シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

大好きな魔法少女にバッチリ再会できたよ!(まどかマギカ叛逆の物語)

 

カラフル(期間生産限定アニメ盤)

カラフル(期間生産限定アニメ盤)

 
 【注意!】この文章は『劇場版 魔法少女まどかマギカ 叛逆の物語』について書かれています。中盤以降、若干のネタバレが混じっています。きちんとネタバレ回避したい人は、映画館に行ってからお読みになってください。
 
 1.『劇場版 まどかマギカ 叛逆の物語』には、そんなに期待していなかった。公式ウェブサイトの「やっと逢えたね」というフレーズからは、キャラクターのキャッキャウフフと幸福追求が想像されて、それほどエッジの利いた物語、含蓄の深い物語をぶつけてくるとは想定できなかったからだ。「とにかく、魔法少女のみんなに会えて、ハッピーエンドだったらもう十分です」――そんな気持ちで出かけた。
 
 甘かった。
 新作『まどかマギカ』に賭けられている掛け金は高レートだった。
 
 キャッキャウフフに抜かりはないし、派手な戦闘シーンは健在。キャラクター一人一人は、丹精込めて描かれているようだった。でも、それだけじゃない。スケールのでかさ、情念の奥底に訴えかけてくるような凄さを兼ね備えた、ぜんぜんとんでもないシロモノだった。細かなカットは暗喩に満ち、衒学的な解釈の余地をそれなりに残しつつも、締めるところはしっかり締めてきているとも感じた。すぐに忘れ去られる作品とは思えない。
 
 個人的な想像として、まどかマギカのこの絵柄、特に魔法少女達のデザインが、10年後のアニメ界の主流を占めているとは考えにくい。これから登場するキャラクターのデザインはここから遠ざかろうとするだろうし、そうでなくても多様化が進むか、2010年前後に比べて先祖返りしたような雰囲気が流行するのだろうから。
 
 だから、俺のように00年代のアニメの絵柄に親近感を感じ、これから感性がどんどん摩耗していくであろう人間にとって、これほど心を動かされるアニメに出会える回数は、きっと、もう限られている。あと1回か2回リアルタイムで出会えれば御の字、ひょっとしたら、一連の『まどかマギカ』ほど印象強いアニメには金輪際出会えないかもしれない――そうも思った。もし、後日傑作が出てきたとしても、その頃には俺自身の感性が摩耗し、アニメの時代性も、俺自身から遠ざかっている可能性が高いからだ。
 
 それでも、後日この作品に触れ直した時に魔法少女達が一種のアイコンだった時代を蘇らせてくれそうな、そういうカラクリがあちこち埋め込まれていて、心強いと思った。数年〜十数年後にこの作品を再視聴する時、また新しい含蓄やメッセージを再発見できそうなロールシャッハテスト的なカラクリが埋め込まれているようにもみえて、これまたありがたいと思った。ブルーレイディスクを買って、折に触れて見直してみようと思う。
 
 こうした諸々が、制作陣の天才性による所産なのか、秀才性にもとづいた計算なのかは、萌え豚な俺にはわからない。わからないけれども、実際に上映された『叛逆の物語』には文句をつけたり不備に突っ込んだりする余地よりも、ずっと多くの説得力と気配り、なにより(作品、キャラクター、ファンに対する)愛情のようなものを感じた。いくつかの曖昧性や多義性に目を瞑っても構わないような、四の五の言わせない整合性があって、“テレビ版の続編としての作品”としても“劇場版三部作のクライマックスとしての作品”としても誉れ高いフィナーレを迎えたと思った。
 
 思えば、この作品に出会った当時は「魔法少女モノってあんまり得意じゃないし」と及び腰で見始めたものだけれど、結果として、ここまで付き合えて本当に良かったと思う。このアニメを制作して下さった人達に、心からありがとうを言いたい。大好きな魔法少女にバッチリ再会できたよ!ありがとう!
 
  
【注意!】ここから幾らかネタバレが混じっています。心配な人は、ここで引き返して下さい。
 
 
 
 2.とはいえ、今は深く考察する時ではない。俺は、アニメを観る際の座右の銘として「昆虫のように観察して、豚のように萌えろ」を採用している。精緻な観察やメタな考察なんてものは、冷めても美味い弁当みたいなもので、後回しにしても大丈夫だし、これだけの作品なら、どこかの誰かが熱心に腑分け作業をやってくれるに違いない。それよりも、今はまず、豚のように萌えさかるパトス、魔法少女に再会できた歓びに酔いしれよう。今がいちばん、感動の輪郭がくっきりしていそうだから。
 
 俺は、まどかマギカの魔法少女達が、みんな好きだ。かわいくて、凜々しくて、それでいて弱さを連想させる魔法少女達。三次元の、実在の女性や少女や女児とは明らかに違った、二次元の、形而上の“少女”というシンボル。そんな彼女達が、スクリーン上で各々の魅力をこれでもかというほどまき散らしているんだから、ここで萌えなきゃおかしいでしょ、うおおおおおって叫ばなければ嘘でしょう、変な汗かきながら、応援したい気持ちでいっぱいになるってもんでしょう。
 
 五人の魔法少女達を翼賛する文章を垂れ流して、この気持ちをアーカイブ化しておこう。いや、アーカイブ化とかそういう問題じゃなくて、とにかくなんか吐き出してしまわないといてもたってもいられないのでゲロゲロ書き殴る。
 
 
 ・佐倉杏子:「一番贔屓の魔法少女は誰ですか」と訊かれたら、俺は迷わず杏子と答える。この、凜々しく、純粋で、ツンデレで、案外友達思いな寂しがり屋は、今回も頭の回転の速さ、抜け目の無さを随所でみせていた。変身シーンには、尖った杏子っぽいイメージが残ってはいたけれど、全体的にはソフトな杏子になっていて、それでも林檎がとても似合っていた。さやかにデレていた姿、さやかと共闘していた姿は、たぶん杏子ファンの多くの望むものだったと思う。脇役としてのポジションからは一歩もはみ出なかったけれど、予想していたよりずっと活躍していて嬉しかった。ほむらとのやりとりも格好良かった。これから杏子は、本当の意味で自分のために生きていくのだろう。
 
 
 ・美樹さやか:さやかが頑張っていた。凡人が魔法少女になった末路、「残念さやかちゃん」だったところの彼女が、魔女に堕ちた来歴を強みとして、他の魔女の心中を慮る発言をしていたのは癒やしの魔法少女の面目躍如といったところか。暁美ほむらに鋭い切り込みを入れるなど、「残念さやかちゃん」な雰囲気を払拭する大車輪の活躍、杏子に対しても、ほむらに対しても、案外ずるく立ち回れるあたりに頼もしさを感じた。しかも、最後のどんでん返しで、ラッキーな境遇へ。よかった、よかった、さやか、よかったじゃないか。もう全然残念じゃない。上条の件も、かさぶたになっていくんだろう。さやかは驚くほど成長した。
 
 
 ・巴マミ:拝みたくなるようなマミさんが帰ってきた!!テレビ版では彼女の弱さや意地悪さが随所で目立ってしまったけれども、今回は彼女の長所が生きる場面が多かったように思う。キャラクター同士のカップリングという点では、こちらを先に読んでしまっていたので、もしかしてマミさんが“ぼっち”になってしまうんじゃないかと心配したけれど、作中では、四人の魔法少女の先輩格(+α)という位置づけに満更でもないようにみえた。ほむらとの銃撃戦はもちろん楽しかったけれど、終盤のティロ・フィナーレも感慨深かった。他の魔法少女達もそうだけど、この映画でキャラクターとしての懐が一段と深くなったように感じられた。
 
 本作では、まどかがほむらを迎えに来る姿が、あまりにも「阿弥陀三尊来迎像」っぽい神々しさで、マミさんはそんなに拝みたくなるような感じではなかった。それでもマミさんには「完璧ではなくとも最善を尽くそうとする」感が終始漂っていて、それが彼女のいいところだと改めて思った。彼女は完璧ではなく、ときにヘッポコだけど、最善は尽くそうとしていて、慈悲深い。そんな良いところが滲み出ていた。マミさん、格好良かったよ!
 
 
 ・鹿目まどか:魔法少女としての活躍も楽しかったけれども、勇気ある決定と引き換えに寂しくなっちゃった哀しみをきちんと掬い取ってあって、本当に良かったと思った。やっぱりまどかだって人間だったのである。その哀しさをきっちり引き出したのは暁美ほむらの業績で、おまえら永遠にキャッキャウフフしてろ、と思った。それでいて、円環の理が消えてしまったわけではなく、彼女が行った重大決定は今も生き続けてもいる。それでも、あのまどかが娑婆に帰ってきたのだ!よかった、よかったじゃないか!おまえら永遠にキャッキャウフフしてろ!
 
 一連のストーリー運びを嫌悪する人もいそうではある。けれども、「まどかに会いたいというほむらの*1願いが成就された」事実が俺にはガツンと来た。そりゃ、暁美ほむらはいいキャラクターですよ、けれども彼女という名の月が輝くのは、まどかという太陽があればこそ。これでまたキャッキャウフフな同人誌が量産できますね。良かった!
 
 
 ・暁美ほむら:いつも大忙しのほむらさん、今回も中心人物として大活躍していらっしゃいました。彼女の強さと弱さ、かわいらしさといやらしさがこれでもかというほど描写されていて、素晴らしい、としか言いようがなかった。彼女が一皮むけて、今までと異なる境地に到達したプロセスは感動的ですらあった。そうか、こんな風になっても暁美ほむらは魅力的なのか。ほむらはしなやかになったと思う。硬さがとれた。すごくいいことだと思う。幸せ悪魔になってしまいやがれ!
 
 今回のほむらは、他のキャラクター達の活躍や善戦もあって、TV版ほどの圧倒的強さは見せつけず、むしろ、彼女の弱さや頑なさが目立ったけれど、かえってそのおかげで、before〜after がくっきりして、なにより、愛らしいキャラクターだなと改めて感じた。それでもほむらは自分の道を自分で歩くところまで到達した――これは、多くの魔法少女と元魔法少女が辿り着けなかったものでもあるし、まどかが選んだ道とも違っていた。彼女はダンスを踊ってみせた。自分の欲しいと思う世界を引き寄せた。そのくせ、まどかの前では結局昔のほむらの面影を色濃く残していて、ラブラブなのである。たまんねぇなぁ!
 
 
 ・キュウべぇ:TV版ラストとの対比が良かったです。
 
 3.キャラクターへの愛着とか、「このキャラにはこうであって欲しい」「こういう掛け合いを見せて欲しい」ってのを殆ど全部揃えちゃったんじゃないかと思えるほどのファンサービス。ツボすぎる。ギンギンに萌えた。そのくせ、空想力を刺激してやまない、象徴的なストーリーで頭脳に訴えかけてくるのだから、たまったものじゃあありませんね。萌えて良し、考えて良し、メタって良し、ベタって良し。俺はこのアニメを観て、年甲斐もなく(お涙頂戴的な展開に)泣くんじゃないかと心配して行ったんですが、反対に、武者震いするような作品でした。
 

*1:そしてたぶん多くのファンの