シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

みんなの怨恨が独り歩きする“ネット地縛霊”

 
 
 インターネットの匿名空間は、地縛霊の巣窟のようだ。
 
 地縛霊(じばくれい)とは、「特定の場所で命を落とした魂が、成仏できないままにその場所に縛り付けられた状態。周辺の霊を呼んだり、仲間を増やすために人間を襲ったりする」ものだという。成仏できないまま怨恨に衝き動かされ、仲間を求めて漂い続ける地縛霊は、本質的に、哀れな存在といえる。
 
 この地縛霊、本来オカルトの用語だけど、インターネット空間ではこの地縛霊に非常に似た現象をみかけることがある。特に頻繁にみかけるのは『2ch』や『はてな匿名ダイアリー』や有名ブログのコメント欄などのような、匿名の書き込みが可能な場所である。怨み辛みに衝き動かされ、誰かに噛みつくことに夢中になっている、そういう顔かたちの無い書き込みが大量に吹きだまっている場所を、あなたも目撃したことがあるんじゃないだろうか。
 
 オカルトの地縛霊と同じく、この手の“ネット地縛霊”もまた、暗くてしめった場所を好むらしい。すなわち、匿名の書き込みが可能で、怨み妬みの渦巻く場所が、彼らの巣窟になりやすい。例えば2chのなかでも、ネガティブな空気の濃厚なスレッド・コンプレックスの濃厚なスレッドにネット地縛霊は吹きだまりやすく、お互いに噛みつきあったり怨みの連鎖反応を起こしたりしている。あるいは、嫉妬を集めそうな有名人のブログが“炎上”した場合など、どこからともなく集まってきて、ここぞとばかりに吹きだまる。怨恨や嫉妬の塊のような書き込みの群れが入道雲のように膨張していく姿は、まさに下等亡霊をイメージさせる。
 
 しかし逆に、友好的でハッピーな空気が濃厚な場所や、固定のハンドルネームやIDが明記される場所では、ネット地縛霊は吹きだまりにくいようである。よしんば単体で出現したとしても、周りの幸せな空気に耐えられなかったり、名指しの批判に耐えられないので、すぐに消滅してしまう。明るい場所やハッピーな空気のもとでは、ネット地縛霊を“お祓い”するのはそれほど難しくはない。
 
 

ネット地縛霊が特定の場所に吹きだまる理由

 
 誤解されそうなので断っておくと、ネット地縛霊は、“怨恨にみちた書き込みをする人”を指すのではなく“怨恨にみちた顔の無い書き込み”のほうを指す。
 
 匿名で書き込む個人とて、常に怨みの感情だけで書き込んでいるわけではないだろうし、ハッピーな書き込みをすることもあれば、ネガティブな書き込みをすることもあるだろう。そういう意味では、書き込みを行う個々人は、ネット地縛霊のように真っ黒な存在ではない筈である。
 
 けれども、特定のスレッドや特定のコメント欄に書き捨てられた匿名の書き込みは、そうはいかない。ネガティブで怨みにみちた匿名の書き込みは、いったん書き手の手元を離れるとその場に宿りはじめるつまり、名前付きの書き込みであれば、書き込んだ人の名前*1に帰属するけれども、匿名の書き込みの場合、人に帰属するのではなく、場所に帰属するものだから、ネガティブな匿名の書き込みはその場に留まってひたすら場所を汚染し続ける。そして、いつまでも効果を失うことなく、書き込んだスレッドなりコメント欄なりに蓄積し続ける。
 
 個人の手を離れ、場所に帰属するようになったネガティブな書き込みや、特定の場所に投げつけられて溜まっていくネガティブな思念の残り滓が、いつのまにか自律的に膨らみ始める----これがネット地縛霊の正体である。オカルトの世界の地縛霊と同じく、ある程度の濃度になったネット地縛霊は自律的に膨張しはじめ、場所そのものが憎悪や怨恨やネガティブな感情を吸い寄せはじめる。ネット地縛霊が溜まれば溜まるほど、その場にネガティブな書き込みが投げ捨てられる確率はどんどん高まり、ネット地縛霊は入道雲のように急成長しはじめる。こうなるともう、スレッドの常連やコメント欄の管理者の意志ではコントロールがきかない。良スレは糞スレ化するし、blogの場合は“炎上”は避けられない。憎悪が憎悪を呼び、浅ましい書き込みがうずたかく積み上がる。こうなったらもう、後の祭りである。その場はもはや誰のものでもなく、ネット地縛霊の手におちる。
 
 誰にも所属するでもなく、みんなの負の思念が吹きだまって、自律的に増殖しはじめるネット地縛霊。
 
 21世紀の地縛霊は、建物や土地に吹きだまるのではなく、電子の海の、スレッドやコメント欄に吹きだまる。その勢いに衰微の気配はみられず、今じゃ、ネットのあちこちの暗がりに吹きだまりを形作っている。そういう、下等な思念が浮遊し吹きだまっている場所には、近づかないのが一番である。ネット地縛霊に関わっても、自分の思念を汚されるだけで得るところが無い。どうしても“お祓い”しなければならない場合も、細心の注意が必要だ。ネット地縛霊は、エクソシスト気取りの素人を八つ裂きにするのもお好みらしく、ネット地縛霊に挑戦した挙げ句、餌を与えてますます巨大化させてしまう事例が後を絶たない。
 
 

ネット地縛霊に有効な対応策の一例

 
 幽霊を相手に拳銃や刃物が通じないのに似て、ネット地縛霊を相手に、個人攻撃や批判は殆ど通用しない。むしろ、エネルギーを分け与えてしまうだけである。それよりも、「特定個人に帰属せずに場所に帰属する」というネット地縛霊の性質を利用するような対応策のほうが、有効性が高い。
 
 その点、ネット地縛霊の湧いた場所を切り離せるなら、場所ごと切り捨ててしまうのは良い対応策だろう。ネット地縛霊が吹きだまった場所を“お祓い”するのは困難でも、パージしてしまうだけなら簡単、という場合は、ある。2chでしばしば採用される“隔離スレッド”という手法などは、まさにこれだろう。ネット地縛霊が直接的には倒せないとしても、“電子ジャー”に封じこめてしまえば、被害を最小化できるというわけだ。相手は人間ではなく、不特定多数の思念の塊なんだから、それに即した戦い方をするしかない。
 
 

*1:またはハンドルネーム