シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

インターネットには友情の疑似体験ツールがいっぱい

 
 恋愛や友情の代替コンテンツ
 
 リンク先の文章には、「恋愛の代替コンテンツは沢山あるが、友情の代替コンテンツはあまり無い」と書かれている。…本当にそうだろうか?美少女ばかりが出てくるライトノベルやアニメしか見てない人ならそう思うかもしれないが、実際には、たくさんのコンテンツのなかに、友情のエッセンスはそれなりに散りばめられている。少年漫画全盛期の頃に比べて、ちょっと目立ちにくくなっているかもしれないが*1
 
 ところで、21世紀において友情を疑似体験する手段は、漫画やアニメだけではないと思う。
 よく考えれば、もっと強烈に、友情を疑似体験する or 本来なら友人関係を通して補うような心理的なエッセンスを補う手段が沢山存在すると気付く。インターネット上に。
 
 

カジュアルに友情を疑似体験させるインターネットツール

 
 以下に、友情を疑似体験するのに便利なインターネットツールを幾つか挙げてみる。*2
 
 ・twitter
 『twitter』は、頻繁で濃密なコミュニケーション〜“猫の集会”のようなコミュニケーションまで、使う人・使う目的次第で様々な使い方があり得る。誰をfollowし、どうツイートするのか次第で友情の疑似体験濃度を調整できるのは大きな長所だと思う。ReTweet、favorite、reply、などを駆使すれば、低コスト低リスクに、自分の好みにあった友情の疑似体験ができる。商業利用や政治利用を強く意識しているわけではない多くのユーザーは、本来なら友人関係を通して得ているであろう心理的ニーズを充たしているようにみえる。
 
 ・オンラインゲーム
 「オンラインゲームを通して友情の疑似体験をする」というパターンは、00年代にはそれなりに存在感があったかもしれない。『ファンタシースターオンライン』『ラグナロクオンライン』『ファイナルファンタジー11』などを思い出す人もいるかもしれない。しかし、ゲームという共通テーマが与えられるという面ではコミュニケーションしやすいように見えたオンラインゲームも、長時間のゲームプレイを前提とし、パーティープレイに“しがらみ”や気苦労を伴うという点では、友情の疑似体験ツールとして必ずしも“効率的”ではなかった。
 
 最近は、より手軽なタイプのゲームが台頭してきてはいる。これらは優越感や達成感を充たし、カジュアルにゲームを楽しむという点では優れていても、twitterのようなコミュニケーションツールとしての汎用性は持っていない。
 
 
 ・はてなブックマーク
 ここ数年の『はてなブックマーク』は、本来想定されていたであろう情報ツールとしての使い方より、「近い考えを持ったブックマーカー同士が一体感を感じるためのツール」「徒党感を楽しむためのツール」として用いられているふしがあった。2007年に登場した新システム『はてなスター』が実装されたことによって、『はてなブックマーク』はカジュアルな友情疑似体験ツールとしての意味合いを一層強めた。
 
 2011年4月、『はてなブックマーク』は新仕様に変更された。『はてなスター』の数がブックマークコメントの重要度に関連するようになったため、日常的に『はてなスター』をつけあって徒党感を楽しんでいるユーザーのコメントがクローズアップされやすくなったと推定される。現在、この仕様変更には猛烈な批判が集まっている。今後、この仕様が定着するか否かはまだ分からない。
 
 
 ・2ちゃんねる
 既に10年以上の歴史を持つ『2ちゃんねる』は、スレッドごとに匿名コミュニケーションを楽しめる仕様となっている。上手くいっている時のニュー速vipや、荒れていない時の専門板のように、匿名投稿者同士の疑似友情体験がハイレベルに達成されることも少なくない。しかし、いったんスレッドが荒れると面白くない状態が続いてしまう・スレッドの空気を読み適切に対応する能力が求められることなど、難しい部分も少なくない。
 
 
 ・ニコニコ動画
 『2ちゃんねる』は、文字列で形成されたスレッドを疑似友情体験の媒介物とするのに対し、『ニコニコ動画』は動画と動画コメントを疑似友情体験の媒介物とする。『ニコニコ動画』にはデフォルトでフィルタリング機能が実装されており、荒らしコメントをするようなユーザーを視界から締め出しやすく、そのうえ動画上にコメントを残すというメディア特性ゆえに疑似的なリアルタイム感を伴っている。議論には『2ちゃんねる』以上に向いていないが、刹那的な一体感を共有するには非常に向いている。
 
 そんな『ニコニコ動画』にも、友情の疑似体験という点で弱点が無いわけではない。匿名のコメント投稿者者同士で“顔見知り”になるには向いていないという点だ。友情の疑似体験のなかでも、“顔見知り”を前提とするような、一期一会的ではないエッセンスは『twitter』や『はてなブックマーク』を使ったほうが充たしやすいと思われる。
 
 

ネット上の疑似友情体験は是か非か

 
 これらのインターネットツールを用いても、少年漫画やアニメにあるような、命を預けあうような友情エッセンスは得られない。しかし疑似体験という意味では「自分自身が直接参加する」という強みがインターネットにはある。これは漫画やアニメでは望むべくもない。「協力しあって何かを達成する」「自分に似た考え方の人が傍にいる」ことをカジュアルに疑似体験したいだけなら、インターネットで十分と言える。
 
 ここで、「コンテンツごとに繋がるネットコミュニケーションが友情の名に値するのか?」「一期一会な疑似的なコミュニケーションでは、得られる心理的なエッセンスは偏ってしまうのではないか?」という反論があるかもしれない。私もそういう疑問は感じる。しかし今日、「コンテンツの切れ目が縁の切れ目」のような人間関係に慣れている人も多い状況下では、ネットコミュニケーションに疑問を呈する人はそれほど多くないと推測する。少なくとも、インターネット上で「もっと濃密で複合的なコミュニケーションを!」と声をあげている人はあまりみかけない。
 
 かくして今夜も、twitterで、はてなで、ニコニコ動画で、友情を断片化したような疑似体験が消費されていく。本来の友情より遙かに手軽で、遙かに低コストで、遙かに断片的な体験が、ネットユーザーの心理的ニーズを満たしていく。
 
 それは、寂しいことだろうか?
 それとも幸せなことだろうか?
 
 是非はともかく、これからもインターネットは友情を代替するコンテンツとして利用されていくだろう。
 

*1:そして『One Piece』や『NARUTO』をふと思い出した

*2:このほかにも色々あるが、全部挙げるのは大変なのでやめておく。