昨日書いた「コミュニケーションがボトルネックとなった社会」という文章に、twitterで以下のような意見が寄せられていた。
たいていの業務はサービス業でもマニュアル化可能。仕事と関係無い対人関係でも似たようなものだけどマニュアルではなくライフハックなどと呼ばれている。 / コミュニケーションがボトルネックとなった社会 - シロクマの屑籠 URL
仕事にせよ私生活にせよ、マニュアルとライフハックがあれば大丈夫だ、ということらしい。これを見た時、私は「ああ、これぐらい楽観的になれたらどんなに幸せにだろうか」と嘆息せずにいられなかった。
しかし現実には、マニュアルとライフハックだけでは立ち行かないのが娑婆世界のコミュニケーションである。タイトルにも挙げたが、「なら、マニュアルだけで結婚してみろ、ライフハックだけで友達つくってみろ」と言われて、余裕綽々でやってのけられる人がどれぐらいいるというのか。仮にそのような見かけの人がいたとしても、マニュアルやライフハック「だけ」で人間関係を構築できているとは信じ難い。もし、そんな秀逸なマニュアルやライフハックが存在するなら、昨今の結婚事情や“ぼっち”といった問題は、とうの昔に解決しているだろう。就職についても同様である。マニュアルとライフハックで面接を切り抜けられるなら、そのテキストブックは飛ぶように売れているだろう。
マニュアル化できるコミュニケーション、できないコミュニケーション
一方、コミュニケーションのマニュアル化が起こっている分野もある。ファーストフードやコンビニエンスストアの従業員の応対などは、全国一律で、とても訓練されている。ああいうのはマニュアル化の成果だろう。こうしたマニュアル化の動きは、サービス業の広い範囲で認められる*1。上記のツイートの、「たいていの業務はマニュアル化が可能」というのは、確かにその通りだと思う。
察するに、世の中には、マニュアル化に向いているコミュニケーションとマニュアル化できないコミュニケーションがあるらしい。分類してみよう。
マニュアル化しやすく、また実際マニュアル化されているのは、
・不特定多数に同じような対応をすべきコミュニケーション
・基本的に一期一会なコミュニケーション
・特定場面やサービスに限定されたコミュニケーション
・当人の特性・性格がなるべく反映されないコミュニケーション
といったものだ。ファーストフードの接客対応などは、上記5つのすべてに当てはまるし、その他の多くの接客業でも3つないし4つは当てはまる。
では、マニュアル化しにくく、実際優れたマニュアルが登場していないのはどんなコミュニケーションか。上記の反対について考えてみるなら、
・特定個人ごとに対応を変える必要のあるコミュニケーション
・中期〜長期的な付き合いが想定されるコミュニケーション
・あらゆる場面や状況が想定されるコミュニケーション
・当人の特性・人柄が反映され評価の対象となりえるコミュニケーション
あたりだろうか。友達づくりや恋愛・配偶の過程でのコミュニケーションは、これだろう。家族の会話も。
また、就職面接の場合も、ある程度マニュアル的に対応できるにせよ、個々人の特性や人柄が(多かれ少なかれ)まなざされ、質問者がどんな質問をしてくるか分からないため、マニュアルだけではカバーできない部分を含んでいる。一度採用したら長い付き合いになるのだから、マニュアル的な応答以外のところで“探り”を入れるのは当然といえば当然だろう。
総じて、個人的な特性・人柄が問われるようなコミュニケーションや、より長期的な人間関係・親密な人間関係のコミュニケーションは、マニュアル化を受け付けない部分のウエイトが大きくなりやすいと思われる。
“仲良くなる”にはマニュアルやライフハックだけでは不十分
ぶっちゃけ、誰かと“仲良くなる”ためには、マニュアルやライフハックだけではダメなのだろう。“仲良くなる”にはマニュアルの記述からすり抜けるような、なんともいえないプラスαが必要になる。そのプラスαとは、機転やユーモアかもしれないし、人柄かもしれないし、愛嬌かもしれないが、とにかくもマニュアルから漏れやすい“その人自身から滲み出る何か”によって、人は誰かを好きになったり、嫌いになったり、関心を持ったり、持たなかったりするのだと私は思う――それが全てというわけではないにしても。
じゃあ、“その人自身から滲み出る何か”の部分はどうすればいいんですか、という話になるが、これは一朝一夕にどうこうできるものではなく、ただひたすら、日々のコミュニケーションや行いの積み重ねによってゆっくりと変わっていくものなのだと私は思う。その人に可能な範囲で、出来るだけ良いコミュニケーションと、出来るだけ良い行いを、積み重ねていくほかに変えようが無い。
なお、念のため断っておくと、私は「だからマニュアル化されたコミュニケーションはダメなんだ」と言いたいわけではない。マニュアルやライフハックだけでは恋人も友達も出来ないとしても、接客対応のような局面では便利だし、基礎的なTPOを身につけるにも適している。また、マニュアル化されたコミュニケーションは、心理的な距離を一定に保つ作用が強い、という便利な副産物もある。心理的な距離が近くなりすぎないほうが良いコミュニケーションでは、マニュアル的な手法を積極的に活用していくのがよさげだ。
このあたり、要は使い分けの問題で、どちらか一方だけ出来ればそれで十分、というものではないと思う。
追記:
冒頭のツイートの人から、以下のようなコメントを頂いてました。
個人レベルでは恋愛マニュアルも有効で、雑誌なんかでもよく特集してますね。コンピュータが不得意な人がマニュアルや教室で学ぶのと基本的には同じことでは? / はてなブックマーク - 北極のブックマーク(シロクマの屑籠) URL
確かに、恋愛マニュアルは書籍でも雑誌でもたくさん見かけますね。でも私、「恋愛マニュアルのおかげで彼女(彼氏)が出来た」って話を聞いたことがありません。もし、そんなテキストブックがあるならすぐに評判になって、大ベストセラーになっていそうなものですけど。
もちろん、恋愛マニュアルもTPOの面では参考になるでしょう。しかし、マニュアル的な要素だけでは男女の仲は取り持ちにくいんじゃないの?というのが私の意見です。
*1:尤も、その反動で、ある種のラーメン店のような非マニュアル的な体裁を売り物にするようなサービス業がニッチとして生まれているが