シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

ぎこちなく自意識を満たすオタの後ろ姿を見守る

 
 出張がてら、今日はホームグラウンドから数十km離れたX市のゲーセンに立ち寄る機会を得た。虫姫さまふたり1.5や式神の城3などで遊んでいたわけだけど、久しく見かけなかった出来事に遭遇したので書き留めることとする。
 
 虫姫さまふたり1.5を無事クリアし、缶コーヒーでも買ってこようと思って格闘ゲームコーナーを横切った時、彼はいた。
 
 もはやプレイヤーも絶えて久しい『メルティブラッド』の対戦筐体にプレイヤーがついていて、対人戦が行われていたのだ(遠野志貴vsレンというカード)。私が眺める側のプレイヤーは『志貴』を使っていた。レン側も志貴側もゲームそのものに慣れていないらしく、エリアルがなかなか繋がらないぐらいのプレイスキル。ああ、どんどん遊んで上達していって欲しいなぁ、などと私はのどかな感想を持っていた。
 
 ところが、のどかな観戦はそう長くは続かなかった。
 
 志貴側が一本先取した瞬間、志貴プレイヤーが私のほうをチラチラと振り返ったのだ!それもなんと六回も!チラリ、チラリ、チラリ、と繰り返し繰り返し(観戦している)私のほうを横目で振り返る彼。続くラウンドも志貴優勢。“直視の魔眼”が決まった瞬間に、もう一度チラリ!エリアルが綺麗に繋がった後もチラリ!もはや対戦は単なる対人戦ではなくなっていた。観られる側の自意識は、今、まちがいなく観客たる私に照準されている。再び“直視の魔眼”が決まった瞬間、彼は音高くボタンを叩き、私のほうを二、三回チラチラと眺めやった。そして唖然とする私に気付いてばつが悪くなったのか、ぎこちなく腕時計を眺めるふりをしたのだった。
 
 彼の出で立ちは、いわゆる肥満体質の部類に属するものであり、白髪交じりの髪には寝癖がついていた。「なんだかよく分からない横文字が大きくプリントされたトレーナーとよれた綿パン」という、今日日珍しいほどの典型的A-boyファッションに身を固め、脇の下にじっとりと汗を滲ませながらプレイするその姿は、日常における彼のコミュニケーションシーンを想像させるに余りあるものであった。プレイスキルをみるにつけても、対戦格闘ゲームにおいて日常的に高い評価を得ているとは考えにくい。思うに、彼は人前で「勝ってみせる」「評価される」という場面が極めて少ないタイプの人種なのではないか?だからこそ、評価のまなざしに対して敏感な、否、過敏な振る舞いが現出したのではないだろうか?人前で勝ち慣れている人や評価される事に慣れている人とそうでない人の間には、まなざされる事に対する自意識のリアクションに大きなギャップが存在する。私はこのギャップの大きさに打ちのめされて唖然としたのではないか?
 
 ややあって、志貴側プレイヤーが三本先取し勝利した。ここぞとばかり、彼は背中越しに私のほうを何度も何度もチラチラ窺っていた。拍手でもすれば良いのだろうか。いや、そうではあるまい。かたく腕を組んだまま黙って観戦する事こそが、彼の名誉と自意識の為に最も良い選択なのだろうと思った私は、買った缶コーヒーを飲み干すまでの暫時、ぎこちない自意識と、彼の操る遠野志貴の活躍を見守ることに決めた。
 
 常連とおぼしき手慣れたプレイヤーに屠られるまでの束の間、彼は承認欲求のまなざしを私に照射しながらも、なんだかとても幸福そうだった。それでいいんだと思う。ゲーセンでは、誰もが幸福になるチャンスがあっていいと思うし、自意識を満たされるチャンスだってあっていい。そうやって、少しづつゲームが上手になって、ゲームの奥行きを知ることが出来たらもっといい。どうか、彼のゲームライフが幸福なものでありますように。
 

[補足]:ただし、ゲーセンという“観客が存在する場”は優越感ゲームの発生しやすい場でもある事には注意しなければならない。アーケードゲームの世界は、オタク界隈のなかでも“自意識やプレイスキルに関する弱肉強食傾向”の強い分野であり、ギャラリーから過剰な自意識備給を行うプレイヤーは嘲笑の対象になりやすい。もし、常連学生で混雑している夕方の時間帯に同じことをやっていたとしたら、彼は間違いなく侮蔑の対象になっていただろう。