- 作者: マグナカルタ編集部
- 出版社/メーカー: ヴィレッジブックス
- 発売日: 2014/07/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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7月19日発売の『マグナカルタ』“特集・「日本の家族」”に寄稿しました。
冒頭で紹介したんですが、ここ5年ほど、精神医学の臨床現場で以下のような症例によく遭うんですよ。
――気分が変わりやすく不安定。けれども典型的な躁鬱病にみられるような明確な気分の波はみられない。リストカットやむちゃ食いをする事もあるけれども、見捨てられ不安や他人を振り回すような性質は乏しく、境界パーソナリティ障害と診断するにも根拠が足りない。IQの数値は65〜85程度、知的障害には該当しないけれども、いまどきの情報社会で働くには十分とは言えない――。
こういう症例です。みようによっては躁鬱病(双極性障害)にも、パーソナリティ障害にも、発達障害にもみえますし、ドクターの診断スタンスいかんで主病名が何にでもなり得ます。A病院では躁鬱病、B病院ではAD/HD、C病院ではパーソナリティ障害……なんて事が起こりやすく、空気が読めない傾向があればASDの診断名が付け加わることもあります。既存の診断名にきっちり当てはまらないため、それぞれの疾患の典型例に比べて障碍年金等にも該当しづらいという問題も抱えています。
こういう、「どの精神疾患にもあてはまりそうで当てはまらない」「だけど、本人の社会適応は苦労だらけ」な患者さんが、相当なボリュームを占めるように感じられるのです。
ここで問題にしたいのは、そうした一群の患者さんの多くが、生育環境が荒んでいて、身近なところに情緒や生活習慣や学習のロールモデルとなるような人物が乏しく、単一養育者*1だけでは知・情・意をカヴァーしきれない環境で育っている点です。
もちろん、その背景には本人自身の先天的素養の問題もあるでしょうし、その素養が災いして親子関係が拗れた可能性もあるでしょう。でも、それだけにしては不自然なほど高頻度に“大変な生育環境”の履歴を伴っているのです。
その一方で、学業面でも運動面でも情緒面でも文化面でも恵まれた環境で育ち、素晴らしいポテンシャルを開花させている若者がいるのも現代社会であります。
そうした恐るべきギャップの今日的背景は何なのか?そうしたギャップの重要な要因として、私は「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)の第四章で現代の居住空間の特徴をとりあげましたが、今回は、そのあたりをさらに掘り下げました。この問題って、「豊かな家庭の子どもなら安泰」ってわけではありません。核家族、あるいは核家族未満の家族構成で生活している殆どの子どもが、イマドキの居住空間やイマドキのコミュニケーションの導線に影響を受けちゃうと思うんですよ。
そのあたりについての私見です。
精神科医の論者が私だけなので、それなりキャラが立っているような気がします。
興味のある方はどうぞ。
*1:多くの場合は母親です