夜になってしまい宣伝になっていませんが、1月8日の朝日新聞『耕論』にて、いまどきの距離感についてインタビューいただいたものを掲載していただきました。文化人類学者の小川さやかさん、芸人の土屋伸之さんのインタビューと一緒に読むと着眼点がいろいろで楽しいのではないかと思います。朝日新聞朝刊をお取りのかたは、ぜひご覧いただけたらと思います。
さておき、人と人とのほどよい距離感は環境やコミュニケーションメディアが変われば変わります。メンタルヘルスに望ましい距離感を維持するためのテクニックも変わるでしょう。
たとえば人と人のコミュニケーションが居酒屋や職場でしか起こらなかった時代・普及したての携帯電話でメールを送りあっていた時代・いつでもどこでも動画を送受信できる時代では、コミュニケーションも、そのための方法論も違います。LINEやSNSが登場してからは「いかに返信しないか」「どのタイミングで返信するか」がますますテクニックとして重要になりましたね。
そして今、新型コロナウイルスが広まり、zoomの普及や仕事のリモートワーク化が加速しましたから、コミュニケーションも、心地よい距離感を維持するためのテクニックも変化の真っ最中にあるのだと思っています。
- 作者:マーシャル マクルーハン
- 発売日: 1987/07/01
- メディア: 単行本
- 作者:ジョシュア メイロウィッツ
- 発売日: 2003/09/01
- メディア: 単行本
マクルーハンやメイロウィッツといったメディアの預言者を真に受けるなら、たぶん、これで新型コロナウイルスが克服されたとしてもコミュニケーションとその距離感は変わってしまうのでしょう。衛生上の問題もあって、つばが飛ぶような距離で密にコミュニケーションする機会が減って、それより疎な、お互いのみたいところだけ見て見せたくないところは隠しあうコミュニケーションが増えると思われます。そのほうがお互いに迷惑をかけあうこともありませんから。
と同時に、(これはいままでの延長線上の変化ですが)文章でのアウトプットやインプット、写真や動画でのアウトプットやインプットが社会適応の要件として重要性を増し、そのような能力に優れた人が優位を得やすくもなるでしょう。
ただし、それでface to faceなコミュニケーションの重要性がどこまで下がるかは、わかりません。オンラインのコミュニケーションは、現時点では、偶発的な双方向的コミュニケーションにあまり向いていない、控えめに言っても盛り場やイベントでの偶発的なコミュニケーションに勝るほどに双方的なコミュニケーションの導線として優れているとは思えません。言い換えれば、オンラインのコミュニケーションは、既に知り合った相手と知り合ったコミュニケーションには向いていても、偶然の出会いという点で迫力が足りません。
このため、(繰り返しますが現時点では)「すでに顔見知りでコネがあること」「face to faceな、つばが飛ぶような距離でのコミュニケーションとそのための場」が一種の希少性と特権性を帯びているようにも思います。ホモ・サピエンスはもともとface to faceなコミュニケーションをしてきたことを思うにつけても、face to faceなコミュニケーションが完全に廃れてしまうとは思えません。
ただ、face to faceなコミュニケーション無しで済ませる場面が増えれば、そういった旧来のコミュニケーションに慣れる機会は減るでしょうし、それは子育てや精神的成長や配偶に影を落とすのではないかとも思います。長いスパンで考えれば、子育ても夫婦も家族もなくなるのかもしれませんし、こうした仕組みに慣れた人類は衰退してそうでない人類にとってかわられるのかもしれませんが、短いスパンで考えれば、メンタルヘルスや流行、社会問題への影響をいろいろ考えたくなります。
とはいえなにも悪いことばかりとは限らず、自動車や電車の普及が人々の運動不足を招く一方で
最後に拙著の宣伝も。
今回のインタビューは、拙著『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』の第六章に近い内容なので、ご関心のある方は読んでみていただけたらと思います。この書籍は、このたび「紀伊國屋じんぶん大賞 2021」の4位に選ばれましたので、本屋さん、特に紀伊國屋書店さんの系列などに置いていただいていると思います。
今後ともどうかよろしくお願いいたします。
- 作者:熊代 亨
- 発売日: 2020/06/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)