シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

痛いオタク・痛い人の行先は?

 
 2019年のヨイコノミライ - あままこのブログ
 
 
 上掲リンク先の"2019年の『ヨイコノミライ』"というタイトルを見て、歳月を感じずにはいられなかった。『ヨイコノミライ』が完結したのは2006年。それから13年の歳月が流れた。
 
 

 
 
 リンク先の筆者であるamamakoさんは、こんなことを書いている。
 

例えば、今のオタクは、自分のオタ話をするにあたっても、ほんと器用に相手の好みに合わせて話をします。いきなり初手でBLの話をする腐女子や、ロリコン漫画の話を男ヲタなんてものはもうほぼおらず、「カードキャプターってどうだった?」的な無難な話題から、BL的なものやロリコン的なものが受け入れられるか慎重に見極めて来ますし、またそこで相手を傷つけずに「いや、そういう話題は地雷です」みたいなサインを出すのも本当にうまいです。
また、今のオタクは、その場の空気がそういう空気でない限り、めったに作品の批評的な事は言いません。今の若いオタクたちは「語彙がない」なんて自嘲しますが、批評的なことを敢えて言わないだけで、「当たり障りのないボキャブラリー」の豊富さは、昔のオタクなんかより断然豊富です。
(中略)
つまり、今の若いオタクたちにとっては、『ヨイコノミライ』に見られるような幼稚なオタクは、どこか遠い国の、おとぎ話のキャラクター程度のもので、何もリアリティなんかないのではと、思ってしまうのですね。かくしてオタクたちはみんな改心し、自称批評家は僕が死ねばこの世から消滅する。良かったな吉田アミ!これが望みだったんだろー!

 私が2010年以降に出会った年下のアニメ愛好家やゲーム愛好家、いわゆる"オタク界隈"に首を突っ込んでいる若い人々を眺めても、昔のオタクに比べてコミュニケーションが上手いと感じることが多い。コミュニケーションのできるオタクの増加は、オタク差別の軽減と並行して進んだ。キモいオタク、つまりコミュニケーション困難なオタクに対する差別は厳然として残ったが。
 
 今、問題になっているのはオタクかオタクじゃないかではない。コミュニケーション可能な相手なのか、それともコミュニケーション困難な相手なのか──そういったコミュニケーションの意志と能力のほうではないかと思う。もちろんこれは、オタクという趣味ジャンルだけに限った話ではあるまい。
 
 『ヨイコノミライ』が連載されていた頃は、オタクが痛くてもおかしくないという認識があった。そんな有様だからオタクが外部から侮蔑されていたという側面もあったかもしれないが、ともかく、オタク同士の付き合いのなかでは"痛いオタク"がいるものというコンセンサスがあった。『ヨイコノミライ』にリアリティが宿っていたのも、若干の誇張はあったにせよ、同作品の登場人物が"痛いオタク"のステロタイプに沿っていて、"オタク界隈"の住人ならどこかで見たような出来事が描かれていたからでもある。
 
 『ヨイコノミライ』未満の"痛いオタク"だって沢山いた。たとえばTV版『電車男』に出て来る脇役のオタクたちなどは、いかにもコミュニケーションの不得手そうな振舞いをしていた。00年代の頃、不器用そうなオタクがテレビに映るたび、2ちゃんねるの実況板住人が「おまいら」「おれら」と呼び合っていたのも、「オタクは痛くてもおかしくない」、「オタクは不器用でもおかしくない」という認識が共有されていたからだったはず。
 
 それが、まさに『電車男』がヒットした頃から変わっていった。
 2008年に私が書いた文章を引用してみる。
 

オタク界隈という“ガラパゴス”に、“コミュニケーション”が舶来しました - シロクマの屑籠
 当時、“脱オタ”がある程度の段階まで来ていた私は、オタク趣味の内外のそこらじゅうの文化圏に首を突っ込んで回っては、歓迎されたり叩き出されたりしていましたが、そうやって色々な文化圏と見比べて回るにつけても、オタク趣味界隈が最もコミュニケーション貧者が多いように感じられました。後々気づいたんですが、あの頃のオタク趣味界隈って、能力的にはコミュニケーション貧者が多かったかもしれないけれども、コミュニケーションの摩擦のかなり少ない状態でつるんでいられるという、ある種の楽園のような状況が保たれていたと思うんですよね。
 
 ところが、『電車男』以後ぐらいから、どうも様子が違って感じられるようになりました。もう、秋葉原に行っても典型的な“アキバ系ファッション”ばかりとは限らない。秋葉原の本屋に『脱オタクファッションガイド』が平積みされ、メイド喫茶がテレビで紹介されるような時代を経て、いつの間にか秋葉原の服飾のアベレージはすっかり変化してしまいました。“臭いオタク”なんて過去の話で、小綺麗な男女が“とらのあな”の紙袋を持って中央通りを闊歩するのが2008年です。オフ会でも、ただお喋りなだけの五月蠅いオタクや、聞き取りにくい小さな声でしかしゃべれないオタクの割合が急速に減少している気がします。オタクだからコミュニケーション貧者だとか、オタクだからコミュニケーションへの意識が乏しいとかいう傾向は、少しづつ終わりに近づいているんではないでしょうか。

 
 2019年のオタクのありようは、この延長線上にある。オタクを自称する人のうちに全く痛くない、器用でコミュニケーションの上手い人が増えた。それこそamamakoさんの言うような、当たり障りのない会話もこなしてみせるオタクによく出会うようになったと思う。
 
 オタクの裾野も、オタク界隈に出自を持ったコンテンツの裾野も恐ろしく広がったから、いったいどこからがオタクでどこまでが非ーオタクなのか、2019年には判然としない。なにしろNHKがアニソンの番組を放送し、映画館では新海誠の作品がオリコンチャート一位を獲り続けるような時代なのだから。どこまでがオタクでどこからがオタクでないかなんて、わかったものじゃない。
 
 ちょうど最近、居酒屋で店員の兄ちゃんと姉ちゃんがアニソンの話をしていて、そこから「エロゲの歴史」を勉強しているという話が出てきてびっくりさせられた。ここでいう過去のエロゲとは、『Air』や『沙耶の唄』や『CROSS † CHANNEL』のことである。こういった体験にあちこちで出会うのだから、本当に裾野が広くなったのだなと思わずにいられない。
 
 

痛いオタクの行先はどこか

 
 では、痛いオタク、不器用なオタクはどこへ行ったのか?
 
 痛いオタクがたくさんいた頃は、痛いオタクであることはオタク界隈の内輪ではあまり問題にされなかった。外部の人々からオタクが忌避されることはあっても、オタク界隈の内輪では、痛いオタクであることは決定的にまずいことではなかった。まあオタクだしそういう人もいるでしょう、という理解もあった。
 
 ところがオタクでもコミュニケーションできるようになったことによって、オタクでもコミュニケーションができなければならなくなった。たくさんの人々が界隈に流入してきて、それこそ、劇場版『Fate/Stay night』をカップルで観に行く男女がいるような時代になって、「オタク界隈の内側だからコミュニケーションは不問に付す」というわけにもいかなくなった。
 
 もちろん、SNSに完全に背を向けて独りでコツコツとコンテンツに向き合えば、コミュニケーションから隔絶したオタクライフも不可能ではないだろう。だが今日の界隈のコンテンツはしばしばSNSと連動していて、情報はインターネットを駆け巡っている。このような状況下でスタンドアロンにアニメやゲームに向き合うのはそれほど簡単ではないし、どのみち、インターネットの内外で私たちが観測したり出会ったりできるのはコミュニケーションしたいという意志を持ったオタクだけだ。
 
 ここまで考えたうえで、『ヨイコノミライ』に登場するような痛いオタクは、今だったらどこにいるのかについて考えてみる。
 
 かつてなら痛いオタクとして界隈の内輪にいたであろう彼らは、現在ではオタクになる前にドロップアウトしてしまっているか、痛くないオタクになってしまっているのではないだろうか。
 
 「オタクになる前にドロップアウト」とは、思春期を迎える前に不登校を呈してしまったりメンタルヘルスの問題を呈してしまったりして、十分にオタクとして活動することもままならない状況に追いやられているのではないか、ということだ。
 
 不登校やメンタルヘルスの問題が、そのままオタクでいられなくなることとイコールというわけではない。たとえばコミケを往復するオタクのなかにも、精神障害者保健福祉手帳を持参している人をときどき見かける。とはいえ、思春期前半の面倒な時期にコミュニケーションで躓き、そこから人の輪のなかに入っていくのはなかなか難しい。四半世紀ほど前の校内のオタクグループはそういった躓きのある人でも参加しやすい人の輪であり、そういった躓きを避けるためのギリギリのセーフティネットでもあった。
 
 もちろん、オタクグループが躓いた人や躓きかけている人をすべて包摂したわけではないし、オタクグループだけが包摂していたわけでもない。ヤンキーやサブカルも、人の輪に入っていくことの難しい不揃いな林檎たちの所属先として有力だった。が、ともあれ、校内のコミュニケーションの秩序の最下層で踏みとどまれる居場所としてオタクグループがあるていど機能していたのもまた事実だ。こういう話をすると、私より年上の上のオタク・エリートの人々はだいたい渋い顔をするものだけれど。
 
 言い換えるなら、『ヨイコノミライ』がリリースされていた頃のオタク・オタク界隈には、校内のコミュニケーションの秩序に対する対抗文化としての意味合いがあったと思う。
 
 ところがこの20年間に、オタクも、オタク界隈も、アニメやゲームといったコンテンツも、対抗文化という位置づけからユースカルチャーの本流に近い位置づけに変わってしまった。校内のコミュニケーションの秩序の真ん中付近にいる人までもがアニメやゲームの話をするようになったら、そこは、日陰者が気安く集まれる居場所ではなくなってしまう。
 
 今、どこかに過去のオタク、あるいは過去のサブカルやヤンキーのような、対抗文化たりえる居場所や界隈やはあるのだろうか。
 
 わからない。敢えていえば、twitterのあのへんに、そうした人々が群れているような感じはある。ただしtwitterのあのへんで楽しそうにしている人々は上澄みみたいなもので、痛い人とはいっても言語的能力に優れた、いわば才能のある人々だ。そうでない「痛い人」がtwitterをやると、たとえば、アライさん界隈みたいなところが到達点になるのではないかと思う。
 
 まだ校内にオタク・サブカル・ヤンキーといった対抗文化が存在していた頃、痛い人がいずれかの対抗文化に所属し、思春期をやり過ごす余地はあったように思う。校内に対抗文化の集まりが存在していれば痛い人でも群れることができ、痛い人なりにコミュニケーションや社会経験を積み上げることができた。
 
 だが、校内のコミュニケーション秩序、ひいては社会のコミュニケーション秩序に対する対抗文化が軒並み失効してしまったとしたら、痛い人が群れることができる場所、コミュニケーションや社会経験を積み上げられる場所はいったいどこにどれだけあるのだろう? 
 
 
 福祉が?
 
 いや違う、と私は思う。福祉はそれ自体として対抗文化ではない。たとえばメンタルヘルスの問題を抱えている人が集まれる場所を福祉が提供しているとしても、それが対抗文化だとはまったく思えない。福祉が提供しているのは、根本的に違った何かだ。
 
 
 話がそれかけたので本題に戻ろう。
 
 『ヨイコノミライ』という作品は、オタクが対抗文化として機能していて、そこに痛い人々も所属してオタクをやっていた頃の物語だった。そうした痛いオタクが寄り集まった居場所の、痛さゆえの過ちや弱さをしっかり描いた物語だったと思う。
 
 じゃあ、『ヨイコノミライ』的な痛い居場所がなくなって、痛いオタクがいなくなったほうが良かったのか? 
 
 社会のコミュニケーション秩序があまねく行き渡り、オタクがみんな優しくなって気が利くようになった現状が、20年前よりも良いと言えるなら、そうだと言える。反面、痛い人が所属できる対抗文化が見当たらず、twitterでアライさん界隈をやるほかない現状が厳しいと思えるなら、良くなかったと言うべきだと思う。
 
 私は……とりあえずオンラインとオフラインの双方を行き来できるような対抗文化があって欲しいと願うばかりである。