シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

イオンのある風景、遠ざかる故郷

 
 
gendai.ismedia.jp

 
 リンク先の文章は、いくらか誇張された内容かもしれないが、大筋としては、起こる将来だと思った。
 
 人口が減少し、それまでの社会制度や社会空間が維持できなくなった時、そのことを自己正当化する思想は、後発世代からノロノロと現れて、浸透していくのだろう。
 
 日本や韓国のような国は、先進国化するのも、少子高齢化するのもあまりに急激だったから、人口動態のスピードに、世の中の常識や思想の変化が追いつかない。今、目の前で起こっていることに常識や思想が追いつかないうちは、旧来の常識や思想にもとづいて政治決定が行われ、事態を改善する機会をみすみす見逃す。
 
 十分に事態が悪化してから、おもに後発世代によって、それに即した常識や思想が支持されるのだろう。その遅さを「人間の愚かさ」と断じるつもりは無い。どだい、現行の政治決定のシステムでは避けられないことなのだ。現行の政治システムに、急激な人口減少のようなカタストロフに対処できるほどの機動力は、望むべくもない。
 
 

そんな街でも、故郷という名前がある

 
 そのような悲観的認識にもとづいて、ふと、目の前の故郷について書いておきたくなった。
 
 リンク先には、これから急激に人口が減少していく地方都市に関して、以下のようなくだりがある。
 

しかしそうした街の景色はいつしか、どこも似たり寄ったりになっていった。国道の両側に、ファミレス、コンビニ、ドライブスルーのマクドナルド、ユニクロ、やけに横幅の広いスーパーマーケット、そして巨大なイオンモールが立ち並ぶ――まるで書き割りのような街並みだ。
 
やがて住民は歳をとり、彼らの子供は東京や大阪、名古屋といった大都市で就職したまま、戻ってこなくなった。日本中どこにでもあるような無個性な「故郷」に、わざわざ帰る動機も必然性もない。

 
 地方都市ならどこででも見かける、あの、画一的な風景が定着したのは、いつの頃だっただろうか。
 
 三浦展『ファスト風土化する日本』が出版されたのが2004年。で、私が記憶する限り、90年代の前半にはああいう景色が日本各地にできはじめていて、90年代の後半には、だいたい完成していたと思う。
 
 2010年代になって、ショッピングモールや郊外のニュータウンはますます洗練されたものになった。とはいえ、どこまでも続く自家用車の列と、画一的な店舗群が織りなす、“ファスト風土”と呼ばれる景観そのものはさほど変わらない。ほぼ四半世紀にわたって、あの、書き割りのような街並みのなかで人々が暮らし、そこで子供を育て、思い出を作って生きてきたということだ。
 
 「思い出をつくって生きてきた」ということは、「そこが人々の故郷になった」と言い換えることもできる。
 


 
 風光明媚な田舎町や、洗練された大都会を良しとする人達からみれば、イオン、アリオ、平和堂、コンビニ、ファミレス、ニトリ、マツモトキヨシ、ユニクロといった店舗の並ぶ風景は、慕情をそそるものではないかもしれない。
 
 だが、四半世紀という時間はあまりにも長く、そこで生活する者の記憶にベッタリとこびりつく。家族の団欒も、初めてのデートも、放課後の語らいも、あの書き割りのような街並みのなかで過ごしてきた人々にとって、イオンのある風景こそが故郷の風景、かけがえのない慕情を想起させる風景になっていく。
 
 そういえば、今から何十年も前、デューク・エイセスの歌に、高度経済成長期の薄汚れた東京を故郷として歌ったものがあった。
 
 灰色の街。
 黒ずんだ河。
 煤煙とビル。
 
 そんな東京でも、故郷という名前がある……というその歌になぞらえて、「イオンのある国道沿いの風景にだって、故郷という名前があったっておかしくないじゃないか」と私は思う。
 
 高度経済成長期の東京と違って、地方の国道沿いには中心的な価値も、発展していく未来も無い。
 
 だからこそ、あの、画一的な風景は、いつかは失われていく、少なくともシュリンクしていく風景だと覚悟しておかなければならない。
 
 今でこそ、大きなショッピングモールは繁栄し、新興ニュータウンを抱えた国道沿いのエリアは不夜城のような賑わいをみせている。だが、地方で生活している人間で、そこに永遠の繁栄が約束されていると思い込んでいる人はあまりいるまい。
 
 国道16号のような、大都市圏に隣接したエリアならいざ知らず、地方の県庁所在地同士を結ぶような“普通”の国道をつぶさに観察すれば、国道沿いの繁栄が、県境から少しずつ廃れているのがよくみえる。ある時期までは大手コンビニチェーンが席巻するかにみえたコンビニですら、ぽつぽつと閉店していき、ピカピカの威容を誇っているのは、老健施設のたぐいばかりになっていく。
 
 人口動態統計をみる限り、こうした流れに歯止めがかかるとは考えられない。多くの国道沿いの風景が、商業地や民家の打ち捨てられた、寂しい風景になっていくのだろう。
 
 家族と一緒に出掛けたイオンも、初めて一人で服を買いに行ったユニクロやアベイルも、永遠のものではない。過疎化が進むとともに、企業は、容赦無く撤退していく。
 
 

この画一的な故郷を、きっと私は忘れない

 
 私は、地方の国道沿いの風景、あの“ファスト風土”と呼ばれる月並みな風景が好きだ。そして嫌いでもある。「なんでも揃っているけれども、何もない空間」とは、よく言ったものである。
 
 それでも、“ファスト風土”がもたらした諸々は、田舎者には大きな福音でもあったはずだ。そこで幸せな時間が営まれていたはずなのだ。
 
 この季節の午後7時頃、“ファスト風土”の幹線道路に、真っ赤なテールランプがどこまでも続いているのを眺めていると、私は、こういったセンチメンタリズムに囚われて、感情失禁にも似た何かがこみあげてきて困ってしまう。
 
 時代は変わり、人は年を取り、街は変わっていく。
 
 諸行無常は世の中の絶対法則だから、こんな街並みに執着していても良いことなど無いはずだが、それでも、ああ、私はこの街並みを故郷として生きていくのだろう。これまでも、きっと、これからも。