シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

熊代亨『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』第一章(下)を公開します

 
 
熊代亨『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』第一章(上)を公開します - シロクマの屑籠の続きです。
 
 
  
【「誰が救済されるべきマイノリティなのか」という問題】
 
 
もうひとつは、こうした救済の対象は、医療や福祉が可視化したもの、あるいは世間の人々が可視化したものに限られる、という点である。
 
世の中には、障害者やマイノリティとすでに認定され、医療や福祉がサポートし、社会全体で配慮すべきとみなされている属性やカテゴリーがいくつもある。重度の精神障害や知的障害、身体障害は昭和時代からそのような対象だったし、大人の発達障害のように、最近になって対象に加わったものもある。マイノリティの側でいえば、たとえばLGBTのように、最近になって配慮すべき対象としてとみに知られるようになったものがある。
 
だが裏を返せば、弱者やマイノリティと認定されなければ、あるいは医療や福祉の対象と認定されなければ、医療や福祉は援助してくれないし、世間の人々も配慮すべきとみなしてくれない、ということでもある。
 
たとえば境界知能と呼ばれる一群が存在する。医療や福祉の現場で用いられる知能検査で、おおよそIQ70~84と算定されるものが境界知能にあたる[15]。IQ70未満の知的障害にしても、障害程度の比較的軽い人々(軽度知的障害)はしばしば社会のなかでは見過ごされ、援助の対象になっていないが、それよりIQが高い境界知能の人々は、それ以上に医療や福祉の援助の対象となっていない。
 
では、この境界知能の人々は、美しい国の秩序にうまく適応できるのか? テキパキと働かなければならず、コミュニケーション能力を求めてやまない令和時代の正規雇用の座を、他の人々と同様に勝ち取っていけるものなのか?
 
かなり難しいのではないか、と私は考える。私が精神医療の現場で遭遇する境界知能の人々の場合は、なんらかの精神疾患にかかり、なんらかの不適応を呈している。そうした人々は、能力にそぐわないものを社会から求められた結果としてメンタルヘルスを損ねていたり、不適応を呈していたりする。先天的な素因に加えて、恵まれない環境に曝されてきたとおぼしき人々も多い。
 
子どもにも大人にもハイクオリティが求められがちな現代社会において、境界知能の人々の立場は脆弱だ。なぜなら彼らは、高学歴や高収入にアクセスすることが難しいだけでなく、消費という次元でも食い物にされやすく、搾取されやすい人々だからである。クレジットカードのリボ払いやオンラインゲームの高課金といった消費の罠を見抜けず、それを社会契約のもと、個人の自己責任とされてしまうのが彼らである。
 
IQ70~84の境界知能は、その統計的定義からいって全人口の一割以上が該当する[16]。実際問題として、これらの人々をまとめて医療や福祉が背負うのは、今日の制度下では非現実的だろう。とはいえ、社会がますます美しく、ますます便利で、親にも子にも就労者にも、サービスの提供者にも消費者にもハイクオリティが期待される風潮のなかで、最も割を食いやすく、最も搾取されやすく、にも関わらずサポートの対象とされにくいのは彼らである。現代社会が期待するとおりの子育てをやってのけられないのも彼らかもしれないし、ヘイトスピーチやネット炎上といった、情報リテラシーからの逸脱に陥ってしまいやすいのも彼らかもしれない。
 
社会全体が雑然としていた昭和以前の社会には、そうした人々でも働ける仕事がまだあり、第四章で触れるとおり、子育ての際に親子に求められるクオリティの水準も今日とは違っていた。そうした人々を騙し、搾取する人はもちろん昭和以前にもいたが、消費者にお金を使わせるべく行動経済学を駆使し、動機付けをコントロールしようとする巨大情報企業を相手取らなければならない場面は無かったはずである。
 
境界知能の人々は、こんな具合に社会の矢面に立たされている。しかし、より重度の知的障害者や精神障害者、身体障害者に比べれば目立ちにくく、みずからの活きづらさや疎外を言語化することも組織化することもできないままでいる。美しい国の秩序からはみ出してしまいがちな彼らは、その生きづらさや疎外をディスカッションや運動をとおして自己主張できないし、従って、救済されるべき弱者としてクローズアップされることもない。
 
社会が進歩するにつれて、子どもや女性の権利が尊重されるようになり、障害者へのサポートも進んできた。身体障害者の国会議員が選出されれば、障害者として困っているさまが可視化され、真剣にディスカッションされることは、2019年に参議院議員となった木村英子氏と舩後靖彦氏の例を見ればよくわかる。
 
しかし障害者と認定されにくい人々、マイノリティとみなされにくい人々はこの限りではない。障害者やマイノリティと誰にでもはっきりわかる人々や自分たちの生きづらさや疎外を自己主張できる人々はサポートの対象たりえるが、障害者やマイノリティとしてわかりにくい人々や自分たちの生きづらさや疎外を自己主張できない人々は、サポートの対象たりえない。いや、それどころか「そこには生きづらさや疎外など存在しない」とみなされてしまう。
 
そういう意味では、身体障害者の国会議員は誰の目にもわかりやすく、生きづらさや疎外を認知されやすく、そのうえ生きづらさや疎外を自己主張できる人々であった。これと同じことを境界知能の人々、それこそ低賃金労働に甘んじ、消費の罠やネット言説の食い物にされがちで、知的なディスカッションの苦手な人々が為しえるだろうか。また世間の人々は、そのような人々が国会議員として選出されることを歓迎するだろうか。
 
 
【際限のない健康志向】
 
 
医療や福祉が救済をとりなし、「一億総活躍社会」に向かう美しい国というだけあって、もちろん健康には細心の注意が払われている。
 
60歳は還暦と呼ばれ、かつて、これが人生の一区切りとみなされていた。還暦を過ぎても生き続ける人がいないわけではなかったが、還暦の前に亡くなる人は大勢いたし、だいたいそれぐらいが人間の一生であるというのが人々の通念だった。
 
現在では、そのように考えている人はほとんどいない。還暦はキャリアの終わりや余生のはじまりですらなく、第二の人生の始まりとみなされるようになった。昭和時代に60代で死ぬことは、「老人の死」「年齢相応の死」とみなされていたが、令和時代に60代で死ねば「そんなに若いのに」と気の毒がられる。実際、平均寿命は平成の30年間も伸び続け、2018年の記録では日本の平均寿命は女性が87.32歳、男性が81.25歳となっている [17]
 
なぜ、これほどの長寿が達成できたのか。それは、人々が健康リスクに注意を払うようになり、医師による指導や治療をきちんと受けるようになったからだ。昭和以前は健康リスクに注意を払っている人はそれほど多くなかったが、いまどきの高齢者はコレステロールや血圧に注意を払い、適度な運動やバランスのとれた食事を心がけている。喫煙者は、昭和以前は世の中の多数派だったが平成時代の終わりには少数派となり、手狭な喫煙エリアへと隔離された。
 
こんなに誰もが健康リスクに注意を払い、健康にお金を払う社会はいまだかつて無かった。この現代の様子を数十年前の人々に見せたとしたら、過剰な健康志向と、それによって実現した健康長寿ぶりに目を見張ることだろう。
 
第三章で詳しく触れるが、健康や長寿は多くの人が求めてきたものだから、基本的にこれは良い変化に違いないし、健康が脅かされれば個人の自由な生活が制限されるわけだから、個人の自由を成り立たせるうえでも重要な変化だったと言える。
 
だが、本当に良いことずくめだったのだろうか。私たちはかつてないほど健康で長寿になったと同時に、健康で長寿にならなければならなくなったのではないか。
 
メタボリックシンドロームやロコモティブシンドロームといった概念が行き渡っていなかった頃の日本人は、もっと健康に対していい加減な態度をとることができた。平均寿命が短かった頃の人々は、もっと自分の身体を自分の好きなように取り扱っていたし、好きなように取り扱うことがいけないことだとは思われていなかった。
 
だが、現代人は健康に対して注意深くなければならなくなっている。健康にまつわるあらゆるものに気を配るあまり、健康が人生の手段ではなく、人生の目的になってしまっている人々などはそのきわみである。彼らの人生は、健康に、乗っ取られている。
 
そこまで極端ではないとしても、健康を義務のようなものとして捉えている人は少なくあるまい。健診のたびに医師から指導を受け、メディアにも健康を勧めるメッセージが溢れる現代社会のなかで、健康に背を向けて生きることは簡単ではない。いつまでも健康でいることは現代人にとって望ましいだけでなく、期待されることでもあり、たとえば平均寿命あたりまで生きるのは当たり前だと、多くの人々は漫然と考えている。
 
元来人間は、もっと簡単に生まれて、案外簡単に死んでいくものだった。少子化の進む現代では、前者はそう簡単でもなくなったが、後者については今でもそうである。人目につきにくく、日常生活のなかで意識しにくいだけで、現代人も病気や事故であっさり死ぬことはある。
 
ところが、生死も病気も病院や施設に隔離され、健康が社会の隅々にまで浸透していくにつれて、私たちはあたかも健康でさえいれば死なないかのような思い込みのなかで生きられるように──そして生きなければならなくなった。
 
有史以来、最も健康長寿となった現代社会の通念には、死生観というものが見当たらない。どうしても生きて何かを成し遂げなければならないことがあり、その目的のために健康に気を配っている人は現代社会では少数派だ。大多数は、とにかく健康でいなければならないという強迫観念にもとづいて、あるいは健康が当たり前だからという漫然とした思い込みのうちに、健康に時間とお金を費やし続けている。
 
だが健康は太古の昔からの通念ではなかったはずである。昭和時代から令和時代にかけて少しずつ浸透し、いつの間にか常識と言って良い水準にまで肥大化し、権利というより義務に近い色彩を帯びるようになった通念なのだが、あまりにも当たり前になっているものだから、だれもこれに反対することはできないし、そもそも、過去の健康観や死生観を思い出すことも難しくなっている。
 
そうした通念のもと、私たちはますます健康長寿になり、ますます多くの医療費を必要とし、ますます多くの老後資金を貯えなければならなくなっている。どうしても生きなければならない目的があって健康長寿を目指すのでなく、健康長寿を当然とみなし老後資金を貯えるために身を粉にして働く現代人の生きざまは、過去の人々には不可解なものとうつるだろう。あるいは後世の人々からみても、この目的と手段のひっくり返ったような二〇二〇年の健康をめぐる風景は、健康のためのテクノロジーや知識に通念が引っ張られた、アンバランスな一時代として顧みられるのではないだろうか。
 
 
【個人の自由を追いかけて孤独になった私たち】
 
 
それでも社会は進歩し続け、街は清潔になり、暮らしも快適になり、私たちは長生きするようになり、より多くの自由を享受しているはずである。
 
自由について考えるこの本では、そうした自由の享受をさしあたって賛美しておきたい。
 
ただし、ここでいう自由の享受とは、「過去にあったさまざまな不自由からの自由」を受け取っているという意味だ。たとえば前世紀から批判されてきた家父長的制度は、イエ制度や地域共同体の衰退もあいまって、国内ではごく限られた領域で、ごく少数を抑圧しているに過ぎなくなった。だが家父長的制度を解体したからといって、現代人が何者からも自由になったわけではない。
 
昭和以前の社会、典型的には農村社会では、生まれたイエや身分や地域によって仕事も人間関係もほとんど決まっていた。そのような制度や通念にそぐわない人、たとえば、個人として自由に仕事や人間関係を選びたいと願っている人は、そのような願いを徹底的に抑圧され、葛藤を抱えずにはいられなかった。
 
令和時代はどうだろう。生まれたイエや身分や生まれた地域によって仕事や人間関係を強制されることは少なくなった。農家や床屋の子どもが、親と異なる職業に就くことは珍しくもない。交通機関の発達とインターネットのおかげで、距離による制約も大幅に解消した。
 
だが、過去の不自由から自由になったのと引き換えに、私たちはイエや身分、あるいは地域共同体をつてとして仕事や人間関係を獲得できなくなった。人的流動性の高い社会のなかで、みずから仕事や人間関係を勝ち取らなければならなくなった。
 
仕事に関しては、さきに述べたとおりである——いまどきは、コミュニケーション能力や淀みなく働く能力などが自由な仕事選びの大前提になる。流動性の極度に高まった社会のどこででも働いていくためには、実際そのような能力が必要にもなろう。
 
と同時に、社会人にハイクオリティが期待されるようになり、リストラや派遣労働が一般化したことによって、昭和時代には正規雇用になれたかもしれない人が非正規雇用に甘んじる事態が日常茶飯事となってしまった。
 
能力に恵まれていれば仕事を選べる社会が、能力に恵まれていても仕事が選べない社会に比べて自由なのは間違いない。だがこの自由は、社会人に期待される要求水準が高まり、職業選択の自由の前提条件が厳しくなっていった進歩の歩みについていけることを大前提としたものではなかったか。
 
令和時代の社会人に期待されるクオリティに達しない人は、この職業選択の自由の恩恵をほとんど受けられない。
 
友人や恋人や知人といった、私生活の領域でも似たような問題が起こる。現代社会では、友人や恋人や知人を自由に選ぶことができる。とりわけ首都圏には人材が集まり、網の目のように交通機関が整備されているため、人間関係の選択肢はほとんど無限に近い。インターネットの普及によって出会いの選択肢はますます増え、男女関係も含め、インターネットを経由して誰かと知り合うことは今では珍しいことではない。
 
しかしこのようなハイレベルな自由がいきわたったことで、私達は、自己選択にもとづいて友人や恋人や知人を選ばなければならなくなった
 
人間関係が自由選択になったということは、人間関係が自己責任になったということでもある。人間関係の不首尾を「他人のせいにできなくなった」と言い換えてもいいだろう。人間関係がイエや身分や共同体に束縛されていた昭和以前の社会であれば、人間関係の不首尾を宿命や生まれのせいにできた。自分を呪うのでなく、宿命や生まれを呪っていれば良かった。
 
対照的に、現代社会には人間関係を宿命のように束縛するしがらみが乏しい。唯一、親子関係がそれに相当するとは言えるものの、NHK「中学生・高校生の生活と意識調査」を見ても、いまどきの親の大半は、子どもの自由選択を尊重しようとしている[18]。このような意識の親元で育てられた子どもが、成人後の人間関係を親のせいにするのは難しい。たとえ人間関係に用いることのできるリソースが遺伝的負因や家庭環境によって左右されているとしても、である。
 
と同時に、私たちは友人や恋人や知人として選ばれなければならなくなった。付き合う相手を自由に選べる以上、他人もまた付き合う相手を自由に選ぶ。たとえ自分が付き合いたいと思っていても、相手も同じ気持ちかどうかはわからない。人間関係の自由とは、付き合いたくない相手とは付き合わない自由でもあるからだ。
 
たとえば大多数の東京の市民のような、人間関係が自由選択であるという通念を共有している者同士は、無理矢理に相手を付き合わせるのは良くないと自覚しているし、自分が誰とどれぐらい付き合えるか、おおよその〝市場価値〟を自覚してもいる。すっかり内面化されたこの通念は、たとえばストーカーに関する法整備が示しているように、ある程度は法制度によって支持されている。そしてインターネット上では、SNS上におけるフォロー数/フォロワー数といったかたちで人間関係の〝市場価値〟が数値化されるようになった。
 
人間関係が自由選択になり、市場的側面を深めている以上、そこからあぶれ、疎外される人々が現れるのは必然的なことだった。人間市場のなかでたくさんの人間関係を獲得する人がいる一方で、まったく人間関係を持てずに孤立を余儀なくされる人もいる。孤立していなくても、自分の望む人間関係と現実とのギャップを感じる人は少なくない。
 
「人間関係の自由のもと、自由に人間関係をつくる」という通念は、子ども時代から親に教え込まれるだけでなく、テレビでもインターネットでも良いこととみなされ、喧伝されているから、これを通念として内面化しないで済ませられる人はきわめて少ない。だからこの通念は、現代人の権利であると同時に義務であり、道徳でさえある。
 
このような通念にもとづいて行動し、人間関係にも恵まれれば、さしあたり幸せには違いあるまい。だがもし人間関係に恵まれず、孤立に至ってしまったなら、社会関係資本[19]を欠いてしまうだけでは済まず、義務や道徳の不履行にも心を蝕まれ、劣等感や罪悪感を抱え込む羽目になるだろう。
 
確かに私たちは旧来の不自由から自由にはなった。しかし現代社会の通念と、その通念にそむいた時の劣等感や罪悪感からは自由とは言えない。そうした義務や道徳の不履行に不安をおぼえる人々は、人間市場で勝ち上がるべく、フェイスブックやインスタグラムに好もしい投稿を心がけてやまない。そうした取り繕った投稿から、不安が透けてみえることがあるとしても、である。
 
 
【街の構造が私たちの認識や行動を管理している】
 
 
私たちに不自由を与えているのは、もちろん通念やそれに由来した劣等感や罪悪感だけではない。
 
私たちの快適な暮らしの土台となり、人と人とを結びつけているインフラ全般は、私たちに通念を押し付けたりはしない。けれどもいつの間にか、私たちの認識や行動に影響を与えている。
 
たとえば東京の電車や地下鉄はとても複雑で、短い運転間隔で運行されているが、それでも電車は時間通りにやって来るし、定められたホームにきちんと停まる。東京に住む人々にとって、これは当たり前のことではあるけれども、当たり前であるがゆえに、「電車は時刻どおりに、定められたホームにきちんと停まるもの」という認識が気づかぬうちにできあがっていく。
 

 
その電車や地下鉄に向かうまでの道のりも、数多くの標識と決まりごとによってガイダンスされている。通勤通学でよく馴染んだ路線でも、普段は利用しない路線でも、頭上の標識を確かめれば目的地に辿り着ける。地下道で右側を歩くべきか左側を歩くべきかも、すべて記されているから、初めての地下道でも道を間違えにくいし、ラッシュの時間帯でもちゃんと移動できる。
 
電車や地下鉄に限らず、東京では万事がこうだ。約束事どおりに交通機関が運行され、標識やガイダンスのとおりに移動し、実際そのとおりに目的地に辿り着ける。街は、人の住む場所、売買する場所、ここは公園、ここは図書館といった具合に、標識や看板で記されているとおりに区画が定められている。
 
もちろんこうした特徴は東京に限ったものではないし、昔から、都市というのは多かれ少なかれそういうものではある。だが現在の東京は、過去のどの街と比べてもそれが徹底されていて、間違いや隙間が少ない。
 
東京では、何も記されていない曖昧な場所がなかなか見つからない。たとえ空地があったとしても、そこには「私有地 立ち入り禁止」といった看板が立っているし、東京の市民はそうしたことをよく弁えているので、立て看板がない空地ですら、私有地や公有地に違いないと判断してむやみに立ち入らない。まして、そこで寝転がったり立小便をしたりすることなどない。
 
東京での生活は、標識や看板やガイダンスで記されたものに完全包囲されていて、記されたとおりに生活しなければならない、とも言える。どんな場所にも、文章や記号でその場所の役割やその場所でとるべき行動指針が記されていて、東京の市民はそのとおりに行動しなければならないし、実際、やってのける。外国人が驚く、渋谷のスクランブル交差点の秩序だった人の動きも、大混雑しても機能する新宿駅や池袋駅にしても、それらは標識やガイダンスによって人の流れをさばいていると同時に、そうした標識やガイダンスに馴らされている人々が大多数を占めているから機能しているとも言える。
 
こうした暮らしは東京ではあまりにも当たり前になっているし、この当たり前に馴れてしまったほうが東京では生きやすくもある。だが、記された約束事に依存した認識と行動に馴れれば馴れるほど、私たちは標識や表記に頼らずに対象を見たり触ったりすることが難しくなるし、街のインフラのなすがまま、されるがままということになる。
 
 
【認識や行動を制御するインターネットの構造】
 
 
インターネット上では、こうしたことがもっと徹底していて、何も表記されていない曖昧な場所がどこにも存在しない。
 
私たちはインターネットを、そのページやアプリを、コードが記しているとおりに眺める。というよりコードに記されていないものは眺めようがないので、インターネットで目にうつるものはすべて、誰かがプログラミングしたコードの結果として現れる。早くからインターネットを始めていた人々は、そうしたプログラムやコードを個人で書き、それぞれがウェブサイト(ホームページ)を作っていたが、現在はSNSやアプリや検索エンジンのプラットフォーマーが、インターネットで私たちの目に映るものを、ひいてはネット上の私たちの認識や行動を実質的に形づくっている。
 
インターネットで私たちが目にするもののなかには、個人になんらかの行動をとるよう促すものも多い。たとえばネット通販でアウトドア用品を頻繁に買う人のスマホやPCには、アウトドア商品の広告が繰り返し表示され、ますます買いたくなるよう仕向けてくる。ネット検索にしても、ユーザー自身の履歴に基づいて検索結果が偏るよう、現在の検索エンジンはつくられている。たいていのネットユーザーはそんなことを気にもしないでインターネットを眺め、表示される検索結果をあてにしている。
 
SNSも同様だ。現在のSNSは、好みの思想信条のアカウントや情報を集めるには非常に適しているが、好みではない思想信条のアカウントや情報に目を配るにはまったく向いていない。たとえば自民党の政策に反対している人がツイッターを覗く時、タイムラインに並ぶのは同じく自民党の政策に反対している人々の文章や動画ばかりで、自民党の政策に賛成している人々の文章や動画はなかなかタイムラインには現れない。よしんば賛成者の文章や動画が目に留まるとしても、それは反対者が否定的な文脈でリツイート(シェア)したものとしてタイムラインに現れてくる。
 
SNSのインフラ、ひいてはインターネットのインフラは、自由に考え、ディスカッションするのに最適化されているとはまったく思えない。むしろ、インターネットのインフラは私たちが持っている特定の思想信条を強めたり、特定の行動を促すようつくられている。
 
そうしたインフラに依存したネットライフの果てに、極端な思想信条を常識や正義だと思い込んでしまう人々が現れ、マスメディアが「分断」と呼ぶような、政治的妥協やディスカッションのまったく困難な社会状況が生まれている。
 
他方、インターネットのインフラに依存し、流されてゆく人々をよそに、グーグルやフェイスブック、リクルートといった大企業は個人の売買情報や位置情報などをかき集め、これからのビジネスのために──つまり私たちの認識や行動をますます制御し、より効率的にマネジメントするために──努力を積み重ねている。
 
こうした状況のもと、いったい私たちはどこまで自分の自由意志によって認識・行動していると言えて、どこまでインフラに誘導されるままに認識・行動させられていると言わざるを得ないだろうか。
  
 
 【現代の自由、ひいては不自由とは】
 
 
本章で挙げてきたものはすべて、私たちの生活を快適かつ便利にし、高度に発展したメガロポリスを成り立たせ、昭和以前の不自由からの解放に貢献してきたものである。インターネットにしてもそうだ。これらの進歩によって私たちは自由になって、きっと、幸せにもなっているはずだった。
 
だが2020年の現実を振り返れば、過去の不自由や不便を克服してくれた進歩が私たちに新しい不自由をもたらし、簡単には逃れられなくなっているようにもみえる。過去には進歩的とみなされ、現在では当たり前の通念となった諸々は、私たちの認識や行動を、通念のテンプレートへと嵌め込んでいるのではないだろうか。そのことに新しい生きづらさを感じている人、通念どおりに社会適応するために背伸びを余儀なくされる人、なかには力尽きてしまう人もいるのではないだろうか。
 
インターネットにしてもそうだ。インターネットがまだ少数の研究者と先駆者だけのもので、皆が自分でプログラミングしていた頃、そこを自由な表現の場、自由な思想とディスカッションの場、日常生活から距離を置ける防空壕のような場とみなしていた人は多かったように思う。ところが誰もが当たり前のようにインターネットに接続するようになると、そこはビジネスと政治の草刈り場となった。巨大情報企業やプラットフォーマーによって個人の認識や行動が蒐集され、誘導(ナッジ)され[20]、情報弱者がインフルエンサーによって簡単に食い物にされるのが、2020年のインターネットの現実だ。
 
これほど不自由な今日のインターネットのなかで、しっかりと自分の頭で考え、物事を認識し、自由に行動を選択できていると言える人がいったいどれぐらいいるだろうか?
 
東京のような、あらゆるものが標識や表記に覆われている街で暮らすのも、それとあまり違わない。標識や表記のなすがままに歩き、ショーウインドーのディスプレイや広告に気を惹かれ、インスタ映えする場所で立ち止まり、タピオカミルクティーが流行ればタピオカミルクティーに群がる私たちは、多忙で移り気な現代社会を案外楽しんでいる。だが、こうした日々のなかで、私たちの認識や行動は、どの程度まで自由だと言えて、どの程度まで不自由だと言わざるを得ないものなのか?
 
私たちはどこまでも清潔で健康で道徳的な社会に生きていて、昭和以前の人々よりもずっと自由でハイクオリティな暮らしを営んでいるはずである。
 
だが、そのハイクオリティな暮らしが進歩的なものから一般的なものになり、守って当然の道徳として私たちに内面化されていくなかで、まさにそうした進歩自身が私たちの認識や行動を束縛しはじめているとしたら。と同時に、ハイクオリティな暮らしを支えるための街やインターネットのインフラが、私たちの認識や行動を操作するようになり、気づかぬうちに管理し始めているとしたら。
 
こうした、進歩のもうひとつの顔は20世紀以前からあったことではある。だが、従来と大きく違っているのは、通念や習慣がこれほど社会のなかに徹底していたことなど無かったし、法制度がこれほど守られるようになったことも無かったし、私たちの認識や行動に影響を与える街やインターネットのインフラがこれほど強力になったことも無かった点である。
 
どんな進歩も、どれほど良いことも、あまりにも当たり前のこととして徹底されれば、人々に葛藤をもたらし、ともすれば閉塞感を与えるものではないだろうか──この美しい国と一億総活躍社会をそのような目で振り返った時、私は、この秩序ならではの生きづらさや、私たち自身が気づかぬうちに背負わされている課題に思いを馳せずにいられない。
 
そしてこれらの新しい生きづらさや課題を作り出している現代社会のメカニズムがどのようなものか、確かめておきたくなるのである。
 
 



 
『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』第一章は以上です。第二章「精神医療とマネジメントを望む社会」から先は拙著をご覧ください。
 
<おことわり>
・これは、版元さんから承諾をいただいて当ブログにアップロードしたものです。
・出版直前のプロトタイプ原稿です。
・行送りや漢数字など、ブログ用に整形してある部分があります。
・オレンジ色の注釈は、ブログ版では略してあります。