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在宅勤務が増えるアメリカ合衆国では、在宅勤務者の3人に1人が飲酒しているというニュースを知った。私は精神科医としてはいい加減なほうだし、ワインが好きなので飲酒についてもうるさくないつもりでいる。でも、平日の昼間からアルコールを飲むこと、とりわけ就労中に飲むことはとても危ないと思っている。
なぜなら、アルコール依存症になっていく人のプロセスのひとつとして「平日の昼間から酒を飲むようになった」「仕事をしながら酒を飲むようになった」を頻繁に見かけるからだ。
このニュースを、日本人はどんな風にみているのか? はてなブックマークを確認してみると、「アル中になる」「17:00までは飲まない」といったコメントがある一方で、肯定的なコメントや心配していないコメントもあった。twitter検索でも傾向はあまり変わらない。怖がっている人もいれば、怖がっていない人もいる。
「昼間から」「仕事中に」飲むクセがつくのが怖い
「昼間は絶対に酒を飲んではいけない」と言いたいわけではない。
たとえば花見、たとえば結婚式で乾杯するのは文化の一部だし、そういったハレの日があったって構わないと思う。南の島のリゾートビーチで一杯、というのもいいだろう。すでにアルコール依存症になってしまった人は例外として、非-日常の昼間にお酒を飲むのはそこまでリスクが高くない。
怖いのは、ハレの日ではない、日常の昼間からアルコールを飲み、それが習慣になってしまうことだ。
花見で一杯、結婚式で乾杯といった非-日常のアルコールは、非-日常のイベントだから習慣になってしまうおそれがまだしも少ない。対して、日常的に昼間からアルコールを飲むようになると、それが当たり前の習慣になってしまい、歯止めをきかせるのが難しくなる。
一般に、勤め人は職場にシラフで出勤しなければならないから、出勤という習慣があれば昼間からアルコール漬けになるリスクは低くなる。アルコールの誘惑にちょっと弱い人でも、職場に真面目に通ってさえいれば無事平穏に社会人としてやっていけることは案外ある。
ところが在宅勤務はそうではない。上司や顧客からアルコール臭いと指摘される心配が無いから、飲もうと思えば飲めてしまう。顔出ししなくて良いタイプのリモートワークなら、赤ら顔になっていても誰も咎めないだろう。
誰も咎めないということは、自分の意志だけでアルコールと向き合わなければならない、ということでもある。出勤という習慣のおかげで何とかアルコールと折り合いをつけてきたような、ギリギリの社会人の場合、この在宅勤務がアルコール依存症に陥る"最後の一押し"になってしまうことは、あり得ると思う。
そこに新型コロナウイルス感染症への不安や経済的な先行きの不安が重なれば、不安を紛らわせる飲み方をしてしまうリスクも重なる。不安を紛らわせる飲み方は、不安が続く限りアルコールを飲まずにいられなくなってしまうから、連続飲酒のリスクも高い。いつもなら昼間の飲酒を踏みとどまれるけれども、今回の感染症騒動で不安材料を抱えてしまい、アルコールの歯止めがききにくくなくなってしまう人というのも容易に想像ができる。
こうした状況に対し、アメリカ依存症センターの最高医療責任者であるローレンス・ワインスタイン氏は「昨今の情勢を踏まえると、あなたやあなたの家族があまりにも頻繁に酒瓶に手を伸ばしていることに気づいたら、それは懸念すべきです」と指摘。ストレスが多い時期にあり、また多くの労働者が在宅勤務を余儀なくされていることから、アルコールに限らずなんらかの依存症に陥りそうな場合は、支援団体の助けを借りるよう呼びかけました。
https://gigazine.net/news/20200413-home-workers-drinking/
パンデミックを生き抜き、仕事を失わずにいられたとしても、「昼間から」「仕事中に」飲む習慣がついてしまえば先行きは危うい。アメリカの在宅勤務者のうち三分の一程度は、そうしたリスクに曝されていることになるし、日本の在宅勤務者も他人事ではない。
「昼間から飲まない習慣」を手放してはいけない
だから在宅勤務になった人には「昼間は飲まない習慣を変えない・手放さない」ことを強くおすすめしたい。もちろん、職を失ってしまった人もだ。歯止めのきく習慣とセットでアルコールに向き合うのと、歯止めを失ってしまってアルコールに向き合うのは、ニュアンスもリスクもだいぶ違う。いままで手懐けていたアルコールに呑まれてしまわないようにするためにも、時間やルールをきちんと守って、節制のきいた飲酒習慣を守っていただきたいと思う。
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それにつけても、職場というシステムや出勤という習慣について、最近は考えさせられる。
世の中には、職場や出勤が苦手な人がいるし、ネットではそういう人の声をしばしば耳にする。他方で、職場や出勤のおかげで生活リズムや生活習慣が保たれ、アルコールなどの歯止めがかけられ、人生を破壊されずに済んでいる人もまた多い。独りでも自律した生活が守れる人にとって、在宅勤務やリモートワークは望むところかもしれないが、システムや習慣に頼って生活している人には今の社会状況は厳しい。
そういった厳しさはスタンドアロンに生きていける人には直観しにくいかもしれないけれど、そういう人も世間には結構いるし、そういう厳しさを過小評価してはいけないのだと思う。