シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

現代の通過儀礼としての「女性経験・男女交際」

 
 かつて、日本男子には元服という儀式があった。元服という儀式がなくなった後、徴兵制や成人式が一定の役割を担っていた時代もある。通過儀礼を経験することを通して、男子は一丁前の男としての認知を自他両方の側から獲得する、というカラクリだろうか。
 
 もちろん通過儀礼は日本国内に限ったわけではなく、バンジージャンプや(よその部族に対する)首狩りに代表されるように、様々な通過儀礼が存在していた。バンジージャンプは現在ではすっかり娯楽化しているようだが、本来は地上スレスレで落下が止まるように計算してロープを用意しなければならない等、勇気・力・知恵を総動員して取り組まなければならないリスクの高い通過儀礼だった。危険と向かい合う勇気や命を守る為の知恵を持つ者だけが一丁前の男として認められる、ということだろうか。
 
 しかし現在の日本男子には、この通過儀礼に相当する経験が見当たらない。男の子から一丁前の男になったことを自他共に認めることが出来る「証」らしきものが少なすぎる。元服や徴兵制は遠い過去の話。成人式はすっかり形骸化し、大学進学や就職ぐらいじゃ男になることは出来ない。そのうえ、いつ終わるのか分からないモラトリアムが横たわっている。
 
 このような状況だからこそ、童貞かどうかや彼女持ちかどうかや、非モテかどうかがクローズアップされる度合いが高いのではないだろうか。つまり何が言いたいかというと、「女の子をゲットする」ことが、通過儀礼が絶えて久しい現代社会において、男の子達にとっての通過儀礼としてのニュアンスを拡大させているのではないか、ということなのである。
 
 「女の子をゲットする」という意味が“懇ろな仲になる”という意味なのか、それとも“童貞を捨てる”という意味なのかはともかく、一般には、女子と恋仲になることや性行為を経験することは「大人の男子にはよくあること」とされている。また逆に、「子どもじゃ出来ないこと」「駄目な男には無理なこと」と思っている人が少なくない。お見合い結婚制度が廃れ、恋愛を経由して結婚することが一般化し、あまつさえ「大人の常識」とさえみなされがちな現代だが、その実、やたらモテる稀な男性を除けば、男女交際を形成することは男の子にとっては必ずしも容易なことではない。特に、男性の側からアプローチして好きな女の子のハート(や体)を射止めるとなると、様々なモノが要求されることだろう。そのなかには「勇気」「度胸」が多かれ少なかれ混入していることは想像に難くない。能動的な行動の末にはじめての男女交際に至ることの出来る男性の殆どは、多かれ少なかれ苦労し、多かれ少なかれ度胸を試されていると思う。
 
 この、度胸試し的側面と、デートなりセックスなりといった「経験を通して大人に近づいたという感覚が即座に得られる」という特徴は、バンジージャンプによく似ている。しかも、勇気があるだけでは失敗するという点まで似ている(ただし、バンジージャンプとは試されるモノが違っている点には注意が必要だろうけど)。
 
 価値観や生き方が多様化し、男の子の誰もが共通して通り抜ける通過儀礼に相当する経験がどこにもない今、「男性の殆ど誰もが通り抜け、度胸やその他色々を試されそうで、しかも経験が即座に大人感覚を与えてくれる」のは、女の子との男女交際や性行為ぐらいしかないんじゃないだろうか。かつての元服*1や徴兵制は、避けては通れない困難ではあるにせよ男の子が一丁前の男になる為のゲートとして機能していたが、それらは最早存在しない。

 2007年現在の日本において、通過儀礼に求められがちな
1.男性全員が殆ど避けることが出来ずに通らなければならず、
2.勇気だけでなく諸々の素養を試され、
3.経験が即座に大人感覚を与えてくれる

 という条件を揃えている体験というのは、せいぜい「女の子」ぐらいしかないんじゃないだろうか。
 
 童貞を馬鹿にする風潮・女性経験を仲間に自慢する高校生・「三十にもなって男女交際を経験したことが無いなんて終わっている」といった恋愛至上主義的な社会現象が蔓延する背景の一つとして、女性経験や男女交際がある種の通過儀礼として、世間のあいだで暗黙のうちに認知されている、という面があるんじゃないかと私は疑う。バンジージャンプも首狩りも存在しない現代日本だが、女の子との交際だけは(殆どの男の子に)勇気や能力を賭けた跳躍が求められる。そして「女の子をゲット」できた暁には、彼は自分が大人の階段を一歩のぼったという確かな認識を自分自身からも周囲の目線からも獲得することが出来るのだ。男女交際や女性経験は、現代日本の男の子達にとって、バンジージャンプと同質の通過儀礼的側面を持ち合わせている。確かにその瞬間、“彼は勇気を賭けて空を跳ぶ”のだろうから。
 

*1:とそれに引き続くお見合い結婚