シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。現在、忙しいうえブログは実験モードに移行しています。

傑作『トップをねらえ!』と過去の自分、それと『エヴァ』

 
Amazonプライムに『トップをねらえ!』が入っていたので、週末に食い入るように視聴した。
 

 
とにかく傑作というしかない。ストーリー、SFとしての面白さ、丁寧というより執拗ともいえる素晴らしい演出や描写、1988年にこんな作品が作られていたことにただ驚く。そして『新世紀エヴァンゲリオン』のルーツが感じられ、『ふしぎの海のナディア』もこの作品の後につくられたのがよくわかった。
  
 

傑作だが好きではない。過去の自分がこれを拒否したのはよくわかる

 
 
1989年頃、田舎暮らしの私のもとにも『トップをねらえ!』という作品が凄いらしい噂話は伝わってきた。ところが、その情報は私の好みではないこともはっきり告げていて、今回、実際に視聴してみてよくわかった。
 
『トップをねらえ!』は、女性キャラクターが主人公で、主人公と同じ立場で戦う登場人物もだいたい女性だ。彼女らは新体操のユニフォームの露出度を高めたような恰好でマシンに乗り込み、汗と涙と根性といった趣で物語を進めていく。そして宇宙戦闘の最中に女の歌声が聞こえる*1
 
こうした構図に、彼女たちを指導する昭和的なコーチ・女子生徒同士の鍔迫り合い・80年代的な姦しさがなど加わり、なんともいえない雰囲気ができあがっている。それでいて、この作品は少女漫画になりきっているわけでもない──女子のための作品ではなく、男子アニメ愛好家のための作品としてつくられてもいるのだ。
 
こうした雰囲気や雰囲気が、当時の私はすごく嫌いだった。今でも嫌いである。たぶん80~90年代前半のおたく的・オタク的男性アニメ愛好家なら喜べるのだろうが、私にはかえって、そうした演出や雰囲気が気持ち悪く不自然なものとして感じられた。つまり当時の私には、女性キャラクターが主人公で、露出度の高い恰好でマシンに乗り込み、(たぶん格好良いという前提で登場しているらしき)コーチの指導を受けながら涙と汗と根性の物語をやっていくのが耐えられなかった。
 
当時の私よりもいくらか年上のおたくか、私より先進的なオタクなら、こうした構図とて忌み嫌うものではなかったのかもしれない。だけど当時の私には『ふしぎの海のナディア』でぎりぎりだった。もし、私があと数歳年上で、たとえば大学生時代に『トップをねらえ!』に出会っていればこんなことにはならなかったかもしれない。けれども十代にとって数歳の違いは越えられないほど大きく、当時の私はそれを克服できなかった。
 
してみれば、『ふしぎの海のナディア』はNHK総合で放送するだけあって間口の広い作品だったわけだ。当時の私には『ナディア』が先進的なアニメにみえたけれども、本当はそうではなかった。『トップをねらえ!』には、作品を舐めるように凝視していないとわからないところや、ウラシマ効果を知っていなければわからないところがあったりするけれど、『ふしぎの海のナディア』は、そこまでの集中力や注意を視聴者に(必ずしも)求めない。『ナディア』はデチューンされた作品ではないが、『ナディア』のほうが間口は広い。『トップをねらえ!』こそが先進的で前衛的な作品だったのだ*2
 
私は自分の好き嫌いの問題によって、ひとつの傑作を見損ねたことになる。
 
 

『エヴァンゲリオン』の前に『トップをねらえ!』を観た人はどんな気持ちになったのか

 
そういう個人的な好き嫌いを脇に置いて──いや、脇に置ききれずに不平をこぼしながら──『トップをねらえ!』を観ていたのだけど、そのSF的描写の魅力、細やかな演出、フフフと笑ってしまいたくなる小道具、中盤から後半にかけての圧倒的な展開、モノクロな最終回など、すべてが素晴らしく、大団円とスタッフロールを私は口をポカンとあけて眺めてしまった。
 
圧倒されてしまった。まったく好きになれない作品にもかかわらず、『トップをねらえ!』の後半には余所見や無駄口の余地が無かった。『新世紀エヴァンゲリオン』や『シン・エヴァンゲリオン』を観た時と同じ集中力で視聴せずにいられなかった。個人的な好悪をねじ伏せる魅力と、短所を補ってあまりある長所があり、終盤は文字通り画面にくぎ付けの状態になってしまった。
 
それにしても、こんなに完成度が高く、こんなに情熱的で、こんなに伸び伸びとしたアニメを見せられた人が、『新世紀エヴァンゲリオン』や『シン・エヴァンゲリオン』を観た時にどんな気持ちになったのだろう?
 
私は『新世紀エヴァンゲリオン』とその劇場版に衝撃を受けて人生がだいぶ変わってしまったが、それでもTV版や劇場版に対してそれほど批判的にはなれなかった。『シン・エヴァンゲリオン』にしてもそうだ。個人的には物足りない部分もあったし、その気持ちは『トップをねらえ!』を観た後にさらに強まった。とはいえ私は2021年に、『新世紀エヴァンゲリオン』よりも後に『トップをねらえ!』を視聴している。
 
90年代後半の頃、私より年上のアニメ愛好家が『トップをねらえ!』を引き合いに出しながらTV版と劇場版の『新世紀エヴァンゲリオン』についてあれこれ言っているのを見たり聞いたりした。この、輝くような『トップをねらえ!』を見て、それを傑作として経験した人が、『新世紀エヴァンゲリオン』のTV版のあの感じや劇場版の唐突な幕切れをどう思っただろう?
 
私だったら、期待を裏切られたと思ったに違いない。タカヤノリコがガンバスターを使ってやってのけたことを、碇シンジとエヴァンゲリオン初号機に期待せずに済ませられるものなのか? 無理だと思う。両作品が完全にかけ離れていたなら、そういった気持ちの切り替えもしやすかったかもしれない。ところが『新世紀エヴァンゲリオン』は『トップをねらえ!』にあまりにも似ている。共通する描写、共通する言葉、似通った表現がふんだんにあった。『トップをねらえ!』に感激したファンが『新世紀エヴァンゲリオン』に似たような感激を期待するなといっても、絶対に無理だろう。
 
私は、自分より年上のアニメ愛好家が『新世紀エヴァンゲリオン』をなぜあのように批判するのか、わかっていたつもりだったが一部をわかっていなかったと知った。『新世紀エヴァンゲリオン』がアニメ愛好家に批判される文脈はさまざまにあるが、その文脈の一部分は、この、輝くような『トップをねらえ!』を視聴した後に『新世紀エヴァンゲリオン』を視聴するという前後関係にも由来していたのだろう。
 
売り上げや知名度、広く受け入れられる度合いでいえば、『トップをねらえ!』は『新世紀エヴァンゲリオン』よりも狭く、『シン・エヴァンゲリオン』と比べれば更に小さい。けれども作品としての完成度や先進性、内にこもる情熱といったものを観比べた時、本当に突き抜けていたのはこの『トップをねらえ!』だったのではないか。『トップをねらえ!』がまったく私の好みではなく、忌避したい雰囲気や構図に満ちているからかえって、この作品の訴求力に驚かずにいられない。『新世紀エヴァンゲリオン』や『シン・エヴァンゲリオン』が好きな人なら、この作品を見て得るものが必ずあるように思う。ジャンルとしてのアニメを俯瞰したい人も、たぶん得るものがあるように思う。とにかく凄い作品だった。おすすめ。
 
 

*1:この、「宇宙戦闘の最中に女の歌声が聞こえる」については、『超時空要塞マクロス』的なものとして私は小学生の段階から忌み嫌っていた。昔よりは耐性がついたが、今でも鳥肌が立ってしまうことがある

*2:そういえば、近い時代に『オネアミスの翼』がつくられていたが、これは、ほぼリアルタイムで視聴しそこそこ楽しめていたので、『トップをねらえ!』のあの雰囲気、あの「当該視聴者」のほうを向き過ぎていた雰囲気が自分には駄目だったのだろうと思う

アイデンティティのあり方、昭和→平成→令和を追う

 

何者かになりたい

何者かになりたい

Amazon
 
本を書いてしばらくすると、本で書き足りなかったこと・もっと強調すれば良かったことなど思いつきがちだ。6月に発売された何者かになりたいにしてもそうで、「自分はこういう人間である」を規定してくれるアイデンティティの構成要素のうち、集団やコミュニティをとおして獲得・確立する部分についてもっと語っておきたかった気持ちになっている。
 
その一部をここに書いておきたい。
それは、「平成時代の『何者かになりたい』と令和時代の『何者かになりたい』の違い」についてだ。あらましを述べると、平成時代の「何者かになりたい」や「自分探し」はとても個人的で、スタンドアロンな側面が強かった。いっぽう令和時代の「何者かになりたい」はそこまで個人的ではなく、集団やコミュニティを介して獲得・確立する側面が強まっている──このあたりについて、もう少しページを割いてみても良かったと今は思っている。
 
 

アイデンティティのあり方、昭和と平成の比較

 
「何者かになる」や「自分探し」を、つまりアイデンティティの問題を、個人的な課題として捉えている人は今日でも多い。それらが1990年代~00年代に流行した頃には、まさに個人的なものとして語られていた。他人と違った自分自身になりたい、不特定多数から認められる何者かになりたい、憧れのステータスを持った人間になりたい、等々──そういった語りが流行っていた。
  
しかし元来、アイデンティティとは、集団やコミュニティをとおしても獲得されるものだったはずだ。
 
平成に入る以前は、会社や出身校、地域やイエ、宗教団体や政治団体、ときには"日の丸"といったものをアイデンティティの構成要素としている人がもっとたくさんいた*1。集団やコミュニティに所属すること・その一員と自負することはアイデンティティの構成要素として本来重要で、昭和時代にはこれがもっと優勢だった。
 
アイデンティティの獲得・確立を個人的なものとみている人には、だから昭和時代にはアイデンティティの問題は希薄だとか、存在しないかのようにみえるだろう。そうではない。アイデンティティは個人として獲得するばかりでなく、集団やコミュニティをとおしても獲得されるものなので、個人に目を向けていると昭和時代のアイデンティティのあり方が見えなくなってしまうのだ。
 
ところが昭和時代の後半から、個人、とりわけ若者にとって、集団やコミュニティをとおしてアイデンティティを獲得するのはダサいことになっていった。個人生活を支える空間的インフラが整い、個人単位で楽しむ趣味や娯楽も充実していくなかで、アイデンティティは個人として獲得していくものとみなされるようになった。ブランド品を身に付けること、流行に乗ること、自分の好きな趣味を究めること、等々がかっこいいこと・望ましいこととみなされ、暴走族的なものや地域の若者衆的なものはダサくて遅れたこととみなされるようになった。
 
集団やコミュニティをとおしてアイデンティティを獲得・確立することを忌避し、個人として獲得・確立することを良しとした点では、90年代の若者のマジョリティもオタクも大同小異だったと言える。
 
平成時代にも、集団やコミュニティをとおしてアイデンティティを獲得・確立する道筋がなかったわけではない。たとえば趣味集団に属することでアイデンティティを獲得、またはしばらく仮獲得していた人も多かっただろう。昭和以前の集団との違いは、生まれや地域によってあらかじめ与えられた集団ではなく、個人として選択する集団が専らだったことだ。
 
それともうひとつ。どのような集団に属するにせよ、じつは平成時代の集団は意外に群れている時間が長くない。そして一人で過ごす時間が長かった。特に都市部では、一人にひとつの部屋、一人にひとつのテレビ、一人にひとつの電話といった具合にスタンドアロンなライフスタイルが急速に(当時の若者に)普及し、独り暮らしのライフスタイルがトレンドになっていった──そのための空間的インフラやコンテンツが、かつてないほど充実したからだ。そしてこの段階では、私たちを常時接続するツールとしてのSNSやLINEは存在せず、インターネットも普及していなかった。
 
世の中で「何者かになる/なれない」、あるいは「自分探し」やアイデンティティ論が流行したのは、こうした独り暮らしのライフスタイルがトレンドとなり、趣味や職業などを個人が自己選択していくのが当たり前になった(=自己責任になったともいえる)時期のことだった。そうした時期に人気を集めた何者論やアイデンティティ論は個人主義のフレーバーが強く、現在から振り返ってみれば偏っていたように(私には)みえる。
 
 

ネットとSNSで繋がりっぱなしになって、アイデンティティのあり方が変わった

 
ところが平成の終わりから令和にかけて、私たちはインターネットやSNSやLINEによって常時接続されるようになった。そうした常時接続は、たとえばコンテンツの流行や流通を変えただけではない。私たちの空間的インフラやライフスタイルが変われば、アイデンティティのありよう、またはアイデンティティの獲得・確立様式も変わらざるを得ない──ちょうど昭和から平成にかけて、独り暮らしのライフスタイルがトレンドになり、それに適した空間的インフラが充実するなかでアイデンティティのありようが変わったのと同じように。
 
常時接続によって繋がりっぱなしになった私たちは、平成時代に比べてスタンドアロンなライフスタイルを過ごしにくくなっている。一人にひとつの部屋、一人にひとつのテレビ、一人にひとつのスマートフォンという点は変わらなくても、常時接続によって私たちは繋がりやすくなり、家にいても他人と言葉を交わし合い、価値観やトレンドを共有するようになった。趣味やコンテンツと向き合う時の姿勢にしてもそうだ。趣味やコンテンツは、90-00年代に比べればみんなで愉しむもの・シェアするものとなっている。オタク界隈で「萌え」という姿勢が後景に退き、「推し」という姿勢が前景に立ったのも、たぶんその一環だ。なんらかの活動、なんらかの対象をとおしてアイデンティティを獲得・確立する行為は、今日ではネットやSNSによって他人のそうした行為と常時接続されている。
 
令和のアイデンティティのありかたについて語る際には、この、常時接続という空間的インフラを踏まえる必要がある。もちろんネットやSNSは個人生活の全てではないから、アイデンティティのありかたが完全にネットやSNSをとおして他人に接続しているわけではない。とはいえ、ネットやSNSは個人生活の小さくない割合を占めているわけで、その影響を無視してかかるのも間違っているだろう。そして令和という時代は、ネットやSNSが個人生活の少なくない割合を占めていて、人が遠近どちらであれ繋がりあい、さまざまなものをシェアしあう時代なのだ。
 
このような令和の状況に個人主義のフレーバーの強い平成時代の何者論やアイデンティティ論を当てはめても、うまくいかない。個人主義に固執した目で令和の状況を眺めると、おそらく「アイデンティティの獲得・確立にこだわる人は減ったし、それにまつわる悩みも減っている」とうつるだろう。
 
そうじゃない。常時接続環境をとおして(昭和とは似て非なるかたちでだが)集団やコミュニティが再び優勢になり、アイデンティティの獲得・確立の経路も再び集団やコミュニティを介したものに変わったのだ。変わったと言って言い過ぎなら、寄ったと言い直すべきだろうか。なんにしても、平成的な、個人主義に偏ったアングルで令和のアイデンティティのあり方を読み解こうとするばかりでは、常時接続によって換骨奪胎された、集団やコミュニティを介してアイデンティティを獲得・確立する経路を読み落としてしまうだろう。
 
 

空間が変われば、人間の心も変わる

 
人間の心は、個人的であると同時に集団的でもある*2。アイデンティティをありかた、アイデンティティの獲得・確立の様式、アイデンティティにまつわる悩みも例外ではない。ただ、時代や環境によってアイデンティティの個人性~集団性は揺れ動くし、同じ集団性といっても昭和の地域社会的な空間と、令和の常時接続的な空間では同じではない。そうした時代や空間によるアイデンティティのありようの変化を、『何者かになりたい』でもう少し欲張って語ってみても良かったかも、と思ってこれを書いた次第である。
 
ちなみに私個人は、アイデンティティに限らず人間の心のありようは、大枠として空間的インフラによって規定されると思っている。空間的インフラ*3によってコミュニケーションが規定され、そのコミュニケーションをとおして人間の心のありよう、少なくともその趨勢やトレンドが規定されていくと考えると、辻褄のあうことが多いように思えるからだ。そういう目線で時代時代の人の心のありようや欲求のありかたについて追いかけていくのが、今の私には楽しくてたまらない。
 
 

*1:集団をとおしてアイデンティティを獲得しやすい時代とは、集団をとおして疎外や抑圧を経験しやすい時代でもあったことは付言しておこう。

*2:ここでは深く触れないが、たとえば承認欲求と所属欲求、ナルシシズムの充当様式などにも言えることだ。

*3:その空間的インフラのありようを決めるのは、その時代の通念や制度、テクノロジーだ。それらは時代時代の人の心のありようによって発展可能性を左右される傾向にあるので、全体としてみれば、人の心のありようと空間的インフラのありようは通念や制度やテクノロジーをとおして循環しているとみることもできる

自己責任社会に阿弥陀様は輝く

 
先日、くたびれた頭でツイッターを眺めていたら以下のようなツイートが流れてきた。
 
 
「56億年後に死の星と化した地球に弥勒菩薩が現れて過ちに満ち満ちた人類史を漂白剤に浸けて綺麗にしてくれると信じてるよ」
 
 
弥勒菩薩、いいよね。
 
私は、(ゆるい)在家の日本の大乗仏教徒なので、弥勒様が過ちに満ち満ちた人類史を漂白してくれると聞くと、救いだと思う。それが人類絶滅後だったとしてもだ。ただ、弥勒様の救済には問題がある。56億年も待たなければならない、という点だ。
 
そこのところ、阿弥陀様(阿弥陀如来)はいい。
 
阿弥陀様は、私のようなフラフラしている信徒にも大変ありがたい仏様だ。南無阿弥陀仏と唱えれば、死の際には阿弥陀様が迎えに来てくれるという。なぜならそれは阿弥陀様の約束だからだ。
 
私は人前で南無阿弥陀仏とはあまり言わないけれども、「よろしく阿弥陀様」とつぶやいたり心中で唱えたりすることは結構ある。そんな感じでも、私が死に至る時には阿弥陀様が西方浄土から迎えに来てくださるだろう。阿弥陀様には約束があるし、阿弥陀様が約束をたがえるとはあまり思えないからだ。
 
 

阿弥陀様みたいなケツ持ちを、私たちは必要としているのではないか

 
ここで主語を大きくして言ってみたい。
私たちは、阿弥陀様を再び必要としているのではないだろうか。
 
自己選択と自己責任が徹底し、グローバリゼーションと名付けられた万人の万人に対する競争を生きる私たちは、事実上、過酷な淘汰に晒されている。鎌倉時代のように直接他人を殴ったり斬ったりすることはなくなったが、現代固有のルールと道理に基づいて、現代人もぎりぎりの戦いに身を置いている。
 
人生の浮沈の行方はしれない。私には、この競争社会が阿修羅の世界のようにみえる。剣や弓矢で戦うのでなく、知識や法や財力で戦い、人を組み敷いたり、人に組み敷かれたりしているからだ。
 
そんなブルジョワ阿修羅の世界で生きるうえで、何が私たちのよりどころになるのか? ここでいうよりどころとは、阿修羅として生きなければならないそれぞれの瞬間に精神のケツ持ちになってくれるような存在のことだ。
 
私の場合、その精神のケツ持ちが阿弥陀様になるわけだが、きっと、カトリックやプロテスタントの信仰でも良いのだと思う。卑見では、キリスト教の世界にもまた、そうした今を生きるための心構えと、生きていくことを後押しする教理や戒律があるようにみえるからだ。
 
21世紀は、サイエンスとエビデンスに照らし出されているようにみえる。ところが個々人の未来は見通しがきかず、結局、一寸先は闇のままだ。そうしたなか、明日も知れない競走をいつまでも続けていくと思うと途方に暮れてこないだろうか。少なくとも私なら途方に暮れるし、「阿弥陀様なしでやっていられるか!」という気持ちになる。
 
また、現代社会からは死も破滅も遠のいていると感じる人もいるかもだが、私にはそう見えない。健康と道徳の装いに包まれていても、ここも苦の渦巻く娑婆世界の一部ではある。その、苦の渦巻く娑婆世界という認識のなかでキビキビと思い切って生きていくためには阿弥陀様のような存在にケツ持ちしてもらったほうが生きやすいように思うのだ。あるいは道半ばで倒れた時、どうにかこうにか死んでいけるのではないだろうか。
 
 

阿弥陀様は、むやみに來迎しそうにないところがいい

 
形而上の存在としての阿弥陀様には、抜群に良いところがある。
それは、生きているうちに迎えに来てしまうおそれが無いことだ。
 
自分が信仰している対象が、何かのはずみで迎えに来てしまうかもしれないと思ったら、私なら気が散ってしまう。あるいは現世利益を説いていたり、「カルマや輪廻転生を意識して生きていなさいよ」と主張していたりしても気が散ってしまうかもしれない。ところが私と阿弥陀様との約束は「死んだら迎えに来てくれて、西方浄土に連れていってくれる」だけなので、生きているうちに阿弥陀様に気を遣ったり、阿弥陀様が迎えに来てくれないかなと空を見上げたりする必要がないのである。ああ、なんとありがたいことだろう! なんまんだぶ、なんまんだぶ。
 
信仰の対象に、現世利益や来世利益を期待し、あれこれ徳を積んだほうが良いみたいな教えにも、それはそれで良いところがある。実は私は、そういう信仰も大好きだ*1。けれども、現世利益や来世利益のために神様仏様の顔色をうかがい過ぎるのも自分は違うと思う。その点、阿弥陀様はバッチリだ。南無阿弥陀仏。本当に必要なのはこれだけ。死後のことをゴチャゴチャ考える必要も無い。そういうめんどくさい思弁は阿弥陀様にお任せだ。
 
「そんないい加減なことで信仰って言えるのか?」という人もいるだろう。そうかもしれない。だけど南無阿弥陀仏の六文字があるだけで、私の心は幾らか自由になって、余計なことに魂のリソースを喰わなくて済むようになるのだ。現世が救済されるような威力はないけれども、生きるということに、夾雑物が混じるのを防いでいただいているとは感じる。ああ、なんとありがたいことだろう! なんまんだぶ、なんまんだぶ。
 
たかが信仰と人は言うかもしれない。でも私は、阿弥陀様との約束のおかげで真っ直ぐ現世を生きていけるし、もうそれだけで現世利益だ。どうにも自己責任な社会を生きるためのケツ持ちとして、阿弥陀様はすばらしい。それと同じ役割を担ってくれる信仰の対象も、きっとそうだろう。
 
 

 

*1:そうやってよその神様仏様を拝んだとしても、阿弥陀様はきっと約束を守って迎えに来てくれる!

伝わりすぎる、伝えすぎる、このネットという場所について

 
 これから書くことは個人的なエッセイだが、そのエッセイがネット上に置かれるため、タイトルにあるように、伝わり過ぎてしまうかもしれない。文章が指し示した内容どおり伝わるかは定かではないし、私が書いている際に考えていたとおりに伝わるのかも定かではない。たぶん、両方ともかなわないかたちで伝わったりもするだろう。どうあれ、ネット上に置かれた文章はどこかに伝わる。正確性の高低にかかわらず伝わる。
 
 私がインターネットを本格的に使い始めた2000年前後だが、そのとき、ネットに書いた文章はボトルメールみたいなもので、自分が書いた文章が伝わる宛先はひとりふたり、多くて十数人の感覚だった。大きなウェブサイトや有名テキストサイトで活躍していた人は、ネットに書いた文章をボトルメールとは思わなかったかもしれない。とはいえ、大きなウェブサイトや有名テキストサイトですら、それらを愛顧している人に文章を伝えるのが専らだった。日経新聞が日経新聞の読者に専ら読まれるようなものだ。

 と同時に、そうしたサイトマスターですら、たとえば自分が書いた文章が日本政府に伝わるかもしれないと信じるのは難しかっただろう。
 
 しかし00年代も半ばになると、ブログが世間を騒がせたり、匿名掲示板の祭りが企業活動に影響を与えたり、そうした出来事が目に留まるようになった。ネットが影響力を持つようになったと言えばいいのか、ネットに書かれたひとつひとつの文章の到達距離限界が遠くなったというべきか。2010年代にはネットがマスメディアと結びつくようになり、ネットとマスメディアの境目は曖昧になっていった。曖昧になっていったにもかかわらず、個人が書いた文章が伝わる度合い、少なくともその飛距離と範囲のリミットはどんどん大きくなっていった。たとえば『保育所落ちた日本●ね』みたいな個人の文章が、びっくりするほど遠くまで届いたりする。あるいはtwitterで誰かが書いたツイートが海外の新聞社に取り上げられたりする。ポジティブな文章でもネガティブな文章でも、ファクトな文章でもフェイクな文章でも、そういうことは起こり得る。
 
 ネガポジや真偽に関係なく、とにかく、ネットという場所は言葉をどこまでも伝えてしまう。それは本当はものすごく恐ろしいことで、人類には早すぎるというか、人類のコミュニケーションの仕様からいって手に負えないことのように私には思えるようになってきた。こんなに伝わっていいのだろうか。このネットという媒体は言葉を伝え過ぎてしまっているのではないだろうか。そういうことを最近はよく思う。ポジティブも、ネガティブも、ファクトも、フェイクも、メロディも、ノイズも、びっくりするほど伝えてしまうこの媒体は、なかなか手に負えない状況になっているのではないだろうか。いや、なっていますね。驚くほどのことではないか。
 
 広く遠く届くだけではない。
 
 ネットに書かれたメッセージは、文章でもイラストでも動画でも、書いた者の意図したとおりにも、テキストとして記された内容どおりにも、伝わらない。それは書き手の表現力のせいかもしれないし、読み手の読解力のせいかもしれないし、可処分時間の問題かもしれないし、コンテキストの欠如のせいかもしれない。無料のせい、という場合もあるだろう。
 
 ネットはただ伝え過ぎてしまうだけでなく、書き手の意図やテキストに記された内容とは異なった風に伝わる。「メッセージとは、テキストとは往々にしてそういうものだ」「多様な解釈が生まれるのはいいことだ」と述べる人もいるだろうし、ごもっともなことではある。けれど、たとえば紙媒体の世界と比較して、このネットという媒体はあまりにも伝え過ぎてしまうと同時に、あまりも違ったかたちで伝わってしまってやしないだろうか。
 
 昨今は、このネットという媒体をとおして政治的なスキャンダルが大きく取り上げられ、政治に影響を及ぼすことがある。あるいは、このネットという媒体をとおしてサブカルチャーのコンテンツが脚光を浴びて、日本語圏全体に響き渡るような賛辞を生んだりする。それらの現象は、とりもなおさずネットという媒体の性質・威力を反映しているし、威力があるからあてにされてもいる。
 
 しかし、威力があるからあてにされているこのネットという媒体は、さっきも書いたように「あまりにも伝え過ぎてしまうと同時にあまりも違ったかたちで伝わってしまう」媒体だ*1。私たちがみんなでひとつのメッセージに「いいね」をつける時、そのメッセージは私たちのもとにどこまで正確に伝わっているのだろう?
 
 たとえばネットで読んだ文章に「いいね」をつける時、逆に「よくないね」をつける時、私たちはメッセージを正確に受け取れているかどうか、どれぐらい気にしているだろうか。案外、メッセージの書き手の意図どおりに伝わっているかや、テキストとして記された字義どおりに伝わっているのかを考えようともしないまま、「いいね」や「よくないね」をつけるように、だんだん流されていやしないだろうか。
 
 でもって、私たちは書き手の意図やテキストの字義どおりかを度外視して「いいね」や「よくないね」をつけるよう、日々慣らされて、日々訓練されているとさえ言えるのではないだろうか。
 
 そういう、伝わり具合が正確かどうかをみんながあんまり意識しないメディアがマスメディアに比肩する影響力を持つようになり、世間をさまざまに沸騰させているとしたら、だとしたら、私たちはネットという媒体をとおして、いったい何をやっているのだろうか。この、影響力の生起とその評価(または位置づけ)は正解なのだろうか。
 
 うまくまとめきれないから私の危惧するところが誰かに正確に伝わるのか自信がないのだけど、私は今のネットという媒体は「うまくいっていない」と思う。旧世紀に生まれてこのかた進歩してきたようにみえて、なにやら、大きな間違いを内包したまま巨大になってしまったとも思う。たとえばメッセージが意図する以上に広がりすぎてしまったり、たとえばメッセージの正確性を度外視したかたちで伝わってしまったりすることなどは、媒体としてのネットの不出来なところ、従来の媒体に比べて劣っているところではないだろうか。この点において、媒体としてのネットは粗野で信用がならない。その粗野さや信用のならなさは(諸般の事情で)今日まで不問に付されてきたが、ここまで大きな影響力をふるうようになってなお、不問に付されたままというのもおかしな話ではある。だのに、平気な顔でネットという媒体をあてにしている人は多い。むしろ、これでいいのだと思っている人もいる。本当にいいのだろうか。
 
 私がインターネットを始めた時、この、伝わるということ・伝わる可能性があることに惹かれた。けれどもネットがあまりに巨大になった今では、この、伝わるということ・伝わる可能性があることが、誰の手にも負えないものになっていると感じる。だいたい正確に伝わるならまだマシだが、どう伝わるかわかったのものではないのに遠くまで伝わるから手に負えない。そんな手に負えない媒体が私たちを包囲し、現代社会に深く食い込んでいる。なんとあてにならないものをあてにしているのだろう、私たちは。
 
 

*1:たぶんだけど、官公庁の提供するpdfファイルすら、そうしたネットという媒体の性質をある程度受けてしまう

「僕たちの文明では感情は精神疾患」まであと何歩?

  
私の気持ちは、誰のもの?(熊代亨:精神科医)#もやもやする気持ちへの処方箋|「こころ」のための専門メディア 金子書房
 
リンク先は、金子書房さんのnote記事に寄稿させていただいた「私の気持ちは誰のもの?」という文章だ。
 
社会から不適切な感情がどんどんなくなり、怒りや気分の落ち込みや不注意がどんどん治療やマネジメントの対象になっていくとしたら、私たちの気持ちはいったい誰のものなのか──そういった疑問を書き綴ったものだ。
 
でもって、この文章の終盤で、私は『魔法少女まどか☆マギカ』のキュウべえのセリフを拝借した。
 

10年ほど前にヒットしたアニメーションで、効率主義の異星人が「僕たちの文明では、感情という現象は稀な精神疾患でしかない」と主人公に言い放つ場面を見たことがあります。当時はその異星人の非-人間性に戦慄しましたが、最近の私には、それが他人事には聞こえません。効率性や生産性の妨げとなる感情や行動を次々に病気とみなして治療し、ICTやAIの力を借りて大規模なモニタリングまで実施する、その行き着く先が人間を人間でなくしてしまい、効率性や生産性のための部品のような存在にしてしまう未来はあり得ると思います。
(金子書房note:私の気持ちは、誰のもの?)より

 

 
『まどか☆マギカ』が話題になっていた頃、キュウべえは見た目のかわいらしさとセリフのギャップがひどくて、(悪役として)大人気だった。で、そのキュウべえは作中、過去の悲劇を振り返って涙を流すまどかに「僕たちの文明では、感情は稀な精神疾患でしかない」と言い切ったのだった。
 
この、キュウべえのセリフを10年前の私は面白がるばかりだった。ところが今の私には、この言葉がリアリティを伴って聞こえてしまう。というのも、現代の日本社会には感情がまだ残っているとはいっても、いくつかの感情は許されないものになっていたり精神疾患になっていたりして、全体としては、許容される感情表出の幅が狭くなっているからだ。
 
 

より少なく、許されなくなっていく感情表出

 
許される感情表出の幅が少なくなっている? どこが? とおっしゃる人もいるかもしれない。
ところが狭くなってきているんですよ。
 
たとえば昭和時代の歌謡曲を振り返ると、今日では珍しくなっている感情や情感がたくさん登場する。男女関係は令和に比べて合理性を欠いていて、衝動的だった。令和の流行歌と昭和の流行歌をSpotifyで聴き比べると、メロディラインの変化もさることながら、歌われている情感の違いにもびっくりする。
 
コメディアンの一挙一動や映画の登場人物の身振りもだいぶ違う。よく怒る。よく叩く。よくボディアクションする。もちろん令和のコメディアンにも感情表出はあるけれども、どのような感情表出が大げさで、どのような感情表出が穏当なのかの線引きは令和と昭和ではかなり異なってみえる。ドリフターズのコントや『寅さん』の登場人物の会話を見ていると、いずれも令和の基準からは遠い。喜怒哀楽といった感情表出の決まり事が、この数十年で変わってしまったことを作品から感じ取ることができる。
 
国外に目を向け、さらに昔にさかのぼると、生活に占める感情の割合がもっと大きく、(現代人から見て)感情表出が野放図であったことがみてとれる。『近代人の誕生』のなかでミュシャンブレッドは、近代以前の人々の不潔さ・無礼さ・暴力性などを紹介しているが、それらに伴う感情表出も、現代からみれば粗野で野放図なものだ。もちろん、文明化の進んだエリートたちは自分はそうではないと思いたがるわけだが、
 

 黒人、インディアンその他のエキゾチックな人種は、じっさい恐怖よりむしろ知的好奇心をかきたてるモデルであった。だが田舎の農夫や都市で暮らす貧しい連中はもっと不安で得体の知れない存在であり、文明化された人々にしてみれば自分が忘れたがっている自分自身の一部分について語りかけてくる存在なので、非常にいやな、できれば消えてほしいような性格をあれこれそなえている。対象から距離を置いた視線、動物的衝動および行動や言葉遣いの下品さの抑圧──当時の上流社会はそうやって近代人なるものを創出し、それを起源の根っこから切り離そうとした。けれどもその根っこは同じ時間・同じ空間の中に、一般大衆として存在しつづけている。

ミュシャンブレッドの見るところ、起源をさかのぼれば不潔で無礼で暴力的で粗野な感情表出の人物像にたどり着くことをエリートたちもどこか自覚していたようである。そのような自覚を打ち消すためにも、
 

 だから闘いはまだ終わっていない。十八世紀を通じてエリートたちが都市にどんどん移住したのはなぜか、また彼らが都市を浄化し、平和にし、都会化しようとしたのはなぜかということも、以上で一挙に説明がつく。……都市の人間である啓蒙思想家たちは、当時「下品」とか「野卑」とか言われていたものを少なくとも保守的エリートたちと同じくらい拒絶していた。そして周知の通り、啓蒙の光は地方の農村を照らしはしなかったのだ。

エリートたちは都市へと移住し、その都市のジェントリフィケーションに余念が無かったのだった。
 
 
また、この手の書籍の草分け的存在である『文明化の過程』のなかで、著者のエリアスは中世において感情表出がどのようなものだったのかを、以下のように記している。
 

 中世の人間生活は現代とは異なる情感の条件を基盤としており、不安定で、未来に対する十分な見通しに欠けていた。そうした社会では、全力を尽くして愛さないもの、あるいは憎悪しないもの、また激情の渦中でおのれを全うできないものは、修道院へ入ったのであった。後世の社会、とりわけ宮廷においては激情を抑制し、情感を秘めたり「教化」したりできないものがそうであったように、かれは、世俗生活の中ではいわば落伍者だったのである。
 

中世までさかのぼると、感情表出の足りない者が社会不適応者として修道院に入ったという。今日ではきっと逆だろう。感情表出の過多な者こそ、社会不適応者として、修道院に、いや……修道院に代わる何かに身を委ねなければならなくなる。
 
 
 *        *        *
 
 
こうした(アナール学派の)書籍はたいてい、過去の人々の習慣や常識の違いと、精神生活や感情生活の違いについて教えてくれる。それらによれば、近代以前の人々は私たちより喜怒哀楽が激しかっただけでなく、そうした感情表出が社会的に必要とみなされていた。これは、現代とはほとんど逆にみえるのではないだろうか。近代化や文明化が進むにつれて、私たちは喜怒哀楽を激しく表出しなくなり、そうした感情表出がどこまで社会的に妥当なのか(または妥当でないのか)の基準も変わっていった。
 
昭和から令和にかけての日本人の感情表出の変化と、それに対する妥当性の判断基準の変化も、こうした流れの延長線上にあるよう、私にはみえる。こうした変化は現在進行形のものだから、たとえば平成生まれは昭和生まれの感情表出を粗野なものと感じたり、許容できないものと感じたりする。
 
 

うつ病・双極性障害(躁うつ病)の軽症化を、このアングルから眺めてみる

 
そうした感情表出の妥当性を判断する際、今日では、精神疾患か否かという尺度が用いられることも多い。メランコリーがひどければうつ病、高揚した気分や行動力がひどければ躁病といった具合だ。気分がジグザグに揺れ動く人には、双極性障害という病名がいかにも当てはまるように聞こえる。
 
うつ病や躁病や双極性障害は、ひとまとまとまりのカテゴリーとして「感情病圏」とか「気分障害圏」と呼ばれている。では、どこまでの感情が病気で、どこまでの感情が病気でないのか? この線引きも、時代によって一定ではない。少なくとも私が精神科医になってからの20年ちょっとの間にも、病気とみなされる線引きはかなり変わった。
 
うつ病は、はっきり軽症化している。軽症化の理由は、患者さんが早い段階でメンタルクリニック等にかかってくれるからともいえるし、うつ病の診断基準が変わり、かつて神経症やノイローゼと呼ばれていた人もうつ病の診断基準の範囲内になったからだとも言える。あまりにも重症で、話す言葉にスローがかかったようになっている患者さん*1に出会うことは少なくなっている。
 
双極性障害(と躁病)についてもそうだ。重症度の高い躁病がいなくなったわけではないにせよ、ずっと頻繁に見かけるのは軽症の双極性障害の患者さんだ。双極性障害は見過ごされやすく、うつ病として治療されていることがままあると言われているが、とどのつまり、よくよく目を凝らして病歴や気分の浮沈を見極めなければならない、そんな双極性障害が増えているということでもある。
 
これら、重症度の低い気分障害圏の患者さんの増加は、ある程度までは啓蒙や医療充実の成果とみなせる。みんながメンタルヘルスを気に掛けるようになり、早期発見・早期治療が行き届いた成果として、精神疾患の軽症化が進んだという一面は間違いなくある。本題とはズレるが、統合失調症の患者さんの軽症化に関しては、この一面がとりわけよく出ているように思う。
 
だけど、そうした医療サイドの啓蒙や充実だけでこれが起こったとは私には思えない。冒頭リンク先に、私はこんなことを書いた。
 

 うつ病が広く診断されるようになったことも、こうしたことの一環かもしれません。まだ軽症のうちにうつ病が診断されるようになったのは、早期発見・早期治療という観点からはシンプルに望ましいものです。しかし別の観点からみると、同僚や家族のメランコリーな気持ちや仕事や勉強が手につかない状態を職場も家庭も抱えきれなくなったから、いや、個人も社会も抱えきれなくなったから、以前はうつ病と診断されなくても良かった軽度の状態までもがうつ病と診断され、治療されなければならなくなっているのではないでしょうか。
(金子書房note:私の気持ちは、誰のもの?)より

 
つまり、うつ病が広く診断されるようになり、より軽症のうつ病までもが治療の対象になったのは、会社も家庭も、社会も個人も、メランコリーな気持ちや仕事や勉強が手に付かない状態を許容できなくなったからではないだろうか。
 
メランコリーな気持ちや仕事や勉強が手につかない状態は、職場や家庭や学校での社会適応に悪影響をおよぼす。だが、人間の人生にはメランコリーな時期や諸々が手に付かない時期だってあってもおかしくなかったはずだ。
 
では、どこまでだったら許容されるのか? たとえば職場で暗い顔をしていて、時々思い出し泣きしている人がいるとして、そういう人は職場にいて良いものだろうか? または、一個人としてそのような状態でいて構わないものだろうか?
 
暗い顔をして思い出し泣きをしている人は、もう、職場にいてはいけなくなっているのではないだろうか。あるいは学校でも。家庭でも。個人においてもそうだ。人生のある時期にメランコリーであること、生産性が低下していることを現代人がどこまで許容できるのだろう? 一日ぐらいなら許容できるかもしれない。では一週間なら? 一か月なら?
 
メランコリーな個人、生産性が低下している個人を早期発見・早期治療する社会は、ある面では優しくて健康な社会だが、ある面では厳しい社会であるよう私には思える。というのも、そのような社会は人がメランコリーな状態でいることも、生産性が低下した状態でいることも、許容しないからだ。「許容しない」といって語弊があるなら、「忍容できない」とでも言い換えれば良いだろうか。メランコリーな状態や生産性が低下した状態を忍容できない社会は、そのような個人をそれそのままにしておかない。のみならず、人生のなかにメランコリーな感情や気分が優勢な時期が存在することを(個人も、社会も)忍容できない。このような社会ではメランコリーな感情や気分は顧みられなくなり、抗うつ薬やマインドフルネス瞑想などによって退けなければならなくなる。
 
と同時に、気分の浮沈のある人も(極端な躁病でなくとも)治療を受けなければならなくなる。精神科医がよくよく目を凝らして病歴や気分の浮沈を見極めなければならないような、そんな双極性障害が増加しているということは、昔よりも小さな気分の浮沈までもが社会適応にとってクリティカルな問題になり得るようになった反映ではないだろうか。
 
契約社会の一個人として、誰もが自己判断と自己責任の綱渡りをやっていかなければならない社会では、気分の浮沈に左右されるほど不利を被りやすい。たとえば誰もが投資をしなければならないような社会では、気分の浮沈に左右される人は損をしやすく、気分の浮沈に左右されない人が得をしやすいだろう。
 
また、昔よりもマイルドな感情表出しか許容されなくなった社会では、気分の浮沈が顔や言葉に出過ぎることが問題になりやすい。ガミガミする人、メソメソする人、けたたましく笑う人は、令和のホワイトな職場にそぐわない。ホワイトな職場にいたければマイルドな感情表出の幅に自分を押し込まなければならない──と同時に、マイルドな感情表出の幅に自分を押し込めない人はホワイトな職場にいられない、とも言える。
 
うつ病や躁病や双極性障害の軽症化は、「社会が許容する感情のありよう」というアングルで見るとこんな具合にみえる。精神医療は、そうした社会からのニーズに即した治療を提供しているとも言える。追認しているようにも見えるかもしれない。後押ししている、という風にもうつるかもしれない。
 
なんにせよ、うつ病や躁病や双極性障害の軽症化と、それに伴う患者さんの増加から、ここ数十年の精神生活や感情生活の変化を透かし見ることは可能だろう。
 
 

「僕たちの文明では感情は稀な精神疾患」まであと何歩?

 
「社会が許容する感情のありよう」がこの調子で変わり続けた結果として、誰もが怒らず、誰もが泣かず、誰もがさざなみのように微笑む、そんな未来が来たとして。その未来はユートピアと言えるだろうか。
 
そうかもしれない。けれどもそのユートピアで暮らす未来人は、私たちよりもっと喜怒哀楽の幅が狭くなければならないし、その狭い感情表出の幅へと自分自身を適合させるべく、努力しなければならないだろう。それとも努力するまでもなく、ICTや薬物によって喜怒哀楽や感情表出が調整されるようになるのか。
 
そうなった未来を人間の解放とみるべきか、人間の幽閉とみるべきか。私なら後者とみる。なぜなら、誰もが怒らず、誰もが泣かず、誰もがさざなみのように微笑むようになったら、それはもう人間ではないよう、私には思えるからだ。そのように調整された人々で占められた社会では、カルチャーは繊細かつ淡白なものにならざるを得ない。今日親しまれている多くの作品やコンテンツは、刺激が強すぎて楽しめないもの・禁じられたものとなっていくだろう。大きな声で笑うことすら、行き過ぎた感情表出として忌避されるかもしれない。
 
人間の喜怒哀楽と感情表出には、効率性や斉一性に馴染まないところがある。けれどもそれも人間の一部であり、人類を飛躍させるエネルギー源でもあったはずだ。そういう意味では、「僕たちの文明では、感情は稀な精神疾患」と言い放ったキュウべえがエネルギー源としての感情を求め、魔法少女の希望と絶望の相転移を集めてまわったのは似つかわしいことだった。しかし私たちの社会がそうなってしまったら、衰退し自滅していくか、感情を豊かに持った別の社会に征服されるしかないのではないか。
 
キュウべえにインスパイアされるまま、良くない未来を展望してしまった。しかしこういう未来が絶対来ないとは言えないし、少なくとも大昔の人々からみれば、令和の日本社会はずっとキュウべえの異星文明に近づいているはずである。そして今のところ、社会も医療セクターも、私たちの感情を都合の良いように整形することを躊躇っているようには、あまりみえない。
 

*1:いわゆる精神運動抑制が顕著な患者さん