二児の母でもある薬剤師のXさんとは、かれこれ十年来の付き合いになるだろうか。今回、彼女の職場にいる或る未婚男性についての話になった折、色々と考えさせられる話題が出たので書き留めておく。
念のため断っておくと、彼女は非モテだの喪男だのといったネット用語には全く疎く、例えば『電車男』やら『萌え』やらすら知らない。ステロタイプな兼業主婦像がまず当てはまる女性、と言ってしまって良いだろう。とりたてて口が悪いわけでもなく、むしろ温厚なことで知られる人物のXさん。そんなXさんにも関わらず「あれは無理ね」とはっきり駄目出ししていたのがひどく私の興味を惹いたわけである。
Xさんに駄目出しされていた男性
Xさん「それがまた、なんとも言えない男性で」
Xさん「友達にならなれるし、職場で一緒に働く分にも問題ないんだけど」
Xさん「悪い人じゃないんだけど」
Xさん「でも、私の後輩達をあの人に紹介したいかって言ったら、アウトね」
話によれば、Xさんの後輩には交際相手を探している若い女性が何人かいて、「いい男性がいたら紹介してください」と頼まれているとの事。一方、Xさんの職場には三十代前半の独身男性がいて、こちらも交際相手を探しているらしい。ところが、Xさん曰く、その三十代前半の男性は後輩にとても紹介できないというのだ。
シロクマ「だけど、ちゃんと手堅い仕事していて、悪い人じゃなくて、友達にもなれそうならいいじゃないですか」
Xさん「でも、男女交際って話になったら付き合うのはとても無理だと思うし、紹介された女子が苦労すると思うの」
シロクマ「??」
Xさんの話によれば、その男性の顔つきはむしろ普通で、暴力を振るったり借金を重ねたりするような悪癖とも無縁らしい。ギャンブルもやっていない。では、何がいけないというのか。
Xさん「だって、仕事の話以外は絶対面白くないし、」
シロクマ ( ゚д゚)ポカーン
Xさん「後輩が好きになりそうにないし」
シロクマ Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
いや、それを言っちゃおしまいでしょうに。私は非モテというタームが脳裏にチラつくのを意識しながら、その男性が何故ダメ出しされてしまっているのか探ってみることにした。
シロクマ「でも、最初から話が合うなんてそんな事はあり得ないでしょう。むしろ、つきあい始めてから、少しづつお互いに寄り添っていけばいいんじゃない?」
Xさん「それが、ありのままの自分を受け止めて欲しいって言って妥協しないのよ」
昔、臨床心理士の同僚に「女の子と付き合いたいなら、とりあえず服装とか身なりとかに気を配ってみたら?」と言われた時、彼はすごく怒って「もう二度と言わないでください!」と激怒したという。然るべき場面でも穴の空いたぼろぼろのリュックを持ってきたり伸びきったシャツを着てきたりするのを、見るに見かねての助言だったらしいが、「俺が良いと思っているんだから、それでいいじゃないか」と反論。少なくとも、周囲の女性がこれまでに行ったあらゆる提案は「俺が思ったとおりにやる」でどれも却下されてしまっているという。
Xさん「そういうのって、自分がどう思っているのかじゃなくて、女の子がどう思うのかとか、女の子にどう伝わるのかだと思うんだけど」
Xさん「“俺が良いと思う自分を受け止めて欲しい”なんていうけれど、女性側がそのまんまを受け容れてくれるわけがないのに。男だって、私達をそのまんま受け容れてくれるわけじゃないわけなのにね。不公平だってことに全然気付いていない。」
話を進めていくうちに、Xさんが最も問題視しているものが何となく分かってきた。それはどうやら、
1.自分自身についてはありのままを受け容れて欲しいというのに、
2.女の子の側にはああであって欲しいとかこうであって欲しいとか願望を抱いていて、注文もつけている
というダブルスタンダードの存在らしい。
しかも、彼自身はこのダブルスタンダードの存在に想像力が及んでいないどころか、むしろ当然のことと考えているというのである。彼にとっての男女交際とは、彼自身がありのまま受け容れられて、一方で女の子は彼自身の注文を満たすものでなければならないということのようだ。最近では、そんな彼の“女の子と付き合いたい”“結婚したい”というぼやきに対し、Xさんをはじめとする職場の女性達は語る言葉を持たなくなっているという。嘆いているのは気の毒だけど、そんな考え方じゃどんな女の子も付き合ってくれないし、後輩女性を紹介する相手としては不適当だよね、ということだ*1。
なお、この男性は、半年前に親友が結婚してからというもの、とりわけ結婚や男女交際の話題にナーバスになってきており、職場では腫れ物のように扱われているとのこと。加えて37歳の上司が最近滑り込み結婚し、五つ年下の後輩も結婚したことによって、職場の独身男性で彼が一番年上になってしまった事も気にしているらしい。やたらとお洒落でお喋りな新人君*2が入ってきたことも手伝って、最近の彼は職場女性達からすっかり浮いた存在になってしまっているという。
ちなみに、そんな彼が(Xさんに)趣味として明かしているのは、“漫画をダウンロードして読むこと”と“2ちゃんねる”なんだそうな。確かに、これらの趣味は彼の葛藤を緩和するには有用に違いないが、彼が執着と彼の状況との距離を埋めるには何の役にも立たないだろう。
Xさん「彼って、自分が女の子にあれこれ要求してるって事に気付いてないし、女の子が望みそうな自分に近づいてあげようって気持ちも欠落してる。しかも、彼をみる女性はそのことに皆気付いている。でも、彼だけがその事に気付いていないってのが一番致命的よね」
ぐうの音も出ない
彼女の見解がもっともなもので、ぐうの音も出ないと感じた私は、それ以上彼について質問するのをやめることにした。結局私も、彼に対するXさんの認識を改めるだけの言葉を持ち合わせていないようだ。
(この話はフィクションです)