私はゲーム愛好家としてずっと生きて中年になったから、人生の残り時間もゲームに費やすつもりでいる。私の人生・アイデンティティにとって、ゲームは不可欠な一部分だから、年を取ろうとも付き合い続けていくだろう。
とはいえ、世の中には遊びきれないほどのゲームがある。仕事や子育ても忙しい。書籍やアニメといった、可処分時間を奪い合うコンテンツもたくさんある。だからいつも、「どのゲームを、どれだけ、どのように遊ぶのか」が問題になる。
で、ソーシャルゲーム、である。
射幸性を煽るのがいけない、プレイヤー同士の競争を煽るのがいけない、等々が取り沙汰されているソーシャルゲームではあるものの、スマホで遊べて、ライブ性があり、SNS上の出来事も込みで楽しむ点などは、これはこれで現代のゲームという感じがする。ゲーム愛好家として、これを避けるわけにはいかない。
私にとってのソーシャルゲームは、始めるのが難しく、続けるのはたやすく、やめるのが難しいものだ。
世の中には、ソーシャルゲームを始めるのもやめるのも簡単な人がいるという。適度に飽き性な人なら、そういうのもあるのかもしれない。ところが私は、一つ一つのゲームとは長い付き合いになると想定して、いつも慎重にゲームを選ぶ。いまどき、やってみたいソーシャルゲームなんて幾らでもあるけれども、全部をやっていたら社会人としての死が待っている。だから、少ないお小遣いをためてファミコンのカセットを買っていた昭和時代の小学生のような気持ちになって、慎重に、これぞというソーシャルゲームを選ぶ。
そのかわり、いったんソーシャルゲームを始めてしまうと、すごくやめづらい。
最近は、『アズールレーン』をやめるやめないが大問題になった。
このタイトル画面を見てのとおり、『アズールレーン』は少し昔のライトノベルっぽい絵柄のソーシャルゲームだ。中国のゲーム会社が作っているおかげか、2010年代の日本のライトノベルやアニメのトレンドよりも古いタイプの絵柄を、堂々と使用している。で、私は、こういうベッタリとした絵がかなり好きである。
『艦これ』の影響を強く受けているけれども、良くも悪くも『艦これ』よりはライトで、周回も単純明快、課金も厳しくないので、いったん軌道に乗った後の『アズールレーン』は短時間で済んだ。イベントも効率的にこなしていける。しかし、あまりにも効率的にこなせるがゆえに飽きてきてしまった。ところどころ、手動で艦隊を動かさなければならないのも、はじめは楽しかったが、だんだん面倒になってきた。
いつしか、私は『アズールレーン』の止め時を考え始めるようになった。ところがなかなかやめられない。短めの時間で効率的に周回できて、効率的にアイテムを集めて、効率的にレベルアップできるからこそ、効率的なルーチンをやめる=非効率で勿体ないと私は感じるようになっていた。本当は、その効率的なルーチンこそがマンネリになっていると頭ではわかっているのに、である。
効率性。
効率性は、射幸性とは対照的なソーシャルゲームの罠だ。終わりなきアカウント育成を突き詰めていくと、プレイヤーは必ず効率性に行きつく。かつてMMOで「時給」という言葉が用いられたのも、つまりそういうことだ。
しかし、ソーシャルゲームにおいて効率性を追求すると、止め時がとても難しくなる。ログインボーナスや日々の周回を続けることこそが効率的なわけだから、やめてしまうのは究極の非効率だ。これが、非常にもったいないと感じられる。効率性を優先するなら、ソーシャルゲームはやめずに毎日続けるべきなのである。
だから毎日、効率的にアカウントを育ててきた人がソーシャルゲームをやめるためには、ゲーム内の効率性ではなく、もっと高次の効率/非効率について考えなければならなくなる;つまり、このソーシャルゲームを続けること自体が自分の人生にとって効率的か、他の活動と比べるに値するほどの値打ちがあるのか、という判断である。
その際に判断を曇らせるのは、いままでソーシャルゲームに突っ込んできた時間や情熱だ。確かに、やめてしまったほうが人生にとって望ましいかもしれない。しかし、今ここでやめてしまったら、ここまでアカウントにかけてきた時間はどうなるのか? 今まで長い時間をかけてきたものを捨ててしまうのも、それはそれで非効率のようにも思える。長い時間やお金をかけてきたアカウントを放置するなら、それなりの理由がなければならない。
そんなわけで、私は『アズールレーン』の止め時を探していた。短時間のルーチン周回では通用しなくなったらやめよう、演習をやめてしまおう、その他色々と考えてきたが、なかなか放置には至らなかった。アカウントを放置するのがもったいない気持ちと、効率性やルーチンが自己目的化してしまったつまらなさの板挟みにあって、どうしたものかと悩んでいた。誰か、俺の『アズールレーン』に引導を渡してやってくれ。
先月、ようやく引導を渡してくれる出来事が起こった。
新著の出版直後のとても忙しい時期に、現バージョンでは最後かもしれない『艦これ』のイベントが始まった。史実のレイテ沖海戦がモチーフになっているだけあって、時間と手間がかかり、『アズールレーン』に時間をかける余裕はいよいよ無くなった。
しかも、『アズールレーン』側も手間のかかるイベントをぶつけてきた。
このイベントは、ある程度数をこなさなければイベント限定艦が手に入らない仕様のため、現在の私には達成困難だった。『艦これ』で言う「丙提督」*1すら困難と知り、とうとう私は白旗をあげることにした。苦しかった日々は終わったのである。
『アズールレーン』をやめても効率性の呪いは消えない
こうして、私はようやく『アズールレーン』をやめることができた。しかし、『ポケモンGO』や『艦これ』に費やしたプレイ時間や課金は『アズールレーン』の比ではないのだから、これらをやめるには、もっと大きな理由や出来事が必要になるだろう。というか、現時点ではやめられる気がしない。
私はいわゆる"効率厨"であるがゆえに、ソーシャルゲームに仕組まれた、効率性の罠にはまってしまいやすいのだろう。そうやって、私の人生もソーシャルゲームもいつまでも続いていくのである。
*1:注:イベントの最終面までとりあえず到達して、参加賞を貰うことだと思ってください