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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「チャンネル登録ありがとうございます」について

 
 いつ頃からか、ブログの末尾に「最後までお読みいただきありがとうございました」「気に入った方はお気に入り登録よろしくお願いします」的なメッセージを頻繁にみかけるようになった。
 
 あれは、一体誰のためのメッセージなのだろう? 更新ごとに読む人間にとって、末尾に「最後までお読みいただきありがとうございました」が目に入るのは、邪魔なことだと思う。毎回のように“自社広告”をみせられているようなものだ。文章のド真ん中にケバケバしい広告をねじ込むブログよりはマシだが、うざったい付属品ではある。
 
 ああいう、自社広告めいたメッセージは一体いつからあったのか?
 
 思い出してみると、アメブロやFC2ブログでは00年代から見かけたように思う。たいして読者のいないブログにも、恐ろしいほど読者を獲得したブログにも、「最後までお読みいただきありがとうございました」はあった。「気に入った方は“拍手ボタン”をお願いします」的なメッセージもだ。珍しいものではない。
 
 もっと遡ると、テキストサイト時代にも、そういうメッセージを厭わないウェブサイトはあったような気がする。あったような気がするだけで、具体的にこれと指し示すことはできないが、とにかく、今に始まった現象でないことだけは確かである。
 
 むしろ逆なのだろう。
 
 私は「はてなダイアリー」「はてなブログ」を愛好し、ウェブ文化的に近しい者同士で親交をあたためてきた。だからつい、自社広告のようなメッセージを末尾に書き加えること(そしてそれらを目にすること)に抵抗感を覚えるけれども、実際には、そうしたメッセージを躊躇わないスタンスこそが、インターネットの本流であり続けたのだろう。
 
 そして、凄まじいPV数を誇るユーチューバ―にしても、毎回のように「チャンネル登録ありがとうございます」的な口上をわざわざ読み上げているのである。
 
 今をときめくユーチューバー達、それもプロ~セミプロっぽい連中までもが自社広告的なメッセージをわざわざ毎回配置するのは、それが望ましい効果をもたらすからなのだろう。そうでなければ、視聴者の貴重な時間を奪い、アテンションを醒めさせるようなメッセージを毎回流すわけがない。
 
 

不特定多数を相手取るなら……

 
 「最後までお読みいただきありがとうございました」「チャンネル登録ありがとうございます」が有効なのは間違いないだろう。では、そうしたメッセージは誰の役に立つのか?
 
 もちろん第一にメリットがあるのは発信者の側だ。できるだけ沢山の読者/視聴者を獲得したい、相手を問わず、どんな人にもコンテンツを見てもらいたい人にとって、そうしたメッセージはリピーターを作り出すための手段となる。
 
 と同時に、初めてブログや動画を訪問した人にとってもメリットが大きいのだろう。「ありがとうございました」と言われて好感度が高くなる人*1もいるのだろうし、不慣れな人でも「お気に入り登録」「チャンネル登録」しやすい。
 
 不特定多数を相手取り、視聴者数をどんどん増やすためには、そういった心遣いが必須なのだろう。もし私が、あらゆる訪問者を自分のブログに引き込みたいと願うなら、そのような努力をすべきなのだ。
 
 

でも、常連さんが好きだ

 
 しかし、私は「最後までお読みいただきありがとうございました」「チャンネル登録ありがとうございます」的なメッセージをなるべく書きたくない。
 
 私のブログの第一の読者は私自身であり、第二の読者は“常連さん”だ。
 
 こうした何度もブログを読む人々にとって、その手のメッセージは邪魔でしかない。ブログに広告を入れると読者の注意が削がれるのと同様、「最後までお読みいただきありがとうございました」的なメッセージを毎回末尾に加えれば、それはそれで常連読者には邪魔になる。もっと大事なことを言うと、第一読者たる私にとって邪魔でしかない
 
 私が自分のブログを読んで楽しむ時に、自社広告のごときメッセージが目に入るなんて、考えただけでも恐ろしい。
 
 更に言うと、私がブログを読んでもらいたい人とは、「最後までお読みいただきありがとうございました」「チャンネル登録ありがとうございます」と言わなくても良いような読者なのだろう、と思う。
 
 さきほど私は、“「ありがとうございました」と言われて、好感度が高くなる人もいるのだろう”と書いた。しかし、そういう仕草で好感度が高くなるという発想は、読者や視聴者がお客様であるという前提にたったものであり、サービスを提供して利益を得る者とサービスを受け取って何かを支払う者の関係を念頭に置いた考え方にほかならない。
 
 はっきり自覚的な場合であれ、人気ブログや人気ユーチューバーを適当に真似しているのであれ、「最後までお読みいただきありがとうございます」「チャンネル登録ありがとうございます」とメッセージをつけている人は、発信者としての自分自身をサービス提供者*2と定義し、読者/視聴者をお客様と定義している、とも言える。
 
 自分自身をサービス業者とみなしたいブロガーや配信者にとって、これは歓迎すべきことなんだろう。
 
 だが、ブロガーとしての私は自分自身をサービス業者と定義したくないし、そのような読まれ方をすることをあまり好まない。と同時に、自分のブログを読んでくれる人達、とりわけ何ヶ月も何年も私のブログを訪問してくれるような人達や、私と同じくブログやtwitterで何事かを書いて楽しんでいる人達に対して、お客さんという意識よりも、もっと対等な何かであって欲しいと願っている。
 
 コミケなんかと同じ、「参加者同士」という意識が捨てられないのだ。
 
 ありがたいことに、「はてなブログ」には、はてなブックマーク機能やはてなスター機能、リンク機能が備わっているので、私は読者との間柄を対等に近いものとして体感しやすい。少なくとも「この人は対等の存在だ」と認知しているアカウントはたくさんある。

 ブロガーとはてなブックマーカーとの関係性も、案外非対称ではなく、お互いに言及し言及されるような――ときには批判したり批判されたりするような――可能性を含んでいる。そのおかげで、私のブログは不特定多数の視線に曝されているというより、アイコンもアカウント名もよく知っている人達に囲まれた状態でブログを書けている、と思う。
 
 しかし、こうやって自らを振り返ってみると、ブロガーとしての私はローカル志向で、広大なインターネットのほうを向いていないのだなぁ、と思わずにいられない。p_shirokumaは“はてな村の弁士”以上でも以下でもないということか。
 
 このような方針でブログを書くことは、今日のインターネットでは古臭いというよりナンセンスなのかもしれない。“お客様”に向かってありがとうございますと何遍も申し上げるのが、今をときめくインターネットスタイルというものだろう。それでも私は、この、不特定多数に開かれているとは言いきれないスタンスによって、救われているのとも思う。お客様に向かってありがとうございますと言うような関係性を、ここに持ち込みたくない。それによって得るものも大きかろうが、失うものあるように思えるからだ。
 

*1:なんて素朴で単純な人だろう!

*2:いや、サーヴァントと言い直すべきか