シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきたシロクマ(熊代亨)のブログです。

「ふわっとした仕事をタスクに落とし込む」はゲームで鍛えた

 
今の時代、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」だけで十分食えると思う | Books&Apps
 
 現代人にとって、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」が重要なのは間違いないだろう。ただし、リンク先でしんざきさんが書いているように、
 

この「タスク具体化能力」って、必ずしもテクニカルな側面だけではなくって、もうちょっと根本的なところに能力の淵源があるような気がするんですね。
つまり、「その目的を達成するにはどんな工程が発生するのか」ということを、細かく状況つきで想像、想定する能力。
そして、「どの工程を終えたらどんな状態になるか」ということを導出する論理力。
そういうものが大事であって、これ、たとえ技術的な知識があったとしても、苦手な人はとことん苦手な分野なのかも知れないなあ、と。
少なくとも、色んな人と仕事をしていると、経験や知識とは全く関係なく、こういう「タスク分解」が出来る人は凄く上手に出来るし、出来ない人は全然出来ないんだってことが分かるんですよ。

 こうしたスキルがしっかり身に付いている人もいる反面、それなりの年齢でも全然ダメな人がいるのも事実だ。
 
 精神医療の世界でも、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」は重要だ。
 
 たとえば看護師長~看護師長補佐クラスの人材は、精神科看護という、フワフワしまくった仕事を具体的なタスクに落とし込み、看護チーム全体を導くことに長けている。他方で、ひとつひとつの業務はしっかりしているけれども、具体的なタスクに落とし込むのは不得手な看護師もいる。
 
 精神科医にも同じことが言える。社会環境について話し合う必要性が高いケースや、患者さんの病気が典型例から遠いケースなどは、精神科医の仕事はかなりふわっとした感じになる。「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」次第で、治療の道のりも変わるので、こういう部分も腕の見せどころだと私は思う。
 
 幸運なことに、私はこういうスキルには不自由していないほうだと思う。なぜなら、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」を、ゲームで鍛えてきたからだ。
 
 

「自分でゴールやタスクを見つけなければならないゲーム」

 
 世の中にはさまざまなゲームがあって、プレイヤーの目指すゴールやタスクが明確なものもある。
 
 たとえば『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』では、ラスボスを倒すことが目標になっている。経験値やお金を稼ぎ、武器や防具を揃えていくという意味では、タスクが共通していてわかりやすい。こうしたゲームをテンプレからはみ出さずに遊ぶぶんには、ゴールやタスクを自分で考えなければならないことはあまり無い*1
 
 反対に、ゴールやタスクが曖昧なゲームもある。
 
 

 
 
 日本でもプレイヤーの多いシミュレーションゲーム『シヴィライゼーション』には、複数の勝利条件があり、プレイヤーは状況を見極めながらゴールを目指すことになる。敵国を滅ぼすのが最適なこともあれば、ロケットを打ち上げて宇宙に脱出するのが最適なこともある。文化振興が近道のこともあれば、国連のリーダーを目指すしかないこともある。スタート時点の地形や資源配置がランダムなこともあって、プレイするたび新しい戦略を考えなければならない。そこがこのゲームの楽しいところでもある。
 
 
ヨーロッパユニバーサリスIII コンプリートパック版 【完全日本語版】

ヨーロッパユニバーサリスIII コンプリートパック版 【完全日本語版】

 
 
 もう少しマイナーな『ヨーロッパユニバーサリス』というゲームになると、勝利条件が無い。プレイヤーは、15世紀~19世紀の世界じゅうの国家のどれかを選んで、好きなように遊んで構わない。全盛期のスペインやフランスを選んで世界征服を目指しても構わないし、セイロンや琉球といった小国を選択して「いつ潰されるかわからない小国プレイ」を満喫したって構わない。プレイヤーに採れる選択肢はものすごく多く、初めてプレイする時は自由すぎて戸惑ってしまうかもしれない。
 
 
 『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』をテンプレどおりに遊ぶのに比べると、『シヴィライゼーション』や『ヨーロッパユニバーサリス』は自分でゴールを設定し、そのために必要なタスクを自分で探してこなければならないるゲームだと言える。
  
 ただ私の場合、それら以前にも「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」を鍛えさせられるゲーム体験があった。それはゲーセンでのハイスコア争いのことだ。
 
 冒頭で紹介したしんざきさんは、以前、こんな記事も書いている。
 
「人生の息抜きにゲーム」ではなく、「ゲームの息抜きに人生」を送っていた時期の話。 | Books&Apps
 
 しんざきさんは、『ダライアス外伝』の全国一スコアを獲るためにPDCAサイクルをグルグルと回していたという。それに及ばないものの、私も『バトルガレッガ』や『斑鳩』といったゲームでハイスコア目指してPDCAサイクルをグルグル回していた。
 
 「ハイスコアを狙う」という課題はクッキリとしているようにみえて、かなりフワッとしている。敵をたくさん倒せば良い・ボーナスアイテムをたくさん取れば良い、と思ってかかると、別のところにその皺寄せが来る。たとえば後半で武器が足りなくなるとか、ボーナスアイテムがトリガーになって難易度が急上昇するとか、そういったたぐいの皺寄せだ。
 
 私はゲームで身上をつぶしたくなかったので、「現在の自分の腕前で」「学生として留年しない範囲で」という制限のなかでハイスコアに挑んでいた。となると、全国級のプレイヤーの猿真似をするだめでは駄目で、彼らのやっていることを自分向けにデチューンしたり、自分独自のパターンを開発しなければならなかった。
 
 この点では、「ハイスコアを狙う」は、山登りにも似ている。
 
 6000mの山に登るのか。7000mの山に登るのか。8000mの山に登るのか。どの山に、どのルートから挑むのかを事前に考えなければならないし、登山者が経験や体力を考慮しながら登山を決意するのと同じように、ハイスコアラーは自分の技量や手持ち時間を考慮しながら目標スコアを決めなければならない。途中でトラブルがあればタスクを組み直す必要が生じるかもしれないし、ときには「引き返す勇気」が必要になることもあるかもしれない。そうしたことを考えながら、自分だけのPDCAサイクルを回していかなければならない。
 
 

「具体的なタスクに落とし込むスキル」には師匠が必要?

 
 そういう、ハイスコア狙いの世界を私が知ったのは大学生になってからだった。
 
 大学生になって、あちこちのゲーセンに行けるようになった私は、ハイスコアを目指す人々と接点を持つようになり、それまでとは違ったゲームの世界を初めて知った。
 
 

レイフォース

レイフォース

 
 
 当時の行きつけのゲーセンには、私よりも動体視力や反射神経の弱い、Dさんというプレイヤーがいた。
 
 身体能力で勝る私は、いつもDさんより早くゲームの勘所を掴み、ハイスコア争いでも優勢だった。ところが『レイフォース』というシューティングゲームでは、初期こそ圧倒していたものの、すぐに追いつかれ、到底追いつけないほどの大差をつけられた。それがきっかけになって、Dさんと話をするようなった。
 
 Dさんはゲームごとに「攻略ノート」を作っていた。自分が目指すべきスコアを出すためにどんなタスクをこなす必要があるのか・そのための練習方法、などなどがノートに綴られていた。ハイスコアを更新するたび、次の目標と課題をノートにまとめて、そのとおりに練習する──そういったプレイの積み重ねが、Dさんを全国一に迫るハイスコアに導いていた。
 
 Dさんほど几帳面ではないにせよ、ハイスコアラーの世界には似たようなことをしている人がたくさんいた。自分の目標を見定めて、そのために必要なタスクを見積もって、そのための練習を繰り返して、ハイスコアを更新したら次のステップをまた自分で考える。そういう遊び方が当然とみなされ、誰もがゲームと、いや自分自身と戦っていた。
 
 動体視力や反射神経にモノをいわせていた私にとって、彼らの方法は革新的だった。単純なトライアンドエラーを越えた、もっと遠いゴールまで辿り着ける遊び方がここにあると思って、彼らから多くのことを学んだ。Dさんはハイスコアを狙う方法だけでなく、素晴らしいエロゲーも教えてくれる変態紳士だったが、そこはさておき、私のゲーム人生のかなりの部分は彼に依っているし、たぶんだけど、私の仕事人生のかなりの部分も彼に依っている。
 
 このことを振り返るに、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」は、漫然とゲームを遊んでいれば身に付くものではないように思う。私にとってのDさんのように、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」を実践している人から直接に教わるか、せめて傍にいて眺めるかしなければ、身に付きにくいのかもしれない。
 
 しかし逆に言うと、たとえば子育ての際に、親が「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」を実践しているさまを子どもが眺めたり、教わったりできれば、なにかの足しになるのではないか。その際の教材は、夏休みの自由研究でも構わないし、海辺でのキャンプでも構わないし、『マインクラフト』や『スプラトゥーン2』のようないまどきのゲームでも構わないはずだ。とにかく、そういうチャンスを提供して、一緒にやって、そこに楽しさを見出すことに、意義はないものだろうか。
 
 この、私の推定がどのぐらい的を射ているのかはわからない。けれども、冒頭でしんざきさんが書いているとおり、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」は今後も重要であり続けるはずだ。我が家の場合は、ゲームプレイのノウハウがよその家よりも豊富だから、ゲームを介したかたちで親から子に相伝されても不自然ではないように思う。「人生の大切なことはゲームから学んだ」が二代続くような、そういう親子の付き合いを目指してみたい。
 
 

*1:縛りプレイを始めたり面白プレイを始めたりすると、話は変わってくるが。