Xには旅行クラスタとでもいうべき人々がいて、毎週のように旅行やお出かけをしていて驚かされる。そのなかで私にとっても最も親しみがあり、最もお手本として参考にさせていただいているのが、

id:zaikabouさんである。
「あのひと」ことzaikabouさんの華麗な旅行道楽(+α)
今となっては紹介が必要だろう。
zaikabouさんは、旧はてなダイアリー(現・はてなブログ)時代からはてなのブログで食道楽や旅行記などを書き綴ってきた、はてなユーザーでも有数の旅人にしてフーディーの一人だ*1。さまざまな国のお茶碗、エレガンスなホテル、現代美術などにも造詣が深く、美術館や美術展の訪問記録もたくさん残している。そのメインブログ「日毎に敵と懶惰に戦う」の更新頻度は残念ながら低くなってしまったが、Xのアカウントは今も健在だ。
もちろんXという大海にはたくさんのフーディーや旅行者のアカウントが存在し、zaikabouさんのアカウントはそのなかのひとつでしかない。しかしフーディーや旅行者のアカウントというのも意外に代替のきかないものだ。なぜならそれぞれに関心の違いや得意な領域の違いがあり、食に対するポリシー、旅行に求めるものも違っているからだ。豪奢でこれ見よがしなアカウントも、お金をかけないビジネスホテル専のアカウントも、それはそれで良いものである。そうした違いを踏まえて zaikabou さんのアカウントをひとことにまとめるとしたら「カルチャー」だろうか。
はてなブログのコミュニティがもっとお互いに顔が見える距離関係だった頃、zaikabouさんを「はてな村の文化貴族」と呼んだ人がいたと記憶しているけれども、言い得て妙だと思う。しかしここでいう文化貴族とは、旧態依然とした文化的権威主義に沿った昔の文化貴族ではなく、多文化主義的かつ平等主義的な21世紀のフーディーや文化愛好家、いわば21世紀型にアップデートされた文化貴族といった意味だ。zaikabouさんの食指の宛先は多岐にわたるが、そこにはいつも一本筋の通った説得力が感じられ、良いものを分け隔てなく愛顧しつつもzaikabouさんならではの選好やご縁を大切にしていくスタイルが感じられる。
そうしたことから、我が家ではzaikabouさんのアカウントは家族みんなから「あのひと」と呼んで親しまれるようになり、旅行先や訪問先をみんなでチェックするに至った。「『あのひと』、また台湾に出かけているみたいだよ!」といった感じである。
「あのひと」の旅行体力はバケモノ(にみえる)
ところで、特に夏場になって痛感するのは、「あのひと」ことzaikabouさんの旅行体力がバケモノじみている、少なくとも私などにはそんな風にみえることだ。
黙ってみていると、すごい勢いで旅行している。先週はつくばにお出かけだったみたいですね。
今日はつくばみらい市まで。『梁餐泊「アートと美食」の饗宴~満洲族サマン映画 & 中国東北料理の宴』に行って来た。味坊の古民家で満州族のシャーマンを取り上げた映画を鑑賞し、飲み放題で味坊の肉と野菜を満腹食べる贅沢な集い。関係の皆さんも大集合で朝から夕方まで大変素晴らしい催しだった! pic.twitter.com/pXW4KEqwDJ
— 在華坊 (@zaikabou) 2026年8月2日
つい、こないだまで長野県の別所温泉に滞在していたかと思えば、次の週には中国本土、それから翌週は奈良京都……といった具合だ。旅行と呼べる旅行に出ない週でも、首都圏の美術館や美術展をハシゴしていたりする。最近は劇場版『ちいかわ』もご覧になっているご様子だった。
だから「『あのひと』はいったいつ休んでいるの?」とは、我が家では定番の疑問文だ。実際、本当にわからない。そんなに旅行してどうして身体がバラバラになっちゃったりしないんだろうか?
「それは旅行で回復しているからだ」とか「旅行を楽しんでいるからだ」などと言い始める人もいるだろう。私はそういうコメントをあまり信じていない。確かに旅行は楽しいものだし、ときどきやるぶんには精神衛生にもすこぶる良いだろう。しかし、どんなに楽しいことでも体力は消費するし、ましてや高度に文化的な事柄を賞味するとなれば尚更である。繊細なものを繊細なまま賞味するとは、体力や気力を使わない行為ではない。旅行やおいしい食事が歓びの神経伝達物質を脳内にもたらすとしても、疲労の管理はそれとは別の問題だ。しかしzaikabouさんをみる限り、疲れている様子はあまり感じない。いや、これはzaikabouさんに限らずXの旅行クラスタの他のアカウントの人々もそうである。あれだけ旅行して、なんでそんなにへっちゃらなの?
暑いので今日はサントリー美術館→パナソニック汐留ミュージアムという、ほぼ外に出ずに済むコースを辿っている。こんな日に行くと辛いのが、東京都現代美術館とか、庭園美術館とか…
— 在華坊 (@zaikabou) 2026年7月25日
理由のひとつは、もちろん旅行ノウハウの集積、旅行知識の集積によるだろう。上掲ツイートのような知識は、真夏のお出かけに際しての消耗を最小化してくれるに違いない。同じく、見知らぬ街の繁華街でハズレの店を引かない選球眼も消耗を最小化してくれているに違いない。旅の出で立ちも含め、zaikabouさんのお出かけが最適化を経ているのは想像しやすいことだ。
それからzaikabouさんの場合、なんらか、職業的にも旅行やお出かけに親和性がある部分があるのかもしれない。だがしかし、職業的に出張などが多い人が私生活においても旅行やお出かけを繰り返すというのは、うまくやらなければ諸刃の剣ではないか? と思うこともある。ところがzaikabouさんの場合は職業的出張と私生活における旅行やお出かけがコンフリクトを起こしている様子は感じられない。本当はオンラインに書けないような苦労もあるのかもしれないが、少なくともオンラインにそうした苦労がにじみ出てくることはない。そのあたりもzaikabouさんのアカウントの魅力のひとつ、アカウントにエレガンスを与えている部分だと思う。
こうした点も含めて、旅行アカウントやお出かけアカウントの人々には私のようなたまに旅行する程度の人間には真似のできない、「どうしてそれが成立しているの?」と感じさせる凄みがいろいろとある。もちろんそれは知識やノウハウや体力の問題だけでなく、意欲や関心にも支えられているのだろう。だとしても、それでちゃんと生活が回っていること、体力的に続いていてキチンと楽しんできていること、なんらかのポリシーの片鱗が感じられることはすごいことだと思う。
久しぶりに小旅行に出かけてヘトヘトになった後にzaikabouさんのアカウントを見たら、私よりもずっと飛び回っているのを見かけて「やっぱすげーな……」と思ったので、これを書きました。これからも旅行やお出かけのノウハウをわけてくださるとうれしいです>zaikabouさん、および旅行アカウントのみなさん
*1:フーディー、という語彙がzaikabouさんを説明するのに最適かと言われたら、正直自信は無い。しかし、食通やグルメといった語彙よりは、フーディーという、比較的現代的な語彙のほうが似合っているようには思うので、ここではフーディーという語彙を選択することにした。