シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

日本の破局的な少子化と、急ぎすぎた近代化

 
 


 
 たぶん、このツイートはブラックジョークのつもりで書かれたものだろうが、私には冗談にみえなかった。
 
 
 
 
 
 憲法九条のおかげか、国民の選択の賜物か、ともかく日本は戦争を経験せずに70年以上の歳月を過ごしてきた。なお、冒頭ツイートはちょっと間違っていて、平成25年の段階で20歳は40歳の6割ぐらいで、実際に5割になっているのは新生児のほうだ(下図参照)。
 
 

 出典:統計局ホームページ
 
 
 とはいえ、このすさまじい人口動態を前にすると、そういう数字の違いは誤差の範囲にみえる。子どもが第二次ベビーブーム世代の半分以下になりつつあるのは事実だし、これから合計特殊出生率が急増したとしても、これまでの減少を埋め合わせるには膨大な時間、それか欧米諸国もためらうような規模の移民が必要になる。常識的に考えて、日本の合計特殊出生率が急増するきっかけは思いつかない。
 
 若者が集まり続けている首都圏の合計特殊出生率がきわめて低く、にもかかわらず、子育てに対する考えも、子育てを援助するインフラもたいして変わっていないのだから、どうしようもあるまい。
 
 

「たくさん死ぬ」も破局だが「ぜんぜん生まれてこない」も破局

 
 「人口なんて減っても構わない」という人がいる。
 
 わからない話ではない。日本人は狭い国土にひしめくように住んでいるから、人口が減ることにはメリットもあるだろう。
 
 しかし今起こっているのは、そんなに生易しい人口減少ではない。
 
 今日の医療や社会福祉、そのほかのインフラは、生産人口の急激な減少を前提につくられてはいない。いまの政権も、急激な少子高齢化をみすえてそれなり努力しているだろうけれども、高齢有権者のほうがマスボリュームとしてずっと大きい現状では、少子化対策に多くのリソースは割けないだろう。
 
 また、人口減少にみあった道徳や倫理も、私達は持ち合わせていない。社会が変わればそれにみあった道徳や倫理が必要になってくるのが世の常だが、国内外の世論は、それを許さないだろう。
 
 そうした難しさを思うにつけても、この少子化は、戦争による人口減少に迫るインパクトがある。
 
 たとえばフランスは第一次世界大戦で非常にたくさんの犠牲者を出し、労働人口の1割程度を失ったといわれている。当時のフランス社会にとってこれは破局的な損失で、その悪影響は第二次世界大戦にまで色濃くあらわれていた。
 
 他方、日本の労働人口の減少は、みずほ総合研究所の調査によれば、2016年~2065年で4割減少すると推計されている。第一次世界大戦に比べればタイムスパンが長く、戦死・戦傷とは性質も異なるため、両者を同じ秤に乗せるわけにはいかない。それでも労働人口の減少がこのまま進んだときのインパクトは計り知れず、その影響はずっしり残り続けるだろう。
 
 そして労働人口の減少とは、消費人口の減少、つまり内需の減少にも直結している。
  
 戦争やテロで人が大勢死ぬと、人はそれを破局と呼ぶ。自殺者が増えることを破局と呼ぶ人もいるだろう。それらは破局として理解しやすい。
 
 だが、子どもが生まれてこなくなるのも、それはそれで破局ではないか
 
 すでに、街で見かける子どもの数は減っている。急激なニュータウン化に苦しむ一部地域をのぞけば、小学校や中学校には空っぽの教室がある。数十万~数百万人の規模で子どもが生まれてこなくなり、数十年で数千万人の人口が減っていく。あまりにもスケールの大きなその影響は、計り知れない。
 
 こういった破局は、人類史のなかでもはあまり例の無かったことだ。豊かな生活・男女平等・個人の自由・民主主義といったアチーブメントを成し遂げたにもかかわらず子どもが半減していく事態を、まだほとんどの国は経験していない。そのくせ表向きは豊かな生活が続いているものだから、この破局を、破局として認識する人はあまりいない。
 
 本当は、不産の疫病神が国全体に、とりわけ人口集中の進む首都圏に憑りついている状態だというのに。
 
 みんな、この人口減少によって後進世代がゆでガエルになっていくプロセスを平常心で眺めていようと決め込んでいるのだろうか? それとも今日を生きるために明日のことや他人のことを見ないようにしているのだろうか? 後進世代よりも先に死ぬから「自分は逃げ切れる」とたかをくくっているのだろうか?
 
 ともあれ、この破局に違いないはずの変化を、破局と呼んでいる人は少ない。
 
 

乳児死亡率の低下だけでは説明できない

 
 よく、少子化と関連のある因子として乳児死亡率が挙げられている。
 
 確かに、人類史の大まかな流れを追うぶんには、乳児死亡率は少子化の目安として頼りになる。乳児死亡率が低下するテクノロジー水準に到達した国では、合計特殊出生率が2前後まで下がってくる。いわゆる人口転換の第一段階がこれで、大部分のヨーロッパ社会では19世紀~20世紀の前半にこれを経験している。
 
 

親密圏と公共圏の再編成―アジア近代からの問い (変容する親密圏・公共圏)

親密圏と公共圏の再編成―アジア近代からの問い (変容する親密圏・公共圏)

 
 
 しかし、少子化には第二の段階がある。落合恵美子 編『親密圏と公共圏の再編成 ──アジア近代からの問い』によれば、ヨーロッパとアメリカ合衆国では1960年代から、日本では1970年代からその第二段階の少子化が起こったという。個人主義にもとづいた現代的な価値観の浸透や、家族観の変化を背景として、合計特殊出生率が2以下になっていく現象だ。
 
 主要な欧米諸国では、この第二次人口転換は比較的緩やかに進んだ。緩やかに進んだ原因のひとつは多産な移民流入のせいでもあろうが、もうひとつは、もともと近代化が進行していて、ことがゆっくりと進んでいったこと、その時間的猶予のあいだに結婚と挙児についての結びつきがシフトチェンジできたことにもある。
 
 しかし日本にはこれは当てはまらない。日本はメインストリームな欧米諸国よりも急速に第二次人口転換が進み、時間的猶予が無かったためか、それとも近代化をあまりにも急速に推し進めたためか、結婚と挙児についての結びつきはあまり変化しなかった。
 

 ここでまた注意しなければならないことがある。ヨーロッパにおいては、婚姻年齢上昇と、生涯独身者の上昇という現象は、同棲と婚姻外の出生の増加とセットになって起きたということである。換言すれば、ヨーロッパ人は遅く結婚するとしても、結婚しないで性的関係をもったり同棲をしたりという、変容した「親密性」を生きているのである(Giddens 1992)。
 
 これとは対照的に、アジアにおいては同棲や婚姻外の出生の増加は見られず、この点がヨーロッパの第二次人口転換との最大の違いであると言われてきた。日本の18歳から50歳の独身者についての調査によれば、「交際している異性はいない」と回答した人の割合は、男性で52.2%、女性で44.7%であり、1990年代から僅かながら増加が見られるほどである(国立社会保障・人口問題研究所 2005)。日本での婚姻年齢と、生涯独身者の比率の上昇は「親密性の変容」からもたらされたのではなく、「親密性の欠如」を意味している。
『親密圏と公共圏の再編成 ──アジア近代からの問い』より

 
 欧米諸国では、結婚と挙児とはイコールではなくなり、挙児は、同棲をはじめとする「親密さによる結びつき」によって代替されるようにもなった。そうできたのは、近代化にともなう意識変化の最先端だったからでもあろうし、変わっていくための時間的猶予が十分にあったからでもあろう。
 
 対して、日本では結婚以外で子どもをもうける割合はあまり増えていない。「できちゃった婚」こそ増えているが、これも、子どもがいること=結婚すること・家族を構成すること という意識が根強く残っていることを反映しているようにみえる。
 
 「欧米諸国にならえ」と簡単に言う人もいるが、日本が近代化するために与えられた時間は、あまりにも短かった。乳児死亡率が低下したことによる第一次人口転換と、個人主義的で現代的な価値観の浸透にともなう第二次人口転換の間のモラトリアムが日本には少ししか与えられなかったため、ひとびとの結婚観や価値観まで欧米風にシフトチェンジするには、時間が足りなかった。
 
 こうした歴史的経緯の違いや、意識や社会構成の近代化にかけられた時間的猶予の違いは、欧米諸国と日本の違いを考えるうえで忘れてはならないものだと思う。
 
 

それでも日本はマシなほう

 
 さて、こうした破局は日本だけのものではない。
 
 
 (出典:内閣府ウェブサイトより)
 
 上掲の図が示しているとおり、アジア諸国は日本よりも早いスピードで、もっとシビアな破局に突き進んでいる。韓国、香港、台湾あたりの合計特殊出生率は、国家や民族の存亡にかかわる水準である。
 
 シンガポールの合計特殊出生率も注目に値する。強権的なこの国は、第二次世界大戦以降は人口抑制計画を続け、ことの重大さに気づいた1980年代以降は人口増加のための政策を推し進めたが、それでも合計特殊出生率は1.25となっている(googleによれば、2016年の段階では1.20とますます低下している)。強権的な国が強力に政策を推し進めてさえ、この人口減少の"病"は簡単には覆せないことを、シンガポールは証明しているようにみえる。
 


 
 シンガポールの例を踏まえるなら、たとえ日本の「失われた20年」がもっとマシだったとしても、当時の政権がもっと少子化対策に力を入れていたとしても、結局、ある程度の少子化は不可避だったのではという気がしてくる。
 
 上の表では比較的出生率の高いタイも、間もなく日本に追いつき、追い抜くだろう。なぜなら、タイは今まさに急速な近代化が進んでおり、と同時に首都バンコクへの人口流入が続いているからである。このバンコクの合計特殊出生率が東京以上に酷い。東京が日本じゅうから血を吸い上げることで繁栄を謳歌しているのと同じく、バンコクもまたタイじゅうから血を吸い上げながら繁栄し、そしてタイ全体の合計特殊出生率を引き下げている。
 
 日本で起こっている以上にはげしい少子化が、もっと早いスピードでアジアの新興国で起こっているわけだ。
 
 さきほど、日本では急速に近代化が進んだと書いたが、それでも日本にはいくらかの時間的猶予があった。
 

 もしも我々が二つの段階の出生率低下期の中間の、出生率が人口置換水準に安定していた時期を「近代の黄金時代」と呼ぶのなら、その時期の長さは、ヨーロッパとアメリカでは50年であり、日本では20年であり、東アジアの残りの地域ではほとんど存在しない。日本以外のアジア社会では、安定した近代を経験しなかった。そこでは突然に、また一気に後期の、あるいは第二の近代に飛び込んだのである。
『親密圏と公共圏の再編成 ──アジア近代からの問い』より

 
 東アジアの新興国は、日本以上のスピードで近代化と経済発展を追いかけてきた。その努力によって大変なスピードで欧米諸国に追いついたが、まさに大変なスピードだったがゆえに、価値観や結婚観や諸々の習俗なども含めて、いろいろなものが置き去りにされたままになってしまった。
 
 その結果、ゆっくりと時間をかけて近代化を成し遂げた欧米諸国にはあったはずの、近代化に即した価値観や結婚観の変化を推し進めるだけの時間的猶予はなく、変化にみあった新しい価値観・結婚観・ライフスタイルを人々の間に浸透させることはできなかった。おそらく、タイもこの轍を踏むことになるだろう。
 
 日本も東アジアの新興国も、かつては近代化や経済発展を旗印に、つまり、欧米諸国のようになることを目標としてきた。ほかのアジアやアフリカの途上国も同様だろう。しかし、急激な近代化とは、いったいどういうものだったのか? 急激に近代化し、経済発展を遂げた国々がたどり着いた破局的な人口減少を目の当たりにした時、長い時間をかけてたくさんの植民地を食い荒らし、そういった土台のうえに先進的な思想と国家体制をかためていった国々を、表層的かつ短期的に真似したツケは高いものではなかったかと、私は思わざるを得ない。
 
 実のところ、アジア新興国の近代化と経済発展とは、潜在的な出生率も含めた人口ボーナスのすべてをなげうって行われた、代償を伴った経済発展プロセスではなかったのだろうか。
 
 欧米諸国の繁栄や思想は、なにかと「後進国」の模範とみなされやすい。それは仕方のないことだとしても、国際社会は、「後進国」にかつての欧米諸国が辿ったのと同じ発展プロセスや歴史的手続きを授けてはくれない。たとえば植民地から収奪し続けながら長い時間を過ごし、そうした時間的猶予のもとで民主主義や個人主義を洗練させていく発展プロセスなど、望むべくもない。
 
 さりとて、韓国や台湾や日本のような一足飛びの発展は、国と民族の根幹を蝕み、やがては人々の生活にも影を落とすであろう急激な人口減少を招いてしまう。だとしたら、どうすれば良かったのだろうか?
 
 
 この文章で参照させていただいた『親密圏と公共圏の再編成』は全体としては落ち着いた筆致の書籍だが、それだけに、以下のようなセンテンスを見つけた時に私はうろたえてしまった。
 

 しかし、どちらのタイプ*1の家族主義も、持続可能な社会システムを建設することに失敗したということでは、違いはなさそうである。日本における純正な家族主義は変貌する世界に対する柔軟性と適応力を圧殺し、他の東アジア社会における自由主義的家族主義は、経済的に不利な人々に対する無慈悲な社会的排除を結果として生み出した。近い将来、他の東アジア社会が今日の日本と同じように高齢化するまでに、革命的でダイナミックな政策革新を実施できないならば、東アジアの社会的再生産はまさに不可能になるだろう。
(同書P94より)

 つまり、よほど革命的な改革ができない限りは、日本も含めた東アジアの国々は社会的再生産ができない=社会としては終わっていく。
 
 この、大規模な破局に対する処方箋は、欧米諸国には存在しない。もちろん各論的な部分では参考にもなろうけれども、ゆっくりと近代化を成し遂げた欧米諸国と、急激な近代化を余儀なくされた国々には大きな違いがあり、まさにその違いがこの破局の背景として無視できないことを思えば、これは、東アジア諸国がみずから処方箋を作り出していくしかないものなのだろう。
 
 果たして、そのようなことが日本や韓国や台湾に可能だろうか?
 
 どうあれ、なるようにしかならず、処方箋を見出せなかった国や地域は急速に衰退し、混乱していくだけのことではあるが。
 
 

*1:引用者注:日本の家族主義も他の東アジア諸国の家族主義も