2023年の10月から12月にかけて、気が遠くなるようなアニメを観た。『16bitセンセーション』だ。この作品は「女の子がたくさん出てくるゲーム」の制作に主人公たちが奮闘する物語だが、もともと、作品として登場するゲームの多くは90年代~00年代初頭にかけて特にプレゼンスの高まった「エロゲー」で、その幾つかはビジュアルノベル形式を基本に据えた作品たちだった。
一応、『16bitセンセーション』のあらましを紹介してみる。
本作品はもともと二次創作作品だったものが、同時代のエロゲー制作にかかわった色々な人やスタッフが関わって作った作品で、主人公・コノハが現在~過去のエロゲー制作にかかわっていくストーリーとなっている。制作には当時活躍したエロゲーブランド「Leaf」のアクアプラスのスタッフも関わっていて、作中、『こみっくパーティー』や『痕』など過去のLeafの名作が登場したりする。ところが登場作品はLeafに限らず、『同級生』や『Kanon』といった他社のゲームもお許しをいただいている限り登場する。そこらじゅうにお許しをいただいて回っているのだろう、株式会社ブロッコリーのでじ子やFateの『アルトリア・ペンドラゴン(改変版)』なども登場する。またストーリーや言い回しからは『シュタインズ・ゲート』っぽさも漂う。
そうした作品群やオマージュやパロディに埋もれながら、主人公・コノハが過去にタイムリープし、過去のエロゲー制作会社に飛び込んで色々なことを経験していく(そして彼女の活動が物語世界に影響していく)のがメインストーリーだ。当時を知っている視聴者には懐かしく、当時を知らない視聴者には新しい環境を眺められるのはこの作品ならではだ。タイトルにふさわしい16bit風のカラー絵が流れるエンディングテーマも良かった。エンディングテーマの作曲は折戸伸治、「Leaf」と並び称された「Key」で音楽をやっていた人だ。そりゃ耳懐かしいわけだ。
当時を知っている中年のツボを余さず押しまくる作品
そう、懐かしさ。
『16bitセンセーション』を中年が物語る時に「懐かしさ」という単語を避けてとおることはできない。この作品は、ずるいと思う。いや、ずるいというのは褒め言葉で、企画力の勝利というべきか。これだけ懐かしいものを懐かしさがちゃんと蘇るように、エロゲーが繁栄していた頃を覚えている視聴者のツボを押すように並べられては思考が麻痺してしまう。
懐かしさのバイアスを押しのけながら本作品を思い出すと、本当は、そんなに予算や人員が潤沢なわけじゃないだろうな、とは思う。同時期に放送していた他のアニメと比較して、キャラクターが特段きれいに動いていたわけではないし、表情や背景が凝っていたわけでもない。SF的にて飛びぬけて興味深いわけでもないし、人間模様が素晴らしかったわけでもない。2020年代の、とても豊かになったアニメの世界のなかで、『16bitセンセーション』が最優等クラスと位置付けられることはたぶんないだろう。
けれどもエロゲーが繁栄していた当時のことを思い出させる点にかけて、手抜かりない様子だった。PC-9801の機動音、あの頃のフォント、PC98時代のドット絵とその色使い、2000年問題、メッセサンオー、等々。4話のはじめに『雫』のオープニングが流れた時には変な声が出た。なんだよこれ!
他にもいろいろなものが私のような視聴者を狙い撃ちしている気がした。タイムリープというお題もそうだし、川澄さんやほっちゃんといった声優さんの配役にしてもそうだ。コノハの表情全般、それと守とコノハの掛け合いも、いまどきのアニメキャラクターの感情表出・キャラクター同士の掛け合いとしては緩い感じのだけど、それらも懐かしい。それらは(特に『To heart』や『One』ぐらい以降の)エロゲーの時代のヒロインや、当時のヒロインと主人公の掛け合いを思い出させるものだった。主題歌でコノハの背中に天使の羽が生えていることも含めて、なんというか……『Kanon』とその前後に流行ったビジュアルノベル系エロゲーを連想したくなってしまう。
『16bitセンセーション』を思い出して、アニメ感想文みたいなものをざざっと書いているのだけど、走馬灯じゃんこれ、みたいな気持ちになってしまうな
— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) 2024年1月7日
実際、これを書きながら作品全体を思い出すと、ほとんど走馬灯のようだった、と言わざるを得ない。前半数話はその傾向がとりわけ強い。当時のエロゲーを記憶している人には、はじめの話だけでもチラチラっとご覧になってみるといいように思う。たぶん、すぐ雰囲気がわかるはずだ。
でも、これって2023年につくられた記念碑でもありますよね
そうしたわけで、往時のエロゲーとそのキャラクター、特にビジュアルノベル方面のそれを覚えている人には本作品はお勧めできる。ものすごい予算や人員がつぎ込まれた作品ではなさそうだが、「限られたリソースを、往時のエロゲーとその時代や雰囲気を描くことに徹底的に費やした」作品なのだと思う。
でも、2023年にオンエアーされたわけだから、本作品を単なる懐古アニメとみなすのもたぶん違う。
本作品のスタッフロールには、エロゲーが繁栄していた頃に活躍した人々が並ぶだけでなく、外国人スタッフの名前もたくさん並んでいる。その外国人スタッフの人たちにとって、『16bitセンセーション』が描いている世界は、たぶん歴史だ*1。この作品は、2023年からエロゲーが繁栄していた頃の環境、ひいては当時エロゲーが描いていたものやエロゲーの時代にあった卓越を今に伝える記念碑にもなっている。
でもって記念碑としての『16bitセンセーション』は、当時をリアルタイムで経験していないけれども当時に関心のある人にとって、簡単な案内役にもなる。そもそも全年齢である点も含め、本作品はいろいろと脱臭されていて、美化されていて、ご都合主義的ではあるのだけど、これは歴史書ではなくエンタメ作品なのだから、こういうつくりが記念碑として正解なんだろうと私は思った。この作品では食い足りないと思ったなら、もっとしっかりとした資料を追いかければいいのだろうし、今だったら実際に作品に触れることだってできる。
アレンジされた新版とはいえ、2024年なのに『One』や『月姫』が遊べる時代なのはなんだか凄い。こんな風に過去作が蘇るぐらいだから、記念碑としての『16bitセンセーション』の役割は小さくないのかもしれない。でもって、この作品をとおして2024年以降の界隈の歴史も、なんらか、変わっていくのだろう。
*1:なかには2000年前後から日本語に堪能でエロゲーをリアルタイムに経験した外国人スタッフの人もいるかもしれないが、それはそれで、その人にとって『16bitセンセーション』は胸がいっぱいになる作品に違いない