シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

ゲーム解説者が求められる今と、「解説君」が嫌われていた昔

 
 【バーチャ2】本当にハイレベルな戦いは、戦いを経験した人にしかわからない│けんすう

 
 けんすうさんの書く文章は、twitterでもnoteでも洗練されていて、雑味がない。食べ物にたとえるなら「更科そば」というか。いつも抵抗感なく読める。
 
 で、そのけんすうさんが、バーチャファイター2の記事、それも、やり込んだ人にしか内容がわからない記事を書いておられるのを見て、びっくりするやら感心するやら、なんだか嬉しい気持ちになった。で、ゲームばかりやっていた頃のことを少し思い出したので、昔話がてら、書いてみる。
 
 

いまどきは「ゲーム解説者」が求められている

 
 このけんすうさんの記事には、はてなブックマーク上でたくさんのコメントが集まっている
 
 対戦格闘ゲームでも他のゲームジャンルでもそうだが、ゲームのハイレベルなプレイは、見る側自身がハイレベルでなければ理解しにくい。それがeスポーツの問題点(のひとつ)であり、プレイヤーのハイレベルさが見栄えの良さに繋がるようなデザインが求められている、というのはそのとおりだと思う。
 
 また、ハイレベルなプレイの凄さを、ゲームをやり込んでいない人にも紹介できるゲーム解説者が必要、というのもそのとおりだと思う。
 
 eスポーツやゲーム実況が示しているように、いまどきは、ゲームは自分自身がプレイするものとは限らなくなった。他人のプレイを専ら見て楽しんでいる人もいる。しかし、冒頭リンク先にもあるように、ハイレベルなプレイは見て楽しむだけの人々には理解されにくい。あまりやり込んでいない人が喝采を浴びせるのは、しばしば、見栄えの良いわかりやすいプレイに対してであって、高い技量にもとづいた緻密な駆け引きに喝采するとは限らない。
 
 シューティングゲームの世界でも、それは言えるように思う。
 
 派手な弾幕を次々に避けていくシューティングゲームは見栄えが良い。『怒首領蜂』や『東方』シリーズといった弾幕シューティングゲームが一時期流行したのは、それらが高い技量を理解しなくても喝采したくなる(と同時に、そこそこの技量でも見栄えの良いプレイを実現できる)ゲームだったことにもよると思う。
 
 一方、たとえば『雷電ファイターズ』シリーズなどはプレイヤーに求められる技量は極限レベルだったのに、生半可な腕前では見栄えの良いプレイなど望むべくもないものだった。
 
 シューティングゲームという存亡の危機に立たされていたジャンルでは、奇妙にも「ギャラリー受けしやすく、そこそこの技量でも見栄えの良いプレイができる」ゲームがニーズをさらった時期があったのだ。それでもシューティングゲームは衰退の一途を辿ったのだけれど。
 
 

「ゲーム解説者」ならぬ「解説君」がいた時代

 
 ところで、昔のゲーセンには「ゲーム解説者」ならぬ「解説君」という言葉があり、忌み嫌われていたのをふと思い出した。
 
 「解説君」という言葉の初出は、アーケードゲーム専門誌『ゲーメスト』か『アルカディア』のどちらかだったと思う。現在のインターネットでは、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)にその名を冠したスレッドが残存している。
 
 
 解説君の特徴を挙げるスレ
 
 
 解説君とは、上手いプレイをしているプレイヤーの後ろで、他のギャラリーに向かってプレイ内容について解説する人物のことだ。
 
 プレイヤーが対戦プレイなりハイスコア更新なりに勤しんでいる最中に、その後ろでブツブツと語られては迷惑このうえない。とはいえ、今にして思えば「解説君」がマトモに解説するためには、少なくとも、解説するゲームについて一定の技量やノウハウが無ければ難しいのだった。
 
 逆に言うと、「よくわかっている解説君」はそれほど多くなかったように思う。『ゲーメスト』や『アルカディア』の攻略記事に書いてあるとおりの知識は語れても、プレイヤーの挙動の細かな意図を理解し、攻略パターンを成立させるためのメカニズムまで語れる「解説君」はそう多く無かった。
 
 ゲーム雑誌でテキスト化されている知識は誰だって覚えて解説できるけれども、そうでない部分について解説するためには、解説者自身がプレイヤーの意図や挙動を読み取れるぐらいにはゲームのことをわかっていなければならない。だから「よくわかっている解説君」になるためには、目の前でプレイしているプレイヤーよりちょっと劣っているぐらいの技量やノウハウが必要だった。そういう意味では、「よくわかっている解説君」がいるゲーセンには、それなりそのゲームのことがわかっている人間が存在している、ということでもあった。ボウリング場のゲームコーナーやバッティングセンターのゲームコーナーで「解説君」に出会うことは無かったわけで。
 
 

「解説君」が忌み嫌われていた頃の意識

 
 それとは別に、「解説君」が嫌われていた背景には、当時のゲームプレイヤー共通の感覚があったと思う。
  
 それは、「ゲームはプレイする奴が偉い」「自分でプレイしないのはゲーム愛好家じゃない」といった感覚だ。
 
 私達はゲーセンにゲームを遊びに行っているのであって、ゲームを見物しに行っているのではなかった。そしてゲーセンで楽しくゲームを遊ぶためには一定以上の技量が必要だった。
 
 スポーツや囲碁などと同様、ゲームもまた、中級者には初級者には見えない景色が見えて、上級者には中級者には見えない景色がみえる。都道府県でトップになるかならないかのスコアで競っているプレイヤーと、全国一になるかならないかのスコアで競っているプレイヤーでは、見えているもの・体験しているものがぜんぜん違う。誰もがゲーセンで何らかのゲームをやり込んでいたあの頃は、その当たり前のことをプレイヤーはだいたい共有していたし、だからこそ、自分がまだ見ていない景色を観るために・自分よりも強い奴に会いに行くために、たくさんのプレイヤーががんばっていた。
 
 必然的に、マニアが集まるようなゲーセンでは、そういった気持ちを持っていない部外者がなんとなく浮いてみえたし、「ただ他人のプレイを見てガヤガヤ言うだけの人間」に対する忌避感を一プレイヤーとしての私はもっていたように思う。
 
 1990年代になると、全国のトッププレイヤーのビデオや動画が流通しはじめていたけれども、当時、「トッププレイヤーのビデオや動画をただ鑑賞するために」入手する人はあまりいなかったのではなかったかと思う。自分自身の腕前を向上させるための研究素材としてビデオや動画を観る、という感覚が一般的で、視聴者とプレイヤーが限りなくイコールに近かった。
 
 ゲーセンにも、ギャラリー文化というか、秀逸なプレイをみんなで見届ける瞬間は確かにあったが、偉いのは他人を魅せられるプレイができる人間であり、他人に勝てる人間であり、他人に優越したハイスコアを叩き出した人間だった。「上手いプレイヤーほど偉い」という文化的ヒエラルキーがゲーセンで成立していたのは、ゲーセンにいる誰もがプレイヤーだったからだろう。もちろんこういったことは、UFOキャッチャーやプリント倶楽部ばかり設置されているアミューズメント施設には当てはまらないものだったけれども。
 
 

年を取ったら「ゲーム解説者」におすがりしたい

 
 それから四半世紀ほどの歳月が流れ、ゲームを巡る状況はすっかり変わった。
 
 隔世の感があるが、それだけゲームの裾野が広くなったのだろう。
 
 誰もがプレイヤーで、周りもみんな上達したがっていた時代が私には懐かしいし、私自身はこれからも一人のプレイヤーであり続けたいと思う。
 
 だからといって「ゲーム解説者」を昔の「解説君」のように嫌いたいとは思っていない。むしろ、いつかは私もプレイする側から視聴する側にシフトするのだろう。
 
 なぜなら、今はかろうじてゲームプレイヤーとして現役でも、50代、60代になっても現役であり続ける自信は無いからだ。なんやかんや言っても、ゲームのハイレベルなプレイには動体視力や集中力や記憶力といったものが必要で、それらは歳を取るにつれて失われていく。これからゲーム愛好家の高齢化が進むにつれて、ゲーム実況者のニーズは高まってくるはずなので、そこらへん、eスポーツの広がりみたいなものとあわせて、界隈の人々にはうまくやっていただきたいところだ。
 
 とはいえ、「ゲーム解説者」に私がおすがりするのはまだ先のこと。
 
 プレイヤーとして現役でいられるうちは、私はゲームをプレイし続け、まだ見ぬ風景を自分で勝ち取っていきたい。
 
 いつか力尽きるその日まで、私はゲーム世界のフロントラインで粘ってみようと思う。