何かを終わらせるために書いてる - phaの日記
ニートキャラのphaさんが、だるい状態になっているそうです。
だるさの背景には、季節の変わり目による影響もあるかもしれませんが、phaさん自身は、新著を書き上げて「何かが終わったせい」ではないかと自己分析しているそうです。
これ、わかるような気がします。
私も何度か書籍を出版してきましたが、そのたび少しずつ「何かが終わり」「だるくなった」ような気がします。いや、「だるい」より「なんか抜けちまった!」と言ったほうが良かったでしょうか。
思うに、文章を書くというのは、自分の中である程度終わっているもの、ある程度一段落しているものについてしか書けない。本当に何かの真っ最中にいるときは何がなんだか分からなくてそれどころじゃないからだ。
http://pha.hateblo.jp/entry/2015/09/27/152108
そして、書く、つまり客観的な視点から言語化しようとする行為は、終わりかけてるものをはっきりと終わらせる効果があると思う。何かを書くときは大体自分の中の何かを終わらせるために書いている気がする。
上記のように、phaさんは「書く」ことで「終わりかけているものをはっきりと終わらせる」と書いていらっしゃいます。
これを私流に解釈すると、「書く」ことで「考えているものが具体化してしまう=考えるプロセスがいったん終わってしまう」になるのかなと思いました。
本を書いている最中・いずまとめるかもしれない思念を蓄積させている最中は“考えて続けている”のが常。あれこれ考え、試行錯誤し、できるだけ良いかたちで言語化・具体化しようとしているものです。
ところが本を書き終えてしまうと、その“考えるプロセス”にピリオドが打たれてしまいます。少なくとも、ひとつの区切りはできてしまう。だから終わってしまう。いや、いつかは同じテーマで猛烈に考える日が来るのかもしれないけれども、さしあたり、そのテーマで考え続ける日々にはいったん終止符が打たれることになります。
そのうえ、出版前後の消耗する時期からもいったん解放されるわけですから、心も身体も神経も、いったん考えることをやめたがるのは当然なんじゃないのかなと私は思うわけです。
何かを創った・仕上げた後に「だるい」に陥るのは、むしろ健全な反応ではないでしょうか。いつもテンション高く、どんな時も「次の創作のために俺は燃えるぜ!」って意気込んでいる人は、凄いかもしれないけれどもどこか人間離れしていますよ、なんですか、その栄養ドリンク漬けみたいな人生は。
私としては、今回のphaさんの「無為に過ごしている」「だるい」を読んで、なんだか嬉しかったというか、ホッとしたような気がしました。だって、ゆるいライフスタイルを提唱しているphaさんが、いつも勤労意欲や創作意欲に燃えていたら嫌じゃないですか!
誰もがphaさんになれるわけではないけれども、phaさんがみせてくれるライフスタイルからコピーアンドペーストできる部分は、まあ、見習っておいたほうがいいんじゃないかなと私は思っています。
「書いてしまう」と「抜けてしまう」
それと、脳内で渦巻いている思念って、頑張って書きまくると「自分から抜けて」しまうような気がします。
たとえば私の場合、「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)を出版するまでは現代社会のエイジングの話がしたくてしたくて、頭のなかにいつも充満していたんですが、出版して数か月すると、これが他人事みたく感じられるようになりました。他の書籍の場合も五十歩百歩で、自分の考えが本になってしまうと、なんとなく他人の思念みたいになってしまうんですよ。
ひょっとしたら、思考を第三者にも読めるフォーマットに落とし込むって、そういう事なのかもしれません。自分の脳内で渦巻いている融通無碍な思念を、他人でも読み取りやすいかわりに、もう好きなように弄り回せない結晶状態に加工してしまう――文章化するって、そういう側面もあると思うんです。だから思念が手許を離れていってしまうように感じられてしまう。「たくさんの人が読める文章であれ」と努力を重ねることで、脳内で好きなように弄りまわす融通性が犠牲になったりしていませんかね?私、ときどき気になります。
あと、これはブロガーにはあまり無い現象かもだけど、「アイデアを文章化しているうちに満足して抜けてしまう」人もいますよね。twitterで見かける「同人誌のアイデアやプロットを開陳してしまうと、満足して書けなくなってしまう」みたいな話。あれが当てはまる人間は、創作ワナビー周辺では珍しくないと感じます。
私は、「書いて」「抜けてしまう」と、なんだか魂まで抜けちゃったような錯覚を覚えます。エイジングに対する執着が薄れるにつれて、なんだか自分の魂まで薄くなってしまったような気がして、「ああ、執着とは、生きているってことなんだなぁ……だるい……」と思ったりしました。ネチネチ考えるってのも、生きる力なんですね。特にブロガーのような人種にとっては。
でも、時間が経つにつれて「抜けていたもの」が戻ってきたみたいで、最近の私は、またまた現代社会のエイジングの話がしたくなっています。『東京タラレバ娘(1) (KC KISS)』のような作品にも巡り合ってしまうのも、つまり、そういう事なんでしょう。「何か言ってやりたい気分」が気力と共に充填されていくのが肌で感じられます。
長くなってきたのでこのへんでやめますが、ともあれ、phaさんにおかれては、ぐったり一服なさった後にモソモソと動き始め、今後も適当にご活躍なさることを祈念し、私信のツラをかぶった自分語りの結びにしたいと思います。では、また。
持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない
- 作者: pha
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
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