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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

若いの、そこは私達が十年以上前に通った道だ

執着

 
 時間が無いので20分ぐらいでメッセージを届けますね。誤字脱字ほか御容赦ください。
 
 メディアクリエイター否定派のおっさんたちに聞いてほしい話 - 半径3メートルの社会
 
 はじめまして、こんにちは。「おっさん」「ブロガー」のp_shirokumaと申します。
 
 面白い、というより夢のような文章ですね。落ち着いた筆致でも若気がみなぎっている。私は、こういう若々しい抱負・意見・主張を眺めるのが大好きなんですよ。「年上世代はわかっちゃいない」「俺たちは俺たちの明日を切り開くんだ」といった態度表明をみかけるとゾクゾクしますね。明日を生きる元気を分けてもらったような気分になってきます。
 
 さて、あなた達(あなた達、という表現を使うのは、ヤギログの筆者さんも「メディアクリエイター」を名乗っているからですが)のやっている事と、私達「おっさん」「ブロガー」をどのようにご覧になっているのかは読んで知りました。
 
 私達(あなた達と違った価値観を持つ年上ブロガーが存在するのは明白なので、私達、と書きます)は、はてなという会社のブログに限らず、ウェブサイト時代からインターネットの空気やコンテキストをつくってきたと、たぶん思っています。それが勘違いか事実かは置いときましょう。とにかく思っている人は多いはずです。
 
 私もその一人で、たとえばtwitterやFacebookが台頭しブログはオワコンと呼ばれていた時期も、ブログが好きだったからブログをどしどし書き続け、私もまたブログ世界を形作る一握りの砂でありたいと思っていました。そして風見鶏のようなクリエイター志望者がSNSにどっと流れた00年代後半をじっと耐えて、ようやく2013年1月になって「馬鹿め、ブログが死んだと思っていたか、ブログに新規参入するなら今だぞ」と言い張れるようになったことを嬉しく思ったものです。思えば、この宣言の直後ぐらいから、はてなブログには雨後の竹の子のように新しいブログが参入してきましたね、あなた達のように。そうした人達がはてなブログを選んだ理由は、はてなに思い入れがあったわけでも、ネットカルチャーが好きだったからでもないことは想像に難くありません。
 
 そうした過去のいきさつを知らないあなた達の目に、過去のいきさつを知っている私達「おっさん」「ブロガー」が「なんだかよくわからないものに拘っている連中」とうつるのも想像に難くありません。
 
 私は、それも悪くないと思っています。歴史や過去を知る者は、歴史や過去を踏まえて未来を見通す力を持つ*1けれども、そのかわり、歴史や過去のコンテキストに縛られてしまう。そこのところ、あなた達は歴史や過去に束縛されていないから、まっさらな者として新しいことに挑めます。だから、過去を呼吸した私達になど拘泥せず、まっさらな者としてのアドバンテージを生かして新しいことを始めて欲しい。私はそういう風に思います。
 
 二十歳前後の人間が、アラサーアラフォーの文化や生きざまを「かっこいい」と思っているより、年上世代など気にせず我が道を進もうとするほうが、自然だし見込みもあると私は思うのです。
 
 おっさんには従わない。オーケー。かかってこい!相手になってやる!そして俺達を超えてみせろ。十数年後の(ネット)カルチャーを構成する一握りの砂になってみせろ。
 
 私達は、いや、私は、きっとあなた達のメディア観やブログ観についていくことができない。しかし、それはそれ、これはこれとして申し上げると、どうにか生き延びて欲しい。この先、ブログを辞めて、SNSを辞めて、他のメディアに乗り換えたって構わないから、ネット内外で今獲得しているものが将来の無駄にならないように誠心誠意頑張って欲しい。いや、メディアクリエイターをやったって辞めたってかまわないから、何か人生の糧になるようなものを得て欲しい。そういう気持ちで修行する人は、立場は異なれど憎めない。あなた達は、あなた達の未来を、どうか丁寧に耕して欲しい。
 
 

  • その道は私達が通った道でもある。

 
 それでも、あなた達の参考になるかもしれない事を書いてみる。
 
 あなた達は「メディアクリエイター」「コンテンツを主役にしたい」とおっしゃっている。
 
 もしかしたら、ブロガー文化という、なにか垢ぬけず、歴史の手あかがついたネットカルチャーに対するカウンター的な意味合いも込めているのかもしれない。
 
 ただし、そうしたカウンター的な意味合いを差し引いても、あなた達のおっしゃりようは、過去に私達が目撃したり実行したりした事に非常に似ている、ということは申し上げておきたい。
 
 ブログが生まれる前のウェブサイト時代から、私達の周りには、クリエイターでありたい・コンテンツを主役にしたいと語っている人が沢山いた。あるいは騙っていたのかもしれないが。
 

満員電車で死んだ魚の眼のようなサラリーマンたちを毎日見ている学生の気持ちにもなってほしい。あれのどこに憧れを持つことができるだろうか?

 
 二十年前の私達も、同じように思っていたさ。
 
 昔のウェブは、現代社会のテンプレートに対する反骨やアンチテーゼ、あるいは現実が気に入らない人間の割合が高かった。あなた達が、既存のブログ文化を敬遠するのとは少し違うかもしれないが、とにかく「既にできあがっているもの」を忌避したくなる気持ちが充満していた。
 
 そうしたなか、ウェブでコンテンツをつくりたい、ウェブをメディアとして活用したいと思う人も現れてきた。ある者は創作活動で、ある者は知的サロンとして、ウェブ上でコンテンツ展開・メディア展開を夢見ていた。既存のおっさんおばさんの作り上げたものとは違った、自分達にしかできないことをやりたいと思っていた人は、そりゃあ沢山いたのですよ。
 
 まあ、中二病みたいなものですよね。過去の私達も。そして現在のあなた達も。
 
 その中二病を煮詰めたような活動を続けた結果として、新しいなにかをクリエイトしたり、メディアの人的な立ち位置を獲得する者も出てきました。もちろん、圧倒的大多数は力不足や情熱不足によって散っていくか、政治的・精神的に行き詰って消えていきましたが。
 
 走り書きしているので主張の焦点が曖昧になってきましたが、要するに、あなた達は過去の私達とよく似たスタート地点に今立っていて、才能と情熱とコミュニケーション能力*2と運に恵まれば、たぶん本当にクリエイターな人なりメディアな人なりになれるんですよ。ただし、夢破れて散っていく可能性のほうが圧倒的に高いことは自覚しておいてください、といったところでしょうか。
 
 だから、才能と情熱が潰えてしまわないような努力と、才能と情熱が潰えてしまっても何かが残るような工夫と、両方を惜しまないでください。前者しかできないなら挫折に弱く、後者しかできないならこのような生ぬるい所信表明を書いている人間が鍛錬されるわけがない。両方欠けていれば駄目なワナビー直行なのは言うまでもありません。
 
 それと、一度や二度の挫折や失敗で蓄積を捨ててしまうような、経験の蓄積から学ぶことを知らない無能者にはならないでください。それができないまま若者気分を引きずって年を取れば、あなた達はきっと、あなた達が唾棄してやまないところのおっさんやおばさんになってしまうでしょう。
 
 私のような人間には、今、あなた達のやっている事・主張している事がどこか他人事にはみえません。もちろん「ウェーイ」な雰囲気にはついていけませんが、それを差し引いてもです。
 
 だから、どうか精進してブログを、いやコンテンツを、いや人生を耕して欲しいと思うし、どうか壮健で。私はたぶん、立場的にはあなた達の敵とみなされ、あなた達のクリエイトしたメディアコンテンツが稚拙であれば稚拙だと指摘する側の人間ですが、立場は違えど頑張って欲しいと願います。また願わくは、あなた達の活動やコンテンツがカルチャーとして定着し、十年後、二十年後には歴史とみなされ、私達が今思っていることに近い感慨をお持ちにならんことを。
 
 「おっさん」「ブロガー」からは以上です。乱文・乱筆失礼致しました。
 

*1:ことがある

*2:過去の私達より、これからのあなた達のほうがコミュニケーション能力を要するのだろうと推察します。