シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

女体化キャラ・競争社会のロマン・令和男性の生きづらさ

 
 


 
 
こんにちは。『宇宙よりも遠い場所』を楽しんでらっしゃったとのことで、ファンの一人として嬉しく思いました。ご指摘のような問題意識を持った時、『宇宙よりも遠い場所』は(理系)男性視聴者の自己投影に都合の良い作品……ということになりそうですね。私も12年前はそうした問題意識を持っていましたが、気が付けば、そんなことを気にせずアニメを視聴するようになっていました。
 
 
[過去記事]:『とある科学の超電磁砲』にみる、美少女キャラとの一体感 - シロクマの屑籠
[過去記事]:男性性欲を浄化する、美少女キャラへの自己投影 - シロクマの屑籠
 
 
で、すずもとさんのツイートを読んで問題意識を思い出しました。男性視聴者が「男のロマン」や「男性性欲」を捨てるわけでもないのに女体化したキャラクターと物語を消費するのは、問題といえば問題……かもしれません。アニメ(をはじめとするコンテンツ)は現実を侵食する以上に、理想を侵食するでしょうから。
 
でもそれだけではなく、市場淘汰という名の"ふるい"にかけられ、選ばれ親しまれているコンテンツに映し出されている理想のありようは、結果であると同時に原因でもあるように思います。選ばれ親しまれているコンテンツは、当該視聴者を取り巻く現実の反映だったり、当該視聴者に内面化された理想や要請*1をうかがうヒントだったりもするでしょう。そのあたりについて、思うところを書いてみます。
 
 

もはや「男のロマン」ではなく「競争社会のロマン」では

 
すずもとさんがおっしゃるように、いまどきは、登場人物が女性キャラクターばかりで占められていたり、女性キャラクターが大きなウエイトを占めたりする男性向けコンテンツが珍しくありません。最近の例だと『ウマ娘 プリティーダービー』などもそうですし、ツイートにもあった『宇宙よりも遠い場所』もそうでしょう。
 

宇宙よりも遠い場所 1[Blu-ray]

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  • 発売日: 2018/03/28
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では、女性キャラクターばかりのコンテンツで男性性や「男のロマン」と呼べる描写や物語が取り除かれているかといったら、そうではありません。少なくとも、「男のロマン」と呼べそうな描写や物語がぎっしり詰まったコンテンツは枚挙にいとまがないでしょう。
 
『ウマ娘』も、わりと堂々と「男のロマン」を描いていますね。『ウマ娘』のキャラクターたちには女性キャラクター然とした外見が与えられ、姦しいやりとりも描かれていますが、ストーリーの大筋は「男のロマン」と言ってもおかしくありません。スペシャルウィークやトウカイテイオーといった主人公級のキャラクターはとりわけそうです。
 
才能をバックにしながら努力すること。 
仲間やライバルと切磋琢磨すること。
勝負すること。
根性をみせること。
そして勝つこと。
 
競馬馬がモチーフの『ウマ娘』だからこそでしょうか、なんとも堂々と「男のロマン」をやってのけているのが『ウマ娘』のキャラクターです。恥じらいも遠慮もないし、もはや恥じらいも遠慮も要らないのでしょう。外見が女性キャラクターで「男のロマン」を追いかける筋書きは、当たり前で、物珍しくもなく、気にするほどのものでもなくなりました。少なくとも、そういうコンテンツを引っかかりなく親しめるファン層のボリュームは大きくなっていると言えるでしょう。
 
ここまで「男のロマン」という語彙を用いてきましたが、いまどきのジェンダー観からいって(たぶん)好ましくないので、そろそろ語彙を変更したいと思います。競争したり切磋琢磨したり、根性みせたり勝ったりする「男のロマン」という語彙は、本当はとっくに「男のロマン」ではなくなって「女のロマンにもなってきている」のでは? かつて「男のロマン」とかつて呼び倣われていた理想と「男が背負わなければならない要請」と呼ばれていた男性役割は、ある程度までは男女双方の理想/要請ともなっています。
 
だとしたら、女性キャラクターばかりのコンテンツに描かれる「男のロマン」をそう呼ぶのはやめて、性別の壁を取り払って「競争社会のロマン」「メリトクラシーのロマン」と呼んでみませんか。
 
 

女体化キャラ、ジャニーズ、ユニセックスなファッション

 
「競争社会のロマン」「メリトクラシーのロマン」と語彙を変えたうえで『宇宙よりも遠い場所』や『ウマ娘』のキャラクターたちを眺めると、「男のロマン」や「男が背負わなければならない要請」は旧来の男性性を脱臭された状態で、または女性的な表象を身にまとったうえで達成するのが望ましい/達成すべきと要請されているよう、私にはうつります。
 
言い換えると、"「競争社会のロマン」を、より女性寄りの外観や所作で達成するよう期待されている"、となるでしょうか。
 
もし、昭和40~50年代の男性が女体化したキャラクターを愛好し、そこに理想や要請を自己投影していたら(当時の語彙でいう)「変態」に相当したかもしれません。
 
ところが、いまどきの男性の少なからぬ割合は、女体化したスペシャルウィークやトウカイテイオーに理想や要請を透かし見ることに苦労しないのです。混乱もしないし、自分を「変態」だと思うことも減りました。その理由のひとつは、20世紀から続く「戦闘美少女」の系譜に男性たちがずっと馴らされてきたせいでもあるでしょう。が、それだけでなく、そうした馴致も含めて男性の社会適応の理想や要請が女体化したスペシャルウィークやトウカイテイオーに近い方向へと変わってきた・変わってしまったからでもあるように、私などは思うのです。
 
 

戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)

戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)

  • 作者:斎藤 環
  • 発売日: 2006/05/01
  • メディア: 文庫
 
 
20世紀の後半から21世紀にかけて、アニメやゲームの世界では「戦闘美少女」と呼ばれたような、それか『とある科学の超電磁砲』の登場人物たちのような「役割は男性と変わらなけど女性の姿をしたキャラクター」がどんどん増えていきましたが、それと並行して、現実の男性に期待される所作や外観も女性化していきました。現実の男性が女性化と書くと「そんなバカな」と思うかもしれませんが、中性化、ユニセックス化と書くなら、心当たりがある人も多いのではないかと思います。
 
たとえばジャニーズは、ジャニーズファンに人気だっただけではありません。男性の社会適応の理想や要請、いわば、「イケメンとはどんな表象なのか」をも背負い、かたどっていました。ジャニーズが人気になったのと軌を一にして、日本男性に期待される表象やファッションは中性的に、ときには女性的になっていったのではないでしょうか。
 
まだ若者が百貨店で服を買い漁っていた頃の日本男性の恰好は、他国男性の恰好に比べて中性~女性的だったと私は記憶しています。ユニクロすら高価と言われるようになり、新型コロナウイルスのせいで他国男性の恰好をまじまじと眺める機会が少なくなった2021年においてもそうだと断言はできませんが、少なくとも十年以上前はそうでした。
 
だから私の視点からみると、女体化したキャラクターに「競争社会のロマン」が仮託されるようになったいきさつ・ジャニーズの流行・日本男性の表象やファッションの移り変わりは底で繋がった社会現象のようにみえます。かつて私は、女体化したキャラクターを「男性性からの逃亡」ぐらいにしか思っていませんでしたが、今は、男性にとっての理想の変化や、男性に対する社会からの要請の変化の一側面ぐらいに考えるようになっています。
 
汗臭い偉丈夫が完膚なきまでに駆逐されたわけではありませんし、日本のサブカルチャー領域は懐が深いのであらゆるキャラクター・あらゆるコンテンツが温存されているとはいえます。それでも、昭和40~50年に比べて旧来の男性性をストレートに描いたキャラクターのニーズは下がっているとは言えるでしょう。ストレートに描いているようにみえる場合も、どこかしら脱臭され、男臭さが襲い掛かってこないよう整形されていることの多いこと! 
 
そして汗臭い偉丈夫がそのままの姿で生きやすい社会でもなくなっているでしょう。
 
 

でも、読み取るより楽しんでいたい

 
私は、こうした男性にとっての理想や責務が女性寄りになった(または中性化していった)話を書籍のなかで何度かしました。
 

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

  • 作者:熊代 亨
  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

  • 作者:熊代亨
  • 発売日: 2014/03/28
  • メディア: Kindle版
 
残念ながら、あくまで社会の話のオマケとしてであって、メインの話としてまとめられたことはありません。どこかで一度、「女体化するキャラクターから現代社会病理を読み取る」みたいな平成っぽい本を作ってみたいものです。
 
でもそんなことより、『宇宙よりも遠い場所』がつくられたり『ウマ娘』が大ヒットソーシャルゲームになったりする現状を、現代日本大衆文化の一風景として面白がっておきたいし、面白かったという記憶を書き残していきたいと私は願っています。それらは日本社会の歪みや軋みを反映しているでしょうし、令和男性の生きづらさの影絵なのかもしれません。だとしても、これは現代日本大衆文化の豊穣な産物、たとえばフランス社会やアメリカ社会が生み出すことも育てることもなかった(できなかった)、そういった何かには違いありません。
 
そういう産物を同時代人のひとりとしてタイムリーに楽しめることを、現在の私は憂う以上に喜んでいます。や、もちろん、そういう何かが流行する社会で俯いている男性(や女性)がいることを否定するわけではありませんけどね。
 
『ゾンビランドサガ』と『ウマ娘』の、サイゲームス挟み撃ちで女体化こわいになっている現場からは以上です。
 
ゾンビランドサガ リベンジ SAGA.1 [Blu-ray]

ゾンビランドサガ リベンジ SAGA.1 [Blu-ray]

  • 発売日: 2021/06/25
  • メディア: Blu-ray
 

*1:要請、と言ってわかりにくければ責務、と読み替えていただいてもだいたい構いません