シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

「まともな人間の条件」と、そこからはみ出す自分自身について

 
 
 
  
健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会に潜伏しています。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。
 
はてなブログで付き合いの長かったいぬじんさんから、『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会』についてお便りをいただきました。ありがとうございます。せっかくなので、前半章(1.)と後半章(2.)に分かれたreplyをお届けしています。
 
 
1.いぬじんさんは、拙著の前半章をご覧になって、こんな風に評しておられました。
 

シロクマ先生は本書の中で、この国の「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」のあり方について疑問を投げかけるだけでなく、精神科医としてのご自身の立場に対してさえも疑いのまなざしを向けている。
たとえば、こんな感じだ。

 資本主義・個人主義・社会契約が徹底していく社会、どこまでも清潔で健康で道徳的になりゆく社会、秩序と社会適応の同心円へあらゆる人を包み込む社会から逃れることは困難になった。家庭でも、学校でも、職場でも、マスメディアやインターネットでも、それらを大前提とした通念や習慣に私たちは曝され、それを内面化していく。そのことは医療や福祉の現場でも変わらない。この点では、医療や福祉は秩序に対するオルタナティブではなく、むしろ診断や治療やマネジメントをとおして私たちを秩序の同心円のどこかへ再配置し、資本主義・個人主義・社会契約が徹底していく社会のほうへと私たちを招き寄せ、絡めとっていく側である。

特に、「発達障害」という概念が浸透してしまった社会では、精神医療は人々を「発達障害」だと診断し、治療し、社会のなかに「再配置」することで、社会の不自由さを強固にすることに加担してしまっているのではないか、とシロクマ先生は疑問を持つ。

 
これはちょっとオーバーな評価というか、私は精神科医としての職務にそこまで疑問は感じていないし、医療や福祉はそれでも人々の助けになっていると確信を持っています。たとえば第七章で私は、こんなことを書いています。
 

 医療や福祉によるサポートも、現代社会には不可欠のものだ。第二章などで触れたように、私は発達障害がブームになってしまう社会は、ある面では人間に厳しい、人間を疎外しやすい社会だと考えている。とはいえ、これほど社会が進歩してしまったがために発達障害がブームにならざるを得ない必然性と、診断や治療をとおしたサポートを多くの人が必要としている事実は理解しているつもりだ。むしろ医療や福祉は、進歩した社会にそのままでは適応しかねている個人の救済と秩序の下支えとして、よく機能している。

医療や福祉が、この健康・清潔・道徳に突っ走っていく社会を下支えし、正当性を与える装置になっている側面はあるでしょう。とはいえ、現場ではたくさんの困っている人々を助けているのであって、それが無いよりは有ったほうが良いでしょう。少なくとも、これをやめてしまうわけにはいかない。
 
社会の側が"困っている個人"を医療や福祉に委ねてしまえばそれでOKなのか──ここに私が問題意識を感じているのは事実ですし、医療関係者や福祉関係者がこうした問題意識を持たなくて構わないのかにも、疑問を持ってはいます。
 
とはいえ、たとえば哲学者のイヴァン・イリイチのようなラディカルな医療批判にはついていけません。
 

 
それに、ひとりの精神科医としては、普段はこういうことを考えなくて構わないんですよ。
 
職業人としての私は精神科医をやっていますが、私が白衣を着ている時にすべきことは患者さんの利益なり適応なりを考え、患者さんにとって一番望ましい方向へ援助することだけです。そして、精神科医としての援助の大きな部分は、ICDやDSMといった国際的な診断基準とその診断基準にもとづいてつくられた治療ガイドラインによって定まっています。ガイドラインに該当しない部分も、大学以来の教育課程で学んだノウハウが機能してくれていて、素のままの私が徒手空拳で考えなければならない余白はそれほど大きくありません。
 
「白衣を着ている時は、考えなければならない課題がシンプルだ」とも言えるでしょう。マクロな社会のことなど知ったことか。白衣を着ている時は、患者さんのことしか考えなくていいし、診断と治療は診断基準やガイドラインのおかげでオートメーション的*1です。だから職業人としての私は、精神医療を患者さんに提供する端末に過ぎない、と自分のことを思っています。ブロガーとしての私が医療や福祉と社会の関係についてあれこれ論じているとしても、白衣を着ている時はそんなの関係ないわけです。
 
いぬじんさんが拙著のうちに透かし見た私の矛盾は、白衣を着ているか着ていないかによって切り分けられた、もっとあっさりとしたもののように思います。
 
ユニフォームの持つ力って凄いですね。白衣を着て診察室に入ればひとりでに私は精神科医モードになって、白衣を脱いでPCの前に座ればひとりでにブロガー・物書きモードになれるんです。そういう切り替えは、処世術として意外に大事な気がします。
 
 
2.それとは別の、「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」に合わせる自分と、合わせられない自分の矛盾について。
 
これは私のなかにも間違いなくあって、執筆動機の一部になっています。
 
健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

  • 作者:熊代 亨
  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
拙著の帯にも書かれている「まともな人間の条件」ってやつを、私はギリギリでしか満たすことができません。清潔であること、礼儀正しく、望ましい感情表現を心がけること、安定したアウトプットをこなすこと、どれも私にはギリギリの課題です。幸い、精神科医になったうえで「あの人はちょっと変な人」という立場を獲得し、家族や職場の皆さんにお目こぼしをいただいて何とか社会にぶらさがっていますが、そうした職業や立場やお目こぼしを欠いていたら私の人生は難破していたでしょう。
 
そもそも不登校を経験し、学生時代はオタクとしてキモいだのなんだの言われ続けて、はてなダイアリー時代にはオタクの社会適応のことばかり考えていた私という人間は「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」がしんどい人間なのだと思います。だから社会に適応するということを考えずにはいられないし、社会に適応するためのハードルがじりじり高まっていく世相に敏感にならざるを得ません。
 
私のような、社会適応がギリギリの人間は、いわば「炭鉱のカナリア」なのだとも思います。たとえば90年代にはオタクと言われつつもなんとか社会についていっていた私の知己が、00年代、10年代になって発達障害を含めたメンタルヘルスの問題に直面していきました。それは、精神医療が進歩したからという以上に、90年代にオタクをやっていた「炭鉱のカナリア」たちが高まりゆく社会の秩序に窒息しはじめたからではないか……という疑いを私は捨てられません。
 
オタクの知己の幾名かが(発達障害を含めた)メンタルヘルスの問題に直面し、私自身がたまたま直面していない(ということになっている)のは、私の運が良くて、理解ある隣人に恵まれたからだと思っています。
 
他方でいぬじんさんは、

たとえば、ぼくが仕事で使っている、色んな視点から物事を見る技術は、「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」で生きているだけでは身につかない。
日々どうでもいいことを妄想し、くだらない思い込みから失敗をして、人生経験の引き出しを増やし続けているおかげだったりする。

とおっしゃっていて、これも、本当にそうなんじゃないかと思います。
 
人間には誰にだって得手不得手があって、「まともな人間の条件」にあてはまらない部分にも人生経験の引き出しはあるはず。もちろん、そういう引き出しのなかには資本主義や個人主義や社会契約になじまないものだってあるでしょう。でも、人間は生まれながらに資本主義や個人主義や社会契約のとおりに設計されているわけではないのですから、そういった「まともな人間の条件」の外側も含めての人間存在、なのだと思います。
 
拙著で私は、令和時代の生きづらさについて書きましたが、時代が求める「まともな人間の条件」は違っているので、たとえば令和時代に「まともな人間の条件」のど真ん中を生きている人が、他の時代でも同じように生きられるとは思えません。
 

 
たとえば、男性が男らしさを、女性が女らしさを示さなければならなかった19世紀ヨーロッパの「まともな人間の条件」は今とは全然違っていて、令和時代の日本とは全然ちがった生きづらさがあったでしょう。結局、どの時代でも「まともな人間の条件」のど真ん中を歩ける人は思うほど多くはないのではないでしょうか。そして時代時代の「まともな人間の条件」からはみ出した自分自身を抱えながら生きているのだと思います。
 

矛盾があるからこそ、次のアイデアは生まれる。
矛盾があるからこそ、それが一時的にせよ、解消された時の喜びはたまらない。
矛盾があるからこそ、生きている、というのは言い過ぎだろうか。

いぬじんさんはこのようにおっしゃいますが、そのとおりだと思います、というか、そのとおりであってもらわなければ困る、とも。
 
だからこそ、私は矛盾を抱えたまま人間が生きていられる社会、「まともな人間の条件」からのはみ出しを厳しく検閲し矯正する未来ではなく、はみ出しを抱えて構わない未来を望まずにいられません。私は、今の日本は「まともな人間の条件」からのはみ出しを厳しく検閲し、矯正する方向に向かっていると肌で感じているので、危機感を新著にまとめずにいられませんでした。
 
感想、ありがとうございました。これからも矛盾を抱えながら生きている者同士として、どうかよろしくお願いします。
 
 

*1:オートメーション的、と書くと悪いイメージを抱く人もいるかもしれませんが、下手な考え休むに似たりという言葉もあるように、診断基準やガイドラインをむやみにはみ出して独自の治療を始めちゃうのはきっと良い結果にならない、と私は考えています

アスカの声はこれからも聞こえるか──キャラクターと一緒に年を取ることについて

 
新著が昨日発売されたので宣伝になりそうな文章を書いたほうがいいのだろう。が、そういう時に限って無視しづらいものが目に飛び込んでくる。
 


 
今日、twitterで年の取りかたの話をしていた時、唐突にこのようなエアリプを食らった。クリティカルヒット。二つ目の「殺してくれ」というフレーズが惣流アスカラングレーの「殺してやる」という断末魔の呪詛と重なってダメージが大きくなった。キャラクターと自分が年を取っていく未来に毒饅頭を盛られたような気分になり、心は千々に乱れるのだった。
 
 
    *       *       *
 
 
キャラクターには、年を取っていくタイプとそうでないタイプがいるように思われる。
 
惣流/式波アスカラングレーというキャラクターは、年を取っていくタイプのようだった。ちなみにもっと知名度の高いシャア・アズナブルというキャラクターも年を取っていくタイプだ。なぜなら、シャアというキャラクターはだんだん中年好みの発言をするようになり、中年向けの品物の宣伝に起用されるようになり、ファンと一緒に年を取っているように見受けられるからだ。
 
自分が思春期に愛したキャラクターが自分と一緒に年を取っていくのは、嬉しいことではある。もともと惣流アスカラングレーと私の年齢差は7歳だったが、式波アスカラングレーがいろいろあって14歳年を取った結果、2012年時点の年齢差は9歳になった。その後、エヴァンゲリオンというコンテンツ自体が古くなっていって、たとえば綾波レイや式波アスカラングレーのデザインされたシャンパンなどが売られるような風景も見かけて、私は「ははあ、アスカも年を取っていくキャラクターだな」という印象を強くしていった。新型コロナウイルス感染症で延期になった新作を観れば意見が変わるかもしれないとしても、とりあえず2020年6月現在、私のなかでは式波アスカラングレーというキャラクターは三十代前半、ひょっとしたら後半ぐらいの空想年齢になっている。
 
年齢が今の半分ぐらいだった頃、私はアスカというキャラクターに出会い、人生が変わった。「このキャラクターが人生を変えた」なんて言えるのは後にも先にも存在しない。だから私にとってエヴァンゲリオンを観るという行為は惣流/式波アスカラングレーの生きざまを見定める行為に他ならなくて、碇シンジの物語はおまけになってしまった。こういう歪んだエヴァンゲリオン観を持ったことを後悔はしていない。輝くような時間を得たのだから、歪みのひとつやふたつ、あって当然だ。
 
  
 
 
世の中には、こんな風にアスカのことを評する人がいるし、これはこれで間違っていない。確かに20世紀の惣流アスカラングレーには危うさが伴い、そこが好かれたり嫌われたりしていた。
 
それでもアスカというキャラクターはそれだけではなかった。生きることへの必死さがあった。歪んで未熟なキャラクター像ではあったけれども、生きることへの必死さを丸出しにしている点にかけて、他のチルドレンとは違っていた。なんやかんや言っても生きようとする意志の太いキャラクターだったと思う。
 
いや、きりがないな。
ただ、あのどうしようもなく生きあがく必死さが私は好きだった。たぶん今でも。
 
 
それにしても「プラグスーツ模様の入った弐号機色ちゃんちゃんこ(惣流モデル/式波モデル)」というフレーズはきつい。きつすぎる。
想像しただけで寒気が走った。
 
 
還暦を迎えた私は高齢者の仲間入りを果たす。人間の生殖年齢がせいぜい40代で終わることを思えば、60歳を人生の一区切りにするアイデアに私は賛成だ。その還暦に、プラグスーツ模様の入った赤いちゃんちゃんこを着ることなど、どうしてできよう。若い頃なら勢いで着れたかもしれないが、もう無理だ。だいたい、そんなことを今の式波アスカラングレーが望んでいるとは思えない。
 
「キャラクターがおまえの行為を望むとか望まないとか、何を言っているんだ?」
という人もいるだろうし、それは理解しているつもりです。
でも人生を変えたキャラクターと会話できないなんて、逆におかしいと思わないか?

 
    *      *       *
 
 
年を取るにつれて、惣流/式波アスカラングレーと私の間柄は変わった。はじめはきっとナルシシズム的対象選択の対象として、憧れの対象としてみていたアスカというキャラクターを、やがて私は人生の守り神として、思春期の記念碑としてみるようになっていった。
 
思春期の記念碑が、少しずつ遠ざかっていくのがわかる。それでも「プラグスーツ模様の入った弐号機色ちゃんちゃんこ」という忌まわしいフレーズを見かければ発作的に反応してしまう程度には、私の脳内にはまだ惣流/式波アスカラングレーが住み着いていて、ああだこうだと口出しする。私が還暦を迎えてもなお、彼女の声は聞こえるだろうか。たぶん聞こえるだろう。もう22年以上の付き合いなのだから、そんなに難しいことではあるまい。
 
あなたも、どこかのキャラクターの声が聞こえたりしますか。
そのキャラクターと一緒に年を取っていけそうですか。
 
願わくは、新作に出てくるアスカが無事でありますように。
ひいきのキャラクターのグチャグチャドロドロはもうたくさんです。
 
 
[たぶん関連]:“ガンダム念仏会” - シロクマの屑籠
 
 

テレビがまとめサイトに見える

 
ゴールデンアワーのバラエティ番組が、周回遅れの「話題の動画」を放送していた。NHKの、それよりは若干真面目そうな番組が、twitterのネタをテレビっぽく切り取って放送しているのも見かける。テレビで動画やtwitterの切り貼りをみると、なんだかまとめサイトみたいだな、と思えてしまう瞬間がある。いやいや、かかっている金額や放送される帯域の広さを考えれば、それはまとめサイトと同列のものではないのだけれども。
 
かつて、志村けんは素人の投稿したホームビデオをテレビコンテンツとして成功した。当時はもちろんインターネットが普及していなかったから、志村けんのあの番組、あの企画にはオリジナリティがあった。今はそうでなく、まず素人が投稿したコンテンツがインターネットにあって、そこで人気を獲得した上澄みが、テレビ番組に紹介される。
 
テレビはテレビであってネットではなかったはず。
 
それでもテレビが「まるでネットのようなことをやっている」と感じる場面が増えた。あるいは「テレビがまとめサイトっぽいことをやっている」というか。
 
p-shirokuma.hatenadiary.com
 
2015年の正月に、私は「ネットがコミケからテレビになった」と書いたけれど、実際、2020年のインターネットはマスメディアに匹敵する影響力の源泉として幅をきかせている。ネットの広告収入がテレビのそれを上回ったというニュースがそのことを象徴している。
 
しかし、いまどきのテレビ番組を改めて視聴する限り、ネットがテレビになっただけではなかった。テレビもまたネット的になった。少なくともテレビ番組のある部分はまとめサイト的になり、テレビに映るタレントがユーチューバーのように見えることが増えてきた。
 
こうしたテレビ観は、一部分、新型コロナウイルス感染症によって強調されていることだろう。
 
というのも、志村けんを含む有名人が感染症に倒れ、"いわゆる三密"を避けなければならない空気ができあがり、テレビ番組が今までどおりに収録しづらくなってしまったから、テレビは今まで以上にネットに頼るか、動画を作るようにテレビ番組を作らざるを得なくなっただろうからだ。
 
そのことを差し引いても、今時のテレビ番組のなかには「有名人や公共電波を使って『まとめサイト』をやっているとしかいいようのない」ものが見受けられ、これが本当にテレビの価値なのか、このまとめサイトっぽい番組をとおしてテレビメディアはいったい何をお茶の間(死語だ!)に届けようとしているのか、判断に迷うこともあったりする。
 
テレビのなかの人たちは、まとめサイトのような番組にも価値があり、公共放送に乗せ、インターネットの届かない人々にもシェアする価値があると考えているのだろうか?
 
そうかもしれない。そして民放の場合、スポンサーもそのことを支持しているのやもしれない,。
 
だとしても、ネットで素人が生み出したコンテンツは本来ネットメディアが原産地なのだから、テレビが取り扱うより、ネットで生まれネットで拡散しネットで消費されるのが自然なことではなかったか。また結局のところ、メディアのプレゼンスという点では、これは、テレビがネットに塩を送っている、またはテレビがネットに膝を屈しているようにもみえる。
 
私は昭和時代の人間だから、ネットが好きであると同時にテレビにはテレビであって欲しいと願っている。しかし現代のテレビはときどきテレビというよりネットっぽいから、テレビって一体なんだったっけ? と思ってしまうことが割とよくある。abemaTVやネットフリックスが独自の番組をつくり、ユーチューバーたちがバラエティ芸人のように立ち振る舞っているのだから、もう、テレビという言葉にこだわるべきではないのかもしれない。それでもテレビにはテレビであって欲しいと思ってしまう。テレビは昔、まさにテレビだったのだから。
 

続・発達障害のことを誰も知らなかった社会には、もう戻れない

  
anond.hatelabo.jp
 
5月29日にはてな匿名ダイアリーに投稿された『発達障害やグレーゾーンの人の適職って?』という記事*1に、たくさんのはてなブックマークが付いていた
 
文中で挙げられている"逐一支持しても単純作業しかできない人(もしくは単純作業も難しい人)"が実際に発達障害か、ここで判定することはできない。なんらかの発達障害に加え、二次障害を併発している人物を思い起こさせる記述ではある。が、この人が精神科を受診したら別種の精神疾患を診断されることはあり得るし、精神疾患の該当無し、と判断されることも絶対に無いとは言えない。
 
それにしても、と思う。
 
匿名ダイアリーの投稿者も、はてなブックマークでコメントを寄せている人々も、あまりにもナチュラルに発達障害という診断名を用いていて、くだんの人物をASDやADHDといった発達障害の概念に照らし合わせている。「グレーゾーン」という言葉を用いている人が多いのを見るに、発達障害が白黒はっきりつけられるものではなく、スペクトラム的・グラデーション的な疾患概念であることまで知られているのだろう。
 
数あるネットサービスのなかでも、はてなブックマークは発達障害とその周辺問題に敏感なユーザーが多いとは思う。そのことを差し引いても、発達障害という概念に基づいて人物評やコミュニケーションがこんなに行われていることには驚かざるを得ない。2010年頃のはてなブックマークでは、まだ一部のユーザーだけが発達障害という概念を用いていたはずだし、2000年のインターネット上で発達障害が語られることはずっと少なかったはずである。
 
是非はともかく、今では発達障害という概念をとおして人間を寸評することが世間で珍しくなくなった。
 
 

発達障害という概念はどんな風に広まったのか

 
発達障害という概念をとおして人間をまなざす目線は、いつ頃から一般化していったのか。
 
専門性の高い研究者や児童精神科医は、20年以上も前から発達障害に注目して、啓蒙しようとしていた。とはいえ、最初からすべての精神科医が発達障害に注目したわけではないし、もちろん世間の人々は知りもしなかった。
 

我が国の事情は......アメリカに30年遅れて1999年に学習障害が教育用語として定義された。MBD*2当時から現在に至るわが国の学会事情の推移としては、日本児童青年精神医学会の学会誌に掲載された論文と総会演題等を過去48年にわたり調べたものがある。それによると、ADHD関連演題は1999年以降多少の変動を示しながらも急増していることがわかる(図1)。
 

 
田中康雄「ADHD概念の変遷と今後の展望」、『精神科治療学』第25巻6号、P709~717、2010 より

このグラフは、ADHDに関する学会発表や論文掲載をカウントしたものだから、一般精神科医の意識はこれより少し遅れていたとみるべきだろう。実際、私が研修医をやっていた2000年頃には「わしは、発達障害という診断がなくても診療をやっていけるわい」と豪語する精神科医の先輩に出会うこともあった。
 
ところが00年代後半に差し掛かる頃には、多くの精神科医が発達障害という概念をとおして患者さんを診るようになっていった。それに伴い、発達障害と実際に診断される患者さん、または「この患者さんにはADHDの(または広汎性発達障害の)傾向があるね」とカンファレンスで指摘される患者さんはみるみる増えていった。
 
 

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

  • 作者:熊代 亨
  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

はじめに反応したのは精神科医たちだった。そうした新しい社会の新しい不適応に、発達障害という概念はぴたりと当てはまったから、精神科医たちは発達障害についての講演や専門書から一生懸命に学ぶようになった。「こころ」の病気としてうまく捉えきれない患者を、発達障害とその研究者たちはうまく説明してくれるように見え、また、その方面のエビデンスが蓄積されはじめていたからだ。
ほどなく学校関係者や福祉関係者もこれに続き、発達障害とおぼしき子どもを医療に委ねることが当たり前になっていった。日本じゅうの学校で校内暴力が吹き荒れていた一九七〇年代には発達障害がほとんど広まらなかったのとは対照的に、学級崩壊が取り沙汰された二〇〇〇年代には発達障害は速やかに受け入れられた。
......最後に、世間の人々が変わっていった。片付けられない人。落ち着きのない人。空気が読めない人。敏感と鈍感の混じりあった人。そういった、ちょっと変わってちょっと困った、ホワイトカラーの典型的な職域やコミュニケーションからはみ出しがちな人々、つまり、ハイクオリティ化していく社会から取り残されつつある人々を説明づける概念として、発達障害はパズルのピースのように社会に嵌まった。そうした結果、当事者みずからもADHDやASDを語るようになり、〝発達障害本〟が書店に平積みされるようになった。
 『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』より

 
一般精神科医が発達障害という概念をとおして患者さんを診るのが当たり前になり、教育関係者や福祉関係者もしっかり意識するようになった。やがて世間の人々も知るようになり、書店に"発達障害本"が山積みにされるようになった。
 

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由

  • 作者:栗原 類
  • 発売日: 2016/10/06
  • メディア: Kindle版
ボクの彼女は発達障害 (ヒューマンケアブックス)

ボクの彼女は発達障害 (ヒューマンケアブックス)

  • 作者:くらげ
  • 発売日: 2014/03/13
  • メディア: Kindle版
 
みんなが発達障害を知るようになったことで、恩恵を受けるようになった人も多い。早期発見・早期対応(治療)により適切な対処がなされた人々については、とりわけそうだと言える。仕事や生活をサポートされ、それで助かっている人も増えた。
 
 
 

「発達障害はサポートされるべき」で考えるのをやめてしまう人々

 
しかし、冒頭の匿名ダイアリーを再読し、考え込まずにいられない部分もある。
 
発達障害が世に知られていくなかで、仕事ができない人・コミュニケーションが苦手な人・ちょっと付き合いづらい人らを、人々は発達障害という概念で括ってしまい過ぎではないだろうか。たとえば、はてなブックマークのコメントのなかには、匿名ダイアリーの筆者に対しても「この筆者が発達障害ではないか、グレーゾーンではないか」と寸評するものが混じっている。なにやら、受け入れがたい人・十分ではない人・コミュニケーションができていなさそうな人を、発達障害という概念で括ってしまい、そこから先を考えるのは医療や福祉の役割であるべき(=そこから先を考えるのは私たちではない)とみなす口実にしてしまっていないだろうか。
 
匿名ダイアリーの筆者は、部下が発達障害ではないかと思いながらも最善を尽くしたという。だが、世の中にはこのような上司ばかりがいるのでない。「発達障害だから適切にサポートされるべき」を「発達障害はあらかじめサポートされていて、職場にスムーズに適応できなければ困る」とみなしている人も多い。
 
「発達障害はサポートされるべき」と言ったとき、そのサポートを誰がすべきなのか。
 
サポートすべきは家族や医療や福祉、あとはせいぜい教育機関まで、という意識の持ち主が実のところ多いのではないか。「発達障害はサポートされるべき」というけれども、それを家族や医療や福祉や学校の役割とみなし、弊社はサポート済みの、仕事もコミュニケーションもこなせる状態になった発達障害の人を歓迎します(または障害者雇用という枠組みのなかで歓迎します)……といった職場や現場が少なくないのではないか。少なくとも私は、そのようなプレッシャーを日常診療のなかで再三感じる。
 
と同時に、発達障害の特性を理解しながら少しずつできることを増やしていきましょう、といった提言が拒否される瞬間にもしばしば出くわす。
 
拒否する側の立場も理解はできる。どこの職場も現場も人手不足のうえ、生産性や効率性や利潤を向上させ、リスクを回避しなければならない。余裕のない世相のなか、「発達障害ですか、では適切なサポートが必要ですね。ご本人がサポートを受けたうえで活躍できる場所で頑張ってください。それはここではありません。」を慇懃に表明する現場や職場もまた多い。
 
「発達障害はサポートされるべき」という意識じたいは、医療や福祉に限らず、多くの職場や現場にもそれなり行き届いてはいる。
 
が、実のところ、自分たちがサポートしようとか、自分たちが向き合おうという意識が行き届いたのでなく、「医療や福祉がサポートすべき」であり、「サポートが必要ならサポートされた環境に向かうべき」といった意識が行き届いてしまっているのではないだろうか。
 
言い換えるなら「弊社では関わりたくない、医療や福祉に丸投げしたい、それか、障害者雇用のような枠組みのもとで用いたい」という意識とセットになったかたちで「発達障害はサポートされるべき」という意識が広がっている、とでもいうか。
 
こうした切断操作的な意識が広がることを、医療関係者や福祉関係者が望んでいたとはまったく思えない。そもそも、発達障害とはグレーゾーンを含んだスペクトラムな概念であったはずである。ところが表向きは「発達障害はサポートされるべき」というフレーズをなぞりつつも、「サポートされてから(そして私たちと同じように働けるようになってから)働くべき」に置き換えられていることが、案外あるように思われるのだ。
 
 
 

生産性・効率性・利潤・リスク回避に仕える「発達障害はサポートされるべき」

 
ほんらい、「発達障害はサポートされるべき」とは、医療や福祉や学校がサポートするに留めてはならないもの、だったはずだ。にも関わらず、実際には医療や福祉にサポートをまかせっきりとして、そのサポートによって定型発達*3に近づいた人を、近づいた割合に応じて職場や現場に迎える、そんな仕草が世間でまかり通っている。それはどうしてなのか。
 
このことに関して、私は「発達障害はサポートされるべき」という命題と並び立つ世間の命題を思い出さずにいられない。
 
つまり、21世紀の職場や現場は「生産性や効率性に優れていなければならず、利潤をあげられなければならず、リスクを回避しなければならない」。政治学者のウェンディ・ブラウンが『いかにして民主主義は失われていくのか』で記したように、人々の意識が資本主義に染まった現代社会では、この命題は企業活動に限定されず、個人生活や行政のありかたにも適用される。
 

 

人も国家も現代の企業をモデルとして解釈され、人も国家も自分たちの現在の資本的価値を最大化し、未来の価値を増大させるようにふるまう。そして人も国家も企業精神、自己投資および/あるいは投資の誘致といった実践をつうじて、そうしたことを行うのである。
(中略)
いかなる体制も別の道を追求しようとすれば財政危機に直面し、信用格付けや通貨、国債の格付けを落とされ、よくても正統性を失い、極端な場合は破産したり消滅したりする。同じように、いかなる個人も方向転換して他のものを追求しようとすると、貧困に陥ったり、よくて威信や信用の喪失、極端な場合には生存までも脅かされたりする。
『いかにして民主主義は失われていくのか』より

 
「生産性や効率性に優れていなければならず、利潤をあげられなければならず、リスクを回避しなければならない」という命題が国から個人にまで浸透した社会では、それに逆らって生きるのはとても難しい。のみならず、この命題が医療や福祉にも浸透しているとすれば、「発達障害はサポートされるべき」とは資本主義の命題に拮抗するものというより、資本主義の命題に仕えるもの、資本主義の命題を支えるものたり得るのではないだろうか。
 

(発達障害はサポートされるべきという)通念や習慣の変化は、発達障害という診断が受け入れられる下地となっている現代社会そのものにとって都合の良いものでもある。というのも、発達障害という現代社会に適応しにくい特徴のある人々に医療や福祉がサポートを提供するのが当たり前になり、さらに障害程度に応じて(たとえば障害者雇用や障害年金の適用といったかたちで)社会のなかへの再配置がきちんと行われるなら、サポートされる個々人の生産性が高まるだけでなく、この新しい社会が個々人に要求する秩序のハードルや能力やクオリティのハードルを下げなければならない、道義的必要性もなくなるからだ。
医療や福祉が正しく発達障害をサポートしてくれる限りにおいて、この高度に進歩した社会は、ますます子どもに行儀の良さや聞き分けの良さを期待できるし、ますます就労者に効率的で持続的な仕事ぶりを期待できるし、ますます私たちにコミュニケーション能力の高さを要求することができる。
 『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』より

「発達障害はサポートされるべき」という意識が広まり、障害程度に応じたサポートが行われることによって、社会は、生産性を獲得した発達障害の人々を受け取る。だがそれだけでなく、この社会がこのままで構わない正当性をも獲得する。ますます誰もが行儀良くあるべきで、誰もが効率的で持続的に働けるべきで、誰もがコミュニケーション能力が高くあるべき、この資本主義の命題が具現化したような社会は、医療や福祉によるサポートによって経済的にも道義的にも支持されている──少なくともそういう側面を否定することは難しいのではないか──。
 
医療関係者や福祉関係者の思惑とはまったく違ったかたちで「発達障害はサポートされるべき」という言葉が独り歩きし、どこかで資本主義の命題に仕えるシステムの一環に組み込まれているとしたら、その点には注意が必要だと私は思う。
 
このような状況のなかでは、たとえば匿名ダイアリーの筆者のような人は、善意による「発達障害はサポートされるべき」という思いと、資本主義の命題に忠実な「発達障害はサポートされるべき」の板挟みに遭うことだろう。職場や現場で発達障害の人と対峙している人は、しばしば、そうしたふたつの「発達障害はサポートされるべき」の合間で様々なことを考えさせられるだろう。もちろん、考えることをやめてしまうよりは余程良いとは言える。ただ、発達障害という言葉が世間に浸透したからといって、当事者や関係者の悩みがなくなったわけでも、良いことづくめだったわけでもないことは、折に触れて思い出しておくべきだ。
 
私は、発達障害という言葉がここまで広がったからこそ、この言葉の受け取りかたは世間に揉まれてしばしば変質し、ときに、体よく利用されていると感じる。とりわけ、この言葉が資本主義の命題に組み込まれながら用いられることに警戒感をおぼえる。その果てに「発達障害はサポートされるべき」が「発達障害はサポートされなければならない」に変わっていくような未来は見たくない……のだが、誰もが健康であるべき・誰もが清潔であるべき・誰もが生産性の高い経済的に自立した個人であるべき社会とは、そういうものなのかもしれない。
 
[前回の記事はこちらです:]発達障害のことを誰も知らなかった社会には、もう戻れない - シロクマの屑籠
 

*1:なお、後にこの記事は『愚痴です(発達障害やグレーゾーンの人の適職って?)。』に変更となっている

*2:シロクマ注:minimal brain dysfunctionの略。ADHDという疾患概念が登場する以前に用いられていた

*3:注:いわゆる「正常」

4月5月は"やっている感"のハイシーズン(だからしんどい)

 
日本社会では成果よりも「みんなと一緒に」という美徳が信頼の源泉になっている。 | Books&Apps
 
books&appsさんに、"やっている感"について寄稿させていただいた。
 

  • 「みんな一緒に」の同調圧力が強まりやすい職場や現場では、仕事の効率や成果とは別に、みんなと一緒に手を動かしている"やっている感"を出すよう求められがち。
  • また、お互いのことをよく知らないメンバー同士の職場や現場では、「あいつ、本当に仕事をちゃんとやっているのか?」と誤解されないようにするために、シグナルとして積極的に"やっている感"を出しておいたほうがいい。

……といったことを書いた。
 
寄稿した文章を読み終わり、"やっている感"のハイシーズンとオフシーズンについて補足しておきたいと思ったので、書いておく。
 
一般に、"やっている感"を否応なく出さなければならない季節は、4月~5月、それと7月や10月だと思う。つまり新しい学校や職場に入っていく時期、転勤や異動がある時期だ。教室や職場のメンバーがお互いのことをよく知らないこの時期は、"やっている感"を出しておいたほうが無難なことが多い。リンク先で私は以下のように書いた。
 

一緒に働いているメンバー同士がお互いのことをよく知っていたり、進捗がガラス張りになっていたりする環境ならいざ知らず、そうでない環境では、仕事を進めているジェスチャーを出しておいたほうが誤解は避けやすい。
特に、あなたが短時間に一気に仕事を片付けるタイプで、仕事の合間にクールタイムを必要とするタイプの場合はとりわけそうだ。
「みんな一緒に」「みんなで力をあわせて」をルールとして重視していない人でも、プロジェクトメンバーの一人がマトモに働いていないようにみれば心配になるのは理解できることだ。
というのも、誰だってマトモに働かないメンバーのしりぬぐいなんてしたくはないだろうからだ。
そうした誤解や懸念を避けるためには、自分の進捗を明らかにしつつ、”やっている感”をメッセージとしてしっかり出しておくことには意味がある。
着任して間もない新しい職場や現場では、とりわけそうだろう。

 
世の中にはマイペースに働き、それで成果や結果を出せる人もたくさんいる。引用文にあるような、"短時間に一気に仕事を片付けるが""仕事の合間にクールタイムを必要とする"タイプもそれほど珍しくない。しかし、転勤や異動があった直後はお互いがお互いのことをよく知らないから、マイペース丸出しで働いたり、短時間に仕事を片付けるスタイルそのままに働いたりすると、「あいつ、ひょっとしてちゃんと仕事しない(できない)奴なんじゃないか?」という不信感を生んでしまう可能性がある。
 
不信感を生むリスクを減らし、職場で信用をスムーズに獲得するためには、ある程度意識して"やっている感"を出しておいたほうが無難ではある。
 
もちろんこれは、新しい職場に着任した人だけに問われるものではない。以前から職場にいた人も、新任者から「あの人、職場のお荷物なんじゃないか?」と思われないようにするためには、ある程度"やっている感"を出しておいたほうが安全だ。実際には実働5時間で仕事のほとんどを片付け、残り時間をフリーに過ごすワークスタイルを得意としている人でも、新任者にはすぐさま理解してもらえないかもしれない。はじめのうちは"やっている感"をある程度出しておき、徐々にそのワークスタイルを理解してもらったほうが不要の誤解や不信を避けやすいだろう。
 
それと規律や規則の問題。
ワークスタイルが概ねフリーな職場でも、イレギュラーなワークスタイルを新任者に積極的にはオススメしたくない、新任者にはまずテンプレート的なワークスタイルを提示しておきたい、という職場は意外に多いと思う。または、ちゃんと仕事をこなせる限りにおいてイレギュラーなワークスタイルを"許容"はしているけれども、表向きの規則としてはテンプレートどおりのワークスタイルを尊重してもらいたい、としている職場だってある。
 
そういう職場では、最終的には新任者にもイレギュラーなワークスタイルを許すことになるかもしれないけれども、少なくとも初手の段階ではテンプレート的なワークスタイルを、それこそ「和と協調を重んじて」「みんなが手を動かしている時にはあなたも手を動かして」的な規律を示しておかなければならなかったりする。規律を示しておかなければならない場面では、イレギュラーなワークスタイルが許容されているメンバーにも、ある程度の協力が期待される。「新任者にウチのテンプレを教えている横で、おまえさんのイレギュラーなワークスタイルを丸出しにされると少し困ります」という暗黙の期待には応えておいたほうが、ゴタゴタを避けやすいだろう。
 
こうしたニーズがあるため、"やっている感"を出さなければならない時期には一定の季節性がある。自分が新任の側であれ、新任者を迎える側であれ、お互いのことをよく知らない状況下でイレギュラーなワークスタイルを丸出しにするのは誤解や不信を招いてしまうリスクが高すぎる。本当はイレギュラーなワークスタイルでなければ本領を発揮できない人でも、はじめのうちは"やっている感"にコストを割き、「みんなと一緒に」をやってみせておいたほうが安全ではないだろうか。
 
そして相互理解の進行状況をみながら、自分のイレギュラーなワークスタイルを小出しにしていくのが、処世術としてはベターなんじゃないか。
 
 

それでも"やっている感"を出すのはラクじゃない

 
こんな風に、職場や現場のメンバーが入れ替わる状況では"やっている感"のニーズが高まる。4月5月、7月や10月は"やっている感"のハイシーズンと言っても過言ではないだろう。逆に、卒業式や送別会のシーズンは一年のなかでお互いのことを見知っている時期なので、"やっている感"のオフシーズンと言えるかもしれない。
 
とはいえ、処世術としての"やっている感"はやはりコストに違いない。少なくとも、マイペースなワークスタイルやイレギュラーなワークスタイルの時に仕事がトップギアに入るタイプの人にとって、わざわざ"やっている感"を出すために時間的・精神的・肉体的コストを支払うのは快いものではない。
 
今年は感染症対策の影響のため、顔合わせの時期が大幅にズレている学校や職場もあるだろうから、今まさに"やっている感"を出しておかなければならない人も少なくないのではないだろうか。
 
お互いの理解が進んで、自分のワークスタイルを出していけるようになるまで、なんとか頑張っていきましょう。