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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ガンダムビルドファイターズと「子どもにガンプラを売る意味」

オタク趣味

 

 
 今回のガンダムをみていると、サンライズの「ガンダムを売り続けたい」「ガンプラを売りつけたい」商魂が漂っていて、頼もしく感じる。そうか、サンライズはいつまでもガンダムを商いたいのか!ゆくゆくは、ガンダムを古典芸能にしたいのかもしれない。
 
 

「思春期の視聴者をターゲットから外した」ガンダムビルドファイターズ

 
 『ガンダムビルドファイターズ』をみていてほとほと感心というか、びっくりさせられたのは、「思春期の視聴者をターゲットから外している」、控えめに言っても「思春期の視聴者に媚びようとは思っていない」点だ。ここでいう視聴者とは、深夜アニメを愛好し、『ガンダムUC』あたりがお好みのような、目の肥えたアニメオタクな人達のことだ。
 
 『ガンダムビルドファイターズ』のストーリーはベタで単純、ときに、ばかばかしいと感じるものもある。男女の描写は淡く、これまたとってつけたように単純だ。モビルスーツの命名や改造案のなかには、小学生受けの良さそうなものもある。このあたりは、現代の高校生〜大学生あたりにはガキっぽく感じられるだろう。
 
 そのかわり、近年のガンダムのなかでは一番子ども受けが良さそうだ。良い意味で子ども向けアニメ然としているというか、ちょっと難しい表現には“ふりがな”がふってあるような心配りを感じる。子どもが観てわかりにくいような演出やストーリー運びが少ない。幼児でも、ほとんど理解できるだろう。キャラクターの動きにジタバタしたものが多いのも良い。
 
 ところがこのガンダム、ただの子ども向けアニメではなく、その子どもの父親が一緒に観ることを意識している。なにせガンダムなのだ、歴代ガンダムシリーズのモビルスーツを登場させ、そこらじゅうに“ガンダムネタ”をちりばめている――もちろん、こうした昔のガンダムネタは子どもには意味が伝わらないけれども、伝わらないからといって視聴を妨げるものではないし、かつてガンダムを観ていた父親にはきっちり刺さる*1。ストーリーや演出で子どもを惹きつけつつ、ネタやモビルスーツで父親を惹くことで、この作品は、親子を一網打尽にしようとしているようにみえる。
 
 初代ガンダムがテレビ放送されてから、既に四十年もの歳月が流れた。今、子どもを育てている親の多くは、当時のガンダムブームやガンプラブームをリアルタイムで経験しているだろうし、特に父親は、なんらかのかたちでガンダムを観て、ガンプラを組み立てていただろう。そうした親が子どもを育てる歳になったからこそ、こういう「親子揃って狙い撃ち」が成立するわけで、ガンダムシリーズの古さ、ガンダムというキャラクターブランドの息の長さを上手く使っていると思う。普通の子ども向けアニメの場合、親に興味を持たせることがすこぶる難しいけれど、ガンダムビルドファイターズの場合は、昔ガンダムを楽しんでいた父親の気を簡単に惹けるのである――「あっザクじゃないか」「俺のハンムラビがこんなに簡単にやられるわけがない!」といった風に。
 
 中高生はともかく、小児〜小学生ぐらいの子どもの場合、好きなアニメに父親が興味を示す意味はかなり大きい。親がアニメ視聴に理解を示してくれる確率が高くなるだろうし、ガンプラを買って貰える確率も高くなる*2。ガンプラをはじめ、玩具を買ってもらう際のスポンサーは親なのだから、親世代も同時攻略したほうがガンプラを子どもに売りやすくなるのは道理ではある。
 
 前作『ガンダムAGE』がどっちつかずな作風で迷走したのに対し、今作『ガンダムビルドファイターズ』は子どもと父親世代を狙い撃ちしていて迷いが無い。そのうえで、個々のガンダムやモビルスーツが「格好良く活躍する」さまを最大限に強調しているようにみえる。どこまで成功するかはわからないけれど、『ガンダムAGE』の失敗をきちんと踏まえているようにはみえるので、成功して欲しいな、と思う。
 
 

「子どもにガンプラを売る意味」

 
 少子化が進む昨今、子どもと父親にガンプラを売ったところで、売り上げ的にはたいしたものにならないかもしれない。けれども、ガンダムに子どもが親しむこと、ガンプラが世代を超えて売れることには、単なる売り上げの数字以上の値打ちがある。
 
 子どもがガンダムに親しみ、「ガンダムって格好良い」と思ってくれれば、その子どもは思春期以降もガンダムを視聴し、関連グッズを買ってくれるかもしれない。それどころか、過去の膨大なガンダム作品のアーカイブを辿ってくれるかもしれない。父親が奇声をあげて指さしていた「アッシマー」とはどういうモビルスーツなのか。「ラルさん」は昔どんな風に活躍していたのか――そういった興味の端緒として、親子で『ガンダムビルドファイターズ』を観る行為は出来すぎている。今すぐ売れるガンプラの数だけでは勘定できない値打ちが、そこに眠っている。
 
 それと、こうやってガンダムが世代を超えて受け継がれていくと、ガンダムが「古典芸能」になっていく可能性がある。「ある世代のためのサブカルチャー作品」という立ち位置を脱却し、「定番」「お馴染み」の演目にまで成長してしまえば、ガンダムは数十年単位で上演されるようになるかもしれない。
 
 この点において、歴代のガンダムシリーズは、ガンダムの古典化・定番化を案外準備してきたように思う。つまり、
 
 ・主人公は未成年の若者
 ・ガンダムのデザインには基本的なお約束がある
 ・ライバルは赤いモビルスーツで、
 ・仮面をつけた主人公より年上の美男子
 ・モノアイは敵のモビルスーツ
 
 ……といったお約束を、何年も何十年も繰り返してきた結果、既にガンダムは定番化・定式化がかなり進んでいる。異なるストーリー、異なる作品のガンダムが現れたとしても、ガンダムがガンダムである限り、ガンダムとしてのお約束や型をそんなに大きく逸脱しない。だからもし、これからもガンダムとしてのお約束を踏まえた新作品がリリースされ続け、世代を超えて親しまれ続ければ、ガンダムは古典芸能になるだろう。そして五十年後のガンダムは、今とはストーリーも登場人物の心象描写も様変わりしているだろうけれど、ガンダムとしてのお約束や型を踏襲した、「定番モノ」として位置づけられ、立場を不動のものにしているに違いない。そこまで受け継がれれば、ガンダムは子どものための作品でも思春期のための作品でもなくなり、全世代が観ておかしくない作品となる――。
 
 版元たるサンライズが、実際にどこまで考えてガンダムをつくっているのかは、私には判らない。けれども、このようにガンダムが何十年も作られ続け、次世代に受け継がれるための努力が実るとしたら、思春期のアニメファンにガンダムを売り込むのとは違った効果が得られるはずだし、そうした効果にサンライズが無自覚とも思えない。五十年後もガンダムが存在し続けるためにも、今回のガンダムビルドファイターズのような、子どもに強く印象づけられるようなガンダムを時々つくって欲しいと思う。
 

*1:『プラモ狂四郎』を観ていた父親には死ぬほど刺さる

*2:このあたりは、最近の『仮面ライダー』などとも相通じるところがある