シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

映画館でエロゲを観た!──『劇場版 Fate/stay night heaven's feel』

 
 
 映画館で、エロゲを観てきました。
 
 
www.youtube.com
 
 
 
 『劇場版 Fate/stay night heaven's feel』について、私はまっとうな感想をまとめることなんてできない。ましてや批評など論外だ。なぜなら、この作品について冷静に語ることなど不可能のように思えるからだ。
 
 だが、叫ぶことならできる。
 これは映画館で上映しているエロゲだった、と。
 
 
 

映画館の状況について

 
 公開から二週間ほど経ち、また朝早い時間だったけれども、その割にはお客さんがいた。私はアニメ映画をみる時には必ず客層を確認するが、洒落た格好のお兄さん、ヤンキーみたいな恰好のお兄さん、パッと見てオタオタしさが感じられないお姉さんなどを確認した。
 
 その一方で、古式ゆかしいオタクがマシンガントークを繰り広げている姿も見かけてホッとした。50代とおぼしき古参オタクの姿もあった。
 
 外国人が結構いたことにも驚いた。日本で最新のアニメ映画を観るという状況に、彼らはかなり高揚している様子だった。
 
 「Fateシリーズはいろいろな人に愛される作品になった」と、しみじみ感じ入る客層だった。
 
 
 

エロゲ映画ではなく映画エロゲだ!

 
 で、エロゲである。
 
 私は『Fate/stay night』で一番好きなサーヴァントはメデューサだ。で、このheaven's feelは、そのメデューサと、そのマスターの桜が活躍する作品なので楽しみにしていたが、いち早く視聴したtwitterユーザーが「今回の劇場版Fateは、エロゲに寄せてきた」「処女が云々というのは00年代前半のエロゲ的文脈で~」などとざわめいていて、一体何だろうと気にしていた。
 
 はたして、百聞は一見にしかず。
 
 キャラクターの輪郭はさすがに2010年風にリニュアルされていて、90年代の面影を上手に残しつつも、うまく現代化させてあった。
 
 戦闘シーンも、2010年代の日本アニメならではの、少し漫画に寄せたようなデフォルメをふんだんに使った、強調すべき線を余すところなく強調した、思い切りの良いものだった。「黒セイバー」がまさに00年代に語られた頃の黒セイバー風というか、FGO風のセイバー・オルタではない感じがするのも好感が持てた。
 
 それと、映像化されているだけあって、エロゲではテキストと立ち絵に頼っていた凛やイリヤの表情がわかりやすくなっていた。言峰綺礼の、歌舞伎のような芝居がかった台詞と愉悦表情も似つかわしいものだった。
 
 映画というメディアの強みを生かし、『Fate/stay night heaven's feel』を美しくリファインした作品だったと思う。
 
 だがこういった御託はどうでもいい。「エロゲが映画館で上映されていた」、という事実が私にはどうにもたまらなかったのである。
 
 エロゲは90年代~00年代にかけて、界隈をリードしたジャンルだった。『Fate/stay night』もまた、そうしたジャンルのそうした状況の最中にリリースされている。
 
 この映画は、その2004年のエロゲの面影をきっちりと残したまま2019年に公開されていた。
 
 映画らしい映画だったのかは、私にはわからない。
 エロゲを映画化した作品だったかといわれると……いや、違うと思う。
 これは、映画というメディアを用いてリファインされまくった、エロゲである。
 
 というのも、衛宮士郎の逡巡も、桜の「体当たり演技」も、凛やイリヤのヒロインっぷりも、すべてエロゲの時代に魅力とみなされていたものを余すところなく表現していて、あえて、エロゲ回帰しているように見受けられたからだ。
 
 素晴らしい戦闘シーンも、素晴らしい背景も、声優さんの素晴らしい声も、素晴らしい映画をつくるためではなく、素晴らしいFateをつくるためのもの。素晴らしいFateとは、ここでは、すばらしいエロゲのことだ。
 
 『FGO』をはじめとするコンテンツをとおして収集したカネと情熱とテクノロジーが、今、たわわに実ったエロゲとして、映画館に顕現したのである。
 
 視聴している最中、私は興奮しっぱなしだった。
 
 最初のうちは、黒セイバーとヘラクレスの迫力ある戦闘とか、そういったものに気が向いていたが、中途からは桜のエロゲ所作に打ちのめされた。
 
 桜は、ただエロいわけではない。
 
 桜のエロさは、エロゲヒロインのエロさであり、桜の可愛らしさもエロゲヒロインの可愛らしさだった。
 


 
 ヒロインの処女性──懐かしくも時代錯誤なネタ――を、堂々とシネマスクリーンに映し出す heaven's feel マジでエロゲ。
 
 今では覚えている人も少なくなったかもしれないが、エロゲの最盛期において、ヒロインが処女かどうかは大変な問題とみなされ、これによってヒロインの人気、ひいては作品そのものの人気が左右されることがしばしばあった。
 
 [関連]:はじめてのおるすばん「騒動」を回想する - シロクマの屑籠
 
 この処女云々の件に限らず、あえて古いエロゲ的雰囲気を除去することなく、間桐桜、エロゲヒロインとして体当たりの演技! ちゃんとエロゲ的にかわいく、ちゃんとエロゲ的にエロく、ちゃんとエロゲ的に悪い人していて、満額回答である。
 
 中盤以降の、雨が降りしきるあたりからの桜のエロゲヒロインっぷりに、私の脳内では「エ・ロ・ゲ! エ・ロ・ゲ!」という謎の祭囃子が鳴りやまなかった。もし、私の手元に打楽器があったら、打ち鳴らしていたかもしれない。
 
 キャンディを舐める桜の姿を眺める頃には、「Fateが時代に追い付いたんじゃない。時代がFateに追い付いたんだ。これで勝てる(何に?)! 違う、もう勝ったんだ(誰に?)!」という、熱病めいた快哉が頭をよぎることもあった。映画館の暖房が効いてきたせいか、それとも私以外のみんなも熱病めいてきたのか、館内がやけに暑く感じられた。
 
 

エロゲの熱にうかされた二時間

 
 繰り返すが、この作品が、映画としてどのように評価されるのかは私にはわからない。
 
 だが、スクリーンシネマとして上映されたエロゲとして考えるなら、これは極上コンテンツであり、一見の値打ちがあるものだと思う。

 Fateシリーズのどれかに愛着のある人なら、迷うことはない、カネと情熱とテクノロジーによって磨き上げられたこの映画を目に焼きつけてくるのがいいと思う。大丈夫、この作品は「Fateを愛してきた人々に応えるためにリソースを全振りしている」から、期待を裏切られることはないはずだ。
 
 「これからFateシリーズを知りたい」という人に勧められるかといったら……正直、この作品だけを見てもわかりにくい気はする。前作や、他のプラットフォームの『Fate/stay night』に触れるか、他のFateシリーズでキャラクターを知ってからのほうが無難かもしれない。
 
 だとしても、2004年にエロゲというプラットフォームで生まれたFateがどういう作風を志向していたのか、あの当時のエロゲというプラットフォーム周辺でどんなキャラクターや情念や属性が重視されていたのかを知りたい人には、これは、またとない入門用テクストとなるのではないだろうか。
 
 『劇場版 Fate/stay night heaven's feel』は、エロゲ時代のミームの貴重な生存者であり、と同時に、カネと情熱とテクノロジーを吸い集めて生み出された映画化されたエロゲである。
 
 そのような作品が、女性のお客さんや外国のお客さんも含めてたくさんの人に楽しまれていたことも含め、私のような00年代からのファンとしては、今回の映画自体が聖杯──Fateの作中では願望を満たす器とみなされている──そのものとうつった。
 
 いや、聖杯以上の何かか。
 2004年の段階では、まさかFateが15年の歳月に耐えるとは思ってもいなかったし、裾野の広いファンを獲得して映画化されるなど思いもよらぬことだった。まして、ただの映画化ではなく「映画化されたエロゲ」ときたもんだ。奇跡としか言いようがない。
 
 00年代のエロゲ、00年代のFateを思い出させてくれる、どうにもエロゲな作品だった。
 もちろん最終章は見届けなければならない。来年の春が待ち遠しい。
 
 
 [関連]:十年越しのエロゲ『Fate/staynight』 - シロクマの屑籠
 
 

劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower」 [Blu-ray]

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追記:

はてなブックマーク - Dragoonridersのブックマーク / 2019年1月29日
興奮しすぎ。その辺の適当なフランス映画引っ張ってきて比較しても、HFなんてお子様向けの性描写ですよ。

 エロいかどうかが問題ではないんです。ただエロいだけの作品なら、もっとエロいものなどいくらでもありましょう。しかし、エロさが00年代当時のエロゲの構文にかなっていて、ヒロインがエロゲヒロイン然とした魅力を放っているものはあまり無いのではないでしょうか。
 
 処女がどうこうも含め、Fateのエロにはある種のお子様向け感があり、そのお子様向け感は、当時のエロゲ周辺の雰囲気とは無関係ではなかったと思います。だから私は「あの当時のエロゲというプラットフォーム周辺でどんなキャラクターや情念や属性が重視されていたのかを知りたい人には、これは、またとない入門用テクスト」と書きました。本作は、00年代のFateとその周辺を今に伝える、貴重な語り部だと捉えています。
 
 Fateがここまで裾野の広いコンテンツになったにも関わらず、最新作の劇場版がエロゲ然とした佇まいなのは、おじさん的には瞠目するしかありません。ああ、こうやって追記している間にも太鼓を叩きたくなってきました。文化財ですよ、あれは。