シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

昭和映画を観て、あの頃の野蛮な感覚を思い出した

 

 
 ゆうべ、子ども時代に観た映画が急に見たくなって、Amazonのプライム・ビデオから『ビーバップハイスクール』やら『トラック野郎』やら『男はつらいよ』やら、昭和映画を何本か引っ張ってきた。
  
 汚い街並み。やたら汗まみれの男達。
 酒、たばこ、女。
 ことあるごとに出て来る拳や棍棒。
 映画で描かれる昭和は、もちろん昭和そのものではない。
 それでも、カジュアルに登場する身体的暴力や、男尊女卑を隠そうともしない物語の描かれ方は、やはり昭和ならではで、平成っぽくないとは思った。
 
 

平成時代の子どもには『ビーバップハイスクール』が殺し合いに見える

 
 
 ちょうど映画『ビーバップハイスクール』を見始めた時間に子どもが帰ってきて、一緒に視聴しはじめたが、子どもの反応は強烈だった。ものの数分で「これはひどい」「割りばし鼻に突っ込んだら死ぬ!」「高校生が殺し合いするなんておかしい!」と異常を指摘しはじめた。それでいて、画面に釘付けではあるのだが。
 
 今、『ビーバップハイスクール』を再視聴すると、街並みの汚さにびっくりする。上っ面だけ綺麗になった街の至るところに、バラックのような建物やゴミの山が存在している。登場人物の血や汗も含めて、臭そうなシーンが次々に登場する。そういえば、「朝シャン」をはじめとするデオドラント文化が日本に定着したのは80年代後半あたりだったが、そういった清潔志向は『ビーバップハイスクール』には現れていない。
 
 うちの子どもには、学生同士の「果し合い」が「殺し合い」に見えるらしかった。これが喧嘩であるという発想、これが学生同士の身体的なコミュニケーションであるという発想は、平成生まれの子どもには存在しない。「こんなに乱暴な高校生はおかしい」「中学生はともかく、高校生が喧嘩するのは聞いた事がない」といったコメントは、いまどきの子どもの感想として妥当だと思う。殴る蹴るが身体的コミュニケーションやマウンティングの様式としてまかり通っていた時代を知らない者には、「果し合い」と「殺し合い」は区別のつかないものかもしれない。
 
 警官の振る舞いにも驚いていた。相手が不良とはいえ、学生を殴る警官。果し合いのことを学校には黙っておくと言ってのける警官。『トラック野郎』に出て来る警官もひどい。平然とトラックの装飾を蹴り破っている。子どもは「こんな警官はおかしい」と何度も連呼していて、うん、それもそのとおりなのだが、平成時代では考えられないある種のおおらかさが、子どもには異様にうつるようだった。
 
 

昭和の頃の私は、それらを普通に楽しんでいた

 
 平成生まれの子どもには異様とうつった『ビーバップハイスクール』を、かつての私は楽しんでいた。
 
 私は昭和の終わりごろに、『ビーバップハイスクール』をリアルタイムで観た。『トラック野郎』はそれよりも後に観た。それらが、ちょっとバイオレンスに誇張された喜劇だということはわかっていた。
 
 それでも、トオルとヒロシは恰好良かった。不良たちが面子やなわばりを賭けて争う姿、殴り合う姿に違和感は感じていなかった。汗まみれになりながら殴り合う男たち、キャーと叫ぶ女たち、そういった描写をごく自然に受け取っていた。誇張された表現とわかっていたにせよ、その誇張は、日常の延長線上にあるものだと感じていた。
  
 その後、私は中学校に入学した。地元中学は、校内暴力のピークが過ぎた頃に校内暴力が吹き荒れたような遅れた地域だったので、不良がたくさんいた。教師の大半はナメられ、生徒会より番長が偉く、長いスカートを履いて鎖をジャラつかせる「スケ」が肩で風を切って歩いていた。中学生の喫煙。飲酒。不純異性交遊。近隣の学校との小競り合い。でかい屋敷の息子とその周辺。
 
 私はその中学でいじめに遭って不登校になったわけだけど、不登校になっている間に私を支えていたのは『ウィザードリィ』だけでなく、自分の町内の人間関係だったから、不良的なものを全否定することはできなかった。なぜなら、私の助けになった町内の先輩や後輩にしても、ある部分では不良的で、ある部分では喫煙や飲酒を良いこととしていて、本質はさほど変わらなかったからだ。当時の私にとっての男子学生としてのロールモデルは、たとえば『桐島、部活やめるってよ』に出て来る高校生などに比べれば『ビーバップハイスクール』寄りだった。
 
 私の生まれ育った時代と地域では、暴力がコミュニケーションの手段として日常的で、男尊女卑的で、汗まみれだった。だから私も、そういった感覚の延長線で昭和喜劇の暴力を受け取っていたのだろう。
 
 

昭和映画の世界に「おとなの発達障害」はいない

 
 あの頃の学生のヒエラルキーは、今日のスクールカーストのソレとは違っていた。もっと直截的な暴力、あるいは「ゴリラの胸叩き」のようなものが威力を発揮していて、喧嘩さえ強ければ一目置いて貰える部分があった。精神科医として思い出すと、今だったら発達障害の病名に加えて「行為障害」「素行症」とも呼ばれそうな不良が、あの中学には結構いた。そういえば、『男はつらいよ』の寅さんも、現代なら、発達障害とカテゴライズされてしまうだろう。
 
 現代の、洗練されたスクールカーストのヒエラルキーでは、発達障害はコミュニケーション上の大きな問題になる。しかし、昭和時代の野蛮なヒエラルキーでは、多少の落ち着きの無さや空気の読めなさは、腕っぷしや威圧力でカヴァーできた。昭和時代の学校や世間、とりわけ不良や荒くれ者が影響力を誇れるような学校や世間では、いわゆる「大人の発達障害」は、障害というかたちでケース化しにくく、あまりにも社会から逸脱した者だけが少年非行や犯罪者として摘発されたに違いない。
 
 とはいえ、昭和時代は安易に肯定できるものでもない。
 
 今日、これらの作品を見返してみると、昭和時代には許容されても平成時代には忌避されるもののオンパレードだ。昭和時代の社会状況は、平成時代の社会状況、もっと言うと、先進国で適切とみなされている規範に妥当していない。コミュニケーションの手段として、ヒエラルキーの決定因子として、腕っぷしや威圧を行使することは先進国では正しくないとされている。男性の暴力に女性が屈し、甘んじているのも、先進国にあってはならないことである。
 
 してみれば、発達障害がブームになっていく背景の一部分として、暴力や恫喝の禁止、喧嘩の禁止といった、先進国的な正しさの普及も挙げていいように私は思う。発達障害がブームになっていった背景として、産業構造の変化やコミュニケーション能力を重視する社会への移行がしばしば語られるし、それはそのとおりだろう。ただ、それらの変化には、人間間のヒエラルキーの取り決め方やコミュニケーションの方法に関する、大きなルール変更も伴っていた。コミュニケーションから殴打や威圧が追放され、ヒエラルキーの序列から暴力という要素が取り除かれれば、暴力で弱点をカヴァーしていた人々・暴力で弱点をカヴァーしなければならなかった人々は、それそのままでは社会に適応できなくなる。 
 
 『ビーバップハイスクール』に出て来る不良たちは、発達障害でもなければ行為障害でもなく、昭和時代の不良のカリカチュアだった。しかし、より平穏で、暴力の否定された平成時代の子どもからみれば、コミュニケーションしているのか殺し合っているのか区別のつかない、理解しがたい何かだった。子どもが昭和映画に異質なものを感じ取っているのを見て、ああ、時代が流れて、社会が変わって、人の捉え方も変わったのだと、しみじみ思った。