シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

青春モノを中年のアングルで楽しんでいる自分に気づいた

 

 
 青春は遠くになりにけり。
 
 今季のアニメ『宇宙よりも遠い場所』を見ていると、自分が思春期から遠いところまで来たことをしみじみ感じる。
 
 『宇宙よりも遠い場所』は、南極に向かう17歳ぐらいの四人組をメインに据えた青春物語だ。主題歌の歌詞から言っても、内容から言っても、そう言って差支えないように思う。
 
 南極探検という非日常が舞台ではあるけれども、かえってそのことによって、17歳ぐらいの年頃って南極探検みたいなものだなぁ……と思い起こさせてくれる作品だ。素晴らしい体験や出会いもある。ときには遭難し、撤退しなければならないことだってある。南極に向かうメインストーリーと四人組それぞれのエピソードを重ね合わせることによって、『宇宙よりも遠い場所』は、南極探検と17歳の青春全般とをダブらせてみせる。まだ未完成で、不完全なところのある者同士が寄り集まって、悲しい過去があっても新しい現在を作っていくパワーとスピードで進んでいく姿が素晴らしい。とても、青春している。
 
 だから私は、「ああ、青春物語って、こういう感じだったよなぁ」と回想せずにはいられなかった。そういう回想をとおして、私の思春期がとっくの昔に終わったことを痛感した。私は今、『宇宙よりも遠い場所』を、一人の中年として眺めて、楽しんでいる。
 
 ちょうど最近、小説を読んでいる時にも似たような気持ちになったのだった。
 
わたしの恋人 (角川文庫)

わたしの恋人 (角川文庫)

ぼくの嘘 (角川文庫)

ぼくの嘘 (角川文庫)

ふたりの文化祭

ふたりの文化祭

 
 この三部作は思春期を切り取った作品群で、おそらく、中年向きではないのだろう。にもかかわらず、これらの作品に私は胸を打たれた。恋愛や人間関係の機敏やしっとりとした筆致だけでなく、作中で描かれる青春模様のうちに、とりかえしのつかなさ・かけがえのなさ・悲しい過去があっても新しい現在を作っていくパワーとスピードが感じ取れた。その点において、私はこれら三部作を『宇宙よりも遠い場所』に近いアングルで読んだのだと思う。
 
 ひとつの体験、ひとつの恋愛、ひとつの人間関係によって、17歳ぐらいの若者は大きく変わっていく。それが中年になった私には眩しく感じられる。だけど、私にだってそういう時間は確かにあったし、今、青春のただなかにいる人達は、実際にそのパワーやスピードの只中にある。そして未完成な者同士がぶつかり合いながら、絶えず成長している。40代になってからそういった描写を仰ぎ見るのも、意外と悪くないと思わずにいられなかった。
 
 

「なんだ俺、ちゃんと中年のアングルにシフトチェンジしてるじゃないか」

 
 先だって出版した本のなかで、私は以下のようなことを書いた。
 

 自分が30代、40代と歳を取るにつれて、主人公が10代のアニメやライトノベルを楽しむために必要な読み方が変わってきます。20代のうちはまだ、学生服を着た主人公への感情移入もそれほど難しくありませんが、学生時代から長い年月が経ち、おじさんやおばさんになるにつれて、学生服を着た主人公への感情移入は難しくなります。
 歳を取ってもアニメやライトノベルを楽しみ続けるためには、自分自身が留年や再入学を繰り返すなどして身も心も学生気分のままであり続けるか、そもそも感情移入に頼らず、遠い世界の物語として眺める習慣を身に付けておかなければなりません。
 (『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』より抜粋)

 
 で、『宇宙よりも遠い場所』や『わたしの恋』『僕の嘘』といった作品に触れてみると、なるほど、作品を眺める自分の見る目や楽しみかたが確かに変わったことが実感できて、ちょっと寂しく、ちょっと嬉しくも感じた。
 
 もし私が、これらの作品に20代の頃に触れていたなら、青春のとりかえしのつかなさ・かけがえのなさ・悲しい過去があっても新しい現在を作っていくパワーやスピードに胸を打たれることはなかっただろう。もっと違ったかたちで――たとえば我が身に引き寄せたかたちで――作品を味わっていたに違いない。
 
 だが、私はこれらの作品に40代になってから出会った。だから一人の中年として、中年のアングルから味わい、楽しんでいるのである。たぶんこれは、60代のおばさんがNHKの連続テレビ小説を眺める時のアングルに近いのではないか? もう過ぎた時間に思いを馳せながら、それでも心動かされる、この境地。
 
 これらの作品をとおして私は、中年になっても青春モノの作品を楽しめることを割と強く自覚した。近しい年齢として眺めることは不可能になったけれども、これもこれで捨てたモンじゃない。『「若者」をやめて、「大人」を始める』などというタイトルの本を出版した私が言うのもなんだが、「ああ、これで俺はあと二十年は戦える」と胸をなでおろした。
 
 『宇宙よりも遠い場所』の最新話も、青春を真っ直ぐに描きとおしていて、なんとも素晴らしいテイストだった。最終話までしっかり視聴しようと思う。