シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

新型コロナウイルスのせいで消耗している

 
体力も気力もなくなった。
疲れて、いる。

原因の見当はついている。
だいたい新型コロナウイルス(COVID-19)騒動のせいだ。
この騒動によって私は消耗し、体力も気力も出なくなってしまっているのだと思う。
 
この騒動が間近なところにやってきたのは2月中旬ぐらいからだ。職場でも対策について話し合われるようになった。もちろん、自分の職場にはこれに対抗する設備や人員が無い。しかし医療機関である以上、そのような患者さんに遭遇してしまう可能性もゼロとは言えない。そういった「もしも」についての話し合いは、2月15日ぐらいまでは「念のため、用心として」といった趣だったが、ここにきて、俄然、真剣みが増してきた。
 
それと精神科・心療内科のフィールドには、少数ながら「世間の不安なニュースに弱い人」が混じっていたりする。不安が主な症状の患者さん、被影響性の強い患者さんのなかには、新型コロナウイルスの騒動を非常におそれ、精神症状が悪化している方も混じっている。もともと潔癖な傾向のある患者さんが、他人の咳やくしゃみに敏感になり、社会生活に悪影響が出ていることもある。
 
私自身が新型コロナウイルスを診ることはなくても、"新型コロナウイルス騒動"によってメンタルに悪影響が出てしまった患者さんを診ることはあるわけで、仕事が増える場面があった。
 
そのうえ2月から3月にかけて出張や行事のたぐいが集中し、どうしても外出が避けられないため、そのたび神経を遣っている。
 
もともと私は冬は用心深く過ごしているほうで、手洗い・うがい・マスクはもちろん欠かさない。それでも長時間電車や飛行機に乗らなければならない場面、とりわけ子どもを連れている場面では神経質になっている自分を発見してしまう。
 
中止になってしまう行事・イベントへの対応も考えなければならない。これも気が重い。感染リスクが高まるような行事・イベントは中止のほうが良いと思う一方で、中止になってしまえばスケジュールがズレて、くたびれてしまう。そもそも、いつ中止が発表になるかわからない行事・イベントだってある。こういうことを思い出すたび、気力が削られている思いがする。
 
私自身は新型コロナウイルスに感染していないし、家族も職場の人々も感染していない。
だからといって影響を受けていないわけではなく、職場の仕事が変わったり公私のスケジュールに影響が出たり、いろいろ面倒なことにはなっている。商売をやっている知人は無事だろうか?
 
そういった諸々が私の時間や体力を少しずつ蝕んでいて、どうしても気疲れするし元気も出ない。
 
 

メディアはウイルスを媒介しない。が、不安は媒介する

 
それと、テレビやインターネットだ。この騒動がクローズアップされるにつれて、SNSでもテレビでも新型コロナウイルスについての投稿や書き込みをみることが増えた。あえて「情報」とはいうまい。特にSNSでは「情報」という名に値しない、デマのたぐいとしかいいようのない投稿もしばしば見かけるからだ。
 
もともと私は新型コロナウイルスにそれほどの関心は抱いていなかったし、東日本大震災の教訓から、世間が騒がしくなった時にヒステリックな投稿を繰り返す人はフォローしないよう心がけていた。それでも2月下旬に入り、全国各地で感染者が見つかり、世界同時株安が起こったあたりからはタイムラインに"新型コロナウイルスが蔓延"した状態になって、気疲れするようになってきた。それと、私もだんだん不安になってきた。
 


 
ネットやメディアはウイルスそのものを媒介することはない。けれどもウイルスに対してひとりひとりが抱いている不安は媒介してしまう。専門家が慎重なステートメントを心がけているのをよそに、その専門家の慎重なステートメントを水増しして不安を混ぜ込んだカクテルのごとき投稿がメディアを行き来しているのを眺めていると、気持ち悪くなってしまう。
 
繰り返すが、私個人は新型コロナウイルスの感染症そのものについてはあまり恐れていない。高齢者や基礎疾患のある人はともかく、自分自身や子どもが重症化することはまずないだろうし、少なくとも文明崩壊に至るほどの感染症たりえないと割り切っている。
 
しかしいつものタイムラインやメディアに"新型コロナウイルスが蔓延"し、世間のあちこちで中止や自粛が広がり、経済的にも旗色が悪くなっているのを眺めていると、やっぱり重たいと感じてしまう。くっきりとした事実が報道されたり投稿されたりするのでなく、未確定の情報や憶測、デマ、エモーショナルな投稿といったものが氾濫しているから、頭がグシャグシャする。だからインターネットを巡回する頻度を下げてはいるけれども、オフラインにまでそういった情報やエモーションが溢れているから遮断が徹底できない。
 
少し前に、「"ネットでおかしくなった人"の共通点」についての投稿を見かけた。
 
togetter.com
 
上掲では「ネットでおかしくなった人のかなりの共通点は「嫌いなものをガン見し続けていくこと」なので、大体ガン見し続けている人はおかしくなっていく。むこうからやってこないのならいちいち見ないほうがいい。」と記されている。
 
でも、今回の騒動や東日本大震災のような場合はどうだろう? 「むこうからやってこないのならいちいち見ないほうがいい」と思っていても、しんどい投稿や不確かな投稿、エモーショナルな投稿が勝手に飛び込んでくる。それも、普段では考えられないほどの質・量を伴っていて、テレビや新聞などと(ある程度)歩調を合わせたかたちで飛び込んでくるわけだ。そうなると、望むと望まないとにかかわらず"おかしくなっていく"人が発生してしまうのではないか。
 
 
東日本大震災の時には、時間が経つにつれて複数の人々が"おかしく"なっていった。それまでは冷静だと思われていた人や、それまでは感情的に振る舞うことの少なかった人が、時間が経つにつれて冷静さを失い、感情的に振る舞っていくさまをリアルタイムで目撃した。私はそれを覚えているから、今回の新型コロナウイルスの騒動も、長引けば長引くほど"おかしくなる"人が増えるのではないかと想像している。
 
いやいや、私だって、"おかしくなる"かもしれない。
 
だからこういう社会状況でのネットやメディアとの付き合い方は、とても難しいと思う。まったく情報にアクセスしないのも考え物だが、フリーアクセスで良いとは思えない。少なくとも、しんどい投稿や不確かな投稿、エモーショナルな投稿から身を守る必要はある。実生活で疲れているなら尚更だ。
 
「見たくないものは見なければいい」というネット処世術は、見ないで済ませて構わないことに対しては良いアイデアだけど、「見ないわけにはいかない」「実生活にまで迫ってきている」ことには通用しそうにない。
 
この一週間で私はだいぶ疲れてしまった。
こういう時は引きこもってゲームでもやっているのが一番だが、仕事や出張や行事があるからそうもいかない。早くこの騒動が、おさまって欲しいと思う。