シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

お互いを見下し合うカップル

 
 一般に、男女交際の関係が構築されていくということはめでたいことと言われている。また、男女交際を善いものと捉える風潮の故に、男女交際をやらないよりはやったほうが好ましいとも思われている。だが巷を見渡せば、見るも無惨なカップルが溢れている。今回は、その一類型としての「見下し合うカップル」に触れてみる。
 

30歳SE男性

 あの30歳男性に「どうやら彼女が出来たらしい」ことを知ったのはX年の11月頃のことだった。三十路に突入するまで浮いた話が無かったっぽい彼において、「彼女が出来た」というのはとても嬉しいことの筈なのに、妙に淡々としているのが気になった。彼が忌み嫌ってきたクリスマスも近いにも関わらず、である。逆にそのことに興味を抱いた私は、当人について知る周りの人から情報が入ってこないか耳をダンボにして待つことにした。また、当人との会話のなかでどのような語りが出てくるのか待つことにした。やがて、断片的ながら重要な情報が飛び込んできた。
 

  • 比較的ローカルなレベルの、食べ物系オフ会で知り合ったらしい
  • その30歳男性は(やっぱり)今回が初めての男女交際
  • 相手は年上フリーター。化粧が濃いらしい

 
 「化粧が濃いらしい」という点が引っかかる。30歳男性は、明らかにある種のオタクに親和的な女性観の持ち主というか、実際アニメ/エロゲーも幾らか嗜む人だった。好みのキャラは沢渡真琴やスクルド。どう考えても「化粧が濃いらしい」「年上の女性」とは違和感がある。それとも、女の子キャラクターの好みとリアル女性の好みが乖離しているというのか?
 
 アルコールの力も借りながら、それとなく当人に聞いてみるうちに事情が鮮明になってきた。食べ物系オフで出会い、店に詳しい男性に彼女がついていく形で次第にマンツーマンになったらしいことや、女性のほうがリードするような形で交際の呈をなしたということ、そして彼女は必ずしも男性の好みではないということ、などなどである。会話のなかで、彼は必ずしも「彼女はダメ」と言ったわけではなかったが言葉の端々からは、さまざまな不満が窺えた。
 
 「いや、本当は僕がもうちょっと引っ張って、力になるというか、でも実際は彼女に引っ張って貰うことが多くて…ハハハ」
 ハハハじゃねーよ!
 「繊細さが無いっていうか、世間擦れしてるっていうか」
 …繊細さぁ?
 「釣り合いとかそういうの考えたら、もうちょっと年下で、僕が守ってあげないといけないような…」
 てめー、エロゲーのお花畑から実況中継ですか?
 
 つまり要約すれば、彼の幼稚な恋愛観・女性観に相手の女性が合致しないから不満だ、ということになるのだろう。自分よりか弱く、自分より不器用で、自分より年若い女を、ボクが守ってあげる、ボクが尽くしてあげるという誇大妄想的ファンタジーを今でもどこかで夢見ているのか、この人は!私より年上にもなって*1尚そのような夢を前提に女性を評価づけしているということに私は驚き、呆れ、軽蔑の念を押し殺すのに苦労した。しかも弛緩した笑いを浮かべながら「俺にはこいつは釣り合わない。もっと若くてか弱い(そしておそらくはもっとかわいい)女で釣り合いがとれるってもんだ」と言ってやがるのである。親友、というわけでもない私に対してまでだらしなく放言しているぐらいだから、きっと他の人にも類似したことを言っているのだろう。業の深い御仁である。
 
 念のため、「不満なら別れるというのもアリなんじゃないか」と問うてみたけれど、彼は曖昧にはぐらかすだけだった。彼には、自力で異性と交際をもう一度構築する為のノウハウも自信も無いのだから、無理も無いことなのかもしれないが。
 

32歳女性フリーター

 紆余曲折ののちに私は、30歳男性が交際女性と一緒にいる場面に遭遇するチャンスを得た。宴席に遅れて登場したその女性は、確かに化粧の濃い、沢渡真琴とは似ても似つかない年上女性だった。“清楚”という言葉には縁遠い過剰な色彩のブラウス、煙草、少し上がった目尻。30歳男性との会話や表情から察するに、単に尻に敷いているというだけではなく、彼のことを下僕か何かだと思っているのだろう。時々、気を利かせることに疎い30歳男性の振る舞いに苛立ちの表情すら浮かべる彼女の態度からは“食べ物屋の知識以外に取り得の少ない男”“私よりも格下だけど付き合ってやっている”という思いが露骨に伝わってきた。FENDIのバッグから煙草を取り出す女性。もちろん、灰皿を近くに持っていってあげようという甲斐性が30歳男性にある筈もなく、彼女は自分で灰皿の所に向かって、そこで談笑しながら一服するのであった。
 
 「まぁ、こんな感じなんです」
 いや、苦笑しながらこんな感じと言われましても。
 
 そんなのだったらやっぱり別れればいいんじゃない?そう質問したい気持ちが沸いてきたが、私は黙っておくことにした。どうせそんな疑問は、彼も彼女も何度となく自問自答したに違いないからだ。お互いに理想と現実のギャップに不平不満を抱きながらも、くっついていなければならない要因があってのことに違いないのだろうし。
 

見下し合うカップル達

 結局彼らは、お互いに理想の高い恋愛や理想の高い異性を脳内で妄想しつつ、「自分には不釣り合いだけど相手がいないから付き合っている。俺は/私はもっと佳い異性と付き合えるべきだ」と見下し合っているのだ。自分が恋愛市場において一山三百円の蜜柑なのか、それとも一個数万円のマスクメロンかなどを顧みる視点は欠落している。だのに願望ばかりは一人前、いや一人前以上で、現実検討識を越えた夢想の世界を「俺に/私に似合いの恋愛ポジション」と思いこんでいる。そして目の前の交際相手がエロゲーのキャラやドラマのイケメンに比べて見劣りすると言って不満顔を浮かべるのだ*2
 
 等身大の自分を度外視し、夢の果実を空想する彼ら。彼らが観ているのは目の前に現前する異性ではなく、もしかしたら自分自身の願望としてのエロゲーキャラなり、TVのイケメンなりなのかもしれない。ゆえに、夢に恋焦がれるばかりで目の前の現実には駄目出ししか出来ないのかもしれない。果たして、彼らは付き合っていて幸せなのだろうか?またこれから幸せになり得るのだろうか?三十路を越えてもなお「相手に自分の空想願望を投げかける」ぐらいしか男女交際の作法を知らないというのは、不幸で、惨めで、中学生的なわけだが、おそらくそういった自覚は彼/彼女には無いのだろう。
 

彼らの行く末

 彼と会わなくなって数年が経つ。
 
 最後に会った時、彼は「結婚を考えている」と言っていた。彼の話を聞く限りでは、“自分の空想願望に未練を持ちながら交際相手には不満を燻らせる”という構図は相変わらずらしく、相手の女性を尊敬するようになったわけでもなければ、相手の女性に尊敬されるようになったわけでもなさそうだった。
 
 見下し合うカップルが、見下し合う夫婦になるというわけだ。
 一体どんな家庭が生まれ、どんな子どもが生まれてくるのだろうか?そしてどんな子どもが成長するのだろうか?そもそも家庭が家庭として機能し続けるのだろうか?私の想像力では、どう考えても不幸な未来予想図しか思いつかないのだが。
 
 
 (この話はフィクションです)
 

*1:注:この時私はまだ30歳ではなかった

*2:エロゲーキャラやドラマのイケメンというのは脳内補完によって欠点無き姿に補正されたシミュラークルとして受け取られるのだ、という視点はもちろん彼らには無い