シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

町山氏、上杉氏、それぞれの勝利条件――3.14頂上決戦で繰り広げられた戦術に関連して

 ニコ生×BLOGOS番外編「3.14頂上決戦 上杉隆 VS 町山智浩 徹底討論」 - 2012/03/14 23:00開始 - ニコニコ生放送
 
 久しぶりに凄いバトルを見た。
 
 私は、公開質問状を突き付ける町山さんが圧倒的勝利をおさめ、上杉さんは言論人としての威信を損ねるのではないかと予想していた。“あの、用意周到な町山智浩さんの追求に、逃げ道なんてあるわけがない”――そんな風に思っていた。
 
 ところが実際に観てみると、互角のバトルになっている!町山さんが鋭いのは予想通りとしても、上杉さんの戦術があまりに巧みで、あんぐりしてしまった。その戦術的卓越について書き残しておく。
 
 

両者が戦った“戦場”について

 
 上杉さんの戦術を検討する前に、両者がバトルを行った、この討論会という“戦場”を概観しておく。
 
 公開質問状を出した手前、町山さん側は、この討論を通して上杉さんの発言の矛盾をなにかしら暴かなければならなかった――柔道に喩えるなら「一本」「技あり」「有効」なんでも良いから、とにかくも矛盾点の訂正なり謝罪なりを引き出さなければ、勝利とは言えない。それに失敗すれば、町山さんは「ただの噛み付き屋」というイメージを視聴者に与えかねない。攻め手に回った以上、せめて砦の一つでも落とさなければ面子が立たない。
 
 対して、上杉さん側は「一本」を取られるのは流石にまずいとしても、「有効」程度なら取られても構わず、さしあたり既得ファンを大きく失望させる事態さえ回避すればok、という情況だった。つまり、土下座のような事態にならない限り、たいした威信ダメージにはならない。また、無理してまで町山さんから「一本」「技あり」「有効」を取る必要も無い*1
 
 討論は時間制限付きで、なおかつ質問ターンが両者に交互に与えられるというルールだった。町山さんは、限られた時間の、専ら自分のターンだけで勝利条件を満たさなければならず、しかも上杉さんサイドには遅滞戦術の類が許されていた――この討論は、柔道とは違ってレフリーから「教育的指導」が入る心配が無い。このため、“ゆっくり、丁寧に、慌てず騒がず、誤解されにくいような説明”に時間をかけて構わなかった。しかも、町山さんのターンが終わるごとに自分のターンが回ってくるので、必要とあらば自分のターンに適当な質問をして時間稼ぎを行うこともできる。
 
 このような攻勢側よりも防御側が有利な“地の利”を把握したうえで、上杉さんは討論に臨んでいたと推定される。
 
 

上杉さんの卓越した戦術

 
 放送開始して間もない頃の上杉さんは、少し緊張している様子だった。ニューヨークタイムズのスクープ記事について質問されていた時、顔面の表情はこわばっていたし、しばしば顔面に手を当てる仕草がみられた。せわしない早さで缶コーヒーを口に運ぶ様子も、神経質そうに見える。
 
 とはいえ、当初から上杉さんはしたたかに立ち回りはじめていた。
 
 たしかに町山さんの質問に回答している。けれども回答内容は長々しい修飾語や補足を伴っていて、わかりにくく、ところどころ証明不可能な領域を含んでいた*2。きちんと読み取れば、一応、町山さんの指摘を受けて訂正している部分もある。が、「ごめんなさい嘘でした」的なわかりやすさには程遠いし、ところどころは煙に巻いている。そして制限時間を着実に削って時間を稼いでいく。
 
 私は、だんだん狐に化かされているような気分になってきた。
 
 町山さんは攻めていた。猛烈に攻めていた。「技あり」ぐらいなら幾つも取ったようにも思える。ところが受け身が巧いというか、上杉さんの政治的失点は最小化されていて「ダメージが通らない」。もちろん町山さんサイドとしては、上杉さんからそれなりの言質を引き出しているのだから、討論の勝利条件は達成している……筈なのに、上杉さんが言論人として出血多量で救急車を呼ばなければならないような状況には至らない。
 
 それどころか、「必死に誤解を解こうとしつつ、過去の過ちはきちんと認める人」というイメージさえ呈している。言語レベルにおいて長々しく遠回りな回答をすることでダメージコントロールと時間稼ぎを達成しながら、非言語レベル、特に「見かけ」の次元では、「私はこんなに丁寧に誠実に説明しようとしてるんです」とさりげなく観衆に訴えかけている。町山さんからの質問に対してディフェンス一辺倒のように見えて、ちゃっかりイメージコントロールを仕掛けている!まるでベテラン政治家のような立ち回りに、私はぞっとした。
 
 そうこうしているうちに、上杉さんの仕草に余裕がみられるようになってきた。当初のようなこわばった表情が消え、リラックスしている風に見える。手で顔をぬぐうような仕草も減り、缶コーヒーを手にするスピードもせっかちではない。
 
 やがて、町山さんがTBS降板の件について、かなり強い語調を伴って上杉さんに質問を繰り出してきた。この質問は、強い語調と仕草もあいまって、町山さんの渾身の一撃、あるいは心の籠もった問いかけのような外観を呈していた。が、上杉さんはこれを「小島さんと町山さんがそう思っただけで、事実はそこにあるということは決定してませんよね」とサラリと回避。それどころか、仕草の次元では悠然と笑みすら浮かべているのである。スッキリとした服装も相まって、その語り口は終始涼やかで、食いつくような町山さんの身振りとのコントラストも、どこか計算ずくのようにも見えてきた。言語レベルでも、チョコチョコちょっかいをかけはじめている。手強い!
 
 私は思わず「この人、モンスターだ!」とディスプレイの前で叫んでしまった。
 風が吹こうと、槍が降ろうと、上杉さんはあくまで余裕綽々なのである。答えたい部分だけは答えたいように答え、はぐらかすところはしっかりはぐらかす。以後も上杉さんはさほどペースを乱されることなく、この討論におけるダメージコントロールに殆ど成功していた。
 
 

「二つの勝利条件、二つの月桂冠」

 
 この討論では、それぞれがそれぞれの勝利条件を追求し、それぞれが勝利した。
 あるいは、二人の言論人が、それぞれの異なったファン層(権力基盤、と言ってもいい)に対して、それぞれ過不足の無いアピールに成功した、とも言える。
 
 町山さんは、「上杉さんの発言の矛盾を指摘・追求する」ことで、言論の守り手としてのプレゼンスを強烈にアピールした。ゆっくりとした応答の上杉さんを相手に、忍耐強く、可能な限りの言質を引き出し、町山さんのファン層に強い印象を与えた。町山さんが勝利すると事前に想定された次元においては、町山さんは予想通り勝利した。
 
 一方、上杉さんは「公開質問状を送ってくる論客にも、できるだけ丁寧に回答する上杉」「さっぱりした服装・落ち着いた口調・自信すら滲ませた態度の上杉」というイメージを維持し、上杉さんのファン層に応えるような振る舞いを見せた。威信ダメージを最小化し、むしろ“上杉隆の健在”を誇示すらしていた。
 
 なんとなく「常勝の町山、不敗の上杉」というフレーズが連想された。痛み分けには見えなかった。
 
 ここで、ちょっとifを考えてみる。
 
 もし、町山さんが「上杉さんの権力基盤にダメージを与えること」つまり「上杉さんのファンが離れるような威信低下を目指し、平謝りさせること」を勝利条件としていたらどうなっていただろうか?上杉さんの試合巧者っぷりから察するに、カウンターを浴びていた可能性が高いような気がする。
 
 逆に、上杉さんが「“噛みついてきた野良犬”として町山さんを料理する」ことに拘っていたらどうなっていただろうか?あるいは、アンチ上杉をファンにしようと欲張っていたらどうなっていたか?これらもやはり、町山さんの餌食になっていたのではないかと思う。双方の戦力・装備は均衡しており、ほんの少しの冒険が致命傷となっていたかもしれない。尤も、お二人はメディアの世界で淘汰を生き残ってきた人達なのだから、ベネフィットの薄いところで冒険的リスクを侵すなんてことは無いだろうけれど*3
 
 ワンサイドゲームを期待していた筋・致命的なハプニングを期待していた筋から観ればつまらない幕引きだった。しかし、町山さんの攻勢/上杉さんのダメージコントロールの技倆には並々ならぬものがあり、純戦術的にはエキサイティングな、見所の多いバトルだった。
 
 [関連]:上杉隆氏の華麗なる弁論テクニック - 未来私考
 
 

補足、というか本件の鑑賞ポイントについて

 
 はてなブックマーク - 上杉隆氏の華麗なる弁論テクニック - 未来私考
 
 上記のはてなブックマークでは、「あれじゃ詐欺師だ」「町山さんは、遠慮せず追い詰れば良かったのに」という意見を多数見かける。だが、そういう目線で見ても、この上杉さんのおっかなさはわかりにくい。そうじゃなくて、「なぜ、ドライアイスの剣のような町山さんが、遠慮無く追い詰めなかったのか」「なぜ、町山さんが、『あなたは詐欺師だ』言わなかったのか」を想像し直してみたほうが、本件の面倒くささと深刻さがみえてくるかと。
 

*1:実際、町山さんを掘り崩すような質問には上杉さんは消極的だった。戦術的に見て、これは藪蛇の防止という効果があるだけでなく、「あなたは私に関心があるらしい。しかし私はあなたに関心なんて無いんですよ」という言外のアピールにもなっていた

*2:少なくともその場では

*3:そういう意味では、「呼吸」が取れていたかもしれない