シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

躁うつ病(双極性障害)、難しいよね

 
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 転職とメンタルヘルスといえば、まずは「うつ病」を連想するかもしれませんが、案外「躁うつ病(双極性障害)」も混じっています。リンク先は、転職にともなう躁うつ病の傾向と対策について簡単に述べたものです。
 
 最近は躁うつ病――というより双極性障害――の診断幅が広がったため、躁うつ病のカテゴリに分類される患者さんは増えました。しかし、精神医学の教科書に“典型例”として例示されているような、はっきりとした躁鬱の症状を呈する人はそれほどは増加していません。そしてそのような“典型例”に近い人達は、発病前は優秀な人物とみなされていることが多いように思われます*1
 
 そういう病気ゆえに、躁うつ病の患者さんの治療は難渋をきわめます。
 
 躁状態の患者さんは疲れることを知りません。頭の回転は速いけれども、思いつきでどんどん喋り、話題がコロコロ変わっていくので、患者さんに調子を合わせているといつまでも会話が終わりません。眼力がみなぎり、なにごとにも精力的であろうとするため、真正面からぶつかっていくと根負けするか、気圧されてしまいます。眼力をぶつけ返し、一時的に対抗できなくもありませんが、そんな事を繰り返していれば精神科医の側が心身を壊してしまうでしょう。躁状態の患者さんのなかには、不機嫌や興奮を伴い、暴力をふるう状態になってしまう人もいて、こうなると専門病院の閉鎖病棟でなければ治療できません。
 
 そのうえ、こうした患者さんはしばしば高い社会的ステータスを伴っているため、これがまた事態をややこしくします。弁護士、議員、実業家、地方の名士……といった人達の躁状態は、上機嫌でも不機嫌でもたいへん危険です。彼らは殴ったり蹴ったりしませんが、専門的知識・コネクション・経済力といったものを総動員して、周囲を困惑させたりみずからの身上を潰したりします。なまじ社会的地位があるだけに、躁状態になった時の周囲への影響は計り知れません。
 
 研修医の頃から、私は「躁うつ病の躁状態は入院治療をためらうな。たとえ自殺しなくても社会的生命を奪われてしまって本人も周りもみんな不幸になりかねない」と教わってきました。躁うつ病はうつ病にくらべて知名度で劣りますが、身体的・精神的なダメージだけでなく経済的・社会的なダメージも甚だしく、自殺のリスクも大きい病気なので、いっそう危険な精神疾患と言えるでしょう。
 
 

「ヤクザ+躁状態=最強!」

 
 余談ですが、医学生時代に使っていた医師国家試験の参考書には「ヤクザ+躁状態=最強!」と書かれていました。
 
 国家試験対策の参考書に、試験となんの関係もない「ヤクザ+躁状態=最強!」という文字が並んでいるのが不思議で、筆者は一体なにを考えて書いたんだろう? と首をかしげたものです。
 
 で、いざ自分が精神科医になってみると、ああなるほど、書いておきたくなる気持ちもわかるなぁ、という気がしたのでした。
 
 いわゆるヤクザと呼ばれる人達も同じ人間ですから、精神疾患にかかることはあります。そしてヤクザとして社会適応し続けている人というのは、反社会的か否かはさておき、さすがに渡世のスキルは高いわけです。そういう人が、頭の回転が速くなり、思いつきでどんどん喋りまくり、不機嫌で、怒りっぽくなったら……。
 
 法律の内側も外側も熟知し、威圧や懐柔のコミュニケーション能力に優れ、体格がガッシリしていて、眼力が強くて頭の回転も速い患者さんに、入院治療を続けてもらうのは簡単ではありません。もちろん、そのような患者さんでも精神保健福祉法に則った手続きと治療を行えば良いのですが、法律は目の前で起こっているコミュニケーションのこまごまとした問題までは面倒みてくれません。でも頑張るしかない。
 
 幸い(?)、ヤクザとして社会適応している人は利益の見込めないところでは法を無暗に破ろうとはしないし、親分筋や子分筋が治療に協力的な場合も多いので、孤独なチンピラ崩れの躁状態に比べて治療をやりやすい側面はあります。ヤクザの場合も“典型的な”躁うつ病になる人は幹部候補生クラスの、ちょっとできる人が多い*2ので、組織として人材を失わないよう努めているのでしょう。
 
 

躁うつ病でも無事に暮らしている人の特徴

 
 このように、躁うつ病は精神科医にとっても手ごわい病気です。それでも治療が成功すれば身体的にも社会的にも少ないダメージで済ませられ、その後、無事平穏に暮らしている人も珍しくありません。個人的な印象として、躁うつ病を発病した後も問題なく生活できる人は、
 
 ・ちゃんと薬を内服している:躁うつ病は、一度発病してしまうと“体質”に近いところがあるので、高血圧やコレステロールの薬と同じ感覚で薬を飲み続ける必要があります。躁うつ病を再発させずに生活している人は服薬を怠りません。
 
 ・手綱を握ってくれる人がいる:配偶者でも上司でも両親でも構いませんが、ライフスタイル全般に手綱を握ってくれる人がいると心強いです。一人では躁鬱の気分に流されてしまう人でも、キーパーソンになる人が制御してくれるなら、症状も社会的問題も軽減できます。
 
 ・他人のアドバイスに耳を傾けられる:躁状態になってしまうと他人のアドバイスをあまり聞かなくなるものですが、それを差し引いても有利です。反対に、唯我独尊の人は医師の勧めにも周囲のアドバイスにも耳を貸さないので、何度も何度も再発を繰り返して身を持ち崩すことが多いように見受けられます。
 
 ・孤独ではない:逆に言うと、社会的に孤立してしまった躁うつ病の患者さんの再発防止は難しい、ということです。
 
 ・規則正しい生活ができる人:ほかの精神疾患にも言えることですが、不規則な生活リズムや寝不足はリスクファクターです。再発を防止している患者さんの多くは、生活リズムが狂ってしまわないよう注意深く暮らしています。
  
 ・規則正しいワークスタイルの人:仕事を失うと経済的に困るだけでなく生活リズムも乱れやすくなってしまうので、仕事、とくに規則的な生活を約束してくれる仕事はあったほうが有利です。好きな時に働ける職業の場合も、ワークスタイルを規則正しくできれば対処できます。
 
 ……といった特徴をおおむね揃えているように思います。
 
 これらの条件は発症して間もない頃は成立しやすいものですが、長いこと病気を放置し、人間関係や社会的生命を脅かされるにつれて難しくなっていきます。だからこそ躁うつ病は早期発見・早期治療が望ましい病気なのですが、リンク先に書いたとおり、鬱状態ばかり意識していると見逃されやすく、本格的な治療が始まるまでに数年の歳月を要するケースも珍しくありません。
 
 うつ病に関しては、知識が普及したおかげか重症化する患者さんは減ったように見受けられます。しかし躁うつ病はまだまだ発見が遅れやすく、人間関係や社会的生命をボロボロにしてしまう人が後を絶ちません。見つけにくく、自覚の難しい病気ではありますが、どうかお気を付けください。
 

*1:実際、『カプラン精神医学2版』にも、“典型例”に相当する双極I型障害の発病率は社会-経済的に上流の階層のほうが高いと記述されています。補足:他方、より新しい躁うつ病研究のなかでは、こうした違いは実証されていないようです。

*2:逆に、その筋の人で躁うつ病“くずれ”のような病状を呈するのは、ヤクザになろうとしてもなりきれなかった人のことが多いように思います。本職の幹部候補生クラスの人材には珍しい