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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「自分のブログやSNSを読み返す習慣」とネットライフ安定性

コミュニケーション

 
 ネットで温度が高くない平熱の人の文章を読んで、自分の位置を確認する : ARTIFACT ―人工事実―
 
 リンク先は、「インターネット上で平熱の人の文章を読むこと」の効能からはじまり、ノウハウ蓄積の重要性やネットに書き綴る動機の話まで盛りだくさんだ。継続的にネットに書き込み続けている人や、今後書き込み続けようと思っている人なら、読んで損はしないような気がする。
 
 これに関連して補足のようなものを。
 
 インターネットで“平熱”でありつづけること、安定したネットライフを維持していくことの一助として、自分の書いたブログやSNSの過去ログを読み返すのはかなり効果的な方法だと思う。リンク先で加野瀬未友さんは、
 

一番の読者は未来の自分なのだ。逆にいうと、過去に自分が書いた文章、Twitter程度の短文でもいいのだが、面白くない、面白がれないという人は、無理にネットで自分の書いた文章を残そうと思わなくていい。

http://artifact-jp.com/2013/06/13/not-high-human-text/

 と、「未来の自分を読者に想定する」スタイルを推奨しているが、同感だ。自分自身を第一の読者とし、自分の思考を整理する目的でブログを書いていれば「自分自身が読んで面白くない文章を書いてしまう」という、アマチュアネットユーザーにとって危険的な状況を最小化できる。第三者のまなざしやアクセス数に依存することなく文章を綴りやすいので、晴れの日も、雨の日も、マイペースにネットライフを過ごすにもいい。ブログだけに限った話じゃなく、twitterやfacebookにも当てはまりそうだ。
 
 アフィリエイトや情報発信力を意識しながらインターネットをやり過ぎてしまうと、どうしてもネットライフの動機付けが第三者依存になってしまいやすく、必然的に、自分が書きたい文章より、“ウケそうな”文章に流れてしまいやすい。で、一般に、“ウケそうな文章”と自分が書きたい文章が一致する人はレアなので*1、ほとんどの書き手は、アフィリエイトや情報発信力を意識して“ウケそうな”文章ばかり書いていると、自分が書きたいことと“ウケる”ために実際に書いていることが乖離しはじめ、そのアカウントのキャラ立ちと自分自身の気持ちまでもが乖離しはじめてしまう。こうなると、ブログやSNSは書いていて楽しいものではなくなるだろう――アフィリエイトや情報発信力を獲得する対価として、そのアカウントは魂を切り売りすることになってしまい、アマチュアのインターネッターだからこその醍醐味を見失ってしまいそうだ。
 
 しかも、自分自身にブログやSNSの文章を手繰り寄せる習慣を捨ててしまうと、後で自分で読み返した時に我慢ならないログが出来上がってしまうんじゃないか、という危惧も覚える。自分の心から距離の遠い文章ばかりブログに書いていれば、当然、そのブログは自分が読み返しても面白くない出来映えになるだろうし、その時・その瞬間の自分自身を振り返るためのアーカイブとしての史料価値は乏しくなるだろう。
 
 そうした史料価値とは、自分自身と、よほどの常連さん以外にとっては殆ど無意味に近いものだ。広範囲の読者に読まれるブログを目指す人にとって、邪魔になるかもしれない剰余とも言える。けれども、自分自身の過去ログとして読み返すに値する文章を書き綴っておけば、後で読み返した時、過去〜現在の自分を比較検討しながらオンライン処世術を検討する大切な資料になる。自分自身を第一読者とみなして書いた文章は、ソトに対して開かれた財宝ではない。けれどもウチを豊かにし安定させるための財宝だ。それが蓄積し、折に触れて省みられるなら、それがそのひとの歴史にもなっていく。
 
 で、冒頭の話題に戻って結論らしきものを書くと、「自分のブログやSNSを読み返すネットライフ」、ひいては「過去ログを後で読み返すことを前提としたネットライフ」は、インターネット処世術を安定させる方法論として、わりと重要なんじゃないか、と言いたいわけだ。
 
 もちろん、安定したネットライフを志向するためには、ある程度“枯れて”いなければならないというか、ネットハイの時期を通り過ぎていなければならないと思うし、その点でネット経験年数に比例する部分もあるだろう。実年齢の高低によって左右されるに違いない。
 
 それでも、自分自身の思考の軌跡を振り返りながらのネットライフと、承認欲求やナルシシズムに猪突猛進するだけのネットライフでは、一人のネットユーザーとしての歴史を成立させる難易度、ひいては軸のブレないネットライフの難易度が違ってくるのではないか、と私は思う。歴史の無い人間、時間を蓄積させることを知らない人間は、概してフラフラしやすい。それでいい人はそれでもいいのかもしれないが、ブレないネットライフ・平熱のネットライフは望むべくもないし、たぶん、アカウントを長続きさせきれない。
 
 「自分のブログやSNSを読み返す習慣」なんてものは、すぐ結果の出るような取り組みではない。けれども、若いうちからスタートできるし、素人ブログライフ・素人SNSライフの醍醐味を失わないにも適している。だから、ブログやtwitterにたくさん書き込んでいる人は、せっかくだから、折に触れて自分のログは読み返し、自分自身の軸や原点を確認しておくといいんじゃないか、と思う。
 

*1:もし、本当に一致しているとしたら、一致しているということ自体が一種の才能と言えるかもしれない!