの顔ができていたように思う。でも、だいぶ地金が出てきた。大人の建前の仮面すら剥がれてしまって、どこもここもツケの清算書を自分のところだけは免れたい、または少なめで済ませたいと本気で考え始めたんだから、それはピースフルな2010年代とは違ったどこかでしょう。日本と日本人だってそれは同じでしょう? 来るべきツケの清算にあたって、日本国が突出して多くのツケを払いたいですか? たとえば日本がいちばんひどい戦禍にさらされたいですか? そんなことはないでしょう、そういうことを日本人だけでなく、アメリカ人も中国人もドイツ人も本気で考えるようになったら、あとは、わかるな?
 
どうするんでしょうね? これ。
くっきりとした戦争が始まっていなくても、今の状況が実質的に世界ババ抜き大会だとしたら、それってあれじゃないですか。直接的に戦火をまじえていなくても冷戦ぐらいにはなっているじゃないですか。冷戦になっているって時点でさえ、これは2010年代以前とは違ったどこかで、2010年代以前は終わってしまっている。2010年代以前は、終わってしまいました! ということは、世界が始まる、日本も始まるってことでもありますよね。くそったれだ。