シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

遊びきれないほどゲームに恵まれて困る

 
 
 それにしても、世の中には何百時間も費やしたくなるようなゲームが溢れていて、社会人にはとても遊びきれそうにない。一本のゲームが、ゲームに費やせる余暇の数か月分を丸々持っていってしまう。今回ハマってしまった『skyrim』も、数ヶ月間、これ一本でゲームに宛てる時間のほとんどを持っていってしまうだろう。一度やり始めてしまった以上、小休止できる程度には飽きるまで続けざるを得ない。途中でやめろ、ですって?そんなの無理ですよ!
 
 実際には、やりたいゲームは他にもたくさんある。『Europa Universalis 3』や『Heart of Iron 3』だってやってみたいし、『東方』の最新作も去年から積んだままになっている。『ダライアスバーストAC』のPhase2も、やりこみが全く足りない。そして今年の春にはType Moonの『魔法使いの夜』がリリースされる(ということになっている)。あれも買わないわけにはいかない。
 
 これら、全部のゲームをこなす時間を確保しようと思ったら、多分たくさんのものを犠牲にしなければならないだろう。でも、社会人である以上、夜更かししてまでゲームをやるわけにはいかないわけで、「本当にやりたい作品だけを厳選」せざるを得ない。「たぶん、これに手を出したら面白いんだろうな」と予め分かっているゲームが見つかっても、諦めなければならないケースが増えた。綺羅星のようなゲームがたくさんリリースされているだけに、悔しいなぁと思う。
 
 学生時代の頃は、限られた小遣いがゲーム購入のボトルネックとなっていて、たくさんのゲームを諦めていたように思う。ところが社会人になって金銭的にゆとりが出てきてからは、今度はプレイするための時間がゲーム購入のボトルネックとなって、ひいひい言う羽目になってしまった。結局、今も昔も「本当に自分が遊びたいゲームを」「慎重に」「ピンポイントで掴めるように」務めなければならない図式は変わらなかったし、「たくさんのゲームを諦めなければならない」という現実も変わらなかった*1。社会人をやめてしまうなら、話は別かもしれないが。
 
 こうした「金銭から時間がボトルネックへ」問題は、いまや社会人だけの問題ではないのかもしれない。今の学生さんは、短時間で遊べる「カップラーメン」のようなゲームが売れている一方で、いとも簡単に何百時間も持っていってしまうような「フルコース」のような作品もたくさん時代を生きている。で、「フルコース」のような作品は、ゲーム一本の価格が10000円近くても何百時間も遊べるがために、実は金銭的なコストパフォーマンスは最高に近い。一時間あたり、50円もかからないようなコストで最高のゲームが遊べてしまう。
 
 だから現代においては、「フルコース」なゲームを遊びたがる学生ゲーマーにとってのボトルネックも、やはり時間なのかもしれない。社会人よりは時間に余裕があるといっても、ゲームばかりやっていれば廃学生になってしまうわけで、思慮分別のある、前途有望な大半の学生であれば、ゲーム以外のレクリエーションとか、勉強とか、部活動とかに、それなりに時間を費やしている筈。そんな彼らが、「フルコース」なゲームを遊ぶ習慣を身につけてしまったら、時間の工面に相当苦労するに違いない。 えっ?前途有望な学生は、「フルコース」なゲームなんて手を出さないですって?ううむ……。
 
 

いわゆる「まんじゅうこわい」

 
 まあ実際には、「遊びきれないほどゲームに恵まれて困る」って、贅沢な幸せな悩みなんだろう。それだけ、退屈していないということだし、ゲームライフ的に幸せだということだろうし。ただ、実際に積みあがったゲームの箱を見ると、どうしたものかなぁと溜息をつきたくもなる。ゲーム購入のための出費は最盛期より大幅に減っている筈なのに、全然ゲームがなくならない。遊びたいなぁ……。
 
 

*1:ただし、こうした鑑識眼を養う過程のなかで、クソなインターフェースのゲームを辛抱強く遊んでみる、という忍耐が失われてしまうが