シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ローカル線の車内で、誠が包丁で刺される動画を視る学生

 
 最近は田舎でも青少年がiPodを持ち歩く風景をごく普通にみかけるようになった。朝のラッシュ時間帯などは、1/4ぐらいの乗客がヘッドホンをさしているのでないかというほどの普及ぶりだ。よって、そのなかにiPodで動画を眺めている乗客が一人ぐらい混じっていても注視するには値しない。
 
 しかし、その日見かけた男子学生は私などの興味を惹くに十分な条件を備えていたといえる。乗降口近くの席に座った彼がみている動画は、どうやら美少女キャラクターが沢山出てくるアニメのようだったからだ。乗降口近くに座る時には、ライトノベルであれ、アニメ動画であれ、角度が悪いと乗降客に丸見えになってしまうので、自意識過剰な人は隠したくなるものだが、彼は堂々としたもので、立ちっぱなしの乗客にはよくみえる角度でアニメ動画を視聴していたのだった。作品はスクールデイズ。あの、ノコギリ女と包丁女、そして優柔不断な男の物語だった。YouTubeあたりからダウンロードしてきたのだろうか?潰されたディナーセットが画面にうつる。最終話らしい。
 
 うなる薬缶。携帯に「さよなら」のメッセージ。
 大量の乗客が乗り換える駅に到着するタイミングで、小さなディスプレイのなかはクライマックスを迎えた。ちょうど電車が止まる頃合で、世界が誠をめった刺しにした。開く乗降口。iPodのディスプレイに映し出される、目を見開く誠、包丁を持った世界。乗降客の幾人はそれに気づいて表情を微妙に曇らせたようだが、結局彼らは黙って通り過ぎるだけだった。彼は動画に夢中になっているのだろう、自分が衆目を集めていることにも、集まった視線の温度加減にも、全く気づいていないようだった。乗降口が閉じ、何事もなかったかのように電車は走り始めた。狭いディスプレイのなかでは、世界と言葉が対峙している。間もなくあのボストンバッグが開かれるのだろう。私以外にも何人か、iPodのなかで繰り広げられる異様な物語に気づいて凝視する人が出始めたようだ。電車はぐんぐんと速度をあげていく。終着駅に着くまでは、まだ少し時間が残っていた。