シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

子どもがなんj語を使いこなすようになっていた

 
  
子育てには、人生の二週目のような味わいがある。子どもが新しいことを覚え、新しい遊びをおぼえるたびに、ずっと昔に自分がそうしていた頃を追体験できるからだ。それから虫取りや海水浴といった、大人になってやらなくなった遊びも子どもによってリブートされる。親子でそれらをやっているうちに、気が付けば自分も夢中になっていたりした。
 
時が経つのは早い。
 
「人の子どもは育つのが早い」と言うけれど、自分の子どもも日進月歩で成長している。気が付けば、ゲームの上達が子どものほうが早くなっていた。親の知らないことも、あちこちからどんどん吸収してくる。心強いことだ。
 
ところが最近、自分の子どもがなんj語をペラペラとしゃべるようになった。
 
[参考]:なんJ語 (なんじぇいご)とは【ピクシブ百科事典】
 
なんj語とは、匿名掲示板のなんでも実況jをルーツとする一連のネットスラングだ。語尾にンゴをつける「○○ンゴ」や関西弁風の言い回しなどが有名だ。そしてなんj語の周辺には、さまざまなネットスラングが蠢いていて、その多くは品が良いと言えるものではない。
 
よりによって、なんjとその周辺のネットスラングを子どもが吸収してくるなんて!
 
聞くところによれば、クラスメートの間でなんjとその周辺のネットスラングが大流行しているそうで、みんなでンゴンゴと言いあっているのだという。ぼくはきみをそんな風に教育したおぼえはない! と言ってみたくもなる。よりによってそっちのカルチャーかよ……。
 
 

頭でわかっていたつもりでも、直面するとなかなかびびる

 
子どもは親の知らないことを、あちこちから吸収していく。
 
その際、けしからんことや親が困惑することも吸収してくるのは、自分自身の頃を思い出してもわかる気はする。親や先生が歓迎するようなカルチャーだけコピペしていればいいってものでもないだろう。
 
同世代とともにカウンターカルチャー的なものを覚え、共有していくことには意義がある。昭和世代だって、そういったものをクラスメートから、地域の兄ちゃん姉ちゃんから、TBSやフジテレビから、さんざん吸収していたはずだ。でもって、昭和世代の親たちもまた、そうしたカウンターカルチャー的なものを子どもが吸収するのを嫌がり、たとえば「『ドリフ』は有害な番組」などと言っていたわけだ。
 
で、自分が親になってみると、カウンターカルチャー的なものは地域やテレビから退き、いまではインターネットのコンテンツ、たとえばなんj語が飛び交うようなコンテンツの領域に変わっていたわけか……。
 
時代が変わればカウンターカルチャーも変わる。
だけど、親の与り知らないカウンターカルチャー、親があまり歓迎しないカウンターカルチャーを子どもがどこかで覚えてくるという構図じたいは変わらない。
 
この構図については、もちろん私も頭ではわかっていた。わかったうえで、鷹揚な気持ちで構えていこうと思っていた。しかし、実際に自分の子どもがぺちゃくちゃとなんj語を使いこなし、クラスメートとのコミュニケーションにも嬉々として用いていて、どうやらその周辺の品の良くないネットスラングもまとめてインストールしたらしい現実に直面すると、親としては、やっぱりびびる。
 
子育てにはありがちなことかもだけど、頭でわかることと実際に直面してみることには、ここでも大きな距離があった。子どもが有害なコンテンツに接触しないよう神経をとがらせる人の気持ちが、はじめて少しわかったような気がした。だからといってどうこうするつもりはない。そうやって子どもが成長していくこと自体はよくあることのように思えるからだ。ただ、こういう気持ちが自分の心に芽生えたという現象のことは、覚えておこうと思う。