シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。現在、忙しいうえブログは実験モードに移行しています。

ボイスチャットから聞こえてくるリテラシーの欠如

 

 
最近は、いままで以上に家に閉じこもってゲームをしている。本当はPS4で発売されている『十三機兵防衛圏』を遊びたいし「遊びたいゲームが発売されているゲームハードを買う」はゲーオタの本懐だけど、PS5のリリースが近づいているこの時期にPS4となれば尻込みしないわけにはいかない。
 
仕方がないのでswitch版の『フォートナイト』を遊んでいるのだけど、昼間、野良で遊んでいる時に聞こえてくるボイスチャットが興味深くて、最近はそっちが目当てになってきている。
 
『フォートナイト』を野良でやっていると、小学生や中学生とおぼしき、若々しいボイスチャットの声が聞こえてくる。
 
"たなか ひろと です。 ボイチャははじめてですがよろしくおねがいします"
 
"すいません 今から助けにいきます"
 
"ありがとうございました。"
 
こういう礼儀正しい声を耳にすることも、ないわけではないが、どちらかといえば少数派だ。いや、きっとこういう礼儀正しいボイスチャットは記憶に残りにくいのだろう。
 
どうしても記憶に残るのは、口の悪いボイスチャットのほうだ。
 
"味方つかえねー"
 
"おまえ、おれのポーション返せよ"
 
"味方援護しろ援護! 援護なしじゃ勝てないでしょう味方!"
 
"俺が面倒みないとなんにもできねぇ" 
 
 
味方の悪口を言い、自分は上手い・自分はよく働いているとボイスチャットで喋っているその当人が、他人が出した強いアイテムを横取りし、戦闘でも役に立たないということが結構ある。それどころか「味方の援護」を要求しながら危険な場所に一人で突撃し、勝手にキルされるありさま。ゲームの世界には猪突猛進して自滅するプレイヤーを(軽蔑を込めて)「勇者」と呼ぶことがあるが、まさにその「勇者」さまがボイスチャットで荒らぶっておられるのである。
 
それと、生活音。
どういう環境でボイスチャットをやっているのかわからないが、おかあさんが"ごはんよー"と呼ぶ声が入ってきたり、きょうだいの泣き声が聞こえてきたりすることがある。インターホンとおぼしき音がしてキャラクターが動かなくなり、その後"すみません 宅配でした"と言ってくれるプレイヤーもいたのでプレイの状況判断として役立つことがないわけではないが、基本的にはノイズでしかない。
 
それにしても、ノイズの向こう側から聞こえてくる声や物音ってのは考えさせられる。野良の『フォートナイト』で生活音が漏れたところでたいしたことはないかもしれないが、とはいえ、それは意図しないプライバシーの暴露にはちがいないのである。
 
 

リテラシーの乏しい子どもをボイスチャットが浮き彫りにする

 
こうした『フォートナイト』のボイスチャット経験から感じることは主にふたつ。
 
ひとつ。世の中には、作法のなっていない小学生や中学生が結構いるということ。
 
ボイスチャットをとおして、自分が欲しいと思ったものをよこせと言い、自分が気に入らないものは気に入らないと言ってしまう、ジャイアンのようなプレイヤーが世の中には存在する。もちろん子どもはまだまだ自己中心的なものだから、年少のプレイヤーが心のうちにジャイアニズムを秘めていることはおかしいことではないし、そんな彼らも、ボイスチャットさえ存在しなければ「テレビに向かってしゃべる老人」と変わるまい。
 
だがボイスチャットという文明の利器を用いている以上、発言には気を付けなければならないし、独り言のつもりでもほかのプレイヤーの耳に入ってしまう。そのことが自覚できないか、自覚していてもなお自己中心的な発言を繰り返してしまうヤバいプレイヤー層がたしかに存在している。
 
"『フォートナイト』では、switchで接続してくるキッズが嫌われる"という話をネットで見かけることがある。なるほど、少なくとも私が出会った自己中心的なプレイヤーたちはキッズと揶揄され、嫌われるにふさわしい人々だった。その多くはどこかあどけなさの残る、おそらく小学生か中学生とおぼしきプレイヤーだが、たぶんというか間違いなく、リテラシーの欠如したプレイヤーのなかに大人も混じっている。
 
もうひとつは、ゲーム機が進歩したことによって、ゲームを遊んでいる時にも作法やリテラシーが(いわゆるネットリテラシーも含めて)問われる時代になったのだな、ということだった。
 
ゲームのプレイ中にリテラシーが問われるようになったのは今に始まったものではない。90年代末から00年代にかけても、オンラインゲームのなかで礼儀作法やリテラシーが問われる場面はあったし、礼儀作法の欠如やリテラシーの欠如が悪目立ちする場面というのはあった。悪目立ちしたプレイヤーが匿名掲示板に曝される風景を思い出す人もいるだろう。
 
しかし90年代末や00年代に比べると、オンラインゲームをリアルタイムに遊ぶためのハードルは大きく下がり、ボイスチャットをやるのも簡単になった。ボイスチャットは、文章入力の苦手なプレイヤーでも簡単に始められる一方、礼儀作法にかなった発言をやってのけるのは簡単ではない。face to face のコミュニケーションに比べると、周囲が自分に対してどんな感情を持っているのかわかりにくいし、ときには、まったくわからないこともある。
 
SNSや動画もそうだが、新しいコミュニケーションツールが普及すればするほど、そのツールを用いて適切にコミュニケーションするための作法やリテラシーが問われる範囲も広がる。年少者が遊ぶswitchのようなゲーム機とて、それは例外ではない……。
 
 

「始めるのは簡単だが、上手くやってのけるのは難しい」

 
SNSも含めて、オンラインコミュニケーションのツールは、「始めるのは簡単だが、上手にやってのけるのは難しい」ものが多い。「ハードウェアやネット環境の進歩により、コミュニケーションを始めるためのコストやハードルはどんどん下がっているが、だからといってコミュニケーション自体の難易度が下がったわけでもなく、拙劣なコミュニケーションがオンラインに暴露される場面はやたらと高まっていると思う。
 
ゲーム機越しのボイスチャットも、そうした「始めるのは簡単だが、上手くやってのけるのは難しい」オンラインコミュニケーションのツールのひとつに違いないのだが、キッズたちがそのような懸念を持っているとも思えず、誰かに注意されて心を入れかえるとも思えず、スピーカーからは今日も無作法な声が聞こえている。